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忙しさに時を忘れて、ふと立ち止まってみると風は少し冷たくなっていた。
「なんだか最近バタバタしてたからなあ……」
一番落ち着ける場所に腰かけ、何度も読み返した本を再び開く。文字を追っていくうちに、いつの間にか意識の裏側へ思考は巡り、目の前の黒い列がぼんやりとかすんでいった。
何を考えるではなく、カカシはこれまでに起きたさまざまな出来事が大きなうねりとなって押し寄せてくるのにただ身をゆだねていた。
「……バタバタとか、そういうレベルじゃないけどね」
三代目火影亡き後の木の葉の里は、まだしばらくの間は活気を失っているように見えた。
カカシ自身も心配事は山のようにあって、特にナルト、サスケ、そしてサクラのことは……。
なんとなく危うげな3人の様子が気になっていた。
かといって、何をどうするわけでもなく、ただ時間が解決してくれるのを待つことしかできない。
そんな状況に、カカシは心のどこかでいらだちを感じていた。
……せめてサクラの不安だけでも取り除いてあげたいんだけどねぇ……
わずか12才の女の子が、まるで大人の女がするように、気だるそうに目を伏せる。そういう仕草を幾度となく見て、なんとなく胸がつまる思いだった。
あんな表情、まだしなくたっていいのにさ。
サクラには……もっと無邪気にはしゃいで、笑っていて欲しいんだよね。
すうっと視界が晴れて、目の前の活字がはっきりと見えた。急に頭が覚醒した気分だった。
「何を考えているんだ、オレは」
……オレがサクラくらいのときは、無邪気に笑っていたか?
思い出そうとした瞬間、左目が鈍く痛んだ。
何かを問いかけられたような気がした。
オレはいったいサクラに何を求めているんだろう。
一人前にならなくてもいいから、恋に浮かれているただの女の子のままでいて欲しいのか?
混乱して、考えることをやめた。
頭をかきながら立ち上がり、風をあびると、ちょうどいい冷たさだった。
「まあ……何という素晴らしきタイミングだこと」
目を細めて坂の下の方を見ると、うつむき加減に歩いているサクラの姿が見えた。
「ほら、またあんな顔してるし」
ため息と同時に思わず言葉がこぼれた。
立ち止まったサクラは空を流れる雲をただぼんやりと見ていた。力のない視線なのに、しっかりと大地を踏みしめて立っている。
……もう、「女の子」じゃないんだな。もう一人前の、立派なくの一だ。
中忍試験のとき、あれだけ強い意志で戦うサクラの姿を見たはずなのに。
気持ちのどこかで、成長していくサクラを受け入れ切れていない自分がいる。
正面から風を浴びているサクラは、凛として、空気を研ぎ澄ますような透明さがあった。
……改めて思うけど、ちょっとの間できれいになったなー、サクラ。
子どもの成長は早いものだ、と思いつつ、その分自分も年を取ったということか、と少しひねくれて笑った。ひょい、と眼下の木に飛び降り、枝の上からサクラに声をかけた。
「サクラー」
「カカシ先生?」
「どしたー?」
いつものようにのんびりした口調で問いかけると、サクラは少し困ったように笑って首を振り、「なんでもない」と言った。
「なんでもないってことはないでしょー?」
「だって……言ったら笑われるし」
「んー? 笑うかどうかは聞いてから決めるから、言ってごらん?」
サクラは少しむっとしてカカシを見上げると、何度か唇を開きかけては閉じ、開きかけては閉じを繰り返した。
「よーし、わかった」
ぱん、と手を叩いて、カカシはニッと笑った。サクラはきょとんとして、上を見上げていた。
「笑わないって決めた」
「えっ?」
「決めたから言ってごらん」
もう一度ニッと笑うと、サクラの緊張していた表情がほどけて、笑みが漏れた。
「あのね……青い蝶」
「ちょう?」
「うん」
「青い?」
「そう……青い蝶を見つけたいの」
「青い蝶ねぇ……何で?」
そう聞くと、サクラは恥ずかしそうに口を閉ざしてうつむいた。
「そもそも、青い蝶なんているのかなあ」
カカシも腕組みをして首をかしげる。
「……幻の蝶らしいの。見つけると、願いが叶うって……」
「……はあ」
あまりにも間の抜けた返事をしたせいで、サクラは顔を赤くして逃げるように歩き出した。
慌ててカカシも木から飛び降りて追いかける。
「待ってよサクラ。どこに行くんだよ?」
「知らないっ!」
「知らないってお前……」
「だって、先生今私のことバカにしたもん!」
「バカになんてしてないさ。ただ、青い蝶なんて……」
「それがバカにしたって言うのよ!」
半泣きで歩いていくサクラを、腫れ物に触るように追いかけるカカシ。
サクラはまっすぐに東の森へと歩いて行く。
「サクラ、ちょっと待て。もしかして今から探しに行くつもりか?」
「……」
「サクラ」
軽く肩に触れると、サクラは立ち止まり、うつむいたまま涙をぬぐった。
「……だって……!」
肩を小刻みに揺らして、声を殺して泣いているサクラを前に、カカシは何も言えなくなってしまった。
また、胸の奥がつまるような感じがした。
「泣くなって。そんなに見つけたいの?」
ぽんぽん、と髪にふれると、ふっと肩の力が抜けて、サクラは静かにうなづいた。
「見つかる確証は?」
「……わかんない」
「それは困ったなあ」
「……でも見つけたい……!」
はあ、と眉を下げて空を見上げる。空は次第に色を変え、うっすらとオレンジ色が混じり始めている。
……一度言い出したら聞かないからなー、サクラは……
「じゃあ、オレも一緒に探すよ」
「え?」
見上げたサクラの目は赤く充血していた。それを見て、また胸がつまる。
「……ただし、日が暮れるまで、な」
「……うん」
ぽん、ぽん、と再び髪に触れる。すると、するりとカカシの腕にサクラがしがみついて、涙を見せまいとうつむいた。
「……ありがとう、カカシ先生」
「まあ、お礼を言うのは青い蝶が見つかってからね」
そんなに叶えたい願い事があるのなら、幻でもなんでも見つけなきゃな、と言うと、サクラは力強くうなづいた。
……サクラの叶えたい願い事か……
それは、きっとサクラにそんな顔をさせる相手のことなんだろうね。
「よし……見つけるぞ」
しかし、胸が痛い。
チクチクとか、ズキズキとか、そういう痛みではなく、一瞬だけ呼吸が浅くなるような痛み。
何度も胸がしめつけられるから、カカシは明日にでも病院に行ってみようと思った。
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