「月と風」
ZORO × NAMI
−−恋に恋する君には 本当の愛の悦び教えてあげるよ A to Z
陽が落ちてもまだ饗宴は続いていた。長年の悪の支配に耐えた人々は、開放感に満ちあふれ、酒を飲み、肩を組んで歌を唄い、語り尽くせない積年の思いでいっぱいだった。 ―――――アーロンはこの島からいなくなった。
「生ハムメロン〜!!」 持ちきれない程の肉を両手にルフィが走り出した。そんなことにはまったく関心を寄せないゾロとサンジはしばらく木の木陰でお互い何を話すでもなく一人は酒を手に、ひとりはタバコをふかしながら、そこにある宙を眺めていた。それぞれの想いが、ただそこにぼんやりと浮かんでいた。
終わったか……。
サンジは、つい先日出会ったばかりの女性が、実は海賊魚人の仲間で、村を買うために1億ベリーを「海賊専門の泥棒」をしながら、体も心もすり減らしながら集めていたということ。そして義理の母親を目の前で殺されたという壮絶な過去を持つということが未だに信じられないでいた。
強い人だな、ナミさんは。そしてとても弱い。
タバコの煙の中で、ナミの勝ち気そうな顔も、悲しげな顔も、涙でぐしゃぐしゃになった顔もすべてが優しい色を持って現れていた。しかしどの表情にも何もしてあげられないもどかしさを感じて、サンジはタバコを口から飛ばすと、足もとに落として踏み消した。 「さて……と、オレはナンパにでも行ってくるぜ」 勢いよく走り出すサンジを横目に、ゾロは大きなジョッキに残った酒を一気に飲み干した。 鷹の目に敗れた屈辱的な瞬間。思い出すだけでも身震いがする。ただ、その敗北感に浸る間もなくこのアーロンパークにやって来た。そこで見たナミの冷たい目。冷たい、そして悲しい目だった。
結局、あいつの過去なんて知らねェし、知りたいとも思わねェが。ただ、なんだろうな、一人にしちゃいけねェって、それだけは強く思った。でも、もうあいつは一人じゃないんだ。村中、いや島中の人間があいつのために戦った。あいつを守ったんだ。あいつがこの島を離れる理由はもう何一つ残っていない。
鈍い音を立ててジョッキを地面に落とすと、ゾロは深い眠りの淵へといざなわれた。
これが最後の夜になるかもしれねェな……。
常夏の蒸し暑い蒸気と、人々の熱気。体にしっとりともたれかかる。 「ナミ、あんた珍しく酔っぱらってるね! その辺でやめておきなよ」 あれほどの酒豪であるナミは、今日は随分と早く酒に飲まれてしまった。きっと、肩の傷の痛みや、この数日間の精神的な疲労もあったのだろう。足もとがおぼつかず、椅子に勢いよく座ると、そのまま立ち上がることすらできなくなった。 「大丈夫よお。まだまだいけるってばぁ」 その呂律の回らないナミの様子を、ノジコは呆れながらも優しく見守っていた。ナミはパラソルのついた丸いテーブルの上に顔をうずめると、頬を冷やすようにテーブルにつけた。 「ねえノジコ……」 「ん?」 ナミの口調は意外にもしっかりしていた。相変わらず目はとろりとしていて、頬の火照りはテーブルですら吸い取ることができないようだった。 「私が幸せになれる場所はどこだろう?」 ノジコはしばらくの間ナミを見つめていた。ナミはそんな沈黙を感じ取ることもなく、ゆったりとした時間の中に身を委ねている。ノジコは次の言葉をあと少しのところで飲み込んだ。
あいつらと、一緒に行きたいの?
ナミはそのまま丸いテーブルを抱きしめるように眠り始めた。ノジコは薄手のブランケットをナミの肩にかけると、そのまま席を離れた。
蘇る。 「人ひとり殺せねェ小物が粋がってんじゃねえよ」 「ナミ……どうして……?」 「お前はオレの仲間だ!!」
はっと目を覚ますと、汗が頬を伝っていった。夢を見ていたんだ。ついさっき起こったことなのに。少し息が荒くなっているのが分かる。肩で息をする。ブランケットで汗を拭き取ると、ナミは椅子の背もたれにもたれかかって空を見上げた。 「星がきれい……」 この星たちはすべての海を照らしている。すべての海で人々を導く。それぞれの向かうべき場所へ連れて行ってくれる。
私はどこへ行けばいいの? 私がこれから行きたい場所はどこ? 私は……
「お目覚めですか、お嬢様」
ふと見やると、サンジがグラスを二つ持って、すぐ側の木にもたれてこちらに笑いかけていた。タバコの煙が鈍い風に流され星空へ消えていく。それはまるでミルキーウェイのよう。 「サンジ君」 「ナミさん、体はもう大丈夫かい?」 ふんわりと、真っ白な綿に触れるようなやさしい微笑み。この人はどうしてこんなに。……こんなに。
言葉にならない。サンジのやさしさはいつもそこにある。まるで季節に合わせたコートを選ぶように、体に心地よい下着を選ぶように、何の違和感もなくそこにある。その居心地の良さに、甘えたくなる。
「今日のオレは何も作って差し上げられないけど、これはささやかなプレゼントです」 そう言ってサンジはグラスを二つ並べると、キュッと音を立ててワインのコルクを抜き取った。一定のリズムで刻まれる液体の音に、ナミは再び意識が遠のきそうになる。 「乾杯」 クィーン、とクリスタルのぶつかる音。グラスの中ではサンジの瞳が光の屈折で不思議な色に見える。 「海の底から見つめられているみたいね」 ナミのその言葉を、サンジは理解できなかったようだが、次の瞬間にはまたいつものように、 「海の底からでも、空の上からでも、オレはナミさんだけを見つめていますよ」 と言った。その言葉にナミは肩を揺らして笑った。 「やっと笑ってくれた」 サンジのその言葉に、ナミははっとした。 「もうサンジ君、何言ってるの。私はいつも笑ってるでしょ?」 サンジは、グラスの中のワインを飲み干すと、上を向いたままタバコに火を点けた。 「そうだね。 心 ( 、 ) から ( 、、 ) 笑ってくれたのは初めてかもね」 すべてを見透かされて、ナミは何も言えなくなった。さっきまで周りで騒いでいた人たちもどこかへ行ってしまった。遠くで人々の笑い声が聞こえる。 「ねえ、ナミさん」 サンジが煙を吐きながら遠くを見るような表情で言った。 「なあに?」 努めて明るく振る舞ってみたが、サンジのやさしい瞳の前ではすべてが無駄だった。サンジが手を伸ばし、ナミの頭をゆっくりと撫でる。その温かさに、ナミの体は熱くなった。 「オレたちと、一緒に行こう」 ナミの目には涙があふれそうになった。それを悟られまいと必死でサンジの手をふりほどこうとした。 「迷ってるんだろ? そりゃ確かに8年ぶりに島が元に戻って、もう泥棒をする必要もなくなったってのは分かるけどさ……でもオレたちにはまだ夢がある。ナミさんがいなければ叶えられない夢が」 ナミがふりほどこうとした手を、サンジはしっかりと握っていた。じわりと汗が滲み出てくる。湿気がどんどん増してくる。サンジは一言ひとことを確認するように話し始めた。 「オレはオールブルーを見つけに」 「ルフィは海賊王になるために」 「ウソップは勇敢なる海の戦士になるために」 「ゾロは世界一の剣豪になるために」 サンジの目はナミの目を真っ直ぐに貫いてくる。ナミはそれに耐えられず、うつむいた。 「……ナミさんはこれからオレたちと一緒にグランドラインを旅して、そして世界地図を書くんだよ? それが、ナミさんの夢でしょ」 滑るほどに汗だくになった手をサンジから離すと、ナミはブランケットで再び汗を拭いた。 「な、何か蒸し暑いわね。私、着替えたいからちょっと家に戻るわね」 サンジは何も言わずに、離れた手をそのまま風にさらしていた。サンジから逃げるように去っていくナミは、それでも最後にもう一度振り向いて、 「サンジ君……ありがとう」 と言った。月が東の空からゆっくりと昇り始めていた。 ゾロの名前を出した時にナミの手が少し動いたことに、サンジは気づいていた。タバコの煙はナミの後ろ姿を追いかけるかのように流れていったが、ナミをつかまえる前に消えてしまった。その様子を見て、サンジはふっと笑った。オレじゃ掴まえられねェよな。
「……もう、自分にわがままに生きたっていいんじゃねえ?」
|