Just Talkin' to Himself
SANJI on ZORO × NAMI
女の子を満足させる言葉なんて、知り尽くしてる。 嬉しいとき、悲しいとき、不機嫌なとき。新しい靴を履いたとき、口紅の色を変えたとき、前髪を切りすぎたとき。 どんなときでも、女の子には誰かに言ってもらいたい言葉が必ずある。だから僕は、それを言ってあげよう。だって、君が笑うところを見たいから。 それなのに 彼女の欲しい言葉がわからない。どんなに甘い甘いスイーツのような言葉も彼女を満たすことができない。どんなに温かいココアでも、彼女の冷えた心を温めることはできない。 僕が一番言いたくない言葉
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朝はみんなより早く起きて朝食の支度。それが終わったら片づけと、すぐに昼食の準備に取りかかる。普通ではない胃袋の持ち主たちが、あっと言う間にそれらをたいらげて去って行く。昼食の片づけが終わったら、次は夕食の献立を考える。島に上陸すれば、食料の買い出し。夕食までの間に、食料ドロボウたちと格闘しつつ、女性たちには素敵なデザートを。つかの間の休息がある。ぼんやりとタバコをふかしながら、結局明日の献立は何にしようか、なんて考えている。もっともボリュームがあって、もっとも騒々しい夕食を終えても、まだ仕事は残っている。片づけと明日の仕込み。でも、その時間は特別だ。なぜなら、振り向けば彼女がすぐ側のテーブルで航海日誌を書いているから。 「ナーミさん、レディー限定特製ホットミルク飲みます?」 彼女は日誌を書く手を止め、頬杖をついたまま微笑む。 「ありがとサンジ君。いただくわ」 その両手で持つには少し大きめのマグカップを手渡す。一瞬だけ手が触れる。彼女は冷たい指をしている。 「ハチミツがたっぷり入ってますよ」 返事をする代わりに、彼女はマグカップに唇を近づける。口紅をつけなくても、発色のいいつやのある唇。それに公然と触れられるマグカップにすら、嫉妬を覚える。一口飲むと、彼女は「おいしい」とまた微笑んだ。少し濡れた唇がいっそう鮮やかさを増した。 「ああ、そのマグカップになりたい! そうしたらナミさんに何度も口づけしてもらえるのに〜」 それは半分冗談で、半分本気で。 普通の女の子なら、大笑いして、上手くいけば「じゃ、あなたにも」なんておまけのキッスももらえるのに。それなのに彼女は、ひどく困った顔をする。他の人に聞かれたくない、と訴えるような目をする。 「アホか」 ……原因はコイツらしい。時々、夕食後のキッチンに居座って酒を飲んでいる緑頭。彼女との貴重な時間を、コイツはいつも台無しにしてくれる。 「あぁ? 今アホっつったか?」 「さァ」 素知らぬ顔で酒瓶をラッパ飲みする。コイツが何か一言発するだけで、無性に腹が立つ。 「だいたい何でお前がここにいんだよ! お前は外で酒飲んでろ! オレとナミさんの愛の語らいの時間を邪魔すんじゃねえよっ!」 へいへい、と呆れ顔で立ち上がり、ゆっくりと扉に向かって歩き始めるその大きな背中に、一発蹴りを入れてやった。刀に手をかけて反撃して来そうだったが、扉を閉めて追い出した。 「さあ、ナミさん! 邪魔者は追い出しましたよ!」 振り返って両手を広げると、丸窓の向こうに消えていく緑頭を追いかける視線。彼女の視線だけは、アイツの後ろ姿をずっと掴まえようとしている。 ……なんだよ。 「邪魔者はオレだったみたいだな」 わざと聞こえるように言ってみても、彼女の耳には届かない。今、彼女の頭の中にはアイツのことしか入っていない。いや、入りきっていないんだ。だからこんなにも彼女の表情にあふれ出している。ゆっくりとテーブルに近づいて行っても、彼女はまだ遠くを見ている。隣に座ってタバコに火を点けると、その音で初めて彼女はすぐ側に座っている僕に気づく。 「ミルク、冷めますよ?」 「ん? あ、うん」 慌ててマグカップを持ち上げる。こんなとき、彼女に言ってあげる言葉が見つからない。彼女に笑ってもらいたいのに。何か一言でいいから。何か。 「オレが温めなおしましょうか?」 「ううん、大丈夫」 「マグカップじゃなくて、ナミさんの唇を」 タバコの灰が音もなくテーブルに落ちた。僕は努めて無邪気に笑って見せた。冗談だと笑い飛ばして欲しいから。しばらく彼女は瞬きもせず僕をじっと見ていた。
ほら、また困った顔。 君の笑顔はどこに行ったんだい? あの日、ココヤシ村で見た君の笑顔をもう一度見たいんだ。心から自然とあふれ出した、あの笑顔を。 いつからだろう。君はまた作り笑顔。ガマンしてばかりなのに、強がって、必死で笑おうとしている。もっとありふれた、純粋な笑顔が、僕は見たいんだ。そのためには、僕は一体どんな言葉を選べばいいんだろう。 知ってるさ。バラティエで二人を見たときから、それくらい。僕だっていろんな女の子を見てきた。君を見た瞬間、本当に息が止まるかと思った。知らない間に引き寄せられていた。あの時は、まさか仲間になるなんて思いもしなかったから、ありったけの言葉を尽くして君を口説こうとした。僕でさえ歯の浮くようなセリフも、芝居がかった大げさな表現も、その場限りだと思ったから。ちょっとした意地悪心だ。君のすぐ側で憮然として座っているアイツの反応を見てみたかったんだ。 でも、君の方が一枚上だった。手のひらで転がすように僕をもてあそんでいた。そしてやはり、アイツのことを意識していたよね。不器用な女の子。そう思った。そして、素知らぬ顔をしながらも、肩が異常に緊張していたアイツもまた、不器用な奴だ。変な空気が二人の間に流れていた。なんだかギクシャクして、それでいて妙に強い引力を感じるような、不思議な感じ。 それを何と呼ぶのかは、君にはもうわかっていたんだろうね。いや、多分アイツも。君が船に戻ったとき、僕は気づいてしまった。二人が それ 、、 を確かめてしまったということを。 さあ僕はどんな僕を演じようか。それなら君に思い焦がれる男になってしまおう。振り向いてもらえないことがわかっているのに、君に甘い言葉を投げ続けるピエロのような男になろう。君が呆れながらも笑ってくれるような、そんな僕でいよう。 「女の子みんなにそんなこと言ってるんでしょ」 作り笑顔の彼女。一所懸命考えてやっと返した言葉。バラティエで見た余裕たっぷりの君はもうそこにはいない。両手で頬杖をついて僕はおどける。 「ナミさんだけだよ」 はずれ。 この言葉も違った。君はますます悲しそうな顔になる。言葉が悪いわけじゃない。それを言ってるのが僕だからだ。君は同じ言葉を他の誰かからもらいたいと願っている。僕が、アイツだったら……なんてきっと考えてる。そうだろう?
いっそ僕を身代わりにしてしまえばいいのに。
どうか、笑って。アイツにだけ見せる笑顔はそっとどこかにしまっておいていいから。
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