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解凍 19  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



海の様子を見てくると言って、サンジ君から逃げるようにしてキッチンを出た。
甲板に出ると、マストの側に置いてある樽にもたれて、ゾロがうたた寝をしていた。ゆっくりと近づいて行くと、あと数歩のところでゾロはゆっくりと目を開け、まぶしそうに私を見た。
「来んじゃねェ」
その言葉に、体が従うように歩みを止めた。
「……何で?」
すでに半分以上減っている酒瓶に手を伸ばし、ふたを回し開けながらゾロは私を見上げた。
「オレは今、あのクソコックと関わりたくねェんだ。だからてめェにも近づいて欲しくねェ」
「何よそれ! サンジ君はサンジ君、私は私でしょ!?」
腕を組んで仁王立ちになってゾロを見下ろすと、ゾロはさらに眉をひそめて私を睨んだ。
「そう思ってんのは、てめェだけだ」
そう言って酒瓶に口をつけ、豪快な一口を喉に流し込んだ。
「どっちに関わっても、必ずもう片方がついて来やがる」

――――あのクソコックを何とかしろ
サンジ君が酔い潰れたとき、私を呼びに来たのはゾロだった。
――――仕方ねェだろうが! 約束しちまったんだからよ!
そして、アラバスタで私を守ってくれたのも。
「これ以上巻き込まれるのは、ごめんだぜ」
面倒臭そうに、ゾロは酒瓶を床に置いて両腕を頭の後ろへ回した。
「じゃあなんで、さっきあんなこと言ったのよ」
あァ? とゾロは少し考えてから、何度かうなづきながらニヤリと笑った。
「お前を奪うってアレか? もちろん冗談だ。アイツをからかってやっただけだ」
「冗談でもそんなこといわないでよ! バカッ!」
私の言葉を受け流すように、ゾロは目を閉じた。
「オレはお前にそういう感情は持ってねェ。言っただろ? お前はオレにとって航海士であって、それ以上でもそれ以下でもねェってな」
……そうね
確かそう言った。
それが嬉しかったのも覚えてる。
「……つまんない顔って、どういう意味?」
ゾロは片目だけ開けて私を見ると、また目を閉じて「さァな」とごまかした。
「ちょっと! ちゃんと説明してよ! あんたはいっつもそうやって考えなしで物言うんだから。寝てばっかりいるから脳が鈍るのよ。ホラ、起きなさいよっ!」
あぐらをかいているゾロの脇腹をけり飛ばそうとして足を上げると、当たる直前でゾロの手がそれを阻止して、そのまま簡単に押し戻されてしまった。
「……オレにはそうやってズケズケ言いやがるくせに」
「え?」
「……アイツにはどうだよ?」
ゾロの言ってる意味はすぐにわかった

ゾロには平気で言えるのに、サンジ君に言えないこと
ゾロだけじゃない
ルフィにも、ウソップにも、チョッパーにだって言えることなのに
サンジ君には言えないこと

「機嫌うかがうようにビクビクした目ェしやがって」
冷ややかな目で私を見て、ゾロの口元が少しだけ笑った。
「う……るさい、うるさい、うるさいっ!!!」
ゾロが耳をふさぐほどに大きな声で怒鳴った。ほんの少しだけ声が空気に共鳴して響いた。

だってサンジ君は、何を言ってもすべて受けとめてしまうから。
ルフィが笑うことでも、ゾロが怒ることでも、ウソップが呆れることでも、サンジ君はちゃんと言葉で返してくれる
何を言っても、どんなにひどい言葉でも、それらをやわらかく包み込んで、優しい言葉しかくれないから

だから、怖い

「何も知らないくせに好き勝手言わないでよ!!」
もう一度大声で怒鳴ると、ゾロは再び酒瓶を手に取ってうつむきながら言った。
「何も知らねェから言ってんだ、バカ」
唇を噛んで、手をぎゅっと握りしめて、ゾロを睨んだ。でも、何も言い返す言葉がなくて、ゾロが酒瓶に残っていた酒をすべて飲み干すのをじっと見ていた。
まさかゾロに気づかれてるなんて。
サンジ君を傷つけたくなくて、言えなかったこと。
でも、それを言わなかったことが、一番サンジ君を傷つけてしまったということ。
「愛してる」って言わなくなったサンジ君。
何も知らずにいたら、ずっと心からその言葉を言ってくれたのに。

 

流れ落ちそうになる涙をこらえながら、船首の手すりにもたれて風を受けていた。
「何だお前? 泣いてんのか?」
驚いて見上げると、いつもの特等席から逆さまにぶら下がって私を見ているルフィがいた。
「……ほっといて」
ルフィに顔を見せないようにして、私はうつむいた。すると、ルフィが私のすぐ側に小さな風を立てて着地した気配があった。
「ダメだ! ナミ、泣くんじゃねえ。笑ってろ」
すぐ耳元で大きなルフィの声がした。私はさらにルフィから顔をそむけた。
「……泣こうが笑おうが、私の勝手でしょ」
すると、ルフィは私の肩をぐっと掴んで、無理矢理に自分の方を向かせようとした。
「ダメだっつってんだろ! ナミ、笑え! ホラ、顔上げろ!」
「ほっといてって言ってるでしょ!」
ルフィの前でなら、何があっても笑っていようと思っていたのに。ルフィの喜ぶ顔が見たくて、辛いときでも笑っていられたのに。でも今はとても、笑えそうになかった。
「ルフィ、お願いだから!」
今、思いきり泣いてしまえば、すぐに笑えるから。だから、泣いている私を見ないでよ。
あんたの前では笑っていたいのよ?
だから、あんたのいないところで泣きたいの
「ダメだっ!!」
力ずくで振り向かされて見たルフィは、真剣な顔で、そして本気で怒っていた。その表情に圧倒されて、涙すら流れるのをためらったようだった。
「オレはあの風車のおっさんと約束したんだ。お前から笑顔を奪わないって! お前が笑ってなかったら、オレ、あのおっさんに殺されちまう」
「ゲンさんが……?」
「そうだ! だから泣くな! 笑え!」
あまりにも短絡的なルフィの考えに、私はため息をついた。
「それだけの理由で笑えって言うの? あんたは私がなぜ泣きたいのか、聞かないの?」
「聞かねえ」
間髪を入れずにルフィは答えた。私の肩を強く掴んでいた手を放すと、麦わら帽子の上に片手を置いて海の方を見た。
「理由を聞きもしないのに、ただ笑ってろって言うの? 私の気持ちなんて無視するのね」
つっかかるようにそう言うと、ルフィは真顔のまま私をじっと見た。
「バカだなあ、お前」
「なっ……何がよ!?」
「理由を聞いたら、お前が泣くのを許してしまうだろ? だから聞かねえんだ」

――――言葉が出なかった

海風が強くなって、ルフィの麦わら帽子を飛ばしそうになったのを、両手で押さえながらルフィはししし、と笑った。
「だから笑ってろよ、ナミ。なっ!!」
「……バカ」
そう言いながらも、私はやっぱり笑っていた。

あんたにはかなわないわ、ルフィ
あんたのその根拠のない自信はいったいどこから来るのかしら?
私はやっぱり、あんたの前では笑っているしかないのね

「……何も知らないって、強いのね」
ルフィには聞こえないようにつぶやいた。

ルフィもゾロも、私の過去を知らない
出会ってからの私しか知らない
それでも、私のこと、わかってくれている
真っ直ぐで飾りのない言葉しか言わないけど
本当に大切な言葉しか言わないけど
それだけで十分、励まされる

「……ありがとう」
「おう! オレがスープを鍋ごと飲んじまったから、お前が腹減って機嫌悪いのかと思ったぞ」
そう言ってまた、しししっ、とルフィは笑った。
「……バッカじゃない? そんなことで泣かないわよ!」
「そっか! そんならいいんだ!」
そして二人で声を出して笑った。

 

「ルフィといるときが一番おめェらしいな」
部屋に戻るとき、ゾロの前を通ると、腕組みをしてうつむいたままゾロは言った。
「……見てたの?」
さっき怒鳴ったことが、今は少し恥ずかしくなって、小さな声で聞き返した。
「見えねェけど、ここにいりゃ、イヤでも聞こえてくる」
「え?」
「おおーい、ウソップー! チョッパー! 何か釣れたかーっ」
ゾロの場所から甲板を見上げてみた。ルフィが後方甲板にいるウソップとチョッパーに大声で話しかけているのが聞こえた。それに答えるウソップとチョッパーの声も、風に乗って流れていく。のんきな光景に、笑いがこみ上げてくる。
「……ハハッ、ホント、まる聞こえね」
そう言ってゾロを見ると、ゾロはさっきと変わらない姿勢で、目を閉じたまま片手だけを挙げて、空を指さした。
「……見てたヤツがいたけどな」
ゾロの指さしたのは、空ではなく

――――キッチン

* * *

 

「コックさん、コーヒーを一杯いただけるかしら」
ロビンちゃんがキッチンに入ってきたとき、オレはぼんやりと鍋の蓋が蒸気を吐きながら上下するのを眺めていた。
「……コックさん?」
「ん? ……ああ、ロビンちゃん。どうしたの? こんな時間に」
振り返ると、入口の扉にもたれて腕を組んでいるロビンちゃんがいた。それは静かな一枚の絵のように見えた。
「私が今日見張りをすることになったのよ。航海士さん……気分が悪いみたいだから」
「……へえ……」
その名前に興味がなさそうに、オレは鍋に向き直った。
「ロビンちゃん、コーヒー今入れるからね」
そう言って鍋の火を止め、コーヒー豆の入った缶を取ろうと棚の方を向くと、すでに棚から生えたロビンちゃんの手が軽くしなってその缶をオレに向かって投げた。ありがとう、と言ってから缶を一度テーブルの上に置いてタバコを取り出す。一本くわえて、マッチ箱を開けようとしたとき、今度はオレの肩から生えた手が口元のタバコをひょいと取りあげた。
「彼女にも何か温かいものをいただけるかしら?」
「……ああ、ごめん。気づかなく……ミルクでも温めようか」
そうしてコーヒーとミルクの両方を火にかけて、ポットに入ったコーヒーと、マグカップに入ったホットミルクがトレーに置かれるまで、ロビンちゃんはずっと入口に立ったままオレの行動を眺めていた。
「座って待っててくれればよかったのに」
トレーを手渡すと、ロビンちゃんはじっとオレの目を見て黙っていた。
「何? そんなに見つめられると、照れるよ」
火の点いたタバコをくわえたままニッと笑うと、ロビンちゃんは少し呆れた顔で笑い返した。
「……”私”が、持っていくのね」
笑ったままの顔のカタチで、オレは何も言わなかった。タバコの煙だけがゆっくりと動いていた。
「夕食のときに航海士さんが作り笑いをしていたのと、あなたが彼女の方を一度も見なかったのと、今彼女の気分が悪いのは、何か関係があるのかしら」
何だかオレを責めるような口調でロビンちゃんは言った。オレは自分でもわかるくらいに卑屈な顔で笑った。
「知らなくていいことだって、あるんだよ? ロビンちゃん」

そうさ
知らなくていいことはたくさんあるんだ

ナミさんとルフィ
ナミさんとゾロ

ナミさんの怒鳴り声が聞こえて、キッチンのドアを開けた。そうしたら、ゾロを見下ろすように立っているナミさんの姿があって、そしてもう一度割れんばかりの声で怒鳴ったんだ。
ゾロの前では、ころころ表情を変える。
もっとも、どの表情も全部怒ってるんだけど。

甲板にナミさんの姿が現れて、ずっとうつむいていた。そうしたらルフィがナミさんの側にやって来て。
嫌がってるナミさんを乱暴に掴むもんだから、思わずやめろ、って叫びそうになった。でも、次の瞬間には、ナミさんはおとなしくなって、そして、笑った。
ルフィの前では、どんなときでも笑う。
ふっと力が抜けたように自然に笑うんだ。

……よく考えたら
気持ちが通じてからは、ナミさんといない時間なんて、ほとんどなかった。
オレがキッチンにいるときは、必ずナミさんもいて航海日誌を書いていたし、ナミさんがデッキでくつろいでいるときは、オレが必ずお茶とおやつを持って隣に行った。
どちらかが見張りの日には一緒見張り台にいて、ナミさんが部屋にひとりのときは、必ずオレが訪ねていった。
それくらいずっと一緒にいたから。
ナミさんが他のヤツの前でどんな顔してるのかなんて、知らなかった。
いや、忘れていたんだ。

ルフィとゾロとナミさんが共有した時間。
オレの知らない時間。
三人の間にある、絆のような不思議な空気。
オレには入り込めねえって、わかってるから。
でも、オレとナミさんの間には、何もねえ。
ルフィの存在、ゾロの存在。
ナミさんの過去。
そういうもんが容赦なく流れ込んできて、オレたちを全く別の方向へ押し流そうとする。
たったひとつ、オレが誇れるものがあったとすれば、ナミさんを「愛してる」という気持ちだけ。
でも、それも行き場を失って、今は、信じられるものが、何もねえんだ。

オレの前ではどんな顔してる?
オレにだけ見せてくれる特別な顔って?

「あいつが辛いときにそばにいて、泣かせてやればいいじゃねえか。あとは時間が解決してくれるさ」
ウソップがそんなことを言ったのを思い出した。
泣かせる?
何言ってんだ?
オレはナミさんにいつも笑っていて欲しいんだ。
泣かせたくなんかねえよ。
時間?
時間が流れるだけで、何かが変わるのか?
待っているだけが解決にはならねえ。
ナミさんが痛みに耐える姿を唇を噛みしめて見守るくらいなら、
むしろ、その痛みを、オレが一緒になって受け止めるさ。
何かを共有できる、ふたりになりたいんだよ。
オレも、「絆」が欲しいんだよ、ナミさん。
オレとナミさんだけの、繋がりを……

……そうだよ、繋がりたいんだ

過去の記憶からナミさんの心が解放されないというのなら、
それならオレが
オレの手で
そんな記憶を

……消してやる

 

静かに階段を降りると、ランプの明かりが部屋の中でゆらゆらと、怪しい光を放っていた。
閉じられた航海日誌のそばには、半分ほど減ったミルクが冷たくなって残っていた。
肩を出して、オレの方に背を向けてナミさんはベッドの中で眠っていた。ゆっくりと近づいていくと、細い肩が規則正しく小さく上下していた。
そっとベッドに手をついて、ナミさんの顔を覗き込むと、いつかオレの腕の中で見た安らかな表情で、何の不安もないかのように穏やかだった。顔にかかっている髪を指でかき上げると、くすぐったかったのか少し顔をうずめるように体の角度を変えた。
露わになった背中に隠れるように存在する、傷跡。左肩のタトゥーを指で軽くなぞってから、その傷に触れてみた。

消えない傷。
もう痛まないかい?
心の傷はどう?
オレは、少しでもそれを癒してあげられているのかい?
わからないから、不安なんだ。
どこまで触れて良いのか、どこから触れちゃいけねえのか、
その触れられない部分を知れば知るほどやり場のない怒りがこみ上げてきて、
……押さえきれなくなる

「ナミさん……」
静かに寝息を立てるナミさんに覆い被さって、その唇をふさいだ。
「ん……え……? サンジ…君?」
目を薄く開けながら、ナミさんがつぶやいた。
「……そうだよ。オレの名前、一番に呼んでくれたね……他の誰でもなく、オレの名前」
頬をぴったりとつけたまま、ナミさんをぎゅっと抱きしめた。
「……他、の?」
まだぼんやりとしたまま、かすれた声でナミさんが言った。髪を撫でながら瞼にキスをした。
「そう……ルフィじゃなくて、ゾロでもなくて……あの”サカナヤロウ”じゃなくて……」
息を止めるような声と同時に、ナミさんの体が硬直して、冷たくなるのがわかった。その体温を逃がさないように、顔を包み込んで深く口づけた。
「んっ……サンジ君……サンジ、くん……」
漏れる息の中でオレの名前を呼ぶ声。
「そうだよ……もっとオレの名前、呼んで。……アイツらじゃなくて、オレの名前」
すると、オレの唇から自分の唇をはぎ取るように顔をそむけ、ナミさんはオレのシャツを掴んで押し返した。
「そういう言い方やめてよ……!」
横を向いた顔を引き戻して、また口づける。オレの口の中で、ナミさんは必死に何か言おうとしていたけど、その言葉を全部オレは飲み込んでいった。
「言わないよ。言わないから、その代わりにオレの名前を呼んで」
「サンジ君……サン……ジ」
目を閉じて、荒い息のままナミさんがオレの名前を呼ぶ。
「大丈夫……オレが、ナミさんの辛い過去なんて、忘れさせてあげるから」
そう言って、冷えかけのナミさんの肩に触れてゆっくりと撫でながら、首もとに吸い付いた。ナミさんは首を左右に振ってまたオレの名前を呼んだ。
「もっと早くこうしていればよかったんだ……」
「サンジ君……待って……」
オレの頭を掴んで、引き剥がそうとするナミさんの手は弱々しくて、簡単に抵抗できた。
「もう、待たない」

――――もう、待てねえ

ナミさんの首もとから頬を伝って耳までを何度も何度も舐めてなぞると、ナミさんは喉から絞り出すような声を出して、オレの頭を掴んでいた手をゆるめた。
オレは既に半分はだけていたシャツのボタンを外して、肌をさらけ出すと、ナミさんの両手を取って胸に当てた。
「ホラ……オレに触れて……わかるだろ? オレはアイツとは違う」
「アイツって、言わないで!」
震えるナミさんの顔を覗き込んで、何度も鼻の頭にキスをした。
「わかってる……」
手を放しても、ナミさんの手はオレの胸に置かれたままで、そのままゆっくりと指の腹で撫ではじめた。
冷たい手が移動するのがよくわかる。オレの唇を受け止めながら、シャツの中で背中に手を回した。

ホラ、そうだろ?
ナミさんだってオレを求めてる。
それが一番の方法だってわかってるんだ。

音を立てて耳を侵すと、苦しげな声をあげて小刻みに肩をすくめるナミさんが愛おしくて、だんだんと理性が消えていくのがわかった。ナミさんにかかっていたシーツをはぎ取って、腰から背中を何度も撫でた。
ナミさんの髪がオレの額に汗でくっついて、オレンジ色の視界の中でナミさんを見た。
「サンジ君……怖い……」
ナミさんは探るような目でオレを見ていた。前にも一度見たことがある、何かを疑っている目で。
「……怖い? オレが?」
オレの額の髪をそっと指で取り払って、乱れたオレの前髪も直してナミさんが言った。
「……何、考えてるの?」
「何って……ナミさんのことに決まってるよ?」
一瞬の沈黙の後、ナミさんは冷静な目をしてオレを見た。
「うそ……」
「うそなんかじゃねえよ」
何で信じてくれないんだよ?
また怒りがこみ上げる。
「怖くなんてないよ、ナミさん。ナミさんがアイツの感触なんて忘れちまうくらいに、オレが抱いてあげるから」
そう言って笑ったオレの顔は、自分でもわかるくらいに感情が入っていなかった。ナミさんは怯えた表情で、顔を左右に振った。
「いや……!」
ゆっくりとオレの体を押し戻すその手には、殆ど力が入っていなかった。その両腕を掴んで、ベッドの上に押さえつけた。
「大丈夫だよ、ナミさん。”大丈夫”だから」
「いやっ……サンジ君……!」
必死で体を左右に振るナミさんに全体重をかけて覆いかぶさって、動けないようにした。それでも振り続ける頭を抱え込んで、口をふさいで押しつけた。
「んっ……んっ……」
喉の奥でそれでも抵抗しているのが憎らしくなってくる。
「ナミさん、オレのこと愛してくれてねえの?」
目に涙を溜めて、オレを睨みつけるその顔を掴んで問いかける。
「言ってよ、ナミさん。オレを愛してるって」
鼻をこすりあわせて軽いキスをしても、ナミさんは黙っていた。
「言ってくれ……」
ぎゅっと目を閉じて、ナミさんはオレから顔を背けた。
「なあ、ナミさん……」
体は熱くなっていくのに、頭が急激に冷えていくのがわかった。
「……言えよ」
かたくなに閉じている唇を攻めて開かせようとしても、ナミさんは動かなかった。
背中に冷たいものが走って、手が震えた。
ずっと張りつめていた何かが、プツリと切れたような感覚があった。
「オレを……また拒否するんだ?」

……めちゃくちゃにしてやりてえ

「オレのことは拒否するのに、アイツはできなかったんだ?」
ナミさんの目が光を失うのがわかった。
でも、もう止められなかった。
「言ってくれよ、ナミさん……オレを愛してるって……!」
押さえつけて首筋に吸い付いても冷たくて、貪りついた唇も氷のように感じた。
「サンジ君、やめてっ……!!」

――――やめろ
頭の奥の方で聞こえる声
「ナミさんに触れてるのはアイツじゃねえ、アイツじゃねえよ……オレなんだ……!」
オレの足を何度も蹴りながら、ナミさんは抵抗し続けた。
「そんな気持ちで……私に触らないで!」

オレは今、何を考えながらナミさんを抱こうとしているんだ?
愛してるから?
悔しいから?
負けたくねえから?
……わからねえ
もう、何に対しての怒りなのか
何に対しての悔しさなのか
何に対しての悲しさなのか
忘れてしまった

「オレを見て……オレだけ感じてくれよ」
一瞬のすきに体を翻してベッドから抜け出そうとしたナミさんを後ろからはがい締めにして引き寄せた。
背中に唇を這わせると、たちまちそこに鳥肌が立った。
「オレのカラダだけ記憶すればいいから……アイツに汚されたカラダ、オレがキレイにしてあげるから……!!」
「サンジ君、いやだっ……!!」

――――やめろ
取り返しがつかなくなる
オレはナミさんを傷つけたいわけじゃねえ

――――オレが、ナミさんの嫌がること、するわけねえだろ?
そう言ったんだ。
でもそれは、理性の範疇の話。
オレの本音はもっと醜いよ。

ナミさんを犯したアイツが許せねえ
自分を大事にしなかったナミさんが許せねえ
ナミさんを助けてやらなかった奴らが許せねえ
だってアイツは……
てめェの親を殺した男だぜ!?
……ルフィだって許せねえ
ナミさんの笑顔をオレから簡単に奪っていく。
ゾロだって、飾らないナミさんを知っている。
ウソップだって、チョッパーだって、ロビンちゃんも……ビビちゃんも
オレよりずっとナミさんのことを知ってんだ。
知らねえのは、オレだけなんだ。
いつまでたっても、オレだけが、
ナミさんから、遠い。

……行かないで
どこにも行かないで
オレのそばにいて
オレだけを見て
オレだけを愛して――――

でも、
一番許せねえのは
ドロドロとしたやり場のねえ怒りを
ナミさんにぶちまけている
オレ自身だ

「……チクショー」

愛してるのに
愛して欲しいのに
ただそれだけなのに
遠いんだ
ナミさんが、遠すぎる

「……チクショオオオッッ!!!」

頭の中が真っ白になった。

キャミソールの肩ひもに手をかけて、一気に引き下ろすと、真っ白な背中が現れた。その背中と腕の間に見える傷跡に唇をつけて、そのまま強く噛みついた。
「いやあああああっっ!! サンジ君!! 最低っ!!!」
ナミさんが悲鳴に近い声を出したとき、オレの体は一瞬にして動かなくなった。

「……もう、おやめなさい。コックさん」

「ぐっ……!」
体中から生えた無数の白い手に完全に動きを止められて、オレはナミさんを見下ろすように固まっていた。
オレの膝の下で、うずくまって震えているナミさんがいた。歯をガチガチ鳴らしながら、ナミさんは消えるような声を出した。
「私のカラダ、汚れてるって……汚れてるってそう言ったの?!」
ナミさんの顔は涙でベタベタになって、髪まで濡らし、乱れたまま顔に貼り付いていた。

「最低……最低よ、サンジ君……!」

――――いや、
泣いていたのはオレの方。
ナミさんの顔にボタボタと涙を落として
オレは歯をくいしばって、泣いていた。

――――さいあく、だ

「さっき、なんだかコックさんの様子がおかしかったから、気になって戻ってきたのよ」
ロビンちゃんに抱きしめられながら、ナミさんは震えていた。 それをただ呆然と見下ろしているオレがいた。その光景を遠くからまたもう一人のオレが眺めているような感覚があった。
もう一人のオレがオレを責める
――――お前、何をした?
ナミさんに何をしたんだ?
歪みまくった視界の中で、ロビンちゃんがオレを憐れむような目で見ているのがはっきりと見えた。

「独占した瞬間に、人は壊れ始めるのよ」

……あきらめずに求め続けて、やっと手に入れた確かなもの。
いや、「確か」だと思っていたもの。
失いたくなくて必死ですがった結果がこれか。
もう絶対に手放したくないと、抱きしめて、
守ろうとしたのに―――――

そうさ
守りたかったんだ
守っていたつもりだったんだ
それを
こんなにあっけなく
ぶっ壊して

こんなに簡単に

……失っちまった




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