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  偶然の、嘘と優しさ 14  

    ZORO x NAMI


いざプラネタリウムを作るとなると、思っていたよりもかなり大変な作業がたくさんあった。
ルフィたちは手伝うとは言ったものの、四季の星座が全部見たいとか、流星群が見たいとか、非現実的なことばかり言うので邪魔なだけだし、ゾロはゾロで、「やることねェなら部活に行く」と言ってすぐに出て行ってしまう。
結局、実際の製作に入るまでは、ほとんど私とウソップの二人で進めていた。
私は毎日のように夜空を眺めていたせいで、すっかり寝不足で。それでも星座にはかなり詳しくなっていた。
プラネタリウムを作るには、星の光を出す投影機や、それを映すドームまで、かなり緻密な計算が必要で、高校生が遊び半分でやるにはハードルが高すぎて。
「オレはお前らの青春の邪魔をしようとは思っちゃいないんだが……しかしこのドームのつなぎは甘すぎるだろ? あと光源はなあ……」
真っ白な図面の前で腕組みしている私たちを見かねて、フランキーが設計を手伝ってくれた。
お陰で、高校生が作るにはかなりハイレベルなプラネタリウムができそうだった。

ようやく製作に入ることになり、初めてチームが全員集まった。
「よーし、今日からプラネタリウム製作に入るぞ! キャプテン・ウソップの指示に従って……」
「リーダーはナミさんでしょ?」
「行くぞーっ!」
ルフィの先導で、学校の近くのホームセンターへ材料の買い出しへ出かけた。
ルフィとビビは手を繋ぎながらどんどん先へと歩いていく。
そして、私の後ろからはウソップとゾロがついてくる。
「……ったく、しばらくは部活もできねェな」
「まあそう言うなって、ゾロ。こういうときこそクラス一丸となってだなあ……」
頭をがしがしとかきながら、ゾロは不満そうに歩いていた。
意識を背中に集中しながら、私は自分のつま先を見て歩く。
「去年は何やったんだよ?」
「あァ? んなもん覚えてねェよ」
「ゾロ、お前は高校生活の一番楽しいところをスルーして来たなんて……」
そうして、ウソップはカヤちゃんとのノロケを混ぜつつ、彼女と過ごすイベントはいかに素晴らしいかをとうとうと語っていた。
そんな他愛もない会話をすぐ後ろでゾロがしていると思うと、とても不思議に思えた。
ほんの少し、いつもより近い場所にいられるだけで、それだけで私は嬉しかった。

「ナミ、信号!!」

はっとして、顔を上げると、横断歩道の向こう側にはすでに渡りきったルフィとビビが見えて。
信号はすでに赤に替わり、視界を右から左へ車が通過し始めていた。
そして、振り返ると、ゾロがものすごく怖い顔をしてすぐ後ろにいて、その少し後ろでウソップがぽかんと口を開けていた。

「何焦ってんだよ……つーか、ゾロがナミの名前呼ぶの、初めて聞いたな」

ウソップは少し嬉しそうに駆け寄ってきた。そして3人が横に並ぶと、
「……危なっかしいんだよ」
と、ゾロが小さな声で言った。

……私がまた飛び出して、事故に遭うと思った?

冗談っぽく聞いてみようかと思ったけど、ゾロの胸の傷のことを思うと、とても冗談なんかにはできなかった。


* * *


「じゃ、それぞれメモに書いてある物を探して、30分後にレジ前に集合な!」

ウソップがそう言って、解散の合図を出すと、私はビビと、ゾロはルフィと組んで歩き始める。
「これだけ広いと、探すのもひと苦労ね」
ビビが何気なくつぶやいたのを聞いて、私は大変なことを思い出した。

「ちょっと待って!」

大声を出して全員を呼び止めると、私はルフィが持っていたメモを奪って、早口で言った。
「ビビはルフィと、ウソップは……ゾロと、回ってくれる? 私はちょっとメモに書いてない物も買いたいから、一人で回るわ」
そう言ってみんなの返事を聞かずに背を向けた。

危なかった……こんなに広い店内じゃ、ゾロはきっと迷子になる。ルフィが一緒じゃ余計心配だわ。
ちょっと無理矢理な理由だったけど、私は胸をなで下ろして、メモを見た。
「……まずはベニヤ板、か」
木材売り場に並んだ板を目で追いながら、その中のひとつに手を伸ばそうとした時、

「女ひとりじゃ無理だろ」

その声に驚いて振り返ると、そこにはゾロが立っていて、私の心臓は飛び出しそうなほど大きく跳ねた。
ゾロは私の隣に来ると、持っていたメモをひょいと奪って、片方の眉をつり上げた。
「やっぱりな」
確かに、そのメモにはベニヤ板や金属、歯車のような大きくて重いものばかりが書かれていた。
「……ウソップは?」
「あいつは工具を見に行った。工具くらい一人で持てるだろ」
そう言って、ゾロは私が背伸びしなければ届かないような位置にあったベニヤ板を軽々と取り出した。
「何枚だ?」
「えっと……6枚」
そうして、次々とベニヤ板を棚から下ろしていく。その一連の作業から目が離せず、ゾロの背の高さとか、腕のたくましさを改めて実感してしまった。

「……オレが迷子にでもなると思ったか?」
「えっ?」

ぼんやりとゾロを見ていた私は……正確には見とれていたのかもしれないけど、こうやってゾロと二人でいて、会話をしていることがまだ信じられずに、うわずった声を出してしまった。

「図星かよ……ったく」

そう言ってゾロは舌打ちをしたけど、その口元は少し笑っていた。

「次、行くぞ」
「あ、うん……」

重そうな板を片手で抱えて、ゾロは歩き出した。慌てて隣に並ぶと、ふとあの頃の感覚が戻ってきて、胸の奥が苦しくなった。
こうやって、ゾロの隣で、この角度でゾロを見ていた。ゾロはいつも前を向いていて、ほんの時々私の方を見て口元だけで笑って。
ゾロの横顔をずっと見ているのが好きだった。
いつも私の方を向いて歩いてくれるサンジ君とは真逆だな、と思わず比較してしまう。
でも 私は、自分が見つめられるより、相手を見つめている方が好きなのかもしれない。
じわりと目が熱くなるのを感じて、一歩下がってうつむいた。
すると、ゾロは歩く速度を落として、また私の隣に並んでくれた。

……もしかして、あの頃もこんな風に私に合わせて歩いてくれてた?

視線の先にはゾロの横顔があって、ゾロはやっぱり前を向いていた。
「……クマ」
「くま?」
「できてんぞ」
「えっ!?」
目の下に手を当てても、感触だけではもちろんわかるはずがなかった。

「お前が授業で寝てんの、初めて見た」

確かに、毎晩夜空を見て、プラネタリウムのことばかり考えていたら、クマもできるはずだわ。
昨日やっと設計図ができて安心したせいか、今日の古文の授業の半分は記憶になかった。

「……ゾロが寝てなかったことの方が驚きだけどね」
「あァ? 人がいつも寝てるみたいに言うな」
「だってそうじゃない」
「オレはちゃんと耳で聞いてんだよ」
「何それ」

そこで初めて二人で笑った。
ゾロは多分深い意味はなく言ったんだろうけど、授業中に私のことを見てくれていたことが嬉しくて。
それから私たちは、あの頃のように、他愛もない話で盛り上がった。
お互いに一番大切なことには触れないように、気を遣いながら。
今まで接点がなかったクラスメイトと話してみたら、案外気が合う人だった。そんな雰囲気を装いながら。

「なんだよ、すっかり仲良くなっちまって」
ウソップがニヤニヤしながらゾロの肩を叩いた。
なぜかビビも嬉しそうに、私に耳打ちした。
「やっぱりナミさん、彼のこと気になってたんでしょう? 私の思ったとおりね」
「何言ってんの。サンジ君が聞いたら怒るわよ」
ビビは「そうだけど」と首を傾げて、残念そうに笑った。


* * *



「あー、ゾロッ! そんな星ないでしょ? 勝手に変な穴開けないでよ」
「うるせェな、星のひとつやふたつ増えてもわかんねェだろうが」

プラネタリウムの製作も佳境に入ると、私とゾロの関係もすっかり変わっていた。
なぜかいつもケンカのような会話になり、周りはそれを見てハラハラしていたみたいだけど、私たちは……少なくとも私にはそれが楽だった。
多分、学園祭が終われば、ゾロとの会話もなくなるだろう。もしかしたら、挨拶くらいは交わすようになるのかもしれないけど、今はただ非日常の中で、不思議な高揚感に後押しされているだけだから。
また日常が戻ってきたら、私はサンジ君の隣にいて、ゾロは部活に明け暮れる日々に戻るはず。
私たちの日常が重なることはないから。

「名もない星座が増えすぎたわ」
穴の開いた部品を眺めながら、ため息をつくと、ゾロは「星は多いに越したことはねェだろ」と言った。
そこでまた言い合いが始まると、ウソップはやれやれと両手を挙げ、ビビは嬉しそうに見ていた。

「ロロノア」

その呼び声がすると、教室はほんの一瞬だけ静かになり、そしてすぐにざわめきが戻ってきた。
ゾロの背中越しに、ペローナが立っていて、ゾロが振り返るよりも早く、私は彼女と目が合った。
ペローナは無表情のまま、じっと私を見ていた。まるで、私を品定めするかのような視線で。
「学祭まで部活は行けねェって言っただろ?」
「ふん。どうせ他のヤツらも来てないから、いいけど」
「じゃあいちいち呼びに来んな」
ゾロはそのまま背を向け、再び作業を始めた。
ペローナは腕組みをしたまま、また私の顔をじっと見て、そしてふいと去っていった。

もしかして、ペローナはゾロのこと……

「ナーミさん!」

その声に、また教室に一瞬の間ができた。ついさっきペローナが立っていた場所に、今度はサンジ君がいた。
タバコをふかしながら、扉にもたれかかり、何故か嬉しそうに笑っていた。
「サンジ君」
「なんか楽しそうだね」
私がその名前を呼んでも、目の前のゾロは、サンジ君に背を向けたまま、黙々と作業を続けている。
サンジ君は、さっきペローナが私にそうしたように、じっとゾロの背中を見つめていた。
「サンジ〜ッ!」
ルフィが嬉しそうにサンジ君にからみついた。
「お前、中等部の頃、すっげー女ったらしって有名だったのになあ」
「てめえ、先輩に向かって呼び捨てとか、お前って言うな!」
「なんだよー、お前オレの兄ちゃんにも結構世話になっただろー?」
「ルフィの兄ちゃんって、エースのことか?」
「おう、こいつ、エースに女紹介してくれってしつこかったんだぜ!」
「やっぱり……」
ルフィたちの会話を聞きながら、ビビがまゆをひそめると、サンジ君はルフィを思い切り蹴り飛ばした。
「昔のことは言うな! 高等部に来てからはいたって真面目だっつーの! なあ、マリモ君?」
ふいにゾロに話を振ると、ゾロの手元がぴたりと止まった。
「……どうだかな」
そうつぶやいて、ゾロはまた黙々と作業を続けていた。
「なんだよお前ら、オレとナミさんの邪魔しやがって! オレが好きなのは、ナミさんだけだからね?」
サンジ君が意図的にそう言ったのが、何故か私にはわかってしまった。
そして、私に何を言わせようとしているのかも。

「……うん、私も……昔のことなんて気にしないから」

やっぱり、「私も好きだから」とは言えなかった。
私は、目の前にいるゾロの顔を見ることができず、そのまま視線をそらす。

「ナミがいい彼女でよかったな!」
復活したルフィが嫌味たっぷりにそう言うと、サンジ君は満足そうに笑っていた。でも、その笑顔も作り物のように見えて、私は少し苦しくなった。

「サンジキュ〜ン!!」

遠くから地響きと共に、野太い呼び声が聞こえてきた。その途端、サンジ君は身構えて言った。
「ごめんナミさん! 今日は先に帰るよ!」
そしてタバコの煙だけを残してダッシュで走り出すと、この間よりも遙かに人数の増えたオカマの集団がその後に続いて走っていった。
その様子を見ていたウソップが笑いながら、「モテ過ぎる彼氏ってのも大変だな」と言った。

ガンッ!

突然、ゾロが持っていた工具を机に叩きつけ、そこにいた全員が驚いて注目した。
目の前でその音を聞いた私は、思わずびくっと肩をすくめてしまった。

「……悪りィ、また変な穴開けちまった」

その後、ゾロは私と一言も話さなかった。



* * *



外はすっかり暗くなり、雨が降り始めていた。

「うわあ、朝は降ってなかったのになあ」
「ちゃんと雨予報出てたわよ?」
「私、傘持ってきたから大丈夫」
そう言って、ビビはルフィと1つの傘に入って帰って行った。ウソップはカヤちゃんが傘を持っているはずだと言い、図書館にいる彼女にメールを打っている。
傘を持たない他のクラスメイトと一緒に、私とゾロも空を見上げていた。

「……ゾロは、どうするの?」

バッグから折りたたみ傘を取り出しながら尋ねても、ゾロはぼんやりと暗い空を見ていた。

「駅まで……一緒に入っていく?」

思い切って聞いてみた。ほんの少しだけ、緊張で声がかすれたけど。

「いや……走って行くから、いい」

そう言い終わるか終わらないかのうちに、ゾロは雨の中に飛び出していた。
ウソップがその背中に「風邪引くなよ!」と投げかけた。
「あ、カヤ傘持ってるって。じゃ、オレも行くわ」
ウソップのその声に生返事をしながら、私は、ゾロが去っていく後ろ姿をずっと見ていた。
ゾロが校門に差しかかったとき、暗がりからふと、浮き上がるようなピンクの髪が現れた。

「……ペローナ」

思わず、その名前をつぶやいた。

大きな黒い傘を差したペローナの前でゾロは立ち止まり、ほんの数秒の間を置いてから、ゾロはその傘を受け取った。
そして、ペローナもその中に入って、二人は校門の外へと消えていった。
雨の音が急に大きく聞こえて、頭の中に残響を作っていた。

……ペローナは、ゾロのことが好きなんだ。

こういうのは女の勘、というのかもしれない。
入学式の日、ペローナがゾロを教室まで呼びに来たあの時から、私は何となく予感していた。
そしてさっき、無表情のまま私を見ていたペローナは、視線の奥できっと思っていたはず。
ゾロに近づかないで、って。
ペローナも、私がゾロを好きだって気づいたんだ。
ううん、ペローナだけじゃない。ビビだってずっと気づいてた。

……どうしよう
このまま嘘をつき通せる?

その後、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
ただ、ベッドの中にいても、雨の音はずっと聞こえていて。
まんじりともしないまま、朝を迎えた。ひとつの結論とともに。

学園祭が終わったら、もうゾロとは話さない。
そして、サンジ君にちゃんと言おう。私もサンジ君のことが好きって。
言ってしまえば、きっと本当にサンジ君のことを好きになれるはず。

だって、サンジ君のキスは私をとても安心させてくれる。
それはきっと、私もサンジ君のことが好きになりかけているから。

「頭で考えるものじゃない」って、そういうことだと思うから。






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