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最後の楽園 -last voyage- 3


SANJI × NAMI 



「おう」
「……あんた、まだいたのか」
男はこの間とまったく同じ場所で同じようにタバコをふかしていた。前回とは違って怪訝そうな顔をしてオレを見た。
「早く島を出た方がいいと言ったはずだが?」
「ああ、わかってる」
そう言ってまたオレは男の隣に腰掛け、タバコの火をもらった。風はそよそよとオレの髪を揺らし、タバコの煙を一緒に連れて行った。
「この島は狂ってる」
オレはつぶやくように言った。真っ直ぐ前を向いたままのオレの視界の隅に男の正面からの顔が映った。
「あんたの女は大丈夫か?」
「ん? ああ、やべえんじゃねえかな?」
そう言ってクックッと笑うと、男は真剣な顔でオレに詰め寄った。
「だから早く出て行けと……!」
「オレは逃げるのは好きじゃねえ」
「そういう問題じゃない! 手遅れになる前にこの島を出るんだ!」
男はオレのシャツを掴んで引っ張った。その振動でオレの口からタバコが落ちた。それを拾い上げて再びくわえながら、オレはまだ前を向いたまま言った。
「ナミさんは大丈夫だ。オレがいる」
「それを簡単にくつがえしてしまう力がこの島にはあるんだ!この島の神を侮るな!」
ようやくオレは男の方を向いて、ニッと笑ってみせた。
「……心の弱みにつけこむような神か?」

オレは知っている。

ナミさんが何を怖がっているのかを。

「あんたには大切な人はいなかったのか?」
オレは男にたずねた。男はぐっと口をつむいだが、うつむいて話し始めた。
「オレが海賊だった頃、寄港した島でひとりの女と出会った。オレたちは惹かれるままに愛し合った」
「でも、この島に連れて帰ってこなかったんだ?」
「ああ」
その女性には夫も子供もいて、彼女は家族を捨てて男について行くと言った。だけど男はそれを許さなかった。
「きっとオレと一緒になっても、島に残した子供のことをずっと思い続けることはわかっていた。だから連れてこなかった」
「なるほどな」
それ以上は聞かなかった。しばらくの間、オレたちは水田を通り抜ける風の軌跡を目で追いながら静かにタバコを吸い続けた。風の向きが変わって、オレが立ち上がると、男はオレを見上げて言った。
「勇気があるなら、この先にある神の祭壇に行ってみるといい。その女を連れてな」
ありがとう、とオレは男に礼を言ってその場を立ち去った。男の方は一度も振り返らなかった。風は止んでいた。

オレはナミさんのもとへは帰らず、ただあてもなく歩き続けた。ざわざわという葉擦れの音と、時々すれ違う人々の笑い声。時間を教えるものは、変わっていく空の色と、短くなっていく口元のタバコだけ。
ふと、立ち止まって遠くを見る。熱帯林の向こう側がオレンジ色に光っている。夕陽は見えない。木と空の境界線に光が溜まって、そこだけがじりじりと揺れている。

ここまで来た。そしてオレたちはあと少しでたどり着く。あの夕陽の沈んでいく方角。

ゆっくりと空の色が木と混ざり合うと、いつしかそこには満天の星がこぼれ落ちそうにちりばめられている。

目を閉じて思い出すのは遠い過去のヒカリ。

生ぬるい風が吹いてきた。オレはそれに背中を押されるように歩き出す。

 

もう、帰ろう。

 

その日の朝霧は部屋の中まで侵入していた。窓の外は真っ白で、そしてベッドに横たわるナミさんの姿もぼんやりと見える。すやすやと眠るナミさんと向かい合うように横たわり、その髪をゆっくりと撫でた。するとナミさんはうっすらと目を開けて、何事もなかったように「おはよう」と言った。昨日帰ってこなかった理由は聞かなかった。
「ナミさん……」
オレが言葉を繋げる前に、ナミさんは目を閉じたままオレの胸に顔をうずめて、小さくもはっきりとした声で言った。
「サンジ君」
「ん?」
「私……この島に住みたい」
ふっと笑ってオレはナミさんを抱きしめた。ぎゅっ、と強く抱きしめた。
「……そうだね」

陽が昇る前にオレはナミさんを連れ出して、昨日あの男が言った祭壇に向かった。
「サンジ君……どこに行くの?」
手を繋いで、体ひとつ分遅れてナミさんがついてくる。オレは顔だけ後ろに向けて微笑んだ。
朝露に濡れるあぜ道を進んでいく。ときどきよろめきそうになるナミさんの肩を抱きながら、密林の奥の祭壇を目指す。
空気の流れが変わったときに、ナミさんが立ち止まった。繋いでいる手には汗が滲んでいた。
「ダメ……、ここから先に行っちゃダメ」
ナミさんの手が震え始めたけど、オレはその手を強引に引っ張って先に進んだ。
「ダメだって、サンジ君! この先には……」
「ナミさん、何で知ってんの? この先に神様の祭壇があるってこと」
オレがそう聞くと、ナミさんははっと驚いてまた立ち止まった。
「……なんで? 私……」
言葉にならず、ナミさんは口に手を当てている。
「おいで、ナミさん。その理由はオレが教えてあげる」
そう言ってナミさんの手にキスをすると、ナミさんは不安そうな表情ながらも静かにうなづいた。  

密林を抜けると、突然何もない空間が現れた。霧に包まれたその場所で目を凝らすと、古びて今にも崩れ落ちそうな祭壇があった。空は熱帯雨林の大きな葉で覆われている。薄暗いひんやりとした空気が流れる。
オレの手から離れて、ナミさんは祭壇に向かって歩き始める。オレはその後についていく。祭壇に触れると、風化した壁がカラカラと崩れ落ちていく。高く伸びる祭壇のてっぺんを見上げて、ナミさんがゆっくりと話し始めた。
「この島の神様はね、姿がないの。だから、祭壇の上には何も祀られていない。祈りを捧げると、あの上に神様が降りてくるんだって」
「じゃあ神様を呼ぼう」
そう言ってオレはナミさんを後ろから抱きしめた。耳と首筋に唇をはわせながら、強く抱きしめる。
「あ……サンジ君……?」
一瞬鳥肌を立てて、ナミさんはオレの腕の中でもがいたけど、オレはナミさんの体に吸いついた。
「こうやったら神様が降りてくるんだろ? オレの体に」
執拗なオレの愛撫に耐えられず膝をガクガクさせて座り込んだナミさんを抱え込んで、一枚ずつ服をはがしていく。ナミさんのカラダには甘い花の香りがすでに染みついている。
「やっ……サンジ君、ダメ……」
カラダは敏感にオレの唇や手に反応しているのに、ナミさんは眉をひそめて抵抗しようとする。
「ナミさんは神様に見初められたんだよ。この島に来て最初にオレたちが訪れたあの寺院で……ゾクゾクしたって、言ってただろ?」
そう、甘い花のオイルマッサージも、花を浮かべた沐浴も最初からナミさんには必要なかった。ナミさんはこの島の地に足をつけた時から、とっくに神様に選ばれていたんだ。
「何……何のこと?」
瞼を半分閉じて、肩で息をしながら、ナミさんが言った。オレはナミさんを向かい合わせに抱き上げて、その胸に吸いつく。ナミさんは甘い声を出してカラダを反らせる。胸の間に何度も鼻をこすりつけながら、オレはつぶやく。
「オレを捨てる準備はできた?」
「なっ……何言ってるの!?」
その答えの代わりに激しいキスをすると、オレはナミさんの腰を抱きかかえて、向かい合ったまま交わった。
「ああっ……!」
ナミさんのカラダが大きく反り返る。オレはナミさんが後ろに倒れないように、しっかりと抱きとめた。
「ほっせぇ腰……」
その腰をしっかり支えて、オレはナミさんのカラダを揺らした。至近距離でナミさんの恍惚の表情を見つめる。

まだオレはここにいる。

舐め合うようなキスをしながら何度も何度もナミさんを突き上げていく。ナミさんが髪を振り乱すと、汗が飛び散る。オレの息も荒くなる。目の前ではナミさんの胸が踊っている。
「サンジ君……サンジく…んっ……!」
「ナミさん……オレからすべて吸い取ってくれ……!」

そうしたら神様のもとへ行けるんだよ?

オレは多分ここで果てる。そしてナミさんはオレのことをすべて忘れて、オレを捨てて行ってしまうんだ。

でも、まだオレはここにいる。

ナミさんの声がこのぽっかりと空いた密林の空間にこだまする。空を覆う葉の隙間から、太陽の光が細く射し込み始めた。朝がやってくる。

ナミさんの髪に指を通して、両手でその頭を抱え込んで何度も何度もキスをする。いつしかナミさんは自らカラダを上下に動かして、オレと深い交わりを求めていた。オレとナミさんは指をしっかりと絡めて手を繋いでいる。
「ナミさんっ……ナミさん……!」
カラダの擦れ合う音とナミさんのあえぐ声の合間を縫って、オレはナミさんの名前を呼び続ける。

オレはまだここにいるんだ。ナミさんを抱いているのはこのオレだ。神じゃねえ。

熱帯雨林の天井の向こうには朝陽が昇っている。見上げているナミさんの背後から何本も細く強く射し込む。ナミさんが揺れると、それは現れたり隠れたりして、オレの目の前でチカチカと瞬く。
「さっ……サンジ君っ!!」
かすれた声でそう叫ぶと、組んでいた指がするりと抜けて、ナミさんのカラダがスローモーションでオレから離れていくのが見えた。目の前に降りてきた光の糸は、ナミさんを捕らえようと格子のように張り巡らされている。

行かせてなるものか。

ゆっくりとのけぞるナミさんのカラダを掴まえようと手を伸ばす。汗で滑って何度も抱え直して、オレはナミさんをしっかりとだきしめた。オレの肩にもたれて、ナミさんは小刻みに震えながら荒い息を吐いていた。
「うっ……ああっ……」
オレの肩から背中に熱いものが流れていく。ナミさんの涙がとめどなくオレを濡らす。
「怖かった……怖かった……!」
オレの首にぎゅっと抱きついてナミさんは嗚咽混じりにそう言った。その髪をゆっくりと撫でながらオレはナミさんの耳元に唇をつける。
「……どうしたの?」
はあ、はあ、と大きく息をしながら、ナミさんは話し始めた。
「甘い花の香りがして……手首を掴まれたの……ものすごく強い力で。そのままあの光の方へ引っ張られて……どこかに連れて行かれそうになった。だから……だからサンジ君の名前をずっと呼び続けたの」
頬に残る涙を舐め取りながら、丁寧にキスをしていく。
「聞こえてたよ……オレも、ナミさんがどこにも連れ去られないように、しっかりと掴まえていたよ?」
また瞳にいっぱいの涙を溜めて、ナミさんは何度もうなづいた。
「うん……うん……!」
「ここにあの甘い花の木はない。すべては幻だったんだよ、ナミさん?」
オレがそう言うと、ナミさんははっと息を飲んで、オレを見た。
「幻なんて……そんなはず、ない……!」
「幻だったんだ。すべてはナミさんが一人で見た幻だよ」
「ウソ……!」
必死で首を振るナミさんの顔を両手で抱えて、オレとナミさんは真っ直ぐに見つめ合った。
「ナミさんの心の中にある恐怖が見せた幻だよ?」
「私の……?」
「そうだよ」

君はまだ何かに脅えているだろ? その恐怖から逃れようとすればするほど、がんじがらめになることに気づかずに。
目を背けたその場所に神がいたんだ。そして手招きをする。現実を忘れたいと思う気持ちが強いから、君は引きずり込まれるように幻の世界に足を踏み入れた。そこで何を見たのか、オレにはわからない。ただ、その居心地の良さに浸ってしまった君は、少しずつオレのことを忘れ始めた。そうだろう?

「そろそろ帰ろうか……ナミさん。この島を出よう」

びくっ、とカラダを緊張させて、ナミさんは不安げな目でオレを見た。そしてまた首を左右に振るとオレの首に抱きついた。
「怖い……」
「怖くなんかないよ? だって、ナミさんの育った場所に帰るんだろう?」
「でも……怖いの……! きっといろんな事を思い出してしまう……」
少し震えるナミさんのカラダを離して、その先の言葉を遮るようにぴったりと唇を合わせた。何度も角度を変えながら体温を交換するように。時間を教えるものは何もない。
唇が離れて、ハーッと大きく息を吐き出すと、朝霧と汗で湿ったナミさんの額に溜まった滴が重力に逆らえず静かに流れ落ちた。
「オレがいるよ」
濡れた髪をかき上げて、その額に口づける。
「忘れないで、ナミさん。オレがいるから」
額から鼻筋を通って、また唇に触れる。
「ずっと側にいるから……ナミさんがどんなに泣いても、怯えて叫んでも、オレはナミさんの一番近くにいる。だから、何も怖くはないんだよ?」
目を閉じて、顔じゅうにキスを受けながら、ナミさんは何度もうなづいた。
「ナミさん、忘れないで?」
額と鼻の頭をつけたまま見つめ合う。もう、オレたちを支配する時間は存在しない。

「オレはナミさんを愛してる」

「あ……」
ナミさんの瞳に再び涙が溜まり、唇が震え始めた。
「誰よりも愛してる……ずっと……ナミさんひとりだけを」
オレの目を覗き込みながら、ナミさんはボロボロと涙をこぼした。
「それを忘れないでくれ」
「うん……!」
涙で濡れた頬を、ナミさんは何度もオレに擦り寄せた。

太陽の光はいつの間にかぼんやりとした光のベールになって、祭壇の上で鈍く光っていた。ナミさんを強く抱きしめたままオレはそれを見上げた。

残念だったな。まだナミさんは渡せねえんだ。

いや、永遠にそこには行かせない。

「サンジ君……ありがとう」
そう言って満面の笑みをくれたナミさんを、湿った草の上にゆっくりと横たえ、オレたちはもう一度抱き合った。
「サンジ君……サンジ君、愛してる……!」
甘い吐息でナミさんがオレの耳元で囁く。甘い花の香りはもう消えてしまった。そんなものはなくてもかまわない。
オレがナミさんを思う気持ちそれだけで、オレはナミさんを何度でも、何度でも抱くことができる。

ゾクゾクするんだ。指の先まで震えてしまうくらいに。きっと、オレの目の前にいるナミさんこそが、オレにとっての神……女神なんだ。

オレがひざまずき、かしずくことのできる唯一の人。唯一の存在。

ナミさんを愛している。

オレはそれだけでナミさんを守っていける。

ずっとずっと、永遠に。

オレは永遠にナミさんを守り続ける。




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