|
火影室に入ると、綱手はサクラの顔を見るなり腕組みをして大きくため息をついた。
「サクラ」
「は、はいっ!」
わ、私なんか変なことしたかな……?
身をすくめて次の言葉を待つと、綱手はあきれながら言った。
「お前はタイミングが悪すぎだ」
「え?」
「今しがた、カカシが来ていたというのに」
「カカシ先生が!?」
あわてて振り返るも、背中から綱手の「もう遅い」の一撃を受けて、サクラは肩を落とした。
「明日の早朝からまた別の任務だ」
「そうですか……」
ここしばらく、まともにカカシの姿を見たことがなかった。
サクラにとっては、綱手やシズネの会話から測り知る任務内容と、里で耳にする目撃情報だけが、カカシの居場所を知る術だった。
「サクラによろしくと言っていた」
「そんなたった一言……」
確かに、カカシならその一言だけでドロンと消えてしまっても何ら不思議ではない。
でも、第7班として一緒に数々の任務をこなしたのに。
さまざまな危機を一緒に乗り切ってきたというのに。
班がバラバラになったら、希薄になってしまうような、そんなもろい関係だったのだろうか。
「カカシ先生は」
「ん?」
「ナルトとサスケくんがいなくなったら、私のことなんて、気にもかけてくれないのかなあ……」
消えてしまいそうな声で、つぶやくと、綱手はサクラの肩に軽く触れて優しく言った。
「あいつはあいつで大変なんだ」
「わかってます……」
わかってるけど、ちょっと素っ気なさすぎる。
「それと」
綱手が語気を強めて続けた。
「他の誰よりもサクラのことを心配しているのは、カカシなんだぞ?」
……本当かなあ。
疑心暗鬼にかられて口をとがらせると、綱手はあきれながら笑って言った。
「なに、そのうち会えるさ。お前はいつも里のはずれの木の下にいるんだろう?」
「え? どうして知って……」
サクラの予想を裏切らずに綱手はニッと口角を上げた。
「お前が会いたいと思ったら、きっとカカシは現れるさ」
……ていうか、さっき思ったんですけど?
師匠は全然わかってない。
それ以上に、カカシ先生はわかってない!
なんで、なんですぐ側まで来てるのに声をかけてくれないの?
混乱しているサクラを見ながら、綱手はつい口元をゆるめた。
……誰よりもお前のことを想ってるんだぞ。誰よりも、な……
ついさっきの出来事を思い出す。
「カカシ、任務から帰ったらすぐに報告に来いといつも言っているだろう」
ギロリと睨みつける綱手に対して、カカシは頭をかきながら苦笑いをする。
「いやー……、ちょっと寄り道してきまして」
「慰霊碑にか?」
「まあ、それもありますけどね……」
「他にどこがあると言うんだ?」
綱手の問いかけをはぐらかすように、カカシは少し真剣な目をして言った。
「サクラの修行は順調ですか?」
「ん? まあ、スジはいいぞ」
「それはよかった」
すぐに視線をゆるめて、カカシは火影室を出ようとした。
「待て、サクラに会わなくていいのか? じき戻ってくる」
綱手が呼び止めると、カカシは顔だけ振り返ってにっこりと笑った。
「さっき見ました」
「見た? どこで」
「里のはずれに大きな木があるんですが、サクラはよくあそこにいるんですよ」
すぐに立ち去ろうとしたカカシを、綱手はまだ帰すまいと強引に引き止めた。
「声はかけなかったのか?」
「まあ……何というか」
煮え切らないカカシの返事に、綱手はイライラし始める。
「サクラはお前の部下だろう」
「そうなんですけどね……」
困りながらカカシは言葉を探す。
「声をかけるべきか、そっとしておくべきか、迷っちゃって」
「はあ?」
予想外の答えに、綱手は開いた口がふさがらない。
「……カカシ、お前自分で何を言ってるのか、わかってるか?」
「まあ、難しいですよねぇ、女の子って」
あんな形でサスケがいなくなって、ナルトも修行に出てしまって、サクラの心はひどく不安定なのではないか。
下手な慰めの言葉や励ましの言葉は、帰ってサクラを傷つけてしまうのではないか、とカカシは心配していた。
何よりも、ぽっかりと抜け落ちたサクラの心の隙間に入り込むようなことだけはしたくなかった。
「ナルトもサスケもいない今、サクラの心の支えになれるのはお前だけだろう?」
「そうでもないですよ」
間髪入れずに返され、綱手は眉をひそめた。
「今のサクラには、あなたがついている」
だから安心ですよ、と笑ったカカシを追い払うように、綱手は手首を振ってため息をついた。
「まったくお前は、女心ってもんを全然わかってないねえ」
でも……
「……カカシ」
「はい?」
少し皮肉を込めて、綱手は続けた。
「お前も人間臭くなったなあ……」
一瞬、瞬きをする程度の時間、綱手とカカシの間に沈黙が流れた。
軽くうなづくと、「褒め言葉として受け取っておきます」と言ってカカシは出て行った。
乾いた音を立てて閉められた扉に向かって、綱手は小さくつぶやいた。
「……ただの上司と部下なら、迷うことなど一つもないだろうが……」
−−サクラはよくあそこにいるんですよ
よく……ってことは、しょっちゅう見てるってことか。
扉の向こうで、遠ざかっていく足音を聞きながら、フッと笑って綱手は腕を組む。
「……まさか本気とはねぇ」
綱手の脳裏にフラッシュバックするシーン。
一本ずつ生けられた病室の花。
目を覚ましたサスケに抱きつくサクラの姿。
……まあ、サクラの気持ちを考えると、ためらうのも無理はないか。
「ふ……まだまだガキだな」
半世紀を生き抜いた貫禄を込めて、綱手は嬉しそうに言った。
……人の心はどんな風に変わっていくのかわからないが、
少なくとも、サクラはお前を必要としているんだぞ?
「……師匠?」
「ん?」
一人笑みを漏らしている綱手の顔をサクラは不思議そうにのぞき込んでいた。
「師匠」
「なんだ?」
「今度、カカシ先生がここへ来たら」
絶対絶対に、私に会いに来て。
と、本心は語っていたが、何故か口をついて出てきたのは、
「……変態オヤジストーカーって伝えてください」
綱手はきょとんとして、その言葉を頭の中でゆっくりと反すうした。
「……ははははは!」
腹を抱えて大笑いするその声は、サクラの鼓膜を振動させるほど大きかった。
「し、師匠!?」
……なかなかおもしろい二人じゃないか。
それでも笑いながら、しかし綱手はどこかで冷静にそう思った。
「もうっ、ちゃんと伝えてくださいよ!」
真剣に訴えるサクラの顔は、少し照れ隠しのようにも見えた。
「わかったわかった……よし、修行の続きを始めるぞ」
「ハイッ!」
その瞬間、サクラは真剣な表情に変わった。
いい顔だ、と綱手も思った。
……それにしても、変態にオヤジにストーカーか。
名誉挽回には相当時間がかかりそうだな……
その頃、里のはずれの木の下では、カカシが3回くしゃみをしていた。
「んー、カゼかな……?」
そんなのんきなことを言いながら。
no title 〜過ぎゆく時間〜 END
zono 2007.11.04
|