メトロノーム thousands
kisses
SANJI × NAMI
カチ、カチ、カチ、カチ……
ほんの一瞬キッチンを離れて、倉庫から戻ってくると、扉の向こうからルフィのダミ声とともにそれは聞こえてきた。
「んあ?……いったい何の騒ぎだ?」
タバコを噛みながら扉を開けると、テーブルの上で大声で歌うルフィと、それを見て大笑いしているウソップとチョッパー、そしてナミさんがいた。
「あーもう、ルフィ最高!」
目に涙を浮かべながらナミさんは腹を抱えて笑っていた。オレはその楽しい空間に入り込むには、自分はちょっと遅すぎたということに気づくと、何だかおもしろくなくなってしまった。
「やっぱ欲しいよな、音楽家!」
ルフィはそう言ってしししっと笑った。
「オレも歌いたいなー」
チョッパーが目をキラキラさせながらルフィを見上げている。
「よっしゃ、そんじゃオレが伴奏してやるよ! 早速楽器でも作るかー」
そう言って立ち上がったウソップを追いかけるように、ルフィもチョッパーも騒ぎながらキッチンを出ていった。
カチ、カチ、カチ、カチ……
まだ音は鳴り続いている。
そしてナミさんは、まだヒーヒー言いながら笑い続けている。
「……なんか楽しそうだったね」
「え? うん……ふふふ」
目をこすりながら、ナミさんは息を整え、そして真っ直ぐに座り直してオレを見た。まだ口元は笑ってる。
「ルフィったらね、せっかくメトロノームがあるのに、全然合わせて歌えないのよ」
そう言って、テーブルの上にあったそれに目をやった。
鉄の棒におもりをつけて、それは左右にせわしなく動いていた。そのたびにカチ、カチという音がする。
「メトロノーム?」
「そう、ウソップが壊れた時計を分解して作ったの」
ナミさんは、おもりの位置を棒のてっぺんの方にずらすと、指でそれをピン、とはねた。
再び「メトロノーム」は音を立てながら首を傾げる。
カチ………、カチ………、カチ………
「……う、……ああ、……あーっ! おっせえなー、これ」
そのおもりの動きをじっと見つめていたオレは、カチカチという音の間隔が異常に長いのにしびれを切らしてそう言った。それを見てナミさんは、さっきの大笑いの火種がまだ残っていたのか、あはははっ、と甲高い声をあげて笑った。
「速くもできるわよ?」
次にナミさんは、そのおもりを棒の付け根のあたりにまで引っ張って下ろした。するとそれはさっきとはうってかわって元気に揺れ始めた。
カチカチカチカチカチ………
「速すぎて落ち着かねえなあ……」
「サンジ君みたいね」
「え?」
頬づえをついてにっこり笑っているナミさんは、特に悪気があるようでもなく、そのまま長いまつ毛を落としながら左右に細かく視線を動かしている。
「……オレってこんなに落ち着きねえかな?」
オレは少しぶすっとしてタバコをくわえたまま、テーブルに顔を置いてふてくされた。
ナミさんは、身を乗り出して、オレの顔のすぐそばまで自分の顔を近づけて、ふふっと笑った。
「そういう意味じゃないって。私がいつも聞いてるサンジ君の包丁のリズムって、これくらい速いからすごいなあって思ったの……だって、ホラ、260だもの」
「260??」
ナミさんはひとさし指で、軽々とメトロノームの棒を止めた。
「そう。ここに数字があるでしょ? これはね、1分間に何回カチカチって音が鳴るのかを示してるの。……試しに、ホラ」
カチ、カチ、カチ、カチ……
オレが顔をテーブルに置いたまま目を細めていると、ナミさんはねじ巻き式の懐中時計を取りだして、オレの耳に当てた。
ヒヤっと一瞬だけ耳の温度が持っていかれた。
チッ、チッ、チッ、チッ……
「……秒針と同じ速さだ」
「うん」
耳元の秒針と、目の前のメトロノームは、微妙な時間差で重なりながら、カチ、カチチッ、カチチッ、チッ、カチ、チッ、と不規則に時間を切っていく。一瞬だけまったく同じリズムになったかと思えば、すぐにどちらかが先を行き、後を追いかける。
「1分間に60回でしょ?」
「なるほど」
ようやくオレはこのガラクタのようなもんの正体をつかんだ。
「じゃあこれはどう?」
ナミさんはメトロノームを120に合わせてはじいた。すると、さっきの秒針の落ち着いたリズムとは変わって、元気で勢いのいいそれに変わった。
「行進曲はこの速さなのよ」
オレの耳元にはまだナミさんの時計がチッ、チッと鳴っていて、秒針が1回打つ間に、メトロノームは2回カチカチ進んでいた。
チッ、カチ、カチチッ、カチ、カチ、チッ、カチ、チカチッ……
「……なーんか不思議な感覚だ」
ぼんやりと棒の揺れる様を見ながらオレはつぶやいた。
普段は気にもしない時間を、このメトロノームというやつはこんな風にいろんな形で刻んでいくんだな。
速く打てば時間を無駄に消費しているような気がするし、遅く打てば妙に間延びして早く先に進みたい気分になる。
オレはまたしばらくその銀色の棒が右に左に首を傾げる様子を見ていたが、ふと、あることを思いついた。
おそらく、ニヤッとしたオレを見て、ナミさんもオレが何かをたくらんだことに気づいたんだろう。
ふふ、と耳のすぐ近くで息をもらして「何考えてるの?」って嬉しそうに聞いてきた。
「イイコト」
オレはすっかり機嫌を直して、メトロノームのおもりを動かした。
カチ、カチ、カチ……
「へえ、案外遅いんだな」
ナミさんはメトロノームの目盛りを見てから、オレの方を向いてじっとオレの思考の奥を探るような目をした。少し期待の色を見せながら。
「100?」
「ああ」
オレはニイッと笑って椅子を後ろに下げると、膝をポンポンと叩きながらタバコを消した方の手でナミさんを手招きした。
「おーいで、ナミさん!」
「……なあに?」
警戒よりも好奇心の方が先に立ってか、ナミさんは珍しく促されるままに立ち上がってオレの膝の上に座った。すかさずオレはナミさんの腰を抱え込んだ。
「1分間に100回だろ?」
「そうよ」
「じゃあ10分で1000回だ」
ナミさんは読めたといわんばかりに上目遣いでオレを見て笑うと、両腕をオレの首に巻き付けて、頬をむにゅ、と押しつけてきた。
「……何が1000回なの? ん?」
「わかってるくせにー」
テーブルの上ではメトロノームが1分間を100分割し続けている。
カチ、カチ、カチ……
オレとナミさんはおでこをくっつけたまま見つめ合って、お互いに最初のタイミングを見計らいながら、何度も唇を突き出してはひっこめて笑っていた。
ナミさんはまだ笑い足りないのか、オレが近づこうとするとすぐにぶぶっと吹き出して、自分から近づこうとするとまた吹き出して、細い腰をひくひくさせて笑っている。
「ああーっ、もう!」
たまりかねて、オレはフライングしてナミさんの頬にちゅっ、とキスをした。したら最後、耳を澄まして、カチカチの音に合わせてあちこちにキスを浴びせかけた。
「きゃはははっ!」
ナミさんはかなり敏感になっているようで、オレがちょっと触れるだけでくすぐったがって肩をすくめて足をバタバタさせていた。
カチ、カチ、カチ……
メトロノームは時間を刻む。オレはそれに合わせてキスをする。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……
「あん」
そう言う声を出されると、オレはもっともっといっぱいキスしたくなるわけで、メトロノームの次のカチって音すら待ちきれなくなる。
「ふふふふ」
まだ小刻みに震えながら笑っているナミさんのリズムは180ってとこかな。
カチ、カチ、カチ……
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……
オレはナミさんの唇に集中攻撃すると、ナミさんもくすくす笑いながらオレの頭を抱えてついばみ返してくれた。
カチ、カチ、カチ……
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……
「なん」
「ん?」
「かい」
「む」
「め?」
カチ、カチ、カチ……
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……
「わかん」
「ん」
「ね」
「ふふ」
カチ、カチ、カチ……
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……
すでに体はこのリズムを覚えて、出れば引く、引けば出る唇の先にはナミさんの唇が待っている。
オレたちは1分間に100回のキスをする。
10分続けたら1000回のキス。
でも、
1000回じゃきっと足りねえなー。
1万回でも全然足りねえだろうなー。
だってオレは、
1日24時間ずっとだってナミさんとキスをしてたいんだ!
カチ、カチ、カコッ…………
音が消えても、オレたちは惰性でキスをし続けていた。きっちりと1分間100回のリズムで。
横目で見たメトロノームは音もなく左右に揺れながら、次第に動きが鈍くなり、そして結局最後には中途半端に首を傾げた状態で止まってしまった。
ねじ巻き直さなくちゃ、とナミさんが途切れ途切れに言った後、オレたちのキスもメトロノームに合わせて減速して止まった。
「んや、いい」
今度はオレがナミさんの頬にむにゅ、とくっついた。腰に置いていた片手でオレンジの頭をしっかりと支えて。
「量より質だ!」
そう言ってナミさんの唇に強く強く吸いついた。
1000回のキスもいいけど、この1回の長い長いキスもまた好きなんだ。
等間隔で時間を刻む軽いキスもいいけど、時間をぜーたくに使った深いキスもまた好きなんだ。
おや、また何か時間を刻む音が聞こえてきた。
……ああ、わかった。
オレとナミさんの心臓の音。
fin
zono 2004.2.14 Happy
Valentine's Day!