a day under the tree 3

3 times a day 〜答えはその中に〜 3

KAKASHI×SAKURA

 

 


「おーい、サクラ〜」

カカシの声が風に乗って飛んでいく。

喜びいさんで小麦畑に飛び込んでしまったサクラは、自分の背丈よりも高い小麦に埋もれて身動きが取れなくなっていた。
カラカラに乾いた麦の穂をかきわけながら、カカシはやみくもに動き回るサクラを追いかける。

「あーん、もう! 中に入ると場所がわからないっての!」

進んでも進んでも変わらない視界が、サクラをイライラさせた。
それでも、「宝物」を見つけたいという情熱だけがサクラを突き動かしていた。
とにかくもがいてもがいて歩を進めると、ふいに何かにぶつかった。

宝物!?

と思って一瞬目をきらめかせたが、半分あきれた表情のカカシが腕組みをして立っていた。

「なんだぁ、カカシ先生」
「なんだはないでしょ。一人で後先考えずに畑に飛び込んで」

これでも任務なんだぞ、と釘を刺すと、サクラは我に返って素直にあやまった。

丘の上で様子をうかがっているナルトたちに影の重なる場所まで誘導するように指示を出して、
カカシは小麦に足を取られながら進み始めた。

「あ、先生待って」

あわてて追いかけようとしたとき、ひょい、と手だけが小麦の穂の間から現れて、少し強引にサクラの手をつかんだ。

ガサガサと、乾いた穂が擦れ合う音を聞きながら、サクラは目の前につながっている大きな手を見つめた。

これって、手をつないでるってことだよね……。

改めて考えると、少し手が汗ばんだ。強く握るでもなく、触れる程度というわけでもなく、程よい力でサクラを導くカカシの手。

カカシ先生はこういうの、慣れてるのかな? 結構抵抗なくできちゃうんだな……。

そんなことを考えながら、目を閉じて、手の導くままに歩いてみた。


「あーあ、これがカカシ先生じゃなければなぁ……」

サクラの口から思わず言葉がもれて、遠くから「悪かったね」とすねたようなあきれたような声が聞こえた。

「えっ? あっ、ごめんなさい!」

背中に突き刺さる容赦ない言葉に、カカシはサクラからは見えないことを知りつつ、わざとらしく肩を落とした。

意外にこたえるなー……男として見られてないってことね、オレ。

自分はちゃんとサクラを一人の女の子だと思ってるのに、と訴えたいところだったが、そこまで考えてふと、自分の考えていることに疑問を抱いた。

あれ? そうなの? そうだっけ??

「うわっ!?」

堂々巡りを繰り返すうちに、ふいに何かにつまづいて、半回転ぐらいして突然空が見えた。

「カカシ先生!?」

視界に現れたサクラは、一瞬心配そうに覗き込んだが、すぐに甲高い声をあげて笑い出した。

「参ったな……」

のそのそと起き上がると、サクラがカカシの足元を指差して「見つけた!」と叫んだ。

カカシがつまづいたのは、どうやら目的の「宝物」だったようだ。
ただの古びた木の箱だが、長い時間をかけて秘密を守り続けている、そんな趣を感じた。

「開くかな?」
「んー、どうかな」

二人が手を伸ばして木箱に触れると、木箱は何の抵抗もなく開いた。

「……人の手に触れると封印が解けるのか?」
「そうなのかな?」

しかし、箱の中は空っぽで、宝らしきものは何ひとつ見当たらなかった。

「きっとあのご夫婦がこれから何かを入れるつもりなんじゃない?」
「そうだな。それで場所を知りたかったのかもしれないな」
「そうよ! きっと何か素敵な宝物を入れて、これからここを訪れるまだ両思いになっていない男女に、告白のきっかけを作るんだわ! なんて素敵なの〜!」

サクラの妄想が始まると、カカシはやれやれと頭をかいた。

「じゃあ、場所もわかったことだし、置きみやげに」

そう言ってカカシは印を結んで箱に術をかけた。

「何の術?」
「んー……幻術みたいなもんかな」
「え、どんな?」

カカシはその質問には答えず、サクラに背を向けて「さ、戻るか」と言って歩き出した。
すぐに姿が見えなくなったカカシを追って、サクラも箱のふたを閉じてその場を去った。

一度だけ箱の方を振り返って。

「ねえ、カカシ先生! 何の術か教えてよー!」

ありったけの穂を両手でかき分けたとき、そこには立ち止まったカカシがサクラの方に手を差し出していた。

「えっ……?」

その穏やかな姿に、サクラは一瞬ドキッとした。大人らしい自然なふるまいが、サクラくらいの年齢の女の子にとっては新鮮で、そしてなぜか安心した。
そしてサクラも自然に手を伸ばす。

つないだ手は想像通りの温かさだった。


しばらく会話もなく歩き続ける。今回は目を閉じずにカカシの後頭部をじっと見ていたサクラだった。
そのとき、言葉のかけらにも満たないほどの感情が、サクラに不思議な安堵感と同時に小さなざわめきを与えていた。

あえて翻訳するとすれば、いつかこの大きな手に守られる女性は一体どんな人なんだろう、といった興味と、カカシが誰かのものになってしまうという寂しさ、そして誰ともわからないその女性への軽い嫉妬……かもしれない。
この感情はあまりにもはかなくて形すら得ていなかったから、サクラが気づくはずもなかった。


「せんせー」
「んー?」
「どんな術なの?」
「さあね」
「教えてよーう」
「そうだなあ……」

サクラに聞こえやすいように、カカシは少し歩みを遅めて、体を曲げた。

「ま! 好きな人の本当の気持ちがわかる術、ってところかな」



手の平を駆け抜けていく風がやたらと冷たく感じる。

「やれやれ……」

カカシは先に消えてしまったサクラが残していった小麦畑の道を歩きながら、苦笑した。
今ごろ、想い人を説得してあの場所へ連れて行こうとしているのだろう。
そしてきっともう一人がくっついて行くのだろう。

あまりにも簡単に想像がつく展開に、笑いがこみ上げる。


丘の上には依頼主の夫婦がネックレスを大切そうに手に持って待っていた。

「いやあ、ありがとうございました」
「いえいえ」
「ネックレスを失くしたおかげで、改めてお互いの大切さを知りました」
「そうですか……」

それはごちそうさま、と心で思いながら、カカシは遠くから聞こえる部下たちの騒ぎ声に耳を澄ました。
「それでもうひとつの依頼ですが、あの箱はいったい何ですか?」

カカシがそう言うと、夫婦は一瞬目を大きくして顔を見合わせ、「箱がありましたか!」と語気を強めた。

「ええ……ただの箱でしたが」

「私たち一族に伝わる大切な箱なんですよ。最近見かけないからどこに行ったのかと思ってました
」と、夫人の方がうれしそうに言った。
「祖父は昔から大切なものをどこかに隠しては、私たちに暗号を解かせて、探し当てさせていました。今思えば、それも修行のひとつだったのかもしれませんが」

「つまさき立ちの男女が出会う黄昏どき、重ねる唇のもとに刹那の光あり……か。
なかなかオシャレな暗号を書くおじいさまだったんですね」

文章をもう一度丁寧になぞり、 にっこり笑いながらカカシが夫婦の方を見ると、夫の方が少し照れながら、 「まあ、あの箱のおかげで私たちも結ばれたようなものですから」と言い、そして続けた。

祖父は私の両親のときも、そして私のときも、「大切な人を連れて、その箱を探し当てなさい」と言ったんです。そこに答えがあるから、と。

その話にたいして興味を持つことができず、カカシは笑顔のまま「そうですか」とそつなく相づちを打った。

「でも、中には何も入っていませんでしたよね? 何か不思議な術でもかけてあるんですか?」

一瞬の沈黙。

「……って、あの?」

きょとんとしているカカシを、あんぐりと口を開けて見つめる夫婦。

「あの箱が開いたんですか!?」

夫の方がさらに語気を強めてカカシに詰め寄った。

「はあ……。さきほど箱を見つけたときに、簡単に開きましたけど」
「まあ、なんて素敵なの!」

夫人が目をきらきらさせて、さっきのサクラよろしく妄想の世界に入りそうな表情をしていた。

「な、何がです!?」

わけがわからず、カカシは何度か瞬きをした。
そのとき、遠くから不満げなサクラの叫び声が聞こえた。

「ちょっとぉ〜カカシ先生ー! 幻術どころじゃないわよ!」

こちらも何がなんだかわからず、カカシはサクラに向かってとぼけた返事を返すことしかできなかった。

夫婦の方を見ると、二人とも満面の笑みでカカシと、その向こうから近づいてくるサクラを見つめていた。

「あのー、どういうことですか?」

夫婦に助けを求めると、夫の方が「実は…」と切り出した。

「何で箱が開かないのぉー!? カカシ先生、変な術かけたんでしょ!」

サクラの容赦ない叫びがカカシの背中にぶつかる。

「は? 箱が開かない!?」

前後にあわただしく顔を向けながら、カカシは夫婦とサクラの言葉の意味を理解しようとした。


「あの箱は、結ばれる運命の二人でないと開けられないんですよ」

「は……」

大きな釣鐘が上から降ってきて、外から思い切り打ち鳴らされているような残響がカカシの頭の中を支配した。
もはや思考は停止して、瞬きの回数だけが増加した。

「もうっ! カカシ先生のバカッ!」

振り返ると、ふくれっつらのサクラが睨みつけるようにカカシを見上げる。
その後方からは、すっかり白けてしまったナルトとサスケが歩いてきている。
もう一度振り返ると、夫婦は楽しそうに笑っている。

笑ってる場合じゃないでしょーが!

目を見開いて本気で訴えてみるが、それでも夫婦は納得したようにうなづきながら、笑みをこぼしている。

「……本当なんですか?」

おそるおそる、改めて尋ねると、二人は声をそろえて「一族に昔から伝わる箱ですから」と言った。

マスクの上から口元に手を当てて、カカシは黙り込んだ。

……まさかねぇ……

「ちょっと先生! 聞いてるの!?」

サクラが目の前で大声を出しても、カカシはじっとサクラを見つめたまま動かなかった。
あまりにも真剣な、緊迫した視線だったので、サクラも何事かと思って、肩をすくめた。

「……参ったな」

本日二度目のせりふである。


黄金色の海にざわざわと風の波が立つ。
夫婦に別れを告げ、風と向かい合うように歩いていく。

「あーあ」

少し口をとがらせて、サクラは足を投げ出しながら歩く。
がっくりと肩を落としたその後ろ姿を見て、カカシは思わず声をかけた。

「サクラ、あの箱は……さっき聞いたんだけど、えーと、一度開くと次は半年くらい時間を置かないと開かないみたいだよ」
「そうなの?」

少し期待を含めた瞳で、サクラは振り返った。
そのまっすぐな視線に、カカシはウソをついたことを少しだけ後悔した。

「ああ。一族に伝わる箱らしいし」
「へえ……」

そしてしばらくの間、サクラは無言で歩き続けた。
ざわざわという音は鳴りやまず、まるでカカシの心のざわめきに呼応しているかのように、長く長く続いていた。

「もし……」
「ん?」

サクラはカカシに背中を向けたまま声を出した。

「もし、カカシ先生に好きな人ができたら、あの箱のある場所へ連れて行く?」

ざわざわ。音を立てたのは小麦畑か、それとも自分の心の方か。

「はは。いい大人がそんなことしないさー」
「そっか。先生は直接術をかけちゃえばいいんだものね」
「まあ、そんなこともしないけどね」
「でも、相手の気持ちを知りたいって思わない?」

うーん、と立ち止まって考えると、ようやくサクラが振り返ってカカシの返事を待った。

「……結ばれるべくして結ばれる相手だったら、余計な駆け引きは必要ないんじゃないかな?」

ぱあっとサクラの表情に明るさが戻った。

「そうよね! さっすが大人! 伊達に年取ってないね」
「……それ誉めてんの?」

もちろん誉めてますよー、と笑いながら、サクラは跳ねるように歩いた。
「っていうか、そういう人いるの?」

しまった、やぶへび。

一瞬息を飲んだカカシには目もくれず、サクラはその答えを待たずに駆け出して、先を歩くナルトとサスケを追いかけた。

「……まあ、いたとしても」

そしてあの夫婦の話が仮に本当だとしても。

「……結ばれるには相当時間がかかりそう……なのかなぁ」

かしかしと頭をかいて、歩き出す。

ふと、風がやんでざわめきが消えた。
何気なく、最後にもう一度あの小麦畑を見ると、あの二本の木の影は黄金の海の中で重なりあい、
まるで二人の男女がしっかりと抱き合っているように見えた。


「はは……参ったな」


あえて三度目のそれを口に出して、カカシは何事もなかったようにポケットから愛読書を取り出した。








3 times a day 〜答えはその中に〜 fin

 

zono 2007.0915  




 


*思った以上に長くなってしまいました……。サクラちゃんとカカシ先生のちょっとした心のざわめきです。


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