気がつくと、私は見慣れた風景の中にいた。
静かな夜の深みの中で、微動だにせず、ただ一点を見つめている。
……これは?
忘れもしない、「あの」夜だ。
ふと、視線を外すと、そこには私が倒れている。
私が?
そして、再び視線を戻して、息を飲んだ。
「あ……」
あの後ろ姿は……
闇の中に今にも消えていきそうな、大好きだった人の背中。
「……サスケくん……!」
声はかすれて、届かない。
……これは一体? どうして私はここにいるんだろう……
確かあのとき、私は彼の後ろ姿を見ることすらできなかった。
気がついたら朝で……もう彼はいなかった。
あのときの虚しさは忘れない。
自分の非力さを痛いほど感じた。
じゃあ、あれは誰?
これは夢? それとも幻術?
幻術なら、解けるはずなのに……
ずいぶんと長い間、サクラはその後ろ姿を見つめていた。
それでも、「彼」の姿は消えることがなかった。
まるで、サクラが追いかけてくるのを待っているかのように……
「……行かないで」
消えそうな声でつぶやいた。
……そう、
私は、あなたを引き留めたかった。
ずっと一緒にいたかったの。
あなたと、ナルトと、カカシ先生と……
「サスケくん!」
のどに詰まっていた声が飛び出した瞬間、涙も一気にあふれ出す。
「サスケくん! お願い行かないで……!」
力の限り叫び続けた。
「行かないで! ……お願い、行かないでサスケくん……!」
……心のどこかでわかっていたの。
思い続けても、あなたはきっと振り向いてはくれないってこと。
でも、それはいつか私たちが大人になっていく時間の中で、泣いたり笑ったりを繰り返してたどり着く答えなんだろうって思ってた。
「サスケくん……行かないで……行かないで……!」
なのに、あなたは突然いなくなってしまった。
そのときから、私の心は行き場を失ってしまったの。
……だから、私とちゃんと向き合って欲しいの。
「サスケくん!!」
「サクラ!!」
名前を呼ばれて、はっと我に返ると、涙でぼやけた視界の中にカカシ先生の顔があった。
肩を強くつかまれて、鬼気迫る表情でカカシ先生は私を見つめている。
……どうして?
「サクラ、大丈夫か!?」
なんでカカシ先生が……
遠くにはまだ去りかけのサスケくんの姿が見えて
「サスケくん……行かないで……行かないで……」
私の口をついて出てくる言葉はこればかり。
「サクラしっかりしろ!!」
カカシ先生の顔がすぐそこにある。
「術のせいなのか? ひどく混乱しているな」
どこかでパックンの声が聞こえた。
「サクラ、聞こえるか?」
聞こえてるよ、カカシ先生。ちゃんと聞こえてる。
「お願い行かないで……」
でも、言葉は私の意識と離れたところで、勝手にこぼれ出す。
「サクラ!!」
カカシ先生、私しっかりしてるよ。
泣きわめいているのは、過去に置き去りにしてきた私の心なの。
「サスケくん……サスケくん……!」
「サクラ……」
大丈夫だよ、先生。私は大丈夫。
だって私は……
自分の中でひとつの結論が見えた。
その瞬間。
「サクラ……!」
ひどく悲しげなカカシ先生の顔。
でも、次に気づいたときには、私はカカシ先生に引き寄せられ、強く強く抱きしめられていた。
……何が起こっているのかわからない
「……サスケくん……」
それでもまだ私は彼の名前を呼び続けている。
涙がどんどんあふれ出して、止まらない。
「……サクラ、もういいから……!」
耳元で聞こえたカカシ先生の一言で、体じゅうの感覚が戻ってきた。
彼は遠くへ、そして暗闇の中へと消えていった。
「……あ……」
それ以上、何も言えなくて。
でも、カカシ先生の強い腕の力と、あったかい体の温度が私を包み込んでいるということだけははっきりとわかった。
……カカシ先生
ごめんなさい、迷惑ばかりかけて
こんなんじゃ、一緒に任務なんて行けないよね
私、たぶん心のどこかで、
カカシ先生が来てくれるって期待してた
先生なら、絶対に助けに来てくれるって……
「……落ち着いたか」
……やさしい声
先生はいつもやさしいね
私、いつも甘えてばっかりで
心の中に温かいものが流れ込んでくる。
すごく安心する。
体の力がゆっくりと抜けていって、やさしい暗闇がおそってきた。
「……か……」
なけなしの力で、大きな胸に手を触れた。
意識が遠のいていく中で思ったこと。
……カカシ先生
私、カカシ先生が好き
先生のことが好きなの
でも、まだ心の隅っこでサスケくんを想い続けてる
矛盾してるけど、
でも……
「……意識を失ったか」
「そうだな……」
穏やかな寝息をたてて、サクラはカカシの腕の中で脱力していた。
「殺気を放っただけで逃げていくような相手だったとは、興ざめもいいところだ」
「……」
「じゃ、拙者は町に残っている隊員に知らせてくる」
「……ああ」
パックンは身を翻し、町へと走り出そうとしたが、もう一度立ち止まり振り返った。
カカシはサクラを抱きしめたまま、まだ動かなかった。
「……行ってくる」
あたりは静まりかえって、何の音も聞こえなかった。
聞こえてくるのは、自分の心臓の音だけ。
サクラをそっと抱き上げて、カカシは静かに話しかける。
「さあ……帰ろう、サクラ」
すっかり安心しきった表情で、サクラは眠っている。
カカシも眉間に寄せていたしわを解いて、ほっと息をついた。
……わかっていたことだ
サクラがずっと想い続けている相手がいることは
そしてそれは、重くサクラの心に居座っているということも
誰かを強く想うということは、きっとそういうことなんだろう
それでも、サクラを抱きしめずにはいられなかった
自分ではない、他の誰かの名前を呼び続けて、
その誰かのために涙を流しているサクラを……
カカシは目を閉じて、自分自身に問いかける。
……守ってやりたいと思った
何の見返りも期待せずに、ただ、守りたいと
……「愛しい」とは、こういうことなんだろうか……
NEXT
|