ああ、朝陽がまぶしい。頭が痛え。
ここんところ、あまりにもいろんなことがありすぎて、余計なことを考えずにすんだ。
ローグタウンじゃ、ルフィが殺されそうになるわ。嵐は来るわ。
グランドラインに入れば、でっけえクジラに飲み込まれるわ。
ウイスキーピークじゃ大勢の女の子に囲まれて、すっげえ楽しかったのに、気がつきゃ船に連れ戻されてるし。
……文句言って騒いだらナミさんにゃ殴られるし。
せめてもの救いは、かわいい女の子が一人増えたってことぐらいだ。変なカルガモも一緒だが。
「ビビちゃん、何か飲む?」
心配症の王女さまは、いつもみんなに気を遣っている。まるでウソップみてえだ。まあ、オレもヤローに気を遣われるよりは、断然こっちの方が嬉しいけどな。
「ありがとう、サンジさん。カルーにもドリンクをあげてくれる?」
「オッケー。オレが愛を込めてビビちゃんのために特製ドリンクを作ってあげるよ!」
口笛を吹きながらキッチンへ向かう。デッキチェアで新聞を読んでいるナミさんにわざとらしく話しかける。
「ナミさん、ちょっとジェラシー?」
「別に」
つめてーの
あれ以来、ナミさんと二人きりにならないようにしている。
夕食の後、ナミさんがキッチンで航海日誌を書いている間、オレはつまみを作ってやるとか良い酒があると言って、ゾロを引き留める。
ビビちゃんが来てからは、ルフィやウソップもキッチンに居座るようになって、ビビちゃんの故郷アラバスタの話で盛り上がる。
もう一人女の子がいるだけで、船の雰囲気は随分と変わるもんなんだな。だいたいルフィもゾロもウソップも、ナミさんのことを女扱いしてねえくせに、ビビちゃんには妙に優しくねえか? まあ、オレだってこんなにかわいい王女さまには優しくしてあげたくなるけどさ。でも。
本当はナミさんにだけ、優しくしたっていいんだぜ?
* * *
「オレの言った通りだろ?」
気がつくとウソップがデッキチェアの側に来て座っていた。パチンコのゴムを丁寧に伸ばしながら、狙いを定める。手を離してパチン、とゴムを鳴らす。飛ばすものは何もないけど、何かを飛ばしたかのようにウソップは遠くを見る。
「……何がよ」
周りに誰もいないことを確認してから、私はウソップの方を向いた。
「だからアイツは女にみさかいないって言ったろ? 今度はビビの心配までしなきゃなんねえよ……っと、悪い」
余計なことを言ったとばかりに、ウソップは自分の口をふさいだ。
「いいわよ、本当のことなんだから」
最近、サンジ君に避けられてる。
みんなといるときは相変わらずハートの目をして、聞いてるだけでも恥ずかしい言葉を並べたてるのに、二人だけになりそうなときは急に用事を思い出してどこかへ行ったり、他の誰かを呼び止めたりする。
私がわざわざキッチンで航海日誌を書いている意味なんて、きっと気づいていない。
「ナミ」
心配そうにウソップが私を見ていた。ぼんやりと宙を見ていた私は、視界の中にいるウソップにすら気づかなかった。
「……まだ遅くねえから、アイツのことはやめておけ。オレはお前がつらそうな顔してるのを、見てるのがつれえよ」
ありがと。あんたは本当に気遣い屋さんよね。
でも、たぶんもう遅いわ、ウソップ
そんなことを思いながら「そうね」と答えた。
夕食は前にも増してにぎやかになった。みんながビビに話しかける。ビビに気を遣って、ビビを楽しませようとして、大騒ぎする。ビビはとてつもなく大きなものを背負っているから。「国の運命」という大きな。
少しでも不安にさせないように、一日も早くアラバスタに行けるように。みんながビビを支えている。私も部屋でビビとふたりきりになると明るく振る舞う。ビビがいつも安心していられるように。そして私自身が、他のことを考えずにすむように。
「食うか? ビビ」
ルフィが珍しく自分の取り分をビビに勧めたり、
「ビビ! 後でオレの新兵器見せてやるよ」
ウソップだってビビを楽しませようとして、
「ビビ、今日の見張り、お前一人で大丈夫か?」
ゾロまでビビに優しい。
「ビビちゃん、今デザート出すからね!」
サンジ君は言うまでもなく、ビビに優しい。
―――ナミさん、ちょっとジェラシー?
そんなこと、聞かないでよ、バカ。自分がすごく心の狭い人間に思えてくるじゃない。ビビが悪いわけじゃなのに、ビビのせいじゃないのに。……ビビに嫉妬している私がいる。
「おう、おめーら、デザートができたぞ」
「おおう!」
サンジ君がそう言うと、ルフィが喜んで飛び上がった。
「早くしろーサンジー。楽しみだな! ビビ!」
テーブルをばんばんと叩きながら、ルフィはビビに笑いかける。
「うん」
ビビもルフィに笑い返す。
「お待ち」
サンジ君がお盆を持ってテーブルにやってくると、ルフィは待ってましたとばかりに立ち上がった。
「ビビ! ビビが最初だ。サンジのデザートはすっげえうめえんだぞ!」
……何よ、ルフィったら。ビビ、ビビって。
何だかおもしろくなくて、私は頬杖をついて唇をとがらせた。
サンジ君はお盆に乗ったデザートのお皿に手をかけた。
「ったく、てめーらは……ビビちゃんばっかりひいきにするんじゃねえよ」
そう言うと、私の目の前に一番最初にデザートを置いた。
「ナミさん! お待たせ」
何が起こったのかわからず、私は目の前のデザートとサンジ君の顔を何度も見比べた。ルフィが不服そうに言い返す。
「なんだよサンジー。ビビに先にやれよ」
「うるせえ、クソゴム!」
突然サンジ君が怒鳴ったので、一瞬全員が言葉を失った。
「さっきから見てりゃあ、どいつもこいつも……。いいかおめーら! レディーは平等に扱うもんだ。ビビちゃんをいつまでもお客さん扱いすんじゃねえ。優しくするなら、ナミさんにもビビちゃんにも同じように優しくしろってんだ。それがジェントルメン、騎士道ってやつだろーが!」
あっけに取られているルフィたちをよそに、サンジ君はにっこりとビビに笑いかけた。
「ごめんね! ビビちゃん。すぐビビちゃんの分も持ってくるからね!」
ビビもとても嬉しそうに笑った。
「ありがとう、サンジさん」
「アホだろ、お前」
腕組みしているゾロが半ば呆れ気味に言った。
「あぁ? 今なんつったクソ剣士!」
そのままテーブルは大騒ぎになり、私の目の前にだけデザートが置かれたままだった。
涙、出るかと思った
真っ先に私のところにきてくれた。そういう優しさ。
ビビを「仲間」なんだってみんなに教えようとした。そういう優しさ。
みさかいがないんじゃない。すべての女の子に優しい。
女の子には平等に優しくできる。そういうところが。
でも、その中で
「特別」になりたいと思うのは
「特別」だと思っていたのは
私の勘違いだったみたい
「ビビ、これあげる」
デザートのお皿をビビの方へ滑らせた。
「大丈夫、私もすぐもらえるから……」
「いいの! 私はいらないから」
涙が出てしまう前に、キッチンを去りたかった。
「ナミさん?」
背後からサンジ君の声がした。でも、振り向かなかった。
振り向けなかった
目からはもう涙があふれていて、返事をすることもできなかった。
また、逃げてしまった
何やってんだろ、私
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