「直りそうかよい?」
「ああ、大丈夫じゃ。金具が緩くなっていただけのようじゃな。なあに、あと数か月もすれば新しいブレスと交換するから、それまでの応急処置でいいじゃろう」
「ところでカクよい。お前、この石を見つけたから警報装置を止めたのかよい?」
「いや、止めてはおらん。もともとこの石はお前さんの希望でブレスに埋め込んでいるものじゃ。外れたところで“本体”には何の影響もないんじゃよ」
「なるほど、そういうことかよい。さすがに今朝は心臓が止まるかと思ったよい」
「お前さんほどの男が、朝まで気づかないとはのう……それも不思議じゃが、まさかこの硬い石が二つに割れるとは」
島の管理局で、マルコは「カク」という男と話していた。
カクは、ペンチとピンセットを器用に使い、マルコのブレスレットに青い石を埋め込んでいる。
そしてマルコは、二つに割れた石の小さい方の欠片を光にかざしながら、その青い光の中に懐かしい光景を見ていた。
「オヤジさんの形見なんじゃろう?」
「あァ……そうだよい。オヤジが死んで、オレたちがバラバラになるときにみんなで分けたんだよい」
あいつらは元気でやっているのだろうか。離ればなれになった仲間を思い、マルコは目を細めた。
……そんじょそこらの衝撃じゃ割れねェって、ジョズの奴が言っていたのに、何で人にぶつかっただけで割れちまったんだ?
言葉には出さず、マルコは考えていた。
「はいよ、完成じゃ」
「ありがとよい」
カクからブレスレットを受け取ると、マルコは素早くそれを右手首に巻き付ける。その時、手首のその部分だけが一切日焼けせずに白くなっているのを見て、随分と長くこれをつけているんだな、と改めて思った。
幅のある皮のベルトをきゅっと締めると、その真ん中に青い石がほのかに輝いている。そこへカクがすかさず手を伸ばし、熱くなったコテで、ベルトの金具をジュウッと溶かして焼き付けた。これで、ブレスレットはマルコの腕から離れることはない。もちろん、外す気もないが。
「この時ばかりは自分が囚われの身だって実感するよい」
「ははは、何を今さら」
カクは笑いながら、奥の給湯室からコーヒーを入れて持ってきた。
「もう10年になるんじゃのう……今じゃすっかり島の用心棒じゃな。島の住民もすっかりお前さんを頼ってるみたいだし、もうそんなものをつける必要はないのかもしれんが……」
ブレスレットをつけた右手でコーヒーを受け取ると、マルコはそのまま一口飲んでから口を開く。
「それでもしオレが逃げたら、お前の左遷先はあるのかよい?」
ニヤリ、と口元を持ち上げてマルコはずいっとカクの長い鼻の先に顔を近づけた。
「そうじゃな……お役ご免でここへ流されたワシにとっては、もう行くところなんてないじゃろう」
「じゃ、そんときはあの宿を頼むよい」
そこで顔を見合わせて、二人で声を上げて笑った。
カクは世界政府の役人で、かつては秘密諜報部員というポジションにまでいた男だ。
その昔、所属するチームが世界規模の大失態をおかしたことで、チームは解散し、カクは小さな島の小さな管理局に左遷されたのだ。
とはいえ、暗殺まで許可されていたという諜報部だ。カクの身体能力はずば抜けており、マルコの監視をするにはうってつけとも言える。しょっちゅう顔を合わせているお陰で、すっかり仲良くなってしまったが、本気で手合わせをした時には果たしてどちらが勝つのか、二人にもわからなかった。
ただ、闘わない方が得策だとわかっているし、闘うつもりもない。世間話のできる茶飲み仲間ぐらいの関係が一番心地よかった。
「ところでカクよい」
「なんじゃ?」
ずずず、と音を立ててコーヒーをすすると、カクは愛らしい目を開いてマルコを見た。
「うちの宿にニコ・ロビンという女が泊まっている。おそらくウエストブルーから来たんだと思うが、ちょっと素性を調べてくれねェかい?」
「ほう、お前さんが女の話をするのも久々じゃのう」
からかうようにカクは笑ったが、マルコは眉間にしわを寄せて声をひそめた。
「そんなんじゃねェよい。その女、オレのことを知っているみてェなんだよい」
すると、カクは緩めていた表情をすっと引き締めた。
「なるほど……それは当局としては警戒しないといかんのう。わかった、調べてみよう。お前さんの他の仲間とも接触している可能性を含めて」
管理局を出ると、街はすっかり目を覚まし、活気に満ちあふれていた。
太陽も高く昇り、まぶしい光が容赦なく上からふり注いでくる。
マルコは今になって恐ろしいほどの睡魔に襲われていた。あくびを連発しながら、宿への道のりを歩く。
そういえば、屋上にコーヒーと新聞を置きっぱなしにしてきた。きっとコーヒーは冷め切って、マグカップに黒い線を残しているだろう。几帳面なマルコは、飲みさしの器を放置するのが嫌いだった。
もう一度大きなあくびをして、首をひねり骨を何度か鳴らす。
どうにも、あのエースという少年が来てから調子が狂いっぱなしだ。
ロビンのことで気を取られていたが、エースについても素性を調べておく必要がありそうだ、と思ったその時――
「おーい! マルコ〜!」
遠くから大きな声をあげて走ってくるエースの姿が見えた。
「ああ、起きやがったよい、あの疫病神……」
思わずマルコは声に出してつぶやいた。そうとは知らず、エースは満面の笑みで近づいて来ると、マルコの前で急停止して、脱げかけていたオレンジ色のテンガロンハットをかぶり直した。
「腹減った!」
「はァ?」
ニカッと笑うその顔を見て、マルコはピヨピヨとエサを欲しがっているヒナ鳥を想像してしまった。
思わず吹き出して笑うと、エースは不思議そうにマルコの顔を覗き込む。
「……わかったよい。ちっと早ェがメシにするか」
少し意地悪をしてやろうと、マルコが選んだのはエースが昨日食い逃げをしたあの食堂だった。
店主はエースの顔を見るなり、わなわなと額に青筋を立てた。エースはバツが悪そうに笑ったが、とくに反省している様子でもなかった。
「昨日の分も合わせて払うから、心配すんなよい」
マルコがやんわりと店主を制して、席につくと、エースは遠慮無くメニューにある料理を片っ端から注文した。
ずらりと並んだ料理を見るなり、エースは両手を伸ばしてそれをわしづかみにし、息をする間もない程のペースで頬をふくらませてがっついている。その様子を、マルコはもちろん、店の客もあんぐりと口を開けて眺めていた。
「すげェ食べっぷりだな……」
「ハムスターみたい」
「うまそうに食うじゃねえか。オレにもあの肉くれよ」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。マルコがひとつため息をついて店主を見ると、店主も満足そうな表情で、次に来るであろう注文に備え、戦闘態勢でエースの側に構えている。
「……コック冥利に尽きるってやつかよい」
やれやれ、と自分も料理に手をつけた。
本能のままに生きている少年の、一挙手一投足すべてがマルコの心をざわつかせる。
自分も昔はこんな風に自由気ままに生きていたのだろうか、と過ぎ去った日々への郷愁が溢れてくる。
根拠のない自信とか、たぎる若さとか、後先を考えない無鉄砲さとか、そういうものは一体どこへ置いて来てしまったのだろう、と記憶の隙間を縫うようにたどっているうちに、マルコの手は止まっていた。
「なあ、マルコ!」
エースに大声で呼ばれて、ハッと我に返ると、エースはやはり人なつっこい笑顔で、「食わねえんなら、オレにくれよ!」と返事も聞かずにマルコの肉を奪った。
大きな口を開けて肉をほおばるその姿は、誰かが言ったように小動物のようで。
そんな顔すりゃ何でも許してもらえると思って……と、苦笑しつつも、許すなと言う方がきっと無理なんだろうとマルコは一人で納得した。
つまり、この少年には何かを期待せずにはいられないのだ。
それが何なのかはわからないが、ただ、期待してしまう。
彼の存在が、平凡に繰り返す日常を「非日常」に変えてくれるのではないかと――
「また来いよ、エース! 毎日でもいいぞ!」
昨日さんざん怒鳴り散らしていた食堂の店主はすっかりご機嫌になって、店の外まで見送りに来てくれた。
「わかった! じゃあまた明日も来るからな!」
調子に乗ったエースがそう言って大手を振ったところに、マルコは容赦なく鉄拳をふるった。
「誰が金払うと思ってんだよい!」
「……ってーー!!」
普段は抑えている力を解放して、覇気を込めて殴ってやったので、エースはかなり長い間うずくまって悶えていた。
「ねみィからさっさと帰るよい」
そう言って、マルコは後ろを振り返らずにすたすたと歩き始めた。
屋上に置きっぱなしのコーヒーが気になる。風呂の掃除もしておきたいし、夕食前に少しは仮眠も取りたい。
頭の中であれこれ考えていると、背後にエースの気配が感じられず、「まさか」と思い振り返った。
エースはうずくまったまま、置物のように動かなかった。
通行人が何事かと振り返り、立ち止まり、集まってくる。いつしかエースの周りには人だかりができていた。それをかき分け、マルコはエースに近寄りその体を起こした。
「……やっぱり寝てやがるよい……!」
さっきの食堂の店主のように、自分の額に青筋が走るのがはっきりとわかった。
もう一度、覇気満タンの拳で殴ってやろうかとも思ったが、人目もあることだし、と思いとどまった。
エースの体を抱えて、人混みを散らすようにその場を離れ、宿へと急ぐ。
いくら自分より小さいとはいえ、そこそこでかい図体を背負って歩くのは、寝不足のマルコにはさすがに辛かった。おまけに太陽は南中を過ぎ、ギラギラと照りつけているため、額からどんどん汗が流れてくる。
人気のないところに行ったら絶対に殴り起こしてやる、と何度も思いながら、それでもマルコは足を止めることなく進み続けた。いつの間にかすっかり自分の背中に身を委ねているエースの規則正しい寝息が、ちょうど耳元で聞こえてきて、起こすのが忍びなく感じられたのだった。
森を抜け、ようやく宿の手前まで来たところで、マルコは首を回し、肩にもたれているエースの顔を覗き込んだ。
穏やかで、何の不安もない寝顔。
「……フィ……それ、オレの肉だぞ……」
よく聞き取れなかったが、夢の中でもきっとたらふく食っているんだろう、とマルコは呆れて肩をすくめた。
「……眠るのが怖いなんてこと、あるわけねェだろい」
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