a day under the tree 8

The Sign 

KAKASHI×SAKURA

 

 

「中忍試験合格おめでとう、サクラ」

「ありがとうございます」

「どうした? 元気がないな」

浮かない表情のサクラに、綱手は不思議そうな顔をする。

「いえ……」

「まあ、カカシに一番に報告したかっただろうし、ナルトやサスケと一緒に中忍になりたかったとは思うが……」

少しあきれながら腕を組んで、綱手は軽くため息をついた。

「自分自身の成長を喜ばないヤツがどこにいる?」

「……!」

そう言われて、初めて気がついた。


……そうだった

誰のための中忍試験でもない、自分のために受けたんだった。


……強くなるために、大切なものを守るために


「……すいません」

「素直に喜べばいい。誰に遠慮しているんだ?」


誰に?


思わず綱手の顔をじっと見つめる。
綱手は、普段あまり見せない柔らかい表情で微笑む。


「変化することを恐れるな、サクラ」

「……変化?」

またこの言葉。

いのといい、綱手といい、いったい何を言いたいのだろう?

サクラは少しいぶかしげに眉をひそめる。


「明日からまた修行を再開する。今まで以上に厳しくなるぞ」

綱手は笑いながらそう言ったが、サクラは冷たい氷が背中を通っていくような緊張感を覚え、
肩をすくめた。
しかしすぐに背筋を伸ばして、大きな声で返事をした。

「ハイッ!」

いい顔だ、と綱手も心の中で感心した。



ゆるやかな午後の風を背に受けながら、サクラは喧噪の中を歩く。

いつもと変わらない、賑やかな町のはずなのに、不思議と違和感を感じる。

立ち止まって振り返る。

ざわざわという音が、自分を取り巻くようにあちこちから聞こえている。


「……変化、か」


周りの音に沈んで聞こえないほどの声でつぶやく。

目の前にある風景は、いつもと変わらないのに。

このざわめきを作り出している一人一人は毎日少しずつ変化していて、すれ違う人の会話も、表情も、
目に飛び込んでくる様々な色も、一度として同じ日はないのに。

少しずつ変わっていくものが集まって、何も変わらない景色を作り出しているのもしれない。

サクラはぼんやりとそんなことを考えた。


……私も少しずつ変わってきているのかな?

もし、サスケくんが戻ってきたら、私はまた恋をするのかな?

ううん、それ以前に

私の今の気持ちがわからない


ふわりとあたたかい風が吹いて、丘の上の木を見上げる。

いないはずの影を見たような気がして、思わずドキッとした。


……そうなんだ

私が今一番会いたいのは、サスケくんよりも、

カカシ先生なんだ……


視線を足もとに落として、サクラは足を投げ出すようにゆっくりと歩き始めた。
さっきまでまとわりついていた喧噪はいつの間にか消え去り、穏やかな風の流れる音だけが耳元を
かすめていく。


私はただ、カカシ先生に追いつきたくて、少しでも役に立ちたくて

私のことを理解してくれるのがものすごく嬉しくて……

それだけだと思っていたけど


いつか、この気持ちが恋に変わったりするのかな?

それとも、全く別の誰かを好きになる日が来るのかな?


「おい、小娘」


聞き慣れた声がして、振り返る。

遠くの雑踏は輪郭を失いかけている。

サクラは再び前を向いた。


「こっちだ、小娘」


今度は声の方向に正確に視線を向けると、そこには小さいながらもふてぶてしい、忍犬がいた。


「……パックン!?」


状況が理解できず、次の言葉を必死で探すサクラに、パックンはさらにふてぶてしく言い放った。


「カカシは明日の正午に帰ってくる」

「……え?」


心臓が大きな音を立てたのがわかった。

音を立てたというよりは、何かわからないものにわしづかみにされたような。

急激に速さを増した心音を体中に感じながら、サクラはやっとの思いで声を出した。

「な、なんでパックンが!?」

「そんなことはこっちが聞きたい」

明日の正午にカカシが帰ってくる。

その言葉の意味を、どう捉えたらいいのか。

「とにかくサクラに伝えろと言われたまでだ」

「なんで……」

動悸が指先にまで伝わって震えている。

「じゃあ、拙者はこれで」

素っ気なく早々に姿を消そうとした忍犬を必死で呼び止める。

「ま、待ってパックン! なんでカカシ先生は……」

「何でも約束を守ることにしたとか何とか言っていたが」

「えっ?」


約束って……


「まったくカカシのヤツめ、拙者を伝書鳩のように使って……」

そう言い捨てて、パックンは煙の中に消えた。


残った煙が風に流されると、そこには何もなかったかのように静かだった。
ただ、サクラの心臓だけは激しく音を立てている。


……なんで!? なんでカカシ先生がパックンに!?


なぜ? の文字に埋め尽くされ、サクラはただ呆然とその場に立ち尽くす。
それと同時に、心の奥が温かくなったのを感じた。



−−カカシ先生が任務から帰ってきたら、私が”おかえり”って言ってあげる

−−だから、任務から戻ったら、ここに来て? 

−−ね、約束だからね?


「……メンドーって言ってたくせに……何よ今さら」


遠くから見上げた後ろ姿がフラッシュバックする。
胸が少ししめつけられるような気がした。


……帰ってくるんだ、明日。カカシ先生が……


素直に嬉しいと思った。

自然に笑みが浮かんで、サクラは走り出していた。





長いようであっという間の夜が明け、サクラは朝からそわそわしていた。

「どうした、サクラ?」

気もそぞろなサクラを見て不思議に思った綱手が問いかける。

「い、いえ別に何も……」

肩をすくめてうつむくが、さらりと落ちるピンクの髪は丁寧にセットされ、広いおでこはいつもにも増して
つやつやしている。

今日からまた修行だというのに、身だしなみを整える必要もないだろう。

まあ確かに、自分が年頃のときもこんな風に意味もなくおしゃれをしたこともあったが……。

それにしても、身ぎれいにしすぎだ。唇なんかはじけそうなくらいにぷるんとしている。

「あの、綱手様」
「なんだ?」

少し戸惑いを隠せない顔で、サクラは綱手を見上げる。

「私も、ちゃんと変化しているんでしょうか?」

綱手は、一瞬その意味を飲み込めなかったが、すぐにゆるやかな笑顔でそれに答えた。

「してるさ、確実に、な」

その答えを聞いて緊張がほぐれたように、サクラも笑った。

「……恋でもしたのか?」
「えっ?」

その瞬間、火影室の扉が勢いよく開いて、シズネが叫んだ。


「カカシ班、任務より帰還しました!」


その言葉を言い終えるよりも早く、サクラは綱手の質問を放置したまま、シズネの傍らをすり抜けて
飛び出して行った。

「……どうしたんですか?」

扉を開けたままの姿勢で、シズネは廊下のつきあたり、サクラが消えていった場所を見ながら言った。
綱手は声を抑えていたが、耐えきれずついに大きな声で笑った。

「ははは! わかりやすい答えだ」

シズネはきょとんとしたまま、しかし事務的な報告を続ける。

「それで、当の隊長はたけカカシは里に入った途端姿を消したようで、代わりに副隊長の上忍……」
「まあ、いい」
「はい?」

まだ笑いが収まらない綱手を、シズネは不思議そうに眺める。

「そんなことは後でいいんだ」
「はあ……」

今はそれよりもっと大事なことがある。

窓辺から外を眺めて、綱手はそれでも笑っていた。

青い空には雲ひとつない。
そこに、真っ白な鳩が一羽飛んでいく。

大きな弧を描いて、鳩は喜びに満ちあふれているようだ。

あれは、何かのサインかもしれない。

綱手はふと、そんなことを思った。



真っ青な空を白い鳩が飛んでいった。

サクラはそれを目で追いながら、ひたすら約束の場所を目指す。

気持ちだけが先へ先へと進むのに、足が追いつかず、もどかしくて仕方がない。

上がる息もお構いなしに、走る。

せっかくセットした髪も風にもて遊ばれてくしゃくしゃになっている。

額には汗がにじみ始めて、唇も乾いていく。


それでも、走らずにはいられなかった。


……帰ってきた! カカシ先生が……

本当に、約束どおり、帰ってきてくれた……!


どんなに優しくしてくれても、どんなに私の気持ちをわかってくれていても、

あの後ろ姿を見たときに、私からはこれ以上カカシ先生に近づけないんだ、って思った。

でも、約束を守ってくれた。

それは、もう少しカカシ先生のことを知りたいって思ってもいいってことなのかな?

いいよ、っていうサインなのかな?


あれこれ考えながら走っていくうちに、目的の場所はもうすぐそこに迫っていた。

見上げると、最後に見たときと同じ、木にもたれているカカシの後ろ姿があった。

「本当に、いる……」


心臓が大きく音を立てた。

サクラは一歩ずつ、ゆっくりと約束の場所に近づく。

きっとカカシはその気配に気づいているだろう。



いつか、この気持ちが恋に変わるのかもしれない

今はまだ、わからないけど


たぶん、可能性は十分にあるはず


だって、今だってこんなに心が踊っていて、

こんなにドキドキしているんだもの



呼吸を整えて、最後に大きく息を吸って、サクラは目の前の背中に大きな声をかけた。


「おかえりなさい! カカシ先生!」


パタン、と読んでいた本を閉じて、カカシも振り返る。


「ただいま、サクラ」


ゆるやかな風が吹いて、木々がざわざわと音を立てると、

通り過ぎていった膨大な量の時間が、一瞬で元に戻ったような気がした。




サクラがおかえり、と言ってくれたとき、こぼれそうなくらいの満面の笑みで、

枯れきった草木も息を吹き返すんじゃないかと思うほどだった。


ああ、オレが見たかったのは、この笑顔だったんだな。


どうして約束を守ってくれたの? と聞くから、

サクラに嫌われたくないからね、と言ってみた。

そうしたら、嫌いになるわけないじゃない、と言う。

でもバカって言うんだろ? と返すと、

さあね、だって。


その間ずっとサクラは嬉しそうにつま先を立ててみたり、くるりと回ってみたりで、落ち着きがない。

ま、この状況、どっちが主導権を握っているかなんてわからないが。

サクラの笑顔はこの上なく上等のモノだということだけは確かだ。


ところで、あの上忍は、愛しい恋人の最高の笑顔に出会えたのだろうか。


あのとき、伝書鳩の上忍から教えてもらったサイン。

身だしなみとか心の準備とか部屋の掃除とか、そんな小難しいことではなくて。



もっともっと単純で、ものすごく正直な気持ち。



”イチバンニ キミニ アイタイ”




ただ、それだけなんだって









The Sign  END



zono 2008.0129




*ずっと書きたかったシーンがようやく書けました。どうしても前振りと説明が長くなってしまう傾向がありますが、楽しんでいただけましたでしょうか。しかしパックンの言葉遣いにはちょっと迷いました。

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