サマー・エレジー
SANJI x NAMI x ZORO
5th Tune 「サンジ」 2
「よう」
人気の少ない図書館の、窓際の広い机に本を積み上げて勉強しているところへ、その男は現れた。
「エース」
カウボーイハットにタンクトップ、短めの黒いカーゴに黒いブーツ。ジャラジャラとアクセサリーの音を鳴らしながら、エースは私の方へ歩いてきた。
「ちょっと、恥ずかしいから近寄らないでよ」
「お邪魔かな」
「そうよ。勉強中なんだから」
「ずっと外見てて、オレが窓の外通ったのにも気づかなかったくせに?」
そう言って帽子をポン、と机の上に投げてエースは私の隣に座った。
「サンジとケンカでもしたか?」
頬杖をついてニヤっと笑う。
「違うわよ、バカ」
しばらくの間、エースは積み上がった本の背表紙をじっと見ていた。
「夏休みだってのに、偉いな。何の勉強?」
私は1時間前から1ページしか読み進んでいない本を閉じた。
「人の心の移ろいについて考えてたのよ」
「そりゃまた、壮大なテーマだな。で、結論は?」
「わかんない」
そう言ってため息をついてから、ようやく私は隣にいるエースの顔を正面から見た。
「あんたは?」
「ああ、オレはもうすぐ院試だからさ」
「だってあんた、まだ3年でしょ?」
「受かりゃ飛び級できんだぜ?」
「そうなの? 知らなかった」
エースは一番近くにある本を一冊取り上げると、口笛を吹きながらパラパラとめくりだした。
「あんた、米文化だっけ? 1年なのに随分勉強してんだな」
「……留学、したいから」
思わず口から出た言葉。人に話したのは初めてだった。
「へえ。交換留学の制度あるもんな。あれって成績良くねえとダメなんだろ?」
「そうよ。だから勉強してるんじゃないの」
「なるほどね」
そしてエースはもう一度口笛を吹いた。
「サンジは知ってんの?」
多分聞かれるだろうと気持ちの準備をしていたから、私は静かに首を振った。
「留学、するとしたら3年になってからだし。その時まで……続いてるとは限らないし」
「まあ、今言って、泣いてすがられても困るしなあ」
そう言ってエースはクックッと笑った。
「真面目に考えてんだな」
「当たり前じゃない! 自分の将来なんだから! どっかの不真面目とは違うのよ」
「ああ、サンジ?」
言われた瞬間、私は顔を赤くして口を尖らせた。エースはまた笑いながら、体を少し私の方に向けた。
「あいつもいろいろ考えてんじゃねーの?」
「どーだか」
フイ、と顔を背けて私は言った。
「確かに、授業にも全然出てねーし、一日中サークル部屋にいるけどな」
「留年したらどうするつもりなのかしら。せっかくガリ勉して経営に入ったのに。大学デビューのなれの果てだわ」
「まあまあ。あいつのことはあいつが決めるさ」
大人っぽく笑ってエースは言った。
「ずいぶんあいつの肩持つのね」
「そう?」
しばらくの間、エースは何も言わずに本をパラパラとめくっていた。古びた匂いが風に乗ってやってくる。
「あんたさあ」
「え?」
「マジであいつのこと好き?」
一瞬の沈黙。
「……あんた、サンジ君に何か頼まれた?」
「は? 何で?」
「ちっ、違うんならいいわよ」
慌てて一度閉じた本を開く。エースは頬杖をついて私を見た。
「あいつ、そこまでヒネクレてねーよ。ま、確かに素直じゃねーけどな」
そう言われて、私は恥ずかしくなってうつむいた。
「……私のこと好きって聞いても答えなかった」
「そりゃまた酷なことを……」
「ん?」
「あんたはどうなわけ?」
「私?」
「さっきの繰り返しになるけどさ、あんたはサンジのこと、好き?」
「それは……」
そこで黙り込んでしまった私の隣で、エースはまた口笛を吹いた。積み重なった本の背表紙を上から下まで指でなぞりながら足をトン、トンと鳴らしていた。
「考えてんのは、人の心の移ろいじゃなくて、あんたの心だろ?」
核心をつかれて、私は思わずエースの方を見て固まった。
「ありゃ、勘で言ってみただけだったんだが。……図星か」
ハハハッ、と罪のない顔でエースは笑った。
「迷ってんなら、オレにしない?」
私に顔を近づけながら、エースはニヤリと笑った。
「やっ、やあよ! あんた絶対浮気するもん」
身構えるように私は体をエースから離した。
「その代わり、ヤってる途中にあんたが他の男の名前呼んでも我慢してやるよ」
「バッカじゃない?」
私の表情がころころ変わるのがおかしかったらしく、エースは腹を抱えて笑い出した。
「でも、あいつが浮気しても許してきたわけだろ? それは何で?」
そしてまた私の表情が固まって、エースは笑った。
「結論はこうだろ。心よりカラダの方が正直ってことだ」
「何よそれ。それじゃ私まるでサルみたいじゃないの」
「サルは迷ったりなんかしねーよ」
ブルル、ブルル……ブルル、ブルル……
「おっと、電話だ」
そう言ってエースは携帯を開いた。
「誰だ、これ………」
そのままエースは携帯をポケットにしまった。
「出なくていいの?」
「緊急なら留守電残すだろ」
「まあね」
「じゃ、そろそろ行くわ」
「あ、うん」
「ちゃんと勉強しろよ」
「うるさい」
「ああ、そうそう。オレ高校の時はアメリカにいたんだぜ? ユタ。何にもねーところ」
「ホント?」
「おうよ。何か聞きたいことあったらいつでも言ってこいよ」
そうして私とエースは携帯の番号を交換した。
それだけで案外あっさりと自分の番号を教えてしまうのもどうかと思ったけど、今日はなんとなくエースと話して気持ちが楽になったような気がしたから。
「ヤリたい時も電話してきていいぜ?」
「しないわよ、バカ! あんたもかけてこないでよ?」
エースはカウボーイハットを取ってくるくると回した。
「ああ。オレは寄ってくる女しか相手にしねーから」
「……すっごい自信」
ってことは、あのときは私から寄って行ったってことなのね。ちょっと自分が情けない。
「オレは火遊び専門なもんでね」
そう言ってニッと笑うと、私の頬にキスをしてエースは去っていった。
真っ赤な顔で、周りを見渡すと、幸い近くには誰もいなかった。ほっとしたら何だか気が抜けてしまって、机の上にある本を全部元に戻して、私も図書館を出た。
図書館からゆっくり歩きながらアパートに戻る。
ゾロのファミマでアイスクリームを買って、食べながら歩く。
8月も終わりだというのに、ギラギラと照りつける太陽に目を細める。すぐに溶けていくアイスクリームに急いで吸い付く。
久々に電源を入れた携帯電話をじっと見つめていると、無意識のうちに指はボタンを押し進めて、
サンジ君の電話番号を表示した。けだるそうに笑っているサンジ君の画像を見ていると、だんだんと自分のしたことが恥ずかしくなってきた。
謝りたい、とか。オムライスが食べたい、とか。声が聞きたい、とか。会いたい、とか。えっちしたい、とか。
そういう気持ちはあるのに、どうしていいかわからない。
でも、エースの言ったとおり、心よりもカラダは正直で、指が勝手に動いてサンジ君に電話をかけていた。
呼びだし音が鳴り出す前の無音。それがとても長く感じられて、緊張した。
緊張したのに。
”この番号は、お客様の都合により、現在通話できません。この番号は……”
「……電話料金くらい払いなさいよ! バカッ!!」
アパートの階段の下で、電話に向かって怒鳴った。
「うるせェぞ」
振り向くと、ゾロが大きな荷物を抱えて立っていた。
「うわっ!! ……ゾロ、驚かさないでよ、バカッ!」
「いきなりバカはねェだろ」
不機嫌そうに私を見下ろすゾロと目を合わせると、一瞬にしてあの夜のキスが蘇って、心臓がドキドキしはじめた。
ゾロは10日分の郵便物をごそっと郵便受けから取り出した。私も隣の扉を開けた。ここ1週間ほど、郵便受けを開けることすら忘れていた。
「……どした?」
「……」
「おい、ナミ」
郵便受けには、絵ハガキが一枚。
「また、アイツか」
ゾロの声を遠くで聞きながら、函館の夜景の写真を裏返す。
ナミさんへ
元気ですか?
毎日電話して、毎日メールを送っても、何故かこうやって葉書を書きたくなってしまいます。
もう、この時点で何を書こうか迷ってます。
時計を見たら、最初の一文からすでに30分が過ぎていました。
今年の夏は、関東地方はかなり暑いみたいですね。
ナミさんの部屋は西陽がすごいから、夕方は部屋にいられないんじゃないかな。
マリモ君のコンビニに涼みにいったりしてないですか(笑)。ちょっと心配です。
そしてまた上の一文から30分が経ってしまいました。
話したいことはたくさんあるのですが……。
きっとナミさんはこっちに来ることはないですよね。
東京に戻ったら話したいことがあります。会って話したいので。
2時間かかって全然脈絡のない内容になってしまいました。
今日はこのへんで。
0818 サンジ
あの電話の前日に書いたハガキ。
「書くことないのに、無理して送らないでよね……」
胸がぎゅっと掴まれたような気持ちになった。
話したいことってなによ? わざわざ会って話したいことって、なによ?
「どうかしたか?」
ゾロが少しだけ優しい口調で言った。
「……別に」
「はーっ! 10日間禁酒だったからなあ。久々に酒が飲める」
そう言ってゾロは大きく伸びをした。
「飲むか?」
ゾロがニッと笑いかけたから、またドキドキして、私は「うん」とうなづいた。
そうよ。
ここにいないヤツに振り回されることなんてない。
心よりカラダの方が正直って、きっとこういうことなんだ。
6thTune