しあわせなにんぎょひめ 5
SANJI×NAMI Parody
……?
足に違和感を感じるのはここ最近、特に湯あみのときでした。
なんだかむずむずする……気持ち悪い
人間になってから1年が経とうとしていたある冬のことでした。
「ナミ様?」
侍女が不思議そうにナミの顔をのぞきこみましたが、ナミは笑って「なんでもないの」と口を動かして首を振りました。
「……まだ怒ってんの? ナミさん」
抱きしめても背中を向けたまま振り向いてくれないナミの耳元で、サンジが言いました。
ナミはむくれたままぎゅっと目を閉じていました。
「作物の種を分け与えたことに関しては、オレは間違っていないと思うけど?」
ナミは振り向くと、サンジの目をきっ、と睨みました。
だって、種がなくなったら、この国を出るときにどうするの?
「船に積む分の種を心配してるんだろ?」
サンジを睨んだままナミがうなづくと、サンジはふう、とため息をついてナミを抱きしめました。
「ナミさん、オレはまだこの国の人間だよ? オレはこの国を見捨てたわけじゃないんだ」
そう言われて、ナミはぐっと唇を噛みました。
「食糧難のあおりを受けるのはいつも平民だ。彼らがもっと強く生きられれば、この国だってきっと変わる……」
サンジはこの国を愛している。そして国王ゼフへの恩義に報いようとしている。ナミにはそれが痛いほどよくわかりました。そして、その国を捨てるということがどれほどに辛いことなのかも、ナミは理解できました。
「……オレは間違ってる? 国を捨てる以上はこんな情けなんていらないのかな……」
少し悲しげにうつむくサンジを、ナミはやさしく抱きしめてあげました。
ナミの胸に何度も頬ずりして、サンジは子供のように抱きつきます。ナミも、サンジの髪を撫でてあげました。
……王子様、あなたは優しすぎるわ
いずれは自分を見捨てるであろう国を、衰退の道をたどる運命にある国を、それでも守りたいと思う、この人こそが国を統べるにふさわしいのではないか、とナミは一瞬だけ思いましたが、すぐにその気持ちをかき消してサンジの髪に何度も口づけました。
私たちは海に出て、新しい島を見つけて、新しい生活をするのよね? そうでしょう?
早く……早く行きたい!
ナミは、このまま国が活力を失えば失うほど、サンジがここから離れられなくなるのではないかという不安に襲われていました。
「な、なあナミ……最近体の調子がおかしいとか、そういうことはないか?」
干ばつや冷夏の影響も受けず、ナミの手入れするみかんはいつもきらきらと輝いていました。
ひとつずつ、丁寧に吟味しながら、収穫しているナミに、チョッパーはおずおずとしながらそうたずねたのです。
”何? 別になにも悪いところなんてないわよ?”
「そ、そうか! それならいいんだ……」
チョッパーはあわてて見張り小屋に戻っていきました。その後ろ姿を見て、ナミはようやく最近感じる足の違和感を思い出しました。でも、特に話すほどのことでもないだろう、とすぐにみかんの収穫に戻りました。
「……そう。あなた、お医者さんなのね」
「そ、そうだ!」
「じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「な、何を!?」
あの手紙を届けに行った日、チョッパーは東の海岸でウソップとゾロとノジコの名前を何度も呼び続けていました。
ようやく海の中から現れたタコとサメ、そして人魚。三人は海の中からじっとチョッパーを見ていました。
「警戒しないでくれ! オレはただ、ナミからの手紙を届けにきただけなんだ!」
ナミの名前を聞いて、まず最初に飛び出して来たのはノジコでした。チョッパーはすぐにナミも昔はこんな姿だったんだな、と思いました。
「ナミ!? ナミは元気なの?」
「お、おう……元気だぞ!」
「そう……よかった……!」
涙目で胸をなで下ろすノジコの様子を見て、何かただごとではない空気をチョッパーは感じ取りました。
そして、ナミからの手紙を読むと、ノジコは口を手で押さえて泣き始めてしまいました。
「幸せ……? 本当に幸せなの?」
「しっ、幸せだ! オレが保証する!」
チョッパーは自信を持ってナミが幸せであること、サンジがナミをどれほどに大切にしているかを話しました。
「オレは最後の一文が気にいらねェな」
ゾロがぬうっと顔を出して鋭利な刃をギラリと光らせると、さすがにチョッパーもびくっ、と肩をすくめてしまいました。
「どこのどいつに感謝するって言ってんだ?」
「ロ……ロビンってヤツに……」
「ふざけんな!」
ぐあっと口を開けたゾロを見て、チョッパーは岩の影に隠れ、体を半分見せたままでびくびくしていました。
「ゾロ、アイツは仲間だ。威嚇するな」
ウソップはチョッパーのそばへ泳いでいきました。
「な、なあ……一体何だってんだ? ナミは幸せだって言ってるのに、何でお前らは喜ばないんだ?」
びくびくしたままチョッパーがたずねると、ウソップはゆっくりと話し始めました。
「ナミはな……アイツはまた人魚の姿に戻っちまうんだ」
「な、何で!?」
ウソップは少し辛そうにうつむいて、黙り込んでしまいました。
「いいわ、私が説明するから」
声のする方にそこにいた全員が一斉に振り向きました。そこには人間の姿をしたロビンが口元に静かな笑みを浮かべて立っていました。
「ねえ、トナカイさん。あなたはどの薬を飲んだのかしら?」
「ど、どんな?」
そこでロビンは人間になる薬には3種類あることを説明しました。
チョッパーは首を傾げたまま、うーんと考え込みました。
「オレは、人間になって失ったものもないし、もう10年以上生きている……オレ、もしかして性別が逆になったのかな?」
「そうかもしれないわね」
「ナミの声が出ないのは、薬のせいなのか!?」
「そうよ。でもね」
確かにナミは声を失ったけれど、それは人間になるための「質草」として一時的に奪われたものでした。
つまり、あの薬を飲んだ場合、人間になれる期間は限られていたのです。
「一年?」
「ええ、一年を過ぎたら、彼女の体に変化が起こるわ」
「ど、どんな!?」
「だから、あなたにお願いがあるの……」
ナミの様子がおかしいと思ったら、すぐに知らせて欲しい、とロビンは言いました。
「うひょー! これがオレたちの船かあ!」
設計図をのぞき込んでルフィがしっぽをパタパタさせて喜んでいました。チョッパーもテーブルに登って目を輝かせています。
「この部屋に小さなバーカウンターをつけよう。ナミさんは酒が好きだからね。それから、みかんの木もここに植える。これで船旅の間、いつでもみかんが食べられるよ?」
サンジがナミの耳元で言いました。ナミも嬉しそうにうなづいて、サンジの肩に頭を乗せて寄り添います。
「なんだよー、ナミナミって」
「ルフィ、お前も希望があれば言っていいんだぞ?」
「そうだな! ここ! ここにチョッパーの顔をつけようぜ!」
そう言ってルフィは船首を指さしました。
「い、いやだ! 何でオレの顔なんだよ!」
「はは、チョッパーの顔の船が沈んだら縁起でもないよな」
「ヤメロ!」
”じゃあこんなのはどう?”
ナミは設計図の上にさらさらと絵を描きました。
「お! いいな、やぎ!」
「羊だろ」
ひとしきり笑ったあと、サンジは設計図の上で指をトントン、と鳴らしました。
「……いよいよだな。船が完成したら、出発だ……心の準備はいいか?」
「おう! オレはいつでもいいぞ!」
「お、オレも! 早く海に出てみたい!」
タバコをくわえて嬉しそうに笑うサンジの肩の上で、ナミは目を閉じて思いました。
……あなたの心の準備は本当にできてるの?
ナミの不安はどんどんと募っていきます。
「だめだ! みんな病に冒されている!」
国じゅうから集めた船大工がバタバタと倒れていく中、診察をしたチョッパーが真っ青になってそう言いました。
「疫病か!?」
「たぶん……!」
「治るのか?」
「お……おう! オレが栽培した薬草がある! それがあれば治せる!」
緊迫した空気の中、サンジとチョッパーの会話が矢継ぎ早に交わされます。
そこにはきょとん、としているルフィと、ただおろおろするだけのナミがいました。
食糧難の影響で栄養失調になった人々に、さらに疫病までが襲いかかり、国は緊急事態に陥りました。
西側の隣国では、領地争いの紛争が勃発し、いつこの国にも侵攻の手が伸びてくるかわからないという緊迫した中での疫病。
「こんな事態が諸外国に知れたら……どこの国も一気にこの国を攻めてくるだろう」
サンジはぐっと唇を噛みしめてから、何かを吹っ切ったように立ち上がりました。
「チョッパー! あるだけの薬草で薬を作るんだ!」
「お、おう! わかった!」
「ルフィ! 畑の作物をすべて収穫して、疫病の進行している地域に配給する! 疫病に冒された農作物はすべて掘り起こして焼却するんだ!」
「おうよ!」
畑のすべての作物を?
ナミは、小屋を飛び出していこうとするサンジの腕を掴んで引き止めました。
サンジはナミの肩を掴んで、諭すように言いました。
「ナミさん? 悪いけど、ナミさんのみかんも全部採らせてもらうよ?」
そう言ってすぐに身を翻したサンジに、ナミはすがりつきます。
種は? 全部収穫したら種が採れなくなっちゃう!
この国から……出られなくなってしまう!
ナミの心の中の悲痛な叫びが伝わったのか、サンジはナミをぎゅっと抱きしめました。
「大丈夫だよ、ナミさん。種はまたすぐに採れる。すぐにオレたちもこの国を出られるから……!」
ナミはそれ以上なにも言えなくなって、ただ小屋を出ていくサンジとルフィとチョッパーを見送ることしかできませんでした。
「……サンジ?」
「何だ、チョッパー?」
「……治すのは、船大工だけでいいんじゃないかな……?」
「お前……!」
サンジがチョッパーをもの凄い形相で睨みつけると、チョッパーは一瞬ひるみましたが、それでも大きく息を吸って言いました。
「だって……オレたちは船を造ってこの国を出る……それなのに、畑に何もなくなってしまったら、オレたち一体いつになったら……」
「畑ならすぐに復活する! 種も採る!」
間髪入れずにサンジは言いました。
「ほんの一年、二年、出発が遅れるだけだ……それだけのことだ。だから心配するな! 今は疫病をなくすことだけを考えろ!」
「い、一年……無理だよ……だって、ナミはもう……!」
チョッパーの言葉はあまりにもくぐもっていて、サンジの耳には届きませんでした。
「……ナミさん?」
夜遅くに部屋にやってきたサンジが声をかけても、ナミはうつむいたままでした。
近くに寄ると、ナミはじっと船の設計図を見つめていました。
後ろからそっと抱きしめて、サンジはナミの耳元に口づけます。
「ごめんね、ナミさん……でも今は……」
ナミはサンジの方には振り向かず、紙を取って文字を書き始めました。
”治すのは船大工だけでよかった”
「ナミさん……なんで君までチョッパーと同じことを言うんだい?」
”私は、早くこの国を出たい”
サンジはナミから腕を離すと、ナミを正面から見上げるように膝をつきました。
「大丈夫だよ? すぐに出られるから……」
サンジがそう言ってもナミはそれを打ち消すように首を振りました。
サンジはまたナミの肩を掴みました。
「ナミさん、君はたくさんの人たちが飢えで苦しんでいたり、疫病で命を失っていくのを見て平気でいられるのか!?」
ナミはもう一度首を振ります。
平気なわけない! 平気なわけないわ……でも!
「ナミさん、オレはこの国を捨てる以上は、できる限りのことをしてから去りたいんだよ。今、こんな状態でこの国を見捨てるわけにはいかないんだ」
それがあなたの恩返しなの?
ナミにはもう十分わかっていました。この国が平和にならなければ、サンジはここを去ることができないということを。そしてその「平和」はすでにサンジの理想とする国そのものであるということも。
きっとこの人は、人々に必要とされる……。たとえその立場を追いやられようとも、人々は彼を手放さない……
彼は、この国で生きなければならない人なんだ……!
そう思った瞬間、ナミの目からはポロポロと涙がこぼれ始めました。
サンジはナミを抱きしめて、子供をあやすようにやさしく声をかけます。
「大丈夫……大丈夫だから、ナミさん……すぐに……」
ナミは何度も何度も首を振って、涙でぐしゃぐしゃの目をごしごしと手でこすりました。
ひっく、と肩を揺らしながら、震える手でペンを取りました。
サンジは、ぶるぶる震えるナミの文字を目で追っていくうちに、言葉が出なくなってしまいました。
ガタン、と音を立てて立ち上がると、ナミはそのまま部屋を出ていってしまいました。
床に座り込んだままのサンジは、荒々しく髪をかき上げながらタバコに火を点けました。
”あなたは、この国を捨てられない”
侍女たちがすっかり寝静まった後、ナミはひとりで湯あみをしていました。
口まですっぽりとお湯に浸かったまま、ナミはさっきサンジに伝えた言葉を後悔しつづけていました。
あんなことが言いたかったわけじゃないのに……!
私はただ、彼に未来を見て欲しかった
今を繋ぎとめようとしても、この国のたどる道はわかっている
それなら、もっと未来を
……私と一緒の未来を見て欲しかったの
「ううっ……」
静かな部屋の中にぼんやりとした声が響きました。
……?
今、声がした?
周りを見回しても、誰もいません。ここにいるのはナミひとりのはずです。
首を傾げて、湯からあがろうとしたとき、パシャン、と水を打つ懐かしい音がしました。
「……ひぃっ……!」
今度は確かに、それが自分の声だとわかりました。
蒸気立つ湯の中に見えるのは、ピンク色のウロコで覆われた、人魚の足ひれ。
急いで湯から上がると、自由を失った足は水のない床の上でぴちぴちと音を立てていました。
何!? 一体何が起こってるの!?
ガチガチと歯を鳴らして、ナミは自分の体に繋がっているそのピンクの足ひれを見つめます。
どうして? どうして元に戻ったの? だって私は確かに薬を……!
私は確かに、人間になったはずなのに!
「……誰にも見られなくてよかったわ」
はっとしてその声のする方を見ると、柱の影の暗い部分に、それよりも黒い影が見えました。
「ロビン!」
「お久しぶりね」
「何で……何であんたがここに? そ、それよりも何で……何で私は元に戻ってしまったの!?」
がくがくと震えながらナミは体をひきずってロビンに近づいていきます。
ロビンは静かに影の中に身を潜めていました。
「ねえ、私はどうなってしまうの? このままもう人間には戻れないの!?」
必死で服を掴んでうったえるナミに、ロビンは少し心が痛みましたが、静かに膝をついて、ナミの頬に触れました。
「これからゆっくり話すわ。だからここではちょっと、ね……?」
「えっ?」
目の前で開けられた小瓶から漂う香りに、ナミの意識はもうろうとしてきました。
くらくらして、体に力が入りません。
「ロビン……何を……?」
「……ごめんなさいね」
ゆっくりとぼやけていく視界の中で、ナミは必死で声を出しました。
「いやだ……このまま人間に戻れないなんて……い……や……!」
……王子様、私の王子様
いつかこの国を出て、新しい島を見つけて、そして新しい生活が始まったら
伝えたかったの
私は昔、人魚だったのよ、って……
「……サンジは……きっとナミが人魚のままだって構わないと思うぞ?」
ナミを背中に乗せたチョッパーがロビンに言いました。ロビンもそれは十分にわかっていると、静かに笑いました。
「でもね、彼の今の立場では、彼女を守り切れないわ……」
「な、なんで!?」
「いずれ彼は人々に選ばれるからよ」
この国に欠かせない人間になればなるほど、サンジは王室からその立場を脅かされるだろう、とロビンは言いました。
チョッパーが首を傾げると、ロビンはふふっと笑って、「怒らないで聞いてね」と前置きをしました。
「あなたや、彼女のような”人間のようでそうでないもの”を囲っている気のふれた王子。それだけで十分に、国は彼を糾弾できるわ。そのような人物に、果たして民をまとめることができるのか、ってね」
「ひ、ひどい! そんなことないぞ! そんなの、オレが違うってみんなの前で言ってやる!」
チョッパーは憤慨しましたが、ロビンはそれをなだめるように手のひらを向けました。
「言ったでしょう? 彼は選ばれる人だって。そんな”足かせ”を持った王子を、それでも人々は必要とする。そしたら、どうなると思う?」
「ど、どうなるんだ……?」
チョッパーはごくり、とのどを鳴らしました。
ロビンは、涼しげな表情のまま、さらりと言いました。
「あなたたち、殺されてしまうわ」
「ナミさん!?」
誰もいない浴室にサンジの声だけが響いていました。
脱ぎ捨てられたナミの衣服はそこにあるのに、ナミの姿はどこにも見当たりませんでした。
「ナミさん! どこに行ったんだ!?」
zono 2003.1.29
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