頭数合わせに参加してよ、と言われて合コンに行った。
「あんたもさ、振られた男のことなんていつまでもひきずってないで、新しい出会いを探しなさいよ」
そうやって簡単に友だちは言うけれど。
でも、合コンなんて、ちょっとプライドが許さない。
いかにも「彼氏欲しい」って言ってるみたいじゃない。
「そんなことないよ? 男の子と遊ぶのってフツーに楽しいよ」なんて友だちは言うけれど。
そんなこと言ったって、楽しくないもの。
全然楽しくないわ。
だって……。
「もう相手になる人、いないの?」
「ふひゃあ〜、ナミちゃん、強すぎだよ〜」
「弱いわね、あんた」
目の前にずらっと並んだ中ジョッキ。周りでは女友だちが「手加減しなさいよー」なんて言いながら、すでに潰れた男たちを介抱しつつ、なんだかんだ言ってイイ感じになっている。
最後の砦、4人目が崩れてしまった今、私はぽつん、と長いテーブルの端に取り残されて、目の前の4組の男女のイチャイチャする様子を眺めていた。
そもそも、頭数合わせとかいいながら、何で5対4なのよ?
なんで私があぶれるわけ?
最初は、4人の男たちはみんな私に構ってきたくせに。ちょっときつい言葉を吐くと、酔わせろと言わんばかりに強いお酒ばっかり勧めてきて、挙げ句飲み比べて負けてるんじゃ世話ないわ。
……こんなだから振られちゃうのかなあ。
しゅん、と口を尖らせて、中ジョッキにほんの少しだけ残ったビールの細かい泡を見つめていた。
「やあ、お待たせしましたレディーたち!」
見ると、いかにも軽薄そうな金髪の男がくわえタバコで近づいてきた。おせーぞ、とへべれけになって声をかける4人の男たち。でも、それだけですぐにまた4組の男女はそれぞれの甘い世界に戻っていく。
「あらまあ、もうすっかりツガイができちまってるわけね。しまったなー」
そう言って、ひとり取り残された私を見ると、その男はにっこりと笑い、靴を脱いで座敷に上がった。
「んじゃ、オレは必然的にココになるわけね」
そう言ってその男は、私の隣に腰を下ろして、ニッと歯を見せて笑った。
「別に無理してここに居なくてもいいわよ」
「ん? 無理なんてしてねーよ? ホラ、残りものには福があるって言うじゃん」
「残りもので悪かったわね!」
空になった中ジョッキをテーブルにガツン、と置くと、一瞬だけそこにいる全員の視線が私に集中した。そしてまたすぐに視線は散っていく。
失礼なヤツ! コイツもぶっ潰して、さっさと家に帰ろう。
やっぱり、こんな合コン来るんじゃなかった。
「ねえ、あんた」
「サンジ」
「……サンジ、君、飲み比べしよ?」
「えー、やだよ。オレ、酒そんな強くねえもん」
「なに、自信ないのぉ?」
こうやって言えば、大抵の男はムキになってつっかかってくるはず。
「うん、ないね。それに酒は味わって飲みたいんだ、オレ」
それなのにサンジ君はあっさりとそれをかわしてしまった。
かああっと顔が熱くなって、私はサンジ君から顔をそむけた。
「……あっ、そ!」
「ごめんね……えーと……」
「ナミよ」
「ん。ごめんね、ナミさん!」
「いいわよ、別に。……もう帰る、私」
そう言ってジョッキから手を離して立ち上がろうとした。
「ああ、待ってよナミさん。ナミさんまだまだイケるんなら、オレにつきあって?」
立て膝の私をなだめるようにしてサンジ君は私の肩に手を置いた。
「酒は楽しく飲もうよ、ね?」
そしてまたニッと笑う。その無邪気な笑顔にちょっとだけほだされて、私はもう一度座り直した。
「何飲もっか。あ、その前に食いもん頼もう。オレもう腹減ってさあ……」
メニューをパラパラめくりながら、サンジ君は手をあげて店員を呼んだ。
「ナミさん、ここのだし巻き卵食べたことある?」
「ううん」
「うわマジ? じゃあ食った方がいいよ。ここってチェーンの居酒屋のくせに、だし巻き卵だけはすっげーんまいのよ」
チェーンの居酒屋のくせに、と言ったあたりで、店員がギロリとサンジ君を睨んだけど、サンジ君はおかまいなしに注文を続けた。
「ほら、来た来た」
ほかほかと湯気を上げて運ばれてきただし巻き卵は、小さなまな板の上に乗っていた。
「食べてごらんよ、んまいから」
そう言って目の前にどん、と置くから、私は箸を伸ばして、ちょっと強すぎる視線を受けながら、それを口に入れた。
「……どお?」
「……んまい」
箸を口に入れたまま、上目遣いでサンジ君を見ると、サンジ君もニコニコしながら私を見ていて、しばらくそのまま無言で見つめ合った。そうしたら、だんだんと笑いがこみ上げてきて、二人で吹き出して大きな声で笑った。
「ははは……、だろ? んまいだろ?」
「うん、ホント、んまい」
そしてまた笑い出す。
ああ、私ここに来て初めて笑ったかも。
「今まで食べただし巻きの中で一番おいし……んまいわ」
わざわざ言い直して、また笑った。酔ってもいないのに、なんでこんなことがおかしいんだろ。
サンジ君も嬉しそうにだし巻き卵をほおばった。
「一番? そっかー。オレにとっては2番目なんだ、このだし巻き卵は」
「一番は?」
「ん? 一番は、オレの作ったヤツー」
「え? サンジ君、料理できるの?」
「オレ、めちゃめちゃ得意よ?」
そう言って自信満々に言うから、
「うわあ、食べてみたいなぁ、サンジ君のだし巻き卵」
って、思わず口に出た。
サンジ君は嬉しそうに頬杖をついて私を見た。
「うーん、いいけど。オレ、だし巻きは朝しか作らないんだ」
その言葉の意味するところがわかったけど、私はそれを聞き流すフリをした。
「ふうん……そう……」
「モーニングコーヒーならぬ、モーニングだし巻き?」
「ば……っかじゃない?」
その大まじめでおバカな言葉に、私はまた吹き出して笑ってしまった。
気がつけば、もう1次会はお開き。店の外に出て、わらわらと歩き出す。
「ナミさん、2次会行く?」
新しいタバコに火を点けながら、数歩先を歩いていたサンジ君が背中越しに聞いてきた。
サンジ君が行くなら行ってもいいかな、って。
「……サンジ君は?」
「ん?」
サンジ君は振り返って、タバコの煙をフーッと吐いて言った。
「オレは、ナミさんが行くなら行くよ?」
「……じゃあ、行く」
もっと話したい。もっと、サンジ君のこと、知りたい。
たった数十分一緒に居ただけで、こんな気持ちになるなんて。
でも、所詮これは合コン。そんな簡単に好きになったりなんてしないんだから。
そういうのにはちゃんと順序ってものがあるんだから……。
「近道しよっか?」
「え?」
そう言って、サンジ君は私の手をぐいっと引っ張って、みんなが歩くのとは違う方向に私を連れて行った。
「こっちから行くと、店の真ん前に出るんだ。先回りして、あいつら驚かそうぜ」
「先回りって……ちょっと!」
踏み込んだのは、えげつないネオンサインがきらめくラブホテル街。肩を寄せ合った男女がちらほらいたかと思うと、すうっとネオンの中に消えていく。
「ちょっと、サンジ君……!」
「ははは、すこーし刺激が強いかな、ナミさんには」
「へっ、変な気起こさないでよね!?」
私がそう言うと、サンジ君はタバコをポイ、と捨ててニッと笑うと、私の体を引き寄せた。
「やだ、ちょっと!」
「変な気起こして欲しい?」
体をがっちりと掴まれて、すぐ目の前にサンジ君の顔があった。
「ちょ、ちょっと……」
顔があまりにも近すぎて、サンジ君の顔がぼやけて見えた。焦点を合わせようと、くるりと巻いている眉をじっと見てみたり、髪に隠れていない方の目の奥に映っている自分の姿を見たりした。
何故か、抵抗する気にはならなかった。
「イヤなら、逃げて?」
そう言ってサンジ君は顔を近づけたまま、私の体を掴んでいた手を離した。そのまま両手を後ろに組んで、サンジ君は目の前で微笑んだ。
「もうちょっと待つから、イヤなら逃げていいよ?」
そう言って目を閉じた。まつ毛が長い。
「……あれ? まだいる」
目を開けて私の顔を確認すると、くすくすと笑いながらニイっと歯を見せる。
「キス、するよ?」
早く、して
心の中ではそう言ってた。
「す……するならさっさとしなさいよ!」
私の息でサンジ君の前髪が少し揺れた。
「サンキュー」
ふっ、と顔に息をかけられて、びっくりして目を閉じると、そのすぐ後にちゅっ、と音を立ててサンジ君は私の頬にキスをした。
頬に手を当てて、口を開けたまま私はサンジ君の顔を見ていた。静かなラブホテル街に、遠くの高速道路を走る車の音が響いてくる。
「オトモダチから始めませんか?」
またタバコをくわえて、サンジ君が言った。私は頬に手を当てたままうつむいた。
「……いやよ」
「は……そっかー、残念」
サンジ君は髪をかきあげながら、えへへと笑った。
「行こっか、ナミさん。あいつらより先に着かなきゃな」
そう言って歩き出したサンジ君の背中を追いかけて、後ろからそっと手をつないだ。
少し驚いて私の方を見たサンジ君とは恥ずかしくて目を合わせられなかった。
青やピンクや黄色のネオンサインの中を、寄りそうでもなく、ただ手を繋いで歩いていく。
近道が終わる前に、私は前を向いたまま言った。
「ねえ……」
「ん?」
「モーニングだし巻きって、予約可能なの?」
視界のすみっこで、サンジ君が私を見ているのがわかった。でも、私はさっきよりもさらにうつむく。
繋いでいる手にきゅっと力を入れてサンジ君は言った。
「……もちろん。予約なしでも」
「おっせーぞ! お前らどこ行ってたんだよ」
「悪りィ、悪りィ。近道しようと思ってさあ……」
「近道ィ? 近道使って遅れて来たんじゃ世話ないぜ」
「いや……」
振り返ってサンジ君はニッと笑った。
「近道、だったよね? ナミさん!」
私は小さく「うん」とうなづいた。
オトモダチからなんて、いやよ
そう言ったの。
だって、これって合コンでしょ?
新しい出会いを見つける場でしょ?
友達作りにきたわけじゃないんだからね。
「オレ、遅れてきてよかった」
「残りものに福、あったでしょ?」
END 【shortcut】残りものには福