a day under the tree 5

青い蝶  3

KAKASHI×SAKURA

 

 

「サクラー?」

すっかり暗くなった森の中は冷え切って、声がよく通る。
土を押し上げる木の根を滑らないよう越えながら、サクラを探す。

「サクラ、もう帰るぞ?」

木々の隙間から垣間見えた鮮やかなピンクの髪にそう声をかけた。
聞こえたはずなのに、サクラは奥へ奥へと進んでいく。

「帰るぞー」

その場所からは動かずに、カカシは語尾を長く伸ばした。
それでもサクラは振り向かない。

「まったく……」

頭をかいて、つま先で2回、地面を蹴った。

「サクラ、青い蝶なら……」

オレが見つけた、と言いかけて、その続きを飲み込んだ。

再び、さっきの青い蝶がふわり、と目の前を通り過ぎたから。


「……だからなんで」

なんでオレの前に現れる?

「……サクラ」

蝶が逃げないよう、そっと名前を呼ぶ。

「サクラ、こっちだ」

青い蝶は、カカシの目の前を優雅に漂っている。
それが、うら若い少女がくすくす笑っているように感じられた。

「……かなりおちょくられてるような気がする」

眉間にしわを寄せてにらみつけると、青い蝶は笑いながらゆっくりと空に向かって飛び始めた。

「あっ! ちょっと……!」

群青の空に吸い込まれるように、青い蝶はその輪郭を失っていく。

「サクラ! 青い蝶だ! 青い蝶が……!」

空に手を伸ばしながら必死で叫んでも、数秒遅れて自分の声が残響とともに返ってくるだけ。

ついに蝶の姿は、暗闇の中に消えてしまった。

空を見上げたまま、伸ばした手の先の感覚を確かめる。
しっとりとした空気を握りながら、カカシは軽く笑った。

かろやかに笑いながら、ふわふわと手の中をすり抜けていく。
つかまえようとしても、つかまらない。

……あの蝶は、まるでサクラみたいだな

オレの手の中には入ってこない……


「カカシ先生ー?」

遠くからようやくサクラの声が聞こえると、暗闇を照らすような明るい髪の色が見えた。


「……せっかくなら、もうひとつ願い事を言っておけばよかったかな」

そうつぶやくと、カカシは静かに印を結んだ。


「カカシ先生? 呼んだ?」

サクラはゆっくりと、声のありかを探して歩く。
滑りやすい足元に気をつけながら、木の幹の冷たさを確かめながら。

ようやく暗闇に目が慣れ、遠近のバランスが取れてきたと思ったそのとき、

「あ……!」

ぼんやりと光を帯びた青い蝶が、サクラの目の前を通り過ぎた。

「青い蝶……本当にいた……!」

瞬きも忘れて、サクラは青い軌跡を目で追った。
その美しさに、思わず笑みがこぼれ、うっとりとする。
本当に、願いを叶える力を持っていそうで、神々しささえ感じた。

「私……」

小さく唇を動かして、サクラは一瞬黙り込んだ。
そして、青い蝶を迎えるように、そっと手を伸ばした。

その様子をカカシは陰から見守っていた。


……サクラ

サクラの願いはきっと叶うよ

オレが代わりに伝えておいたから


サクラがずっと笑顔でいられますように、って……


また胸の奥が少しだけ苦しくなった。
でも、もう原因はわかっている。


サクラの手の上に留まった青い蝶は、何度か羽根を動かしていたが、サクラのもう片方の手に覆われると、一瞬強く光ってはじけて消えた。

「……ありがとう」

きらきらと細かい光が降り注ぐ中、サクラは満面の笑みでそうつぶやいた。


漆黒の夜がやってくる前に、二人は森を出た。

ずっと黙り込んだままのサクラに、カカシは声をかけた。

「……青い蝶は見つかった?」

街の明かりを遠くに見ながら、サクラは足元の小さな石を軽く蹴った。

「……いなかった」

「え? だってさっき……」

言いかけて、はっとした。

……さっきのあれは、幻術返しか……

サクラに幻術の才能があるって言ったのは、オレの方だったっけ。

余計なことをして、繊細な心を傷つけたのではないかと、心配になってカカシは次の言葉を探す。

「サクラ、青い蝶ならオレが……」

その言葉を聞いたか聞かないか、サクラはカカシの袖をつまむと、泣きそうな顔で笑った。


「カカシ先生、ありがとう」


「……んー?」

とぼけながら、心の中がざわめき立っているのを押さえることで必死だった。

……今の顔は反則でしょ

ほら、やっぱり胸の奥が痛くなった。



「結局、青い蝶なんていないのかなあ……」

「いや……きっといるよ」

「そうかなあ」

自分が見たから、とは言えずに、カカシはただ笑ってうなづくだけだった。

「でも、もういいの」

「いいのって?」

数歩先まで歩いて立ち止まると、サクラはにっこりと笑って言った。


「カカシ先生の青い蝶の方が、願いが叶いそうな気がするから」


だから私にとっては青い蝶を見つけたのと同じことなの、と言ってサクラは大きく手を振って帰っていった。

気がつけば、カカシはいつもの木の下に立っていた。
風に揺れる大きな枝葉の音が、耳に痛い。

罪悪感にさいなまれる。

……あんなに無防備な笑顔、見せないで欲しい。

「大人はずるいんだよ、サクラ……」

ひんやりとした幹にもたれて腕組みをすると、自然とさっきの光景がまぶたの裏によみがえった。

今にもはがれ落ちてしまいそうな、はかない青をまとった蝶。

きっと、あの蝶は誰かの願いを叶えて、そして息絶えていくのだろう。

あのとき、思わず言葉を選んでしまった。


−−サクラがずっと笑顔でいられますように。


あれは、オレの願いだった。

本当にサクラのためを思うなら、「サクラの願いが叶いますように」って、言えばよかった。
それだけでよかったんだ。

もし青い蝶を見つけたら、ひとつ何かに素直になってみようと思った。
もちろん、見つかるはずはないと高をくくっていたから、そのつもりもなかった。

なのに、蝶にむかって口を開きかけたときに、心の奥で埃に埋もれていた何かが、
勝手に言葉を操ってきた。

青い蝶はそんなオレの心を見透かして、笑っていたんだ。

わざわざ二度も姿を現して、きっとオレのことを情けない男だと笑っていたんだろう。


そうそう素直になんてなれないけど、胸が痛くなったのは、埃に埋もれていた「それ」が動き出したからなんだということだけは認めよう。

「……はあ、認めますよ」

負けを認めるかのように、脱力して、カカシはつぶやいた。


サクラがずっと笑顔でいられますように。

本当にそう思っている。

でも、サクラを笑顔にしてあげられるのは、

もしかしたらオレかもしれないって、


「……それくらい、ちょっと期待したっていいでしょ?」



誰ともなく話しかけるように、カカシは空を見上げた。

青い蝶が消えていった先には、小さな星が輝いていた。








青い蝶  END



zono 2007.10.28







*複雑、複雑……。三代目亡き後って、みんな複雑そう。さらにサクラはサスケのことが心配でもっと複雑で、そんな中、カカシは青い蝶によって消化不良がちょっとだけ解消されたけど、タイミングとして複雑……みたいなスパイラルに陥ってる感じを書きたかったのでした。
「青い蝶」は秦基博さんの曲から。

 

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