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パーフェクト・スター パーフェクト・スタイル 5 

ZORO x NAMI


ナミが体育準備室に来ていたのはほんの数か月間の話で、むしろあいつがいないことがオレにとっては今までどおりの日常だった。
元に戻っただけだ。金太郎飴のように代わり映えのしない毎日、それが普通だ。
でも、準備室の扉を開けるときにいつも躊躇してしまう。ナミが来ているんじゃないか、と淡い期待を持ってしまう。
自動販売機で無意識にダイエットコーラのボタンを押してしまうこともある。
「あれー? 先生、2本も買ってる〜」
女生徒たちが笑いながら、オレの後ろに立っていた。そして、その中にナミもいた。
オレを指さして、この寒いのに汗かいてるのは先生ぐらいだ、と笑っている生徒たちの後ろで、ナミはオレと目を合わさないように、うつむいていた。
いつの間にか、ナミのスカートは以前より長くなっている。模範生とまではいかないが、ケチをつけるほどでもなかった。
「間違えて2本買っちまった。誰か飲むか?」
誰に向けるでもなく、ダイエットコーラを差し出した。
「わ、私あったかいの飲みたいから、パス」
いち早くそう言って、ナミは別の自動販売機に近づいていった。
「私、欲しいな。先生から何かもらうと縁起よさそうだし。試験のゲンかつぎにしようっと」
一人の生徒がオレの手から冷たい缶を受け取った。
「試験?」
「うん。私たち就職組だから。いまナミに勉強教えてもらってんだ」
ちら、とナミを見ると、ナミはオレに背を向けるように、熱そうなコーヒーをすすっている。
「そうか、がんばれよ」
いかにも教師らしいセリフを言って、オレはその場を去った。

ああ、なんとなくわかった。ナミはオレを避けているのか。

理由を考えてみたところで、何も心当たりがない。
そもそも、準備室に来ていたのも、単なる気まぐれだったのかもしれない。
きっとそうだろう。あの年頃なんてそんなもんだ。
もしくは、好きな男でもできたのかもしれねェな。
冷静にそんなことを考えている自分がおかしくなった。
手に持っていたドリンクの缶は、強く握り過ぎてゆがんでいたというのに。


* * *


「えっ? ルフィのやつ、ついに帰ってくるんだ?」

年の瀬のせわしない昼下がり。ウソップの声がバラティエの中に響き渡った。
「3月らしいぞ」
「と、いうことは?」
「いよいよ結婚かあ……」
クソコックだけが泣きそうな顔で肩を落とした。
「で、式はどこで挙げんだ? あんまり遠いと行けねェぞ」
まさかドバイとか言わないだろうな、と不安がよぎる。何せ当事者がいないこの状況では、憶測でしかものが言えない。
「ルフィのことだ。ジェット機でもチャーターして全員招待するつもりだろ?」
「やりかねないな」
D財閥の跡取り息子、ルフィは、帝王学とやらを学ぶため、4年前から世界中を回っている。
厳しい祖父に無理矢理連れて行かれたようなもんだが、日本を離れる前に、ルフィとロビンは婚約した。
婚約パーティーは確か、ハワイだった。
財界のビッグネームやら、学術界の大御所やら、世紀のビッグカップルと呼ばれた二人の婚約パーティーは、それは盛大に執り行われた。
結婚式ともなろうもんなら、3日3晩は続くんじゃねェかと思ってしまう。
「しかし、婚約パーティーのときは完全にオレたち壁の花だったな」
ウソップがため息をつくと、クソコックも思い出したように嘆いた。
「オレだって現地で素敵な出会いを求めていったのに……」
「ほとんどがパートナー同伴で全く相手にされてなかったな」
オレが、皮肉を込めて言うと、コックは目をつり上げて「うるせぇ!」と怒鳴ったが、ふと何かひらめいたようにパチンと指をならした。
「そうだ、ナミさん誘ってみよっかな。大学生になったら海外にいっぱい行ってみたいって言ってたしな、きのう」
「……きのう?」
その言葉をオレは聞き逃さなかった。コックは明らかに「しまった」という顔をしたが、まるでマンガのように口笛を吹きながらその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待て、クソコック! お前ナミに……うちの生徒に手ェ出してんじゃねェぞ」
思わず立ち上がって、体を乗り出すと、コックはやれやれとタバコの煙を吐き出して両手を挙げた。
「まあまあ、ナミさんが卒業すれば、もう生徒じゃないだろ? まだまだ先の話なんだから熱くなりなさんなって」
「つーか、昨日って何だ、昨日って!?」
「あー、やっぱり覚えていたか、脳みそ筋肉のくせに……」
コックは得意気に携帯電話をちらつかせ、「オレとナミさん、メル友なんだ」と言った。
「メル友だァ? てめェが無理矢理聞き出したんだろうが」
「おやおや人聞きの悪い。最近ナミさんとお姉さまがよくこの店を利用してくれるから、事前に連絡いただければお席を確保しておきますよ、って言っただけのことだよ、マリモくん?」
そこで初めて、ナミがこの店に頻繁に来ていることを知った。
「あいつ、そんなにしょっちゅう来てんのか?」
「実は……オレも何度か会ったことある」
申し訳なさそうにウソップも言った。
ちょっと待て。何故オレだけナミに会わないんだ? オレだって週1,2回はこの店に来ているんだぞ?
クソコックがふふふと意味深な笑いを漏らす。
「ナミさんはなあ、お前がいないときを狙って来てんだよ。お前に出くわすと、うるさいからってよ」
「うるさい? オレのどこが……」
まさかここまで避けられてるとは。いったいオレが何をしたってんだ!?
「だいたい受験生のくせにこんなところで何やってんだ、あいつは……」
「ハイ、それ」
間髪入れずにコックがオレを指さした。その指先がマジックのようにオレの動きを止めた。
「ナミさんはお前のその教師ヅラしたところがイヤなんだろ? あとな、こんなところとは何だ? あぁ?」
「教師ヅラって……オレはれっきとした教師なんだよ!」
「はいはい。てめェはそうやっていつまでも教師だとか生徒だとか言ってわめいてろ」
「あァ?」
気がつけば、店内が静まりかえっていた。ウソップが腰を低くして「すいません、こいつ酔ってるんです」と謝っていた。
オレとクソコックは睨み合ったまま、しばらく動かなかった。
静かに店の扉が開き、ウソップが渡りに舟とばかりに「ロビン!」と叫んだ。
「あら、どうしたの?」
ゆるやかに、凍り付いた空気が和らぎ、コックはオレを素通りしてロビンの側へかけよった。
「いや、あの大人げないマリモが、教師だの生徒だの、くだらねえことに振り回されてるもんで」
オレは舌打ちして、ロビンと入れ替わるように店を出た。
去り際にかすかにロビンの声が聞こえた。

「それがずっと続くわけじゃないのにね……」

オレはただやみくもに歩いて、一体自分が今どこにいるのかもわからなくなるくらい歩いて、とうとう海までたどり着いてしまった。
海風はやたらと強くて、顔が無数の針で刺されるように痛かった。

「……オレだって、わかってんだよ」

教師と生徒という関係を言い訳にして、自分の気持ちをごまかしていることぐらい、とっくにわかってる。
いや、逆にそれがあったからこそ、オレはナミと同じ部屋に2人きりでいられたんだと思う。

初めて出会ったときから、あいつは特別だったんだ。
そもそもオレなんかにはとうてい手の届かない、完璧な女だった。

あの日、血相抱えてカラオケ屋に走ったのも、花火を買い占めてなぐさめようとしたのも、わがままを受け入れて体育準備室に入れたのも、ダイエットコーラを冷蔵庫から切らさなかったのも、 そんな不純な理由で説明がつくだろう。でもそれは、教師としては失格ということだ。

「まァ、どっちにしろ……避けられちまったから、どうでもいいか」
強風に抗うように立っていると、冷たい風がむしろ心地良く感じられ、気持ちが落ち着いていくのがわかった。
いまさら自分の気持ちを認めたところで、何も変わらない。
いずれ、ナミは卒業していく。そうしたら、また何事もなかったように普通の日常が始まるんだろう。
それでいい。

「……家で飲み直すか」

すっかり冷えた体を温め直すため、オレは歩き出した。
タクシーが拾えるところまで、どのくらい歩いただろうか。家に着いたときは、深夜になっていた。

薄着で海風に当たったせいだろうか、その後オレは高熱にうなされ、年末年始をずっと布団の中で過ごすはめになった。

 


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