しあわせなにんぎょひめ 2
SANJI×NAMI Parody
海の王国のはずれには、一風変わった魚が住んでいました。
光がほとんど届かない深い場所で、その魚はひっそりと暮らしているのです。
バケダラのロビンは、ほんの時々水深の浅い場所まで遊びに来る以外は、いつも横穴の中で静かに読書をしていました。そして彼女は、魔法が使えるとのもっぱらの噂だったのです。
「ロビンのところへ行ってくる」
久しぶりに貝がらから出てきたナミが開口一番に言った言葉でした。
もちろん、ノジコもウソップも猛反対しました。ゾロはただ黙って聞いていました。
「やめろ! ナミ! 人間になったからってそいつに会えるとは限らないんだぞ!?」
「そうよ! 海の上の生活なんて、あんたには無理よ!」
二人が必死で止めても、ナミは静かに首を横に振りました。
「もう決めたの」
ハーッとため息と一緒に涙目になったノジコはそれ以上何も言えなくなりました。
「お前も何とか言えよ、ゾロ!」
「……好きにしろ」
「ゾロ!?」
その言葉にはナミも驚きました。少なくとも、ゾロはナミがどれだけ彼のことを好きなのか、他の二人よりは理解していました。
あの日、あの岩場で二人の抱擁と口づけを見たときから、いつかナミは彼のもとに行きたいと言い出すだろうと、予感していたからです。ナミの性格は、昔からよく知っていたから。
妹のようにかわいがってきたナミが、いつの間にか一人の男を本気で好きになる年になったのか、とゾロは時の流れを強く感じました。
「行くならもう二度とここには戻ってくるな」
「ゾロ! 何てこと言うんだよっ!」
ナミよりまだ若いウソップにはナミの言うこともゾロの言うこともまったく理解できません。
「何でそこまでして……!」
ウソップはノジコの方を見て助けを求めました。ノジコは目をゴシゴシこすりながら、ナミの手をぎゅっと握りました。
「……幸せになるって約束できる?」
ナミはノジコの目をしっかりと見てうなづきました。
「なる! 絶対になるから!」
そうしてナミとノジコはしっかりと抱き合って涙を流しました。それを見ていたウソップも、もう誰にもナミを止めることはできないんだとわかりました。でも、男が涙を流すのはちょっと恥ずかしいので、一所懸命ガマンしました。
「よし! みんなでロビンのところへ行こう!」
「あら、こんな大勢のお客様は初めてね」
くすくすと笑いながらロビンは全員を招き入れました。暗い部屋の中にはたくさんの本が並べられ、ランプに照らされた不思議な小瓶が怪しく光っていました。
「ナミは人間になりたいんだ」
「あら、そう」
ウソップがそう言うと、ロビンは頬杖をついてにっこりと微笑みました。
「人間になってどうするの?」
ひとつひとつ、ゆっくりと質問をしていくロビンは、さっきからじっとナミの目を見つめていました。
「……会いたい人がいるの」
「会ってどうするの?」
「会って……」
そこでナミは次の言葉を躊躇してしまいました。
彼に会って、彼と一緒に暮らしたい。その気持ちにウソはありません。
でも、彼が自分に口づけをしたのは、窮地に追い込まれて見境のなくなったただの勢いだったんじゃないか、とか。
会ったとしても、もう自分のことなんて覚えていないんじゃないか、とか。
それ以前に、会えなかったらどうなるんだろう、とか。そんなことを考えてしまったのです。
「そんなの、会ってみなきゃわからない! だって、人間にならなかったら会うことだってできない! 私は彼に会いたい、会いたい会いたい! 会いたいの!」
ナミの悲痛な叫びに、ウソップの胸がきゅっ、と締め付けられました。
いつも楽しいことだけに目を向けていたナミが、右も左もわからない人間の世界に飛び込んで、会えるかどうかもわからない相手を探し出そうとしているなんて。どんな苦労をするかわからないのに、それでも人間になりたいと言うなんて。
ナミはそいつのことが本当に好きなんだな、と思うと同時に、ウソップはナミが少し遠くへ行ってしまったような寂しさに襲われました。そして本当に遠くに行ってしまうのだと、覚悟しました。
「そこまで言うなら、いいけど」
ロビンはまったく表情を変えずに言いました。そして立ち上がって、ボロボロの箱の中から小さな小瓶を3つ取り出して並べました。
「人間になれる薬よ」
小瓶のひとつは緑色、ひとつは透明で、そしてもうひとつは赤い色をしていました。ナミはその3つの小瓶に顔を近づけて、中をのぞき込みました。
「3つとも?」
「ええ」
「3つ飲めばいいの?」
「それが困ったことに」
そこにいた全員が一斉にロビンに注目しました。ロビンは少し笑ってから、ゆっくりとその続きを話し始めました。
「それぞれ、副作用があるんだけどね。あ、もちろん人間にはなれるわ。ただ、どれにどの副作用なのか、わからなくなっちゃったの」
ふふ、と悪気なく笑うロビンに、ナミは少し怯えてたずねました。
「いったい、どんな副作用なの?」
「知りたい? 知ってもどれがそうなのかわからないのよ?」
「知りたい!」
わかったわ、と言ってロビンは3つの副作用について話しました。
ひとつは、人間になると10年しか生きられないというもの。
ひとつは、性別が変わってしまうというもの。
ひとつは、体の一部を「質草」にして人間になるというもの。
それを聞いたナミも、ノジコもウソップもゾロも黙り込んでしまいました。
「……どれに当たるかわかんねェってのかよ……」
「どれも不完全じゃない! そんなのってないわ!」
ゾロがつぶやいて、ノジコがロビンにつっかかっても、ナミはじっと3つの小瓶を見つめていました。
「でも、人間にはなれるのよね……」
「バカ! 男になっちまったらどーすんだ!? 元も子もねェぞ?」
そこで初めて、ゾロがナミを止めました。ナミが一瞬目を潤ませたのを見て、ゾロがためらった隙に、ナミは目を閉じてテーブルの上の小瓶のひとつを手に取りました。
「ナミッ!!」
ウソップとゾロとノジコの声が重なりました。でもナミは三人の方を見ないようにして、小瓶のフタを開けました。
「いいのね?」
ロビンがあまり興味なさそうにたずねると、ナミは静かにうなづきました。自分がこんなに向こう見ずで衝動的な人間だとは、ナミはこの時まで気づきませんでした。
でも、もう止められない
そう自分に言い聞かせて、ナミは小瓶の液体を一気に飲み干しました。すると、体の中で何かが爆発するような衝撃がナミに襲いかかりました。
「きゃああああっ!!」
「ナミィッ!!」
耳をつんざくようなナミの悲鳴に、ノジコもウソップもゾロも青ざめました。ナミはそのまま気を失ってぐったりしています。
「さあ、早く陸まで連れて行ってあげなさい。すぐに変化が始まるわ」
ロビンは背中越しにひらひらと手を振って、奥の部屋へと消えていきました。
ナミを抱え上げたゾロにウソップとノジコもつかまり、一気に海面を目指します。
「ナミ! 頼むから男にだけはなるなよ! そんなことしたらすべてが台無しだ!」
ウソップが必死にナミに呼びかけました。
ぽろぽろとナミの足ひれからウロコが剥がれ始めました。
「ゾロ! 急いで!」
「あァ!」
海面に向かう間、ノジコはずっと考えていました。
いつも自分の恋愛話を聞き流していたナミ。ナミが恋をするのはずっとずっと先のことなんだろうと思っていました。でもそのときには姉妹でいろんな恋の話をしようと楽しみにしていました。
それがこんなに突然にやってきてしまったのです。そしてナミはいなくなってしまう。
ナミがこんなにも感情的に行動したのは、それが初めての恋だったからなのか、それとも運命の恋だったからなのか。
そのどっちだったとしても、もしナミが幸せになれないようなことがあったら、今度は自分が人間になるんだと、そう思いました。
そしてその男を殺してやるんだ、と。
「ナミ! 浜辺についたぞ!」
砂浜に横たえられたとき、ナミの足ひれには亀裂が入り、ふたつに分かれ始めていました。
ウソップとゾロとノジコは海の中からじっとその様子をうかがいます。
ぽろぽろぽろぽろとウロコが剥がれて波にさらわれていきます。真っ白な足が現れてきました。
そこで、三人はほう、とひとつため息をつきました。
「……男じゃなかった……!」
「よかった! ナミ!」
「待て、まだもうひとつ問題が残ってんだ」
三人は、ナミが目覚めるまでじっと待ちました。
打ち寄せる波が頬に当たり、ナミはゆっくりと目を開けました。
真っ白な裸体がくすんだ砂の上に浮き上がっています。
ここは……? そうだ、確か人間になる薬を飲んで……
人間に……
見ると、自分の腰から下には二本の白い足がついています。そして、胸はしっかりと残っています。
……女だ! 女のままだ!
ナミは嬉しくて、思わず自分の胸を両手で押さえました。やわらかく、張りのある弾力で胸は手を押し返します。
「ナミ!」
海の中からノジコとウソップ、ゾロが顔を出しています。
ナミは手を振って叫びます。
ありがとう! 私、人間になったわ!
ありがとう! ありがとう……
みるみる三人の表情に陰りが現れました。もちろん、ナミ自身はとっくに気づいていました。
……声が出ない
「……ナミ……」
ノジコは涙を流していました。それでも、寿命が10年でもなく、男にもならなかったのだから、よかったんだと言い聞かせていました。
目は見えるから、彼の姿をちゃんととらえられる。
耳は聞こえるから、彼の声をちゃんと聞き分けられる。
だから、声を失ったのは、ある意味幸運なんだ。ナミは幸運の持ち主なんだ、と言い聞かせながら。
「ナミ! がんばれよ! 幸せにならなかったら承知しねえからな!」
ナミは何度もうなづいて泣きじゃくるウソップを抱きしめました。
「何かあったら、ここに来い。いいな?」
ゾロはナミと目を合わせようとしませんでした。それでもナミは何度もうなづきました。
「ナミィーッ!!」
ノジコはもう何も言えずにただナミに抱きついて泣き続けました。ナミも、声にならない大きな声で泣きました。
さよなら、みんな
一所懸命に手を振るナミを何度も振り返りながら、ノジコとウソップを乗せたゾロはゆっくりと海の中へと消えていきました。
……行っちゃった
ナミはしばらく穏やかな海を見つめていましたが、振り返って浜辺の後ろに広がる森と、その向こうに見える小高い丘に視線を移しました。
ここが、これから私が生きる場所なんだ
ナミはゆっくりと、浜辺に向かって歩き始めました。足の裏の砂の感触が不思議で、よろよろと右に行ったり左に行ったり、まだ慣れない二本足でナミは前に進みます。
歩いてる! 私、歩いてるんだわ!
嬉しくて、ナミは何度も浜辺を行ったり来たりしました。そして、足と砂の触れあう感触に慣れてくると、ナミは波打ち際を全速力で走りました。踏みつける波がはじけて、顔にしぶきがかかっても、ナミは走り続けます。遙かな海岸線を行けるところまで行ってみようと、ナミは走りました。
頬に受ける風が気持ちいい! 私は人間なんだ、人間になったんだ!
振動で揺れる胸が、少し邪魔になって、両腕で胸を抱えながらナミは走りました。
ああ、早く彼に……王子様に会いたい!!
会いたい、会いたい!
もう、頭の中は王子様のことでいっぱいです。ナミは両手を広げて風を全身で浴びながら走り続けました。
次の瞬間、ふわりと何かでくるまれて、後ろからぎゅっと抱きすくめられました。
突然のことにびっくりして、ナミは動けなくなってしまいました。
ほんの少しもがいてみても、自分の体をとらえる力は相当強いものでした。あきらめて、少し脱力したとき、耳元で聞き覚えのある声がしました。
そう、あの愛しい声が。
「……やっと見つけた……!」
ナミの体が震え始めました。がくがくと震える唇を抑えることができず、ゆっくりと振り返ると、ナミの視界には確かに、確かに彼の姿が映っていました。
……王子様!
「ずっと君を探していたんだ……! 会いたかった!」
王子は正面から再びナミを強く抱きしめました。ナミも王子の体をぎゅっと抱き返します。
私も! 私も会いたかった! 会いたかったの!
あのとき冷たかった王子の体は、今はとてもあたたかくナミを包み込んでくれます。
ナミのオレンジの髪をそっとかきあげて、王子は額にひとつ口づけをくれました。
「……君の名前は?」
ナミは一所懸命に口を動かして言います。
ナミ! ナミよ!
「君、声が……!」
ナミは少し悲しげな顔でうなづきましたが、すぐに笑顔に戻って海を指差しました。
ナ・ミ! 私の名前はナミよ。 ナ、ミ!
「……な、み?」
ナミは満面の笑みで何度も何度もうなづきました。王子は穏やかに笑って今度はナミの頬に口づけます。
「ナミさん……素敵な名前だね。君はいつも波間から現れる。ぴったりの名前だ」
ナミは王子の頬に触れ、そして深海のように深い青をたたえたその瞳に映る自分の姿を見ました。
くるりとうず巻いた眉を指でなぞると、王子はくすぐったそうに笑いました。
あなたの名前は?
ナミが目で問いかけると、王子はナミの手を取ってそこに音を立てて口づけて言いました。
「オレの名は、サンジ」
サン、ジ?
「そう、サンジだ」
サンジ……
「そうだよ」
ナミの唇の動きを見て、サンジは微笑みました。もう一度ぎゅっ、とナミを抱きしめて、その耳元で囁きます。
「ナミさん……!」
サンジ……サンジ、王子様!
「ナミさん、オレは君を連れて帰りたい」
サンジはナミのまぶたにそっと唇をつけました。ナミは目を閉じてその温度を体じゅうで感じ取りました。
「もう離したくないんだ……ずっとそばにいて欲しい」
目を開けると、サンジの顔がすぐ目の前にありました。ナミの体がまた震えだして、視界はどんどんぼやけていきます。
「ずっと、ずっとオレのそばに……いてくれないか?」
私はそのために、あなたと一緒にいるために人間になったのよ?
目でそううったえながら、ナミはゆっくりとうなづきました。両手をサンジの頬にあて、ゆっくりと背伸びをして、その唇に自分の唇を近づけていきます。
そっと触れた瞬間、唇から体に染み渡っていくような感動がありました。
ああ……これだ! 私はこれを求めていたの
この唇を……この人を!
ナミが離れるよりも早く、サンジはナミを抱き寄せてその唇に吸いつきました。何度も何度も角度を変えながら、サンジとナミは唇を重ね、舌を絡め合い、互いの体を抱きしめ合いました。
王子様! サンジ王子様!
ナミは心の中で叫び続けました。
足元を行き来していた浅い波は、いつの間にか満ち潮になり、二人の腰まで飲み込んでしまいました。
弾ける波しぶきで濡れながらも、二人は互いの髪をかき乱しながら、ただひたすら唇を重ね続けたのです。
zono 2004.1.26
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