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z*1/2


NOT SEX BUT …. KISS  

 Based on the Lylic of “約束” by Maki Otsuki

ZORO × NAMI 



−−長い ため息が白くて

ふたりの距離 だんだん 近くなってゆく

 

 

あの夜のキスはまぼろし。明るすぎる月が見せた幻覚。

 

アラバスタに背を向け、無言の友情をビビと誓い合った。腕の印は自然に消えていくまで放っておこう。

 

凪が訪れると、船員たちはそれぞれの時間を過ごし始めた。ウソップとチョッパーは新兵器の共同開発のため、会議室の中で騒いでいる。その隣のキッチンでは、サンジがその騒がしさを足で払いのけながら夕食の仕込みを始めている。ゾロは相変わらずデッキで大の字になって大口を開けて寝ている。その様子を横目にナミはマストの上に上がった。そういえば、ルフィがいない。

目を凝らしてルフィの姿を探してみるが、ゴーイング・メリー号の船首にルフィの姿はない。

「ルフィ、どこにいるの?」

思わず声を出してその居所をつきとめようとしてみた。

「ここだ」

ナミのすぐ頭の上から声が聞こえた。見上げると、ルフィが足をマストに巻き付けて逆さまにぶら下がっている。

「ルフィ! もう、びっくりさせないでよ。何をそんなに真剣な顔してるの?」

眉頭を近づけて、ルフィは左腕をじっと眺めていた。黒いバツの印。その印を見つめながら、ルフィは逆さまになったままでナミに話しかけた。

「なあナミ……」

「ん?」

「ビビはオレたちの仲間だよな。いつまでもずっと……」

いつになく真面目に語るルフィを見て、ナミは改めてこの船長についてきて良かったと心から思えた。大きく、ゆっくり微笑むとナミも、自分の左腕の印をルフィに見せた。

「あったり前じゃない! 私たちの絆は海よりも深いわよ!」

ナミのその言葉に、ルフィの目は大きく見開き、にっと口を横に広げて「そうか!」と言った。

「オレたちは仲間だよな!」

そう言ってルフィは自分の印をナミのそれに重ねるように腕をくっつけた。

「オレと、ゾロと、ナミと、ウソップと、サンジとチョッパーと、みんな仲間だ! 海より深い絆なんだな!」

ルフィは大きな口でしししし、と笑った。ナミは、グラスを合わせて乾杯をするときのように、ルフィの腕に自分の腕を軽く触れさせてすぐに離した。

「それいいな! オレもみんなにやってくる!」

ルフィはその言葉も言い終わらないうちにマストに巻き付けていた自分の足を軸に回転を始め、キッチン兼会議室の方へと飛んで行った。そう、文字通り「飛んで」行ったのだ。

「おおーい、オレたちは仲間だぞおお!」

「うわあ、必殺イカスミ星が目の中にいいい!」

「ルフィ! 重いぞ! つぶれるう〜」

「おいコラ! ルフィ! オレは火ィ使ってんだ、くっつくな!」

中の様子が手に取るように分かり、ナミはマストの上でずっと笑っていた。ルフィの明るさに、自分はいつも支えられている。ウソップのウソで寂しさを紛らわせてもらっている。チョッパーの愛くるしさで和んでいる。サンジの甘い言葉は、女であることの誇りをほどよくくすぐってくれる……そして……。

「ゾロー!!」

ルフィがデッキに飛び出してくると、仰向けになっているゾロの上に容赦なく飛び乗った。

「うが! 何しやがんだ、この、ルフィ! 人が気持ちよく寝てるところによ!」

迷惑そうなゾロの表情を気にすることもなく、ルフィはしししし、と笑ってゾロの腕に自分の腕を押しつけた。

「オレたちは仲間だ!」

「あァ?」

何を今さら、と言わんばかりにゾロはあぐらをかいてその場に座り込んだ。

「オレたちの絆は海より深いんだぞ!」

言いたくて言いたくて、気持ちが先走っているルフィに、いつしかゾロも少し笑っていた。

「海よりねェ……」

ゾロが何気なくマストの上を見上げた。さっきから二人の様子を――――というよりはたまたまルフィの行動を―――見ていたナミがそこにいた。一瞬笑顔が凍り付いてしまったナミを見て、ゾロは口元だけで笑った。

「まァそうかもな」

「だろ? だろ! やっぱりオレたちってすげえ!」

わけのわからない結論に達して、ルフィは嬉しそうにまた会議室へと飛んで行った。やれやれ、と頭を掻いてゾロは再びデッキに仰向けになった。その視線の先にはまだナミがいて、こちらを見たまま立っていた。ゾロは物憂げに腕を上げると、さっきナミに向けた笑みと同じものをもう一度作って、そしてナミに自分の腕の印を見せた。

 

オレたちは、「仲間」だ。海より深い絆の。そうだろ?

 

ナミの表情は逆光になっていたので、ゾロには影しか見えなかった。腕が落ちるやいなや、ゾロは大いびきをかいて眠りだした。身体が緊張しつづけていたナミは一気に脱力した。

「仲間、そうね……」

 

 

 

−−もしもその手をつないだら

君の温度 指先 感じ取れるはず

 

 

ゾロが私にしてくれたこと。

今一番鮮明に思い出せるのは、アラバスタでMr.1の刃から私をかばってくれたこと。自分の方がひどいケガなのに、ワガママを言う私をおぶって広場まで連れて行ってくれたこと。

ナミは自分の左足首にそっと触れてみた。傷跡は少し残っている。痛みはもうない。あの時の、ゾロの熱い身体の感覚を思い出す。あのまま、ゾロの背中にいたかった。

 

リトルガーデンで自分の足を切って戦うと言った。あの時飛び散った鮮血。ゾロの血。それ以前にも、ルフィの入ったオリを血を吹き出しながら運んでいた。鷹の目から受けた傷もふさがらないまま、アーロンパークに乗り込んできた。私の目の前で、自分の命を投げ出してみせた。いつも、この男は命を賭けている。死を怖れていない。仲間のために、「約束」のために、命を賭けて戦う。

 

私のためにも戦ってくれる?

 

アラバスタの時、ゾロはビビのために命を賭けた。ゾロが私のために命を賭けてくれたことはある? アーロンの時は? ううん、あの時は「ルフィに言われたから来た」のよ。私のためじゃない。私のためじゃなかった。

 

自分のため?

 

世界一の、剣豪になるため。「約束」を果たすため。

 

ナミはやりきれない気持ちになり、誰にも見られることのない見張り台の中で膝を抱えて座り込んだ。水面近くより強く吹く風が、ナミの髪を揺らし、もてあそんでいた。

 

あの日、ココヤシ村の外れ。誰もいないプールの片隅で、夜が明けるまでゾロと求め合った。あのキスで、すべてを忘れられると思った。ゾロの胸の中で、さよならと言った。気が付いたときには家のベッドの中。ノジコが穏やかな目で私を見下ろしていた。

「ねえナミ、どうしよう。ベルメールさんのみかんの木、あの無愛想な剣士が持って行っちゃったんだけど?」

まるでそれが当然であるかのように笑いながら、ノジコはタバコをくわえた。

「あの海賊たちにみかんの世話なんかできるかしら……」

そう言ってノジコは頬杖をつき、窓の外から差し込む朝陽の中に煙を漂わせた。その様子がサンジと少し重なった。サンジに言われた言葉が蘇る。

 

オレたちと一緒に行こう。

 

あんなにはっきり言ってくれたのはサンジだけだった。自分が必要とされているのが分かる。でも、他のみんなは? ルフィは? ウソップは? そして、ゾロは……?

 

あのキスはさよならのキス。ゾロだってそれがわかっていたはず。だからもうあの船には戻れない。戻れないの。私はこの村で、新しい生活を始めるの。みんなと一緒に。

「どうするの? ナミ。昨日ベルメールさんのお墓の前で言ってたよね。あんたが海賊になるのをみんなで止めようとしたって絶対に聞かないんだって」

そう、確かにベルメールさんのお墓に誓った。これからは私の生きたい人生を生きるんだって。

「自信がないんだ」

「海賊になる自信? あんたがずっとアーロンの下にいたから? 海賊が嫌いだから?」

「違うの」

違うの。あいつの側にいる自信がないの。きっと、すべてを投げ出してでも手に入れたいと思ってしまうから。自分の夢すらも忘れてしまいそうな、そんな気がして怖い。

「あの剣士……」

ノジコが窓の外を見たままつぶやくように言った。ナミは自分の心を見透かされたような気がして、少し肩をすくめた。

「言ってたわ」

「……なんて?」

 

 

 

−−帰らなくちゃ 帰れない 帰らない

いつになったら 神様は許してくれるの

 

 

「……おい、ナミ」

ゾロ、何て言ったの? 

「おいってば! メシだぞ! 起きろ! 何こんなところで寝てんだよ」

梯子に危うげに足を引っかけて、ゾロが上から覗きこんでいた。何も言葉を返すことのできないナミは、ただゾロを見上げて黙っていた。

「……どうした?」

ナミは一度ゾロから目を離すと、左腕の印に視線を落とした。仲間の印。

「……ねえ」

「あァ?」

「夢が叶った瞬間、私はどうなっちゃうんだろう?」

 

―――てめェの夢だけを追い続ける覚悟があるなら、一緒に来い。

 

あんたはそう言ったんだってね。あの夜の出来事をなかったことにできるなら、「仲間」として迎える。そういう意味でしょ? 覚悟したわよ。世界地図を完成させるんだって、ベルメールさんに誓ってあの村を後にしたのよ。あんたには、私のその覚悟がどのくらい身を引き裂くものだったか、きっとわからない。わかろうともしないんでしょうね

「……メシだっつってんだろ。行くぞ」?

そんなナミの心の叫びも、ゾロには届かない。ゾロは呆れて頭を掻くとデッキへと降りて行った。涙なんか出ない。だって、覚悟はとうの昔に決めてあるのだから。

 

 

 

−−「この気持ち 永遠に続け」

君と約束をしたよね

降り続く雨に打たれても

心だけは 離さない

 

 

「ねえ、サンジ君」

「はーい、ナミすわんっ」

料理を誉めてもらえるのかと、サンジは今にもふわふわと浮き上がりそうな姿勢でナミに顔を近づけた。

「これ……おいしい」

ナミも素直にサンジの求める言葉を口にすることができた。サンジはハートを飛ばしながらくるくるとテーブルの周りを回っている。ルフィも口いっぱいに食べ物をほおばりながら、おもしろがってサンジの真似をする。その後にチョッパーが続く。ウソップが大人ぶってそれを止めようと割り入ると、ルフィとチョッパーが怒ってウソップに絡み出した。ドタバタやっている3人をよそに、サンジは自分の席に戻ると、嬉しそうにナミの顔を見た。

「どんどん食べてくださいね! ナミさん」

「……この単細胞コックが」

ぼそり、と吐き捨てるように言ったゾロの言葉は、サンジの耳にしっかりと届いていた。

「なんだとぉ!? もういっぺん言ってみろ、このクソ剣士!!」

「ちょっと誉められたからって浮かれてんじゃねェよ」

サンジが本気でゾロを蹴り上げようと、足を高く上げた。ゾロも刀に手をやり、鞘から抜こうと構えた。

「ゾロ、やめて」

ナミのその一言で、食堂の空気が止まった。ルフィたちも手を止めてナミの方を見た。ゾロは抜きかけの刀を収めることができずに、歯をくいしばった。一番驚いていたのはサンジだった。ゾロとサンジのこういったケンカなんていつものことなのに、今日のナミのあまりにも冷静な一言が、普段の甲高いどなり声よりも重みを持って響いた。

サンジが静かに席に座ると、ナミはサンジの方に身体を向けた。まるで隣にいるゾロを拒否するかのように。

「あのね、サンジ君がオールブルーを見つけてしまったら。夢が叶ったら、その後どうするの?」

静かな暗い海をたたえるナミの瞳は、今にも涙があふれ出しそうなくらいに危うく、そして口元にこぼれるわずかな笑みがいっそう悲しげに見えた。サンジは、あえてタバコに火を点け、ゆっくりと吸って煙を吐き出した。

「オレの夢が叶ったら……きっと次の夢が生まれるよ」

その言葉に、ナミの瞳はいっそう潤みを増した。サンジは大きくゆっくりと微笑むと、頬杖をついてナミに語りかけた。

「まず、オールブルーの魚を全部料理すること。そしてそれをクソレストランの連中に見せてやること。クソジジィにオレの腕を認めさせること……まだまだやることなんていっぱいある、オレには。ナミさんだって、世界地図を完成させたら、その時にはもうすでに次の夢が始まってるはずだよ」

「サンジ君……」

「オレは海賊王になる!!」

ルフィが突然叫んだ。そのせいで、サンジに言った「ありがとう」がかき消されてしまったが、サンジにはちゃんと聞こえていたようだった。またルフィたちが大騒ぎする中、サンジは声を出さずに「どういたしまして」の形に口を動かした。

 

−−夢の 続きを占えば

ふたりの影 静かに 重なり合うはず

 

 

「今日はおかしいぞ、お前」

ふと隣を見やると、ゾロが心持ち離れた場所に腕組みして座っていた。視線はずっと海に投げかけている。何が? と聞く気力もなく、ただゾロの方をぼんやり見ていた。それを察してか、ゾロの方から口を開いた。

「夢だの何だの言いやがって。その夢すら叶えもしねェで、もう次の夢なんて言ってんじゃねェよ」

海風が少し強くなり、おでこに冷たい感触を残して去ってゆく。気持ちよくて、ナミは自然に目を閉じる。ゾロは、さっきナミが自分に求めた問いかけに答えてやらなかったことを後悔していた。しかもよりにもよってそれをサンジに持って行かれてしまったから更に気分が悪い。

「……聞いてんのか?」

「聞いてるわ」

間髪入れずにナミは答えた。ナミも視線を海に投げかけたままで。

「私の夢は変わらない。世界地図を書くこと、それだけ」

ナミのあまりにも冷静な言葉に、ゾロは次の言葉をすぐに繋げることができなかった。ナミがこの船に戻るときに決めた覚悟は、同時に自分の覚悟でもあった。しかし今、目の前で夢の行き着く先に不安を抱えて悩んでいるナミを見ていると、自分の信念も揺らいでしまいそうで、ゾロはナミを突き放すことしかできなかった。

「じゃあ……それに命賭けろ。他のことなんか目にも入らねェくらいにな」

ナミはその言葉を横顔でしっかりと受けとめたが、気丈な振りを続けることについに耐えられなくなり、そのまま膝を抱えるようにして顔を伏せた。ゾロはその様子を横目で確認したが、少し奥歯に力を入れて口をつぐんだ。

しばらく海の穏やかな水しぶきの音だけが響いていた。時折船体にぶつかって反り返るように飛び散る波がパラパラと音を立て、細かい霧となって風に流されてくる。ナミはその音の合間を縫ってうつむいたまま小さな声で行った。

「ねえ」

「あァ?」

腕組みをして瞑想するように座っていたゾロだが、全神経はずっとナミに向けられていたので、その消えそうな声も聞き逃すことはなかった。

「もし私が明日この船を降りるって言ったら?」

ゾロは一瞬唾を飲み込んだ。もちろん、それが例え話であるということは分かっていても、ゾロの中には小さな怒りが生まれた。

「……お前がそうしたいなら、オレは止めねェ。勝手に降りやがれ」

「もし、私がこの船を明日去ることになったら……」

ナミはゾロの言葉を流すように、言い方を変えて同じ例えをしてみた。聞いちゃいねェと言わんばかりに、ゾロはチッと舌打ちした。

「勝手にしろ」

ゾロが立ち上がろうとしたとき、ナミはおもむろに顔を上げて、しっかりとゾロの目を見て行った。

「あんたは私にキスしてくれる?」

沈黙の時間が流れる。その沈黙の中には、あの月の夜のキスが蘇っていた。まるで熱病に冒されたかのように、ゾロも、ナミも、頭の奥の奥まで熱くなった。ゾロとナミはずっと目を離さず、その感覚がじわじわと身体に行き渡り始めるのを感じていた。

「オレは……」

ゾロが何か言いかけたそれをかき消すかのように、ウソップが叫びながら走って来た。

「ナミ! 前方に黒い大きな雲がある! 波も大きくなってきたぞ」

ゾロがまたチッと舌打ちしてウソップを睨んだが、ナミの表情は一変して航海士のそれになり、立ち上がるとそのままウソップについて走っていった。

 

「嵐が来るわ!」

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