喫茶ブルー・ブルー・ブルー 5 wondering 30's
SANJI on ZORO × NAMI
ホワイトデーなんて、いったいいつから始まったんだろう。
オレが小学生のころはそんなもんあったっけか?
気がつきゃ倍返しだの何だのってすっかりカレンダーの中にどっかりと腰を下ろしてやがる。
本命はクッキーだっけ? マシマロだっけ? それともキャンディーか?
そんなことを考えながら、オレはカウンターでせっせとクッキーを箱に詰める。
喫茶ブルー・ブルー・ブルー特製のアメリカンクッキー。
ホワイトデーには必ずお店に来る女の子に配るのだ。
オレにチョコレートをくれた子にはマシマロココアも一緒に。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」
入口できょとん、として立っていたナミさん。
後ろでヤツが「早く入れ」と眉間にしわを寄せて言った。
「ナミさん! 彼氏君も。こちらへどうぞ」
オレはニコニコしながら「予約」の札が置かれたカウンターへと二人を促した。
「なあに? 今日は予約席だらけね。私、別に予約なんてしてなかったけど」
いまいち状況がつかめないナミさんが首を傾げながらも、いつもの指定席に座り、その隣にヤツも腰掛けるが、少し目が泳いでいた。まあ、そりゃそうだろ。
「ナミさんの席はいつも予約席だからね」
そう言ってニッと笑ってみせると、ヤツは少しおもしろくないという風に口を尖らせた。
「はい、ナミさん! 今日は女の子には特別サービス!」
ウエルカムドリンクのミルクティーの代わりに、マシマロココアを出した。クッキーの箱も添えて。
「わあ、ありがとうマスター!」
嬉しそうにココアのカップを両手で包み込んで、ナミさんは大きく口をあけて笑った。
隣ではヤツがおもしろくなさそうにコーヒーをすすっていたが、オレが目配せすると、しぶしぶと言った表情で「あー」とか「うー」とか言いながら、ようやく合図の言葉を口に出すことができた。
「……マスター……あれ……頼む……みます」
「あいよ」
「え?」
オレが返事をして二人に背中を向けるのと、驚いたナミさんがヤツの方を向いたのと、真っ赤になったヤツが頬づえをついてナミさんから顔を背けたのはほぼ同時のことだった。
背後ではまだ沈黙が続いている。背中がむずむずして、くすぐったくてしょうがねえ。
さあ、また渾身の作品のできあがりだ。
名づけて「湖の深さは愛の深さ ひねくれマリモのラブコール」
これでせいぜいナミさんのハートをわしづかみにしろよな、チクショー!
「……ナミさん、すげー怒ってたぞ?」
「……」
「彼氏君、もっと優しくしてやらねーと、そのうち愛想つかされちまうよ?」
「……」
店の前の外灯の下、白い息を吐きながら何か言いたげで、でも何も言わないヤツに向かって、オレはここぞとばかりに説教をした。
「もうすぐホワイトデーなんだし、何かしてやれよ」
そう言ったときに、ヤツは顔を上げてオレの目をじっと見たので、ちょっとひるんでしまった。
すげー意志の強い目をしてる。まっすぐすぎて直視できないくらいだな。
「……それで、頼みがあって今日は来た」
「頼み? 何だよ言ってみな?」
頼みと言われてオレはちょっと得意になった。この無愛想な男が自分に頭を下げるということで、気分よくなっているオレも、ガキだなーなんて思いながら。
「……ナミに……なんかしてやりてェんだが……その……」
ナミ。
呼び捨てかー。ルフィやウソップがそうでも気にしなかったけど、こいつがナミさんを呼び捨てると無性に腹が立つよな。
っていうか、うらやましい……。
「……ったく……わかったよ。ホワイトデーにゃナミさん連れてうちに来な」
まあ、ヤツにしてみりゃよくやった。相当勇気がいったに違いねぇ。口をぎゅっと締めてオレに頭を下げたんだぜ? 「ありがとう」すら言えねえくせによ。
それだけナミさんのこと、想ってるってことだ。
仕方がねえ、ニイサンくやしいけど応援してやるよ。
あーいいんだ。いいんだよ。それくらい、余裕さ。
それにヤツはオレが一番ナミさんのことわかってるって、ちゃんと知ってるんじゃねえか。はっはっは。
そんな優越感に浸りつつ、オレは快くヤツの頼みを受け入れてやったってわけよ。大人だねえ。
……ははは。
ちょっと虚しいかな。
「おまちど! ナミさんっ!」
大きな白い皿の上には、抹茶をたっぷり使った丸いケーキ。抹茶のシロップを塗ったスポンジを何層にも重ねて、そこにクリームを塗って、そして細かい抹茶チョコレートでコーティング。見た目はマリモそのものだ。その周りにはオレンジのムースにオレンジソース。金箔だって使ったんだ。
緑とオレンジのコラボレーション。皿の上みたいに、二人も違和感なく一緒にいられるようにがんばってくれよ。
それでナミさんが幸せになれるんなら。
「……お、オレから……」
ヤツは完全にナミさんから180度反対方向に顔を向けて、殆ど聞き取れないような声で言った。
ナミさんは、真っ赤になって目を潤ませて、顔いっぱいに嬉しさを溢れさせながら、じっと緑のカタマリを見つめていた。
「ホラ、言った通りだろ? 期待していいって」
「……うん」
オレが笑いかけても、ナミさんは必死で涙をこらえながら小さくうなづいた。
「ちゃんと想われてんじゃん、ナミさん」
「あ……ありがと……ゾロぉ……」
そう言ってナミさんはポロポロと涙をこぼした。オレの言葉は簡単に流されちまった。はぁ。
「あーあ、泣かせちまったなー」
苦笑しつつヤツを見ると、ヤツはナミさんを一瞥しただけですぐにまたあさっての方向を向いた。
ナミさんの背後からぬうっと現れた大きな手が、ぽん、ぽん、とオレンジの髪を撫でた。
そうしたら、ナミさんはさらにボロボロと泣いたんだ。
「……早く食え」
「……うん……!」
ヤツに促されて、ナミさんは真っ赤な目をして笑いながら、マリモにフォークを入れた。
「……ふふ、おいしい……ありがと、マスター」
「どういたしまして」
いたって普通にそう言ったが、タバコをくわえていたのは、オレの悲しい顔を煙で隠すためだったのかもしれねえな。
うれしそうに自分の分身を食べているナミさんを見て、マリモ……もとい、ヤツも口元がニヤリとなった。
皿の上の緑がほぼ消え、オレンジ色が残ったころ、オレは最後の仕上げにかかった。
「はい、ナミさん! これはオレからのホワイトデープレゼントね!」
そう言って白い皿の上に緑とオレンジの混ざるあたりに、マシマロを2つ重ねてつくった雪だるまをちょこん、と置いた。
「わあ!」
ナミさんが満面の笑みで雪だるまをのぞき込んだ。
「やだー、ちゃんとマユゲがくるくるってなってるー」
オレが一番キアイを入れて作ったこの小さな雪だるまは、チョコレートでちゃんと顔を描いて、固めたチョコレートの枝も2本差して。前髪だってあるんだぜ?
「かわいー。マスター雪だるまだー」
「でも、申し訳ねえけど、今年はこれだけ。ごめんね?」
「えっ……? う、うん……」
少し戸惑ってから、ナミさんはうなづいた。
そりゃそうさ。
今まで、ホワイトデーのお返しっつったら、それはそれは豪華なもんだった。
とりあえず、指輪以外のもんはほとんどあげたような気がする。
ホラ、今日の髪どめだって、オレがプレゼントしたやつだ。
オレの選ぶもんは、いつもナミさんにヒットして、毎度毎度すげえ喜んでくれたもんだ。
でも、今年はもうかなわねえってわかってたから、無駄なあがきはしねえのさ。
カウンターの上で頬づえをつきながら、白い皿の上でひとさし指をくるりと回す。
「ナミさんの中で、彼氏君はこれだけ」
そして皿のすみっこにいる小さな雪だるまを指さす。
「オレはこんなもん」
ニイッと笑うと、くわえていたタバコも一緒に上を向いた。
「そんな……!」
「……便所」
ガタン、と大きく椅子の音を立てて、ヤツは立ち上がった。
トイレに向かう途中で横目でオレを睨みつけたが、オレはニヤッと笑い返した。
そこではオレとヤツの間の会話がちゃんと交わされていた。
”5分だけだぞ”
”りょーかい”
「もう、ゾロったら!」
「ねえナミさぁん、そいつにちゅーして食べて? ちゅー!」
へらっと眉を下げてオレはカウンターから身を乗り出す。
「やだぁ、マスターどうしたの?」
「いいじゃんかー。オレにも少しは愛を分けてくれよーう」
「マスター、子供みたい」
そう言ってくすくす笑うから、オレは頬づえをつく腕を交換して、へへっと笑い返す。
「オレ、結構ガキよ? 年甲斐もなく」
「知らなかったー。意外ー」
「もう大人のフリするのはやめました」
「なんで?」
「ん?」
上目遣いでオレを見るナミさんをにっこり笑って見下ろして、オレはタバコの火を消した。
目の前をさえぎる煙はもういらないだろう。
「まだまだ青春したいなーと思ってさ」
「意味わかんない」
そう言って、ナミさんはふふ、と笑ってオレの分身にちゅっとキスをしてパクっと一口でオレを……もとい、雪だるまを食べてしまった。頬をもこもこふくらませながら、おいしいと言って満足そうに微笑んでいる。
「へへへ、うれしーなあ」
「こんなことでそんなに喜ばないでよ」
だって今、すげーことしたんだよ、ナミさん? 言ってみればこれはオレとナミさんの間のちょっとした秘密。
「あーおいしかった! ありがと、マスター!」
全然気づいていない君はとても純粋だ。ヤツの方がよっぽどカンがいいよな。
「来年も是非お待ちしております」
「うん!」
「来年も、再来年も、その次の年も」
「でもその前にマスター結婚しちゃいそう」
屈託なく笑ってナミさんはそう言ったけど、オレは新しいタバコに火を点けて、煙に紛れながら言った。
「ナミさんが心配だから、当分結婚はしねーよ」
「やだあ」
そこでヤツが戻ってきて、オレたちの会話は終わった。実にいいタイミングだ。
今はナミさんのその後のセリフは聞く気がしなかったからな。
先にナミさんをドアの外へ促して、ヤツは最後にオレの方を振り返った。
オレは自分の右手と左手を繋いで、ヤツに何度も念を押すようにうなづいた。
眉をひそめながらも、ヤツも小さくうなづいた。
”がんばれよ”
店のドア越しに、手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を見送る。
ナミさん、嬉しそうだなー。
悲しいような、悲しくないような。
いいんだ。
ナミさんがいっぱいいっぱい恋をして、傷ついて、少しずつ大人になっていくのを、オレはガキのまんまで見守るよ。
だから、早く追いついてくれよ?
多分そこから、オレの本当の「青春」が始まるような気がするから。
あぁ? 青春はもう終わってるだろって?
なーにを言うか! 30代にだって青春はあるさ!
人間、どんだけ年を取ったって、青春はあるんだぜ? あるったらあるんだ!
「……まったくもうっ! ゾロのバカッ!」
ミルクティーをぐるぐる回しながらナミさんが口を尖らせて頬づえをつく。
「だーからナミさん、マリモなんてやめて、オレにしなよー」
タバコの煙に隠れてオレは言う。
「なんかマスター、だんだんキャラ変わってない?」
「んなことないよ? 変わったのはナミさんの方じゃないかな?」
「うそぉ」
「ホント」
恋をして、日に日にナミさんはキレイになっていく。大人に、なっていく。
「てゆーか、キモいよマスター。何歳だよ?」
「32歳! しししっ!」
「うるせ」
「なあマスター、ナンパの極意を教えてくれよー」
「ウソップは今のところ全敗だからな! ししししっ!」
「おーしいいか? まずはだな……」
オレはオレで、一回り以上年下のウソップとルフィに同化しつつある。そういう自分が結構好きだったりする。
「……男の人ってさ……」
不安そうなナミさんを見て、オレは大人の顔に戻る。
「大丈夫だよ、ナミさん。アイツは大丈夫」
そう言ってにっこり笑うと、ナミさんも安心したように笑い返してくれる。
「だからオレとさぁー……」
大人の顔を見せるのもほんの一瞬だけ。少しずつ減っていくだろう。
タバコの煙が晴れた時には、オレと君とは同じ場所に立っているはず。
賑やかな通りを一本外れた、住宅街の一角にある水色屋根の小さなお店。
石畳を通ってポーチにたどり着くと、もうコーヒーのほろ苦い、スイーツの甘い香りが漂っている。
「やあ、いらっしゃい」
慌しいランチタイムが過ぎ、一服したらティータイムの準備だ。
素敵なレディーのために、オレは心を込めたデザートを作る。
だから午後の時間の店内は楽園のようだ。
かわいい女の子たちが連れ立って訪れては、おしゃべりに花を咲かせている。
「喫茶ブルー・ブルー・ブルー」はコーヒーとパスタとスイーツが売りのレディーのためのカフェなのだ。
このたび、恋愛相談も始めました。
ただし、1名に限ります。
【喫茶ブルー・ブルー・ブルー】 END
2004.3.14 zono