「エースは相変わらずご機嫌ななめかよ?」
食堂に戻ると、すでに酒盛りを始めていたサッチがニヤニヤしながら聞いてきた。
「甲板でゴロゴロ転がっていたよい」
「何だそれ? おもしれえヤツ! どっかの1番隊長殿が新入りいじめなんかするから」
「別にいじめてなんかねェよい」
その傍らで他の隊長たちも笑いながら、酒を注ぎ合っている。
「マルコは殊の外エースには厳しいからな」
「それはアレだろ? やっぱり次の2番隊隊長にエースを就かせようって思ってるからじゃねぇのか」
「オレは賛成だ。あいつは十分に強いし、結果も出している」
「うむ。仲間からの信頼も厚い。オレもあいつを推してもいいと思う」
長らく欠番だった2番隊の隊長にエースを、という案について、隊長たちは口々に話し始める。
「オレだって別に異論はねェよい」
「じゃあ明日にでもオヤジに……」
「まァ、そう焦るなよい」
その先の話を切り捨て、マルコはグラスの酒を一気に飲み干した。
喉に熱いものが通り過ぎるのを感じながら、心の中だけでつぶやく。
……どうにもエースはオレに懐かねェなァ……
気がつけば、いつもエースを目で追っている。
無鉄砲で怖いもの知らずで自信家で、変なところが礼儀正しい。
そしてよく笑い、よく食べよく寝て、よく怒る。
見ていて飽きない。
この船を降りるか、白ひげのマークを背負うか。
その決断をエースに迫ったのは誰でもない、自分だった。もちろん、仲間として受け入れる気持ちがあったからだ。
そして本当にエースを仲間として迎えると、それまで誰にも笑顔を見せたことのなかった少年は、人懐っこい笑顔を振りまいて、あっという間にこの船に馴染んでしまった。
それなのに、未だに自分には警戒心をむき出しにするのは何故だろうか?
自分が構うとエースは身構える。
何か接し方に問題があるのだろうかと、いつも考えてしまう。
つい厳しくしてしまうのは、それだけ期待をしているからなのに、どうにも伝わっていない。
「……あいつはオレにだけ懐かねェ」
ぼんやり考えているうちに、心の声が漏れてしまうと、側にいたビスタがワイングラスを傾けながら静かに答えた。
「それは、エースがお前に求める物がオレたちに求めるそれとは違うからではないのだろうか? そして逆もまた然り」
「あァ? なに小難しいこと言ってんだよい」
「何だマルコ、お前まさか気づいてねぇとか?」
ワノ国の酒をぐい飲みで一気に流し込み、イゾウが珍しく声を上ずらせた。
「……何がだよい?」
「あの年頃はいろいろと複雑なんだよ」
「……はァ?」
「そうそう、素直になれねえ乙女心……じゃねえけど。まーまー、それはいいから! 飲もうぜ、な!」
サッチが横からどぼどぼと酒を注いで来て、そこでその話は終わった。
マルコも特にそれ以上気にすることはなかったが、ただ何か釈然としないまま酒をあおった。
「おい、つまみ残ってるか? エースが餓死しそうだから何か食わせてやってくれ」
間が良いのか悪いのか、ちょうど別の場所で飲んでいたフォッサとブレンハイムが、エースを連れて食堂へ入ってきた。
「甲板で死んだように動かなかったからよ、びっくりしたぜ」
「全く、手のかかる新入りだ」
図体の大きな二人の間からエースがばつが悪そうに顔を出すと、食堂は笑いに包まれた。
そして厨房からありったけの残り物を持ってきてテーブルに山積みにすると、エースはそれを片っ端から口に入れ始める。
やれやれ、と隊長たちが半ばあきれながら、それでも家族のような温かい目でエースを見守っていると、ふいにマルコが立ち上がり、グラスを持ったままエースの向かい側に座った。すると、エースは一瞬で体を硬直させる。
ほろ酔い気分で機嫌がよかったのか、マルコは口元に穏やかな笑みを浮かべながらじっとエースの様子を眺めている。
「じ、ジロジロ見んなよ! 食いづれえだろ!」
顔を真っ赤にしてエースがそっぽを向くと、マルコは珍しく声を上げて笑った。
「食事の途中に出ていったりするから、腹が減るんだよい」
エースは内心「誰のせいだよ!」と思いながらも、目の前で反則技の笑顔を見せられると、つい期待してしまう。
それがどんな期待なのか、自分でもよくわからなかったが、何か少しだけマルコと近づけるような気がして。
手と口を黙々と動かしながらも、何を話そうか、どんな話を振られるのか、と頭の中はフル回転していた。
マルコはというと、普段から眠そうな目をさらにとろんとさせてほおづえをつき、グラスの酒をちびちびと飲んでいる。しかし、視線だけはエースから離すことはなかった。
「なァ、エースよい」
……来たっ!
エースの心臓ははっきりとわかるくらいに大きく脈打った。
「な……何だよ?」
どんな顔をしていいのかわからず、エースは口を一杯にしたまま、眉間にしわを寄せてマルコの方を見た。
「お前は、オレの前では全然笑わねェんだなァ」
エースの手元から肉が落ち、それを見ていたサッチとイゾウは思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「鈍いおっさんは最強だな」
「つーか、ああいうのを天然って言うんじゃねぇのか?」
いい年をした男が、自分の年齢の半分ほどの少年に向かって何を言い出すのやら。
端から見ると、おっさんの一挙一動に振り回されている少年の姿は滑稽極まりない。
そして、そんな少年にやけに構いたがるおっさんの姿も、これまた奇妙だったりする。
「だ、だってそれは、マルコがいつもオレに小言ばっかり言うから……!」
エースはうつむき、もごもごと言葉尻を濁す。
いきなりそんなことを言われても、返事に困るだけなのに。多少酔っぱらっているとはいえ、予想外のマルコの発言にエースはどう答えていいのかわからず、ますます険しい顔になってしまうのだった。
「何だ、そんなことでスネてんのかよい」
マルコにとっては取るに足らない理由で、思わず吹き出してしまう。
「そんなことって……そんなことって何だよ!」
「別に普段お前に注意していることは、小言でもなんでもねェよい。お前のためを思って言ってることだろい」
「い、言い方ってもんがあるんだよ! 人のこといつもガキ扱いして……」
「ガキなんだから、仕方ねェだろい」
「だからそこがムカつくんだ!」
「わかったよい、エース。今度からガキ扱いしねェから」
「そ、それだけじゃねえよ! さんざん説教しておいて、何でいつも手の平返したようにフツーに話しかけてくんだよ?」
「そんなもん、引きずってもしょうがねェだろい」
「オレは引きずってるんだよ!」
マルコはほろ酔いながらも、エースが笑わない理由は自分が他の連中より優しくないからだということに気づき、また口元をゆるめる。
……
要するに、もっと甘やかしてやればいいってことだろい。
そういうところはてんでガキじゃねェかよい……まァ、そんなところも……
……そんなところも、何だ?
心の中のつぶやきとはいえ、その先の言葉を明確にすることに何故か抵抗を覚えて、マルコはそれ以上考えることを止めた。
目の前ではエースが相変わらず不機嫌そうに口をとがらせている。その表情がおもしろくて、また構いたくなる。
「そりゃ悪かったよい。今度上陸したら、うまいもんでも食わせてやるから」
「そんなんで……機嫌なんか……」
うまくあしらわれそうになったが、結局ガキ扱いされていることには変わりないことに気づき、エースは複雑極まりない表情で口ごもる。
すると、マルコはとどめと言わんばかりに反則技のあの笑顔を向けて、エースの心臓を打ち抜いた。
「それでお前が笑ってくれるなら、安いもんだよい」
「なっ……!」
……こいつ、天然だ!
その場にいた全員−−マルコとエースを除く−−が同時に思ったことだった。
エースは大きく目を見開いて硬直していたが、ハッと我に返りおもむろに立ち上がる。
「そそそ、そんなんで簡単に笑ったりしねえからなっ!!」
言葉とは裏腹に、エースは顔を真っ赤にしてそう言うと、逃げるように食堂を飛び出していった。
マルコは、ぼんやりとしたまま、エースの出て行った扉を見つめ、そして振り返る。
「オレは、何か変なこと言ったのかよい?」
その瞬間、食堂は爆笑の渦に包まれた。
腹を抱えて笑い転げる隊長たちを見て、マルコはさらに首を傾げる。
「ちょ、勘弁してくれ……! 何だこの二人、おもしろすぎる……!」
ハルタがテーブルをバンバン叩きながら涙を流して笑っている。
「自覚がねぇってのが、一番の罪だよなぁ……」
イゾウがマルコの肩に手を置き、しなをつくってため息をつく。
「何の自覚だよい?」
自分が笑われていることに納得がいかず、マルコは眉をひそめる。そこへサッチがやれやれと両手の平を上に向けて近づき、ニヤリと笑った。
「まあ何はともあれ、エースを追いかけろ。そんで……」
サッチがそっと耳打ちをすると、マルコはますます険しい顔になっていった。
「はァ? 何でオレそんなこと……!」
「いいから、やってみろ。そしたらお前も理由がわかるから!」
そして促されるままに、マルコは席を立ち、エースの後を追いかけることになった。
食堂に残っている隊長たちは、扉が閉まった瞬間にポケットから金を出し、賭けを始める。
「エースが堕ちる方に100ベリー」
「いや、マルコが骨抜きになる方に500ベリー!」
「どっちも同じだろ?」
「これで当分暇つぶしができるなあ」
テーブルの上に投げ出されるコインと紙幣はどんどん増えていく。
それをサッチがかき集め、数えながら笑う。
「マルコはマルコで全く自覚がねえし、エースはエースで真逆の行動に出るし、見てて飽きねえな、あいつら」
「あぁ、さっきのマルコの発言、どうみてもありゃ愛の告白だ」
イゾウが肩を揺らしながらきせるに火を点け、煙を吐き出すと、食堂内は再び笑い声に包まれた。
鈍いおっさんと、素直じゃない少年はどうにも「かけひき」が不得意のようで−−
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