手を繋いで街を歩くと、道行く人みんなが振り返る。
そんなにジロジロ見るなってんだ。でも、もっと見てくれ、オレの自慢の恋人。
街灯の明かりの下では、そのオレンジ色の髪が金色に輝いて見える。
得意気にオレは彼女の手を引いて一歩先を行く。
例の分かれ道に来ると、オレは彼女の手を引いて暗い砂利道の方へ誘導しようとした。
だけど彼女は立ち止まって、オレの手をぐっと引っ張って抵抗した。
「ちょっと、何でわざわざそんな変な道選ぶの?」
「こっちの方が夜景が見えてきれいなんだ」
「だってそんなの、レストランに行けば見えるんでしょ?」
「……」
そのたった一言であっさりと作戦は変更。
オレは彼女の手を引いて、レンガの坂道を歩いて行く。ちょっとだけ肩を落として。
「疲れた。もう歩くのやだ」
「え?」
「おなかへって動けない」
「あともう少しだから、ね?」
子供みたいにぐずる彼女の肩を引き寄せると、彼女はそれを片手で払いのけた。
「やだ。おんぶ」
そう言って両手を広げる彼女。オレは慌てて彼女に背中を向けて膝をついた。
細い腕が首に回されて、オレの腰の横あたりからサンダルがにゅっと現れる。
甘い香りがして、彼女の息がオレの耳にかかる。体が密着して、ちょっといい気分。
オレを困らせたくてわがままを言ってるのか。
それともオレを喜ばせるためのサービスなのか。
どっちにしても、オレはそんな彼女が大好きだ。
「急いでね」
「ハーイ」
ひそひそとか、くすくすとか、すれ違う人の声が聞こえても、オレのデレデレの顔は元には戻らない。
「昼間、ひとりで坂の上から歩いてくるから変だと思ったわ。ウソップに荷物持たせて何してるんだか」
「まあ、あいつには悪いことしたなあ」
「どうせ部屋も取ってあるんでしょ?」
「はは。よくおわかりで」
「あんたの行動パターンなんてお見通しよ」
「じゃあ、今日はそのつもりで来てくれたってことだよね?」
「それはどうかしら?」
「ええっ!?」
振り返ろうとすると、彼女はオレの耳をあむっとくわえて「この後のサンジ君次第よ」とささやいた。
そういうつもり、アリアリですよね?
ゴーですよね?
よいのですよね? 「ホラ、急いで!」
そう言って前方を指差すから、オレは目の前にニンジンを吊り下げられた馬のように張り切って、レンガの坂道を駆け上がって行った。
レストランの入り口の扉が見えた頃、 空からぽつぽつと雨が降り出したので、オレはラストスパートをかけてレストランに飛び込んだ。
その途端、ザアッとものすごい勢いで雨が降り出した。
「ね、急いで来て正解だったでしょ?」
そう言ってくすっと笑った彼女。
「もしかして、雨が降ることわかってた?」
「まあね」
……いったいオレはどのあたりから彼女に操られていたんだろう。
計算高くて、頭の回転が速くて、したたかで。
オレはそんな君が大好きだ。
あいにくの雨で、プライベートルームの窓には水滴のカーテン。予定はちょっと狂ったけど。
「ワインリストを見せてくれ」
ここは予定通り進められそうだ。
ウエイターが立ち去った後、彼女は頬杖をついて微笑んだ。
「ねえサンジ君、知ってる?」
「ん? 何を?」
「この町は地ビールが有名なんだって」
「え……」
「飲みたいなぁ」
……また作戦変更?
「やっぱりビールをもらうよ。有名だと聞いたからね」
さも知ってましたといわんばかりのすました態度で、ワインリストは開くことなくウエイターに返却。
すぐそばで、彼女は笑いをこらえている。
ちょっと情けない気もするが、彼女が喜んでくれればそれでいいんだ。
それに、何気なくオレを立ててくれているところに、ますます惚れてしまった。
この素晴らしい夜と、君に乾杯。
でもそろそろ、オレのペースに持っていきたいところ。
勝負はもちろん、ベッドルームで。
水煙がせっかくの夜景を覆って、窓の外でくすぶっている。
部屋の扉を閉めるなり、甘いあまーい、長いながーいキスを交わす。
「先にシャワー浴びるわね」
そう言って彼女はバスルームへ消えていった。
遠くに水の落ちる音を聞きながら、注文した花束が届くのを待っている。72本のバラ。
ここだけは決めたいところなんだ。
まだかまだかとそわそわしながらドアを見る。できればバスルームから出てきた彼女に突然渡したい。
「お待たせ」
振り返ると、ほんわかと温かそうな空気をまとった彼女の姿。間に合わなかったか。
バスローブ姿も魅力的だけど、本当はあの白いワンピースをオレの手で脱がせたかった。
そんなことを考えていると、彼女は「早く入ったら?」とオレを促した。
「ああ……」
ドアの方をちらちらと見ながら落ち着かないオレの様子を見て、彼女は少し冷たく言った。
「早くしないと先に寝ちゃうわよ?」
「えっ、それは困る……」
「だったら早く」
仕方なく立ち上がってバスルームに向かう。
「あ、あの、ルームサービス頼んでおいたから、来たら受け取っておいてね」
「うん、わかった」
特に気にする様子もなく、彼女は返事をした。
なかなか作戦は思うとおりに進まない。
シャワーを頭からかぶりながらキアイを入れ直す。
ここからは絶対にオレのペースで!
「サンジ君!」
バスルームから出ると、扉の向こう側ですでに待っていた彼女が飛びついてきた。
「素敵! ありがとう!」
あまりにも突然で、抱きつかれた体を抱き返すことも忘れていた。
ああ、もしかしてバラが届いたかな?
彼女の肩越しにテーブルの上に視線をやると、そこには赤ではなく黄色い大きなカタマリが見えた。
……バラ、って言わなかったか?
オレが唖然としていると、
「私、ひまわりって大好きよ」
そう言って彼女はずいぶんと積極的にオレの顔にキスを浴びせる。ちゅっ、ちゅっ、という不規則なリズムで、オレの体に火を点ける。
何でバラがひまわりに化けたのかはわからないが、彼女の喜びようったらないので、ここはあっさり作戦変更。結果オーライ。
どうせ宝石箱のような夜景も見えないし、バラもないから、決めゼリフも変更。
「ひまわりみたいに、いや、ひまわりよりも太陽がよく似合うナミさんが好きだよ」
「ん」
満足気にオレのキスを受け止めて、自らバスローブを脱ぎ始めたので、オレは慌てて彼女を抱きかかえてベッドに運ぶ。バスローブは白いワンピースよりも色っぽくて、それでもって脱がせるのも簡単だ。
だけど、今日はじっくりゆっくりキモチヨクなりたいから。
ここはどうあってもオレのペースで!
本当の夜はこれから。
むに、とオレの鼻をつまむ手の感触。
「起きてる?」
顔のまん前から聞こえる声。
むにむにと、何度も鼻をつままれる。
「寝てるんですかー?」
ハイ、寝てます。寝ていることにします。もうちょっと遊ばれていたい。
でも、あんまり鼻を引っ張られると、あの狙撃手みたいになりそうでちょっと心配になった。
「ふふ」
ぴと、と彼女の顔がくっついてきたのがわかった。
触れ合っているそこだけがしっとりとあたたかい。
彼女が唇を動かすと、頬のあたりがむずむずくすぐったくなる。
「大好き」
そう言ってオレの鼻の頭にちゅっ、とキスをしてくれた。
……作戦通りじゃないか!
オレはがばっと起きあがる。
「んナミっすわん!」
「やだ、起きてたの?」
抱きついて、やわらかくて大きな胸に何度も頬擦りすると、ふにふにふにふに、あったかくて気持ちいい。彼女はくすぐったがってオレの頭を掴んで離そうとする。そのままじゃれあって、また抱き合って。時計を気にしながら、時間の許す限り。
ん? まだ作戦は終わっていないって?
ああ、目覚めのコーヒーね。
……却下。
作戦変更。
だってこのまま目覚めたくなんてないし。ずっとこうしていたいんだ。
夜はあまりにも短すぎたから。
大きなひまわりを抱えて、彼女は嬉しそうに坂を下りて行く。
オレは数歩遅れてついて行く。
船が見えたところで、声をかける。
「ねえナミさん」
「なあに?」
「退屈しなかった?」
「うん。しなかったわ」
それを聞いてオレの顔がゆるむ前に、彼女は「でも」とつけ足した。
「あれで満足したって思われても困るわ」
「えっ?」
彼女はオレの頬に軽くキスをすると、耳元で笑いながら、でもちょっと脅迫するように言った。
「今度は、ちゃんと自分で選んでね」
「は?」
スタスタと船に向かう彼女の後ろ姿を見つめながら、胸ポケットのタバコに手をやる。
「ん?」
そこには一枚の紙切れ。
”おせっかいかとも思いましたが、彼女はバラよりこちらの方が喜ばれるかと。さっきひまわりがお好きだと言ってらっしゃったので。 花屋より”
「はは……バレてたか」
知ってたくせに。
それでもオレのペースにハマったフリをしてくれる君はなんて素敵な人だろう。
素直じゃなくて、そのくせ甘え上手で、気まぐれで、そう簡単には手の内を見せないけど。
オレはそんなあなたが大好きなんだ!
「恋のランデブー」作戦。
大幅に軌道修正をしつつも、無事完遂。
最高の夜をありがとう
やっぱり君のリードで
夢の世界に連れて行ってもらうのが一番いいや。
*END*