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  偶然の、嘘と優しさ 37  

    ZORO x NAMI


さっきまで鳴いていたセミの声が止むと、どこか遠くからカナカナというもの悲しいヒグラシの声が聞こえてきた。
ああ、夏も終わりなのか、と思うと、まだ宿題を終えていない小学生のガキみてェな気分になって、急に寂しさを覚えた。

「あ、目が覚めた?」

オレンジ色の天井に、誰かの影が写っていた。

「あんたさー、剣道場で脱水症状起こしたんだってね。もう、大騒ぎだったみたいよ」

その声は、くいなだった。
天井の影はゆらゆらと揺れて形を変えていく。

「っていうか、あんた自己管理しなさ過ぎ。おばさんに聞いたら、食事もほとんど取ってなかったんだってね。それであれだけビールばっかり飲んでたら、そりゃ倒れるわよ」
「……オレはどうやってここに?」
「ああ、保健の先生が連れて来てくれたって」
「チョッパーか」

くいなの声とヒグラシの鳴き声、それが妙に心地よくて、オレはまた目を閉じて耳を澄ます。

「あんたんち、誰もいなくてさ。おばさんの携帯に連絡あったみたいなんだけど、おばさんもまだ仕事中だったから、私のところへ電話してきて、家から保険証取って病院に行ってくれって」
「何だよ……冷てェ親だな、ったく」
「寝りゃ治る、って言ってたよ。さすが、あんたの親だね」
「あ、やべェ。荷物学校に置いたままかもしれねェ……」
「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと届けてくれたから」
「ペローナか?」
「ううん、あんたの元カノ」
「そうか……」

まだオレは目を閉じていて、くいなの声よりもヒグラシの方へ意識が行っていたようだ。

……今、なんつった?

勢いよく起き上がると、くいなは慌てて点滴の刺さっている方の腕を掴んだ。
「ちょっと! いきなり動かないで!」
「今、誰が来たって!?」
「だからー、あんたの元カノ! あのオレンジの髪の子だってば」

いや、そんなサラッと言うことじゃねェだろうが!

「何でそれを早く言わねェんだよ!」
「今初めて聞かれたから答えただけでしょうが!」
「お前、オレが聞かなきゃずっと黙ってるつもりだったのかよ!」
「あんた何をそんなに怒ってんの?」

病室の中にもかかわらず、大きな声で言い合いを始めると、見かねた看護師が入ってきた。

「ロロノアさーん? 廊下まで聞こえてるから、もうちょっと静かにしてねー?」
「ほら、怒られたじゃないの!」
くいなが唇をとがらせてオレを睨みつけた。
「ねー、看護師さん! こいつがガーガーいびきかいて寝てるときに、かわいい女の子が荷物運んで来てくれたんだよね?」
「ああ、そうね。オレンジの髪の……細い体で大きな荷物持って、汗だくでここまでやって来たのよ〜。健気ないい子じゃないの!」
そう言って看護師はニヤニヤしながら病室を出て行った。
部屋の隅には、確かにオレの防具一式が置いてあった。

「……なんで、ナミが」

思わず、右手を見つめる。
夢の中で掴んだと思っていたナミの腕は、やけにリアルだった。
ブレスレットの石の冷たさや感触も、まだ残っている。

……まさかな

「本当に、いい子よねー。あんたなんかのために……」
くいなはそう言ってしばらくの間、窓の外を眺めていた。
傾いていく太陽が、部屋の中をオレンジから紫へと染めていく。

「ゾロ、やっぱり一緒にドイツへ行こう?」

くいなの顔は影になって、その表情はよく見えなかった。

「あァ? 何だよ急に。オレは行かねェって言っただろうが」
「いや、あんたが何を言おうと、引きずってでも連れて行く」
「だからオレは……」
「あの子にそうして欲しいって頼まれたから、そうするのよ」

……ナミが?

「私はねー、やる気のないあんたにはとっくに見切りつけてたんだから。それなら私とたしぎ二人で、ミホークに徹底的に稽古してもらおうって思ってた」

わからねェ。
どうしてナミが、ドイツのことを知っているんだ?

「でも、あの子があんたはドイツに行かなきゃダメだから、行かないと絶対に後悔するから、って」
あまりにもナミが必死で頼み込むもんだから、くいなも「わかった」と言うしかなかったという。
でも、何であいつがそこまで……

「あんたには、夢を叶えて欲しいんだって」

”ゾロの夢が叶いますように”

……あァ、そうだ。そうだったな。

ふいにナミの声と笑顔が頭の奥によみがえった。

オレはナミよりも自分の夢を選んだ。
ここで中途半端なことしたら、あいつを失った意味がなくなっちまうんだ。

「あんたたちが何で別れたのかは知らないけど……あの子の気持ち、くみ取ってあげなよ。……まだ好きなんでしょ?」
そう言われても、どう答えていいのかわからず、オレはくいなから顔をそむけた。
「まったく、あんたって、剣道以外はなーんにもできないんだね」

わかったようなこと言いやがって。
何か言い返そうと思ったが、そんな気にもならず、オレはまたベッドに仰向けに寝そべって天井を見た。

「もうちょっとで点滴終わるから、そしたら一人で帰って来なさい。防具は私が先に持って帰ってあげる」
そう言って、くいなは立ち上がり、部屋の隅にあった防具を担ぎ上げた。
「あー、重い! あんたの防具は人一倍重いんだよねー」
「わざとらしいんだよ」
オレが舌打ちすると、くいなは片目を閉じて「わざとだし」と笑った。

「ああ、最後にもう一つ、あの子からの伝言」

病室の入口で、くいなは振り返った。
防具を持っていることをすっかり忘れていたようで、ドアにガツンとぶつけやがった。

「ブレスレットありがとう、って」

「……」

……どうにも、今日はオレの頭のキャパを越える出来事が多すぎる。

「……なんで……」

それ以上言葉にならなくて、胸の傷とその奥が締め付けられるように痛くなった。
「ちゃんと伝えたからね」と言って、くいなは出て行った。

なんで……ナミはあのブレスレットがオレからのものだって知ってるんだ?

オレが夢で伝えたと思っていたあれは、現実だったのか? いや、そんなことあるわけねェ。
それよりも、ドイツへ行く話はどこで聞いたんだ? ペローナか? くいなか?
どうなってんだ? オレが眠っている間に、何が起こっていたんだよ?

聞きたいことはいっぱいある。でも、そんなことよりも。

「……何でオレが目ェ覚ます前に、いなくなっちまうんだよ」

自分の言いたいことだけ言って、消えちまいやがって。

頭の下の枕を引き抜いて、力任せに壁に投げつけると、随分とマヌケな音がした。
点滴が終わるのを待っているのも面倒になって、針を外そうとしたところへ、タイミング悪くさっきの看護師が枕の音を聞きつけてやって来て、おとなしくしてろと怒られてしまった。

ふてくされて、無理矢理目を閉じて時間が過ぎるのを待っていたら、気づかないうちにまた眠ってしまい、次に目を覚ましたのは随分と夜が更けてからだった。
看護師があきれて、もう大丈夫ならさっさと帰れと言った。元気になった途端、冷てェもんだ。

病院を出ると、 あんなに暑かった空気も少し涼しくなっていて、どこか遠くの空をジェット機が通過していく音が聞こえた。

「……ドイツか」

ミホークなら、「本当の強さ」ってやつをオレに教えてくれるだろうか?

ドイツに行けば何か答えが見つかるような気がして、急に気持ちが高ぶるのを感じた。
それと同時に、さっきまで頑なにそれを拒否していた自分が、まるで何かに取り憑かれた別人のようで、不気味さすら覚えた。
夢も見ずによく寝たせいだろうか。オレの頭は妙に冴え渡っていて、夜風が額を撫でていくとさらにすがすがしい気分になった。

ふと、ナミの声が聞こえたような気がした。

”この石には、心を浄化してくれる力があるんだって”

……んなわけねェだろうが。
そんなことを考えてしまう自分がバカバカしく思えた。
あれは夢の中の話だし、現実にだってそんなことあるわけねェ。

何でも、寝りゃ治るってことだ。

そう自分に言い聞かせて、無理矢理納得した途端、急に腹が鳴り出した。
まったく、オレの体は単純な作りになっているんだな。

近くにあった牛丼屋に入り、とりあえず特盛を注文した。








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