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Still 〜出港までの時間〜 4

SANJI×NAMI


「どんどん薄くなってるな、彼女」

冬が近くなって、食卓に鍋が登場するようになったころ。
相変わらずオレの家ではヤロー共が集まって大食事会アンド飲み会が催される。
「明るいとほとんど見えないくらいだよな」
「本当に消えてしまうのかな?」
口々にそう言いながら、はふはふと鍋の具に食らいつく。

教授が亡くなって、彼女は急激に薄くなった。
もはや、その目がどこにあるのかもわからないくらいだった。彼女の輪郭だけがそこに立っていた。
もう、目が合ってもわからない。オレは少し安心したものの、心のどこかでもう一度彼女の目を見たいと思っていた。
「もしかしてさ、彼女が待っていたのって教授だったんじゃねえ?」
「オレも! そう思った」
「だってよ、教授は彼女が消えるのがわかってて授業をやめたんだろ? それで、あっという間に……」
しん、と静まり返ると、ぐつぐつと鍋が煮える音だけが響く。
「……わかってたんだよな? 自分が死ぬこと」
「……そんな気がする」
急に弱々しい言葉で会話が続く。オレは、食べることをやめてタバコに火を点けた。

「……あの人は、教授はずっと彼女の側にいられて幸せだったと思う」

全員が驚いてオレを見た。そして何度も何度もうなづくと、みんな鼻の頭を赤くしながら鍋をつっついた。

「じゃあ、本当に消えるな、彼女」
「彼は来ないよなんて言って、悪いことしたなあ」
あのとき、彼女にそう伝えたやつがしんみりとそう言った。
「すげー怒ってたもんな」
「怒ってたって?」
全員が注目すると、そいつはばつが悪そうに、「実は……」と話し始めた。

「あんとき、オレ頭痛くなったじゃん? あれさ、あのあと3日ほど続いたんだよ」

ガンガンと頭をハンマーで殴られるような頭痛に、もだえ苦しんで、そいつは死を覚悟したとまで言った。

「でさ、考えられる理由って、アレしかねえじゃん? ……笑うなよ?」
全員、笑うどころか青ざめていた。そいつは淡々と話し続ける。
「さすがに観念してさ、山ほどみかん持って彼女のところに行って、謝ったんだよ。そしたらピタリと……」
「うわあああああ!」
そこにいる全員が鳥肌を立てて騒ぎ出した。
「……泣いてたからな」
オレのその一言で、また全員静まり返った。
「オレも今だから言うけど、あのとき彼女は泣いてたよ。オレにはそう見えた」
誰もが言葉を失っていた。重い沈黙が流れる。
「オレたち、悪いことしたんだな」
全員で反省会をしつつ、酒盛りに入った。酒が増えるにつれて、みんな元気を取り戻したのか、結局いつも通りの騒ぎとなった。
「彼女が消える前に何かしてえよなー!」
「元気でね……ってゆうれいに言うのも変か!」
わははは、と豪快に笑う。
「お幸せに、とかどーよ?」
「いいねえ」
「みかん持っていこうぜ、いっぱい」
そんな感じでおおいに盛り上がっているのを背中で聞きながら、オレは鍋を洗っていた。

お幸せに、か。

教授が彼女のもとへ行ったのなら、待ち人がやってきたのなら、彼女はきっと幸せなんだろう。
でも、何故か心に引っかかるものがある。
彼女に消えて欲しくないという思いが、オレの中に生まれていた。

もっと、ちゃんと彼女を見ていればよかった。目が合ったときに、逃げずに彼女と向き合えばよかった。

話ができるのなら、聞いてあげればよかった。

そうしたら、もっと早く彼女は幸せになれたかもしれないのに。

「おーいサンジー! やるぞー!」
「何を?」
手を拭きながらキッチンから戻ると、全員が輪になっていた。
「ウノ大会に決まってんだろ?」
「負けたやつが彼女にお幸せに、って言うんだよ」
「負けたやつねえ……オレ強えからなあ」
そう言って笑いながら軽い気持ちでカードを手にした。

……全敗、なんてことがあるか!?

「どーしたサンジ!」
「かっこわりー」
散らばったカードを見て呆然とするオレに、ヤロー共は腹を抱えて大笑いしている。

こんなことってあるのか?
まるでオレがその役目を果たすことが最初から決められているみたいじゃねえか。

……運命?


太陽の光が強くなっても、街灯の下にはぼんやりと霧のような固まりが見えるだけだった。それすらもすでにはかなく、そこには彼女の「雰囲気」のみが存在していた。

「おら、早く行け、サンジ」
「押すなって」
「ちゃんと祝福してやるんだぞ?」
「わかってるよ」

背中を押されて、一歩ずつその「彼女」に近づいていく。

ぼんやりとしたそれは少しずつ、輪郭を作り始めた。

ああ、彼女の姿を見るのもこれが最後だな、と心の奥で感じた。

……本当は

目が合ったとき、ずっと見つめていたいと思った。

近づいてみたいと思った。

声を聞きたいと思った。

抱きしめてみたいと思った。

だから、オレは嫉妬していたんだ。

君がその場所でずっと待ち続けているそいつに。

何百年も……君にとっては数年かもしれないけど、ずっと待ち続けられるだけ、それだけ君に愛されているそいつに、オレはきっと嫉妬していたんだと思う。

バカみてえ。君はこの世界の人じゃねえのにな。


それでもオレは、君のことが好きだった。


好きだったんだよ?


目の前にはオレの目をしっかりと見て微笑む女の子がいた。しっかりとした輪郭を持って。
眩しいオレンジ色の髪をして、大きな目でオレを見ている。胸がじん、と熱くなる。

「サンジ君?」

にっこりと笑って、オレの目をのぞきこむ顔は、あどけなくてとてもかわいい。
何でオレの名前を知ってるのか、そんなことはもうどうでもいいんだ。彼女はゆうれいなんだし、何でもわかるんだよ、きっと。

幸せに。

どうぞお幸せに。

そう言って、彼女を見送るんだ。君の待っていた人と一緒に、ずっとずっと幸せになって欲しいから。

……幸せに


「……お待たせ」


自分のその言葉に驚いて、彼女を見ると、彼女は満面の笑みでうなづいた。

「よかった! なかなか戻ってこないから心配したのよ?」

そうしてオレの両手をぎゅっと握った彼女の手はとても冷たかった。驚いて、オレは手に持っていたみかんを落としてしまった。

振り返ると、ヤロー共がオレを急かすように目配せをする。あいつらにはこれが見えてるのだろうか。
視線を戻すと、彼女が嬉しそうにオレの手を引っ張る。

彼女の後ろに眩しい光が見えた。あまりにも強い光で、彼女の姿がその中に飲み込まれていった。オレも目を開けていることができず、ただ彼女の手が導くとおりに一歩ずつ足を前に出す。地面を踏みしめている感覚はなく、体がふわふわしていた。

「サンジ君」

もう一度彼女に名前を呼ばれて目を開けると、彼女の背後には庭園ではない別の風景が広がっていた。
あたりを見回すと、そこは古い建築形式の家々が立ち並ぶ港町だった。港では船に乗る人々と降りる人々が行き交い、活気づいている。笑い声の混じったざわめきが漂っている。

「ああ、メリー号なら” さっき 戻ってきた わ。ずっと止まってると海軍にばれちゃうからね」

そう言って彼女が指さした方に顔を向けると、ヤロー共がいたはずのその辺りは海に変わり、そこに羊の頭をつけた船が止まっていた。

「サンジー! 早く乗れよー!」

羊頭の上に座ってオレに手を振る麦わら帽子の少年。

「みんな待ってたんだからね?」

その声に振り返ると、やはりそこには彼女が笑っていた。
体は透けていない。生身の彼女が立っていた。

「サンジ君?」

何度もオレの名前を呼ぶ声。ずっと聞きたかったはずの声はとても懐かしく感じた。
思わず、手を伸ばして彼女を抱きしめた。ふわり、とオレンジの髪が顔に触れると、甘酸っぱい香りがした。腕の中にあるのは、たしかに温度を持ったやわらかい女の子のカラダ。
ぎゅう、と力を込めると心地よい弾力がある。

「ずっと……待ってたのよ?」

少し泣きそうな声が耳元で聞こえた。オレはさらに力を込めて彼女を抱きしめた。

「うん……ごめん」

オレを抱き返す手は震えていた。

「……待つのはもういやだ」

オレはこれ以上なく強く彼女を抱きしめて、そのオレンジの髪にキスをした。
その瞬間、体じゅうが温かいもので満たされていくような感覚に支配されて、そして何かが体の中から抜けていくような気がした。

「ごめんね……ナミさん」


待たせてごめんね。

オレ、どこで何やってたんだろ?

ほんのちょっとのつもりだったのに、随分長く君と離れていたような気がするよ。


「一度ね、待っていても彼は来ないって言った人がいたのよ? ひどいでしょ? あんまりにも腹が立ったから、そいつの頭に石投げてやったんだから」
「そりゃひどいな」
「でしょ?」
「っていうか、ナミさんが」

むうっと頬を膨らませても、やっぱりかわいい。すっげえ好きだ。

「だってあんたが……あんたがなかなか戻ってこないからじゃないの!」
「うん、ごめん」
「何度も別の人と見間違えて、ぬか喜びして、がっかりして……本当に戻ってこないんじゃないかって、不安だったのよ?」

そう言ってうつむいたオレンジの髪に指を通すと、やけに感動しているオレがいて、もう少しで涙が出そうになった。

「もうナミさんを置いていったりしねえから」
「……当たり前よ!」

すでに涙でぐしゃぐしゃになっていたナミさんに、オレはまるで初めて触れるかのようにドキドキしながらキスをした。

心が、満たされていく。

オレはやっぱりこの人とずっと一緒にいたい。

いや、そういう運命なんだと思う。

もちろん、それに逆らうつもりなんて毛頭ない。


オレの運命は、君のものだ。


「……行こ?」
「うん」

手を引かれて船に向かって歩いていく途中、何故か一度だけ振り返った。

「どうしたの?」
「ん? いや……」

何かやっている途中だったような気がしたんだが。何かを忘れて来たような……。

その解答を求めても、目の前に広がる海は、何も答えてはくれなかった。

メリー号に乗り込むと、誰かの声が聞こえたような気がした。

「おかえり」って、聞き覚えのある声で。声というのか、体で感じる言葉のようなもの。この空気がそう言うんだ。

……サキニキテマッテタヨ


「さ、出港の準備よ!」

大海原を二つに割るように船は進み始める。遠ざかる港は波に飲まれるようにして視界から消えた。

「なんか、妙に懐かしい感じがするな……」

その変な感覚に違和感を感じながらも、オレはさっそくキッチンに立って昼食の準備に取りかかる。

「?」

さっきからずっと感じている、居心地のよさ。誰かと再会できたかのような安堵感に包まれた。

「……まあ、ずっと乗ってきた船だからな」

首を傾げて戻した時にはすでに、オレはタバコをくわえて冷蔵庫の食材のチェックをしていた。
飢えたヤロー共を満足させてやらにゃあ。

それが、この船でのオレの仕事だからな。




「……あれ? オレたち何やってんだ?」
「えっと……ホラ、ウノで負けたやつがさ」
「ああそっか。で、誰が負けたんだっけ?」
「誰だっけな」
「忘れたな」
「おいおい、誰だよ? 負けたのに黙ってるやつ」
「オレじゃねえって」
「オレも違うぜ」
「っていうか、負けたやつが何するんだっけ?」

しばらくの間、彼らはキツネにつままれたような顔をして腕を組んで首を傾げる。

「もういいじゃん、ねみーからもう帰ろうぜ?」
「そうだな」
「おい、アレ何だ?」

彼らのひとりが指さした街灯の下には、朝陽に照らされた色鮮やかなみかんが転がっていた。
誰かが置き忘れていったのかもしれない、と彼らは思った。
でもそれは、ずっとずっと前からそこにあったような気がした。ずっとずっと昔から。


何かを待っているみたいだ。


そんな風に彼らは思った。




Still 〜出港の時間〜 おわり

 

                                                        zono 2004.4.30