「Should auld acquaintance be forgot, And never brought to mind〜♪」
年越しを迎える直前、音楽家の奏でるピアノの伴奏に乗って、モビーディック号の上では大合唱が始まっていた。
クルーも傘下の海賊団も全員が胸の前で腕を交差し、右手で左隣の者と手を繋ぎ、左手で右隣の者と繋がる。やがてそれは大きな大きな輪になって、この船の上にいる全員が心をひとつにする。
エースは、交差した左手を目一杯に伸ばし、親愛なる白ひげの指に触れていた。そして、もう片方の手は隣にいるイゾウの左手と繋がっている。左手からはとても温かい体温が流れてきて、右手にはひんやりとした感触。
ウエストブルーのどこかの島で聞いた歌を気に入った白ひげが、一年の終わりには必ずクルー全員と歌う”年越しの歌”。
「ワノ国では、全く違う歌詞なんだよなぁ」
何度も繰り返されるフレーズを、イゾウは一度だけ違う言葉で歌った。
「蛍の光、窓の雪〜♪」
「へえ、蛍ってかっこいいな!」
隣で聞いていたエースが笑いながら言うと、イゾウは赤い唇をくいっと持ち上げて静かに笑った。
「でもこれはなぁ、別れの詩なんだよ。伝わって来る時にどこでどう変わったのかは知らねぇが、オレには悲しい歌ってイメージがあったから、本当の歌詞の意味を知って驚いたよ」
ウエストブルーで何百年も前から歌い継がれているというこの歌は、過ぎた過去を懐かしみ、友と分かち合いながら未来へ進もう、という意味らしい。
"遠き昔のために 友よ
遠き昔のために、友情の杯を酌み交わそう
遠き昔のために"
「へえ、悲しい別れの歌より、楽しい方がいいもんな!」
特に深く考えずに、エースはニカッと笑ってすぐに歌の続きを口ずさみ始めた。
「邪魔するよい」
そのエースとイゾウの間にあまりにも自然に入り込んできたのは、つい先ほどまで広いモビーの中を端から端まで行き来していた一番隊隊長のマルコ。傘下の海賊団からの献上品をまんべんなくクルーに配って回っているうちに、歌の輪に入りそびれたらしい。
と、いうのはただの言い訳で。
「何でわざわざここまで戻ってきて割り込んで来るかねぇ、このおっさんは……」
イゾウが呆れながらもエースの手を離すと、マルコはすかさずそこに自分の手を滑り込ませてきた。先ほどまで触れていた冷たい手よりもほんのりと温かみを持つ大きくてごつい手。
「遅えよ、マルコ」
不満の言葉も、どこかそのトーンには明るさが含まれていて、そして何よりも、エースの表情は隠しきれない嬉しさで満たされていた。
「And we'll tak' a right gude willie-waught, For auld lang syne〜♪」
その笑顔に応えるように、マルコはエースの耳元で歌を口ずさみ始めた。少しこもったような、かすれたような声が耳のすぐ側で空気を震わせると、エースは思わず「ひゃっ」と声を上げ、顔を真っ赤にしてマルコを見た。
「ほら、そろそろ年が明けるよい」
「あ、うん……」
そして、歌が終わり、1600人余のクルーと参加の海賊たちが水を打ったように静かになると、白ひげはグラララと笑い、目を細めてうなずいた。
「愛する息子たちと一年を共に過ごし、そして新しい年を迎えることが出来たオレは、幸せ者だ。さあ、大いに祝おうじゃねェか」
次の瞬間には地響きのような歓声が沸き起こり、全員が声を揃えて叫んだ。
「Happy New Year!!!」
そしてあちこちから酒樽を割る音、ボトルの栓を開ける音、ジョッキがぶつかる音が聞こえ始める。
あっという間にほどけた輪は、人の海に変わり、盛大な宴に突入した。
しかし、エースの右手の拘束はまだ解かれていなかった。
「あの、マルコ? あけましておめで……」
そう言おうとした瞬間に、くい、と右手を引かれると。
「エース、誕生日おめでとう」
また耳元で空気が震えた。
「こっちを先に言っておかねェとなァ……あけましておめでとうはその次だよい」
そう言って、マルコはニヤリと笑った。
「えっと、あの、うん……サンキュー」
顔を赤くしたエースは戸惑った表情で口をもごもごと動かした。
モビーに乗って2回目の誕生日を迎えるともなれば、嫌いだった誕生日もほんの少しだけ「悪くない」と思えるようになっていて−−
この船では、毎日誰かが誕生日を迎えて、毎日のように「おめでとう」という言葉を聞き、自分も口に出す。
そうしているうちに、それを言っている自分が嬉しくなってきて、誕生日というのはもしかしたらその本人よりも、周りにいる人たちが嬉しい日なのかもしれないと思うようになって。
それを決定づけたのが、4月の白ひげの誕生日。
「おめでとう」の言葉に込めた「出会えてよかった」という思いが強すぎて、ひとりで涙ぐんでいたところを、他の隊長たちにからかわれたのを覚えている。
そして何よりも、数か月前のマルコの誕生日には、自分が一番最初におめでとうを言えたことがとても嬉しかったし、たった今、誰よりも先にマルコにおめでとうと言ってもらえたことが嬉しくて。
誕生日というのは、誰を祝うのか、誰に祝ってもらうのかでこんなに違うものなんだ、とようやくわかってきたところだった。
自分の過去が変わるわけではないけれど、今この瞬間のために時間を重ねてきたのだと思えば、あの歌の通り、懐かしい過去に乾杯すらできるかもしれない、と。
−−ここまではっきりと理解しているわけではないにしろ、今のエースの心境を言葉に表すならきっとこうだろう。
実際、彼の中ではあまりにもぼんやりとしていて、ふわふわとした夢のような掴めない感情ではあるけれども。
「さて、主役は休むヒマなんかねェぞい。行って来い」
マルコに背中を押されて、エースは早くおめでとうを言いたくてうずうずしているクルーたちの中へと入っていった。
* * *
「ほーたーるの、ひーかーり、まーどのゆーき〜♪」
甲板のグランドピアノを指一本で鳴らしながら、すっかり出来上がった酔っ払いが歌っている。辺りには、すでに酔いつぶれたクルーたちが重なり合っていびきをかいている。
「何だよい、その歌詞は?」
新しい年を迎えて数時間が過ぎた頃、ようやく見つけた主役はかなりご機嫌な様子。
「ワノ国ではこうなんだって、イゾウが言ってた。つっても、この部分しか聞いてねえけど」
そう言って笑いながら同じフレーズを何度も何度も歌っているエースの肩に顔を寄せ、マルコはピアノの鍵盤を覗き込む。
「お前、ピアノ弾けるのかよい?」
「ん? ちょっと前にビスタに習ったんだ。この歌を覚えたくてさ、ドレミってやつを覚えたら、耳で聞いた曲はだいたいわかるようになったよ」
「へェ……」
片手に持っていたグラスをピアノの上に置き、マルコがエースの隣に腰掛けると、エースはそのグラスを指で弾いて、クィン、と響かせた。
「この音はー」
そして鍵盤の上を指が行き来して、ポーンとグラスと同じ音を鳴らす。
次に、グラスを持ち上げて揺らすと、中の氷がカラカラと高い音を立てる。それをすかさず鍵盤を叩いて音を真似る。
「な! すげえだろ?」
得意気にそう言ってへらりと笑うと、マルコは思わず吹き出してしまった。
「……あァ、まさかお前に絶対音感があるとは思わなかったよい」
「絶対音感って? あ、あとな! これ、わかるか?」
自分で投げた質問の答えを待たずに、エースは嬉しそうにひとつのフレーズを鳴らした。
「……エドワード・ニューゲート?」
「あーもう、一発で当てんなよ、マルコ〜」
とは言いながらも、通じたことが嬉しいらしく、けたけたと笑いながらぐらんぐらん揺れ出したエースを、マルコはすかさず腰に腕を回して支えてやった。相当酒が回っているらしい。
「じゃあこれは? まーるーこー」
その名前を言いながら、鍵盤を3つ鳴らす。
「……今、答え言っただろい」
「ちぇー、何だよつまんねえ。じゃあこれは?」
要するに、モビーの仲間たちの名前を音で表現できることを自慢したいらしい。
「ナミュール」
「これは?」
「ハルタ」
「これは?」
「ブレインハイム」
「じゃあこれ」
「……ステファンか」
「マルコすげえな!」
わからいでか、と内心思いながらもエースの意外な特技にマルコは思わず頬が緩む。腕の力を強めて密着すると、首の辺りにぴったりと押しつけられるエースの耳は焼けるように熱かった。
「じゃあ次はオレの言った言葉を音にしてみろよい。まずはお前の名前、ポートガス・D・エース」
「えっと……ぽーとがす、でぃー、えーす」
「19歳の誕生日おめでとう」
「じゅー……」
「お前のこの先の人生が、素晴らしいものでありますように」
「……長えし」
そう言いながらも、黙々とマルコの言葉を鍵盤に落とし込み、エースはその意味をじっとかみしめているようにも見えた。
もともと熱い体が酒でさらに熱を増しているところへ、さらなる熱が加わったらしい。エースの耳に触れているマルコの首元にはその熱がどんどん流れてきて、まるで焼印を押されているようだった。
「来年も、また一番最初におめでとうを言わせてくれよい」
「つか、いちいち長えんだよ! もっと短いのにしろよ!」
再び沸騰した顔を向けて、エースは口を尖らせた。マルコはクックッと笑って、それをおもしろがっている。
「……いわせて、くれ、よい……まだやんの?」
これ以上恥ずかしいことを言われてはたまらないとばかりに、エースは上目遣いでマルコの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、最後は短いのにしてやるよい」
そう言われてホッと肩の力を抜いたところへ、マルコはすかさず顔を近づけ、エースの耳に唇を押し当ててつぶやいた。
「……」
「ひゃっ!!」
バーン、と鍵盤が不協和音を響かせると、エースは全身ゆでダコ状態で口をぱくぱくさせながらマルコの方を見た。そこには悪戯を成功させた不敵な笑みのおっさんがいて。
「短けェだろい? たった5つの音だ」
「そそそそんなの……で、できるかよっ!」
「その絶対音感なら簡単だろい」
「じゃ、違うのにしろよ!」
「あァ、聞き取れなかったか? じゃあもう一度言ってやる」
必死の訴えをさらりと却下し、わたわたと暴れるエースをがっちりと抱え込んで、マルコはニヤリと笑った。
耳にふっと息を吹きかけてから、また唇を押しつけてつぶやく。
「……」
「ひゃああっ!!」
裏返った声を上げて、エースが発火しても、マルコは涼しい顔でそれを青い炎で包み込む。
「ほら、どうだよい?」
「やっ、やめろよこのっ……エロオヤジッ!」
「できるまで何度でも言ってやるから、覚悟しろよい」
「だから、やめろって……ひゃあっ、ん……!」
エースがもがく度に、ピアノはその心情を表すかのように不協和音を奏でる。
「ちゃんとやってくれねェと困るよい……たった5つでいいんだよい。その感度のいい耳で拾ってくれればいい」
「ひゃっ……んんん……!」
さすがにからかい過ぎたな、と思い、エースを正面から抱き直して、よしよしと髪を撫でてやると、肩で息を整えながらエースは恨めしそうにマルコを見上げた。
「お前は、いろんな意味で耳の感度がいいんだなァ……」
笑いをこらえながらそう言うと、エースは少し涙目でじっとマルコを見つめた後、おもむろに鍵盤に手を伸ばして荒々しく5つの音を紡いだ。
「……これでいいんだろっ!!」
そしてぎゅうっと抱きついて、その後は何も言わなかった。
笑いながら、もう一度髪を撫でているうちに、マルコはある違和感を覚えた。
「……今のは、どう考えても」
”バカマルコ”
と、聞こえたのだが。
「……Should auld acquaintance be forgot, And never brought to mind……」
小さな声で歌い始めると、次第にエースは脱力し、マルコの胸に全体重を預けて静かに眠りに落ちた。
"遠き昔のために 友よ
遠き昔のために、友情の杯を酌み交わそう
遠き昔のために"
「一年後、お前が振り返る”昔”には、今日のことも含まれているんだよい、エース」
そうやって過去を振り返った時、記憶の中に楽しいことや嬉しいことがどんどん増えていくことが、年を重ねるということなのだと、この少年が気付くにはもう少し時間が必要だろうとマルコは思った。
願わくば、一年後にはエースの口から「5つの音」を聞きたいものだ。
そんなことを考えながら、マルコも静かに目を閉じた。
AULD LANG SYNE -con affetto- 「蛍の光〜愛情を込めて〜」 おわり
2013.1.1 Happy birthday ACE!!