土地の所有者との交渉は、思いの外スムーズに進んだ。
この国では外国人が土地を所有することが法律で禁じられているため、外国企業は地権者から一定期間の約束で借りる形となる。地権者のサインさえもらえば、後は勝手にどうぞという世界で、自由に開発ができるしくみだ。
もちろん、法人名義で土地を入手することも可能だが、それをやらないのが、「あの男」のあざとい所というか。
リゾート開発が勢いづいている時には、地権者にたっぷりと甘い蜜を吸わせておいて、雲行きが怪しくなればさっさと退散する。ホテルやらカジノやらをご丁寧にもすべてぶっ壊し、更地の状態で土地を返すものだから、職を失った現地人は暴動を起こし、海は汚れ、山は丸裸のまま。それをてめェは高みの見物と来ているから、余計にタチが悪い。
「最初にしっかりと説明したはずだろう」と声高に言い、むしろ残された施設の維持で余計な借金を背負わずに済んだのだから感謝して欲しいくらいだと言い放つ。
ドフラミンゴはそういう男なのだ。
ぐうの音も出ないというのはこういうことを言うのだろう。それを詐欺だと騒がれても、こちらとしては正当な手順を踏んでいるのだから、裁判を起こされても負けることはないし、まず起こされることがない。まあ、詐欺のギリギリ一歩手前とも言えるが。
結局、地権者たちは泣き寝入りするしかないのだ。そして、あの男を「悪魔」と呼ぶ。
そんな男の手先となって動いているオレも、そういう類なのだと思う。
とはいえ、これはあくまでもビジネスだ。オレは依頼を受けた仕事を全うにこなしているだけ。
弱い者は淘汰され、強い者だけが生き残る。
自然界も人間界も、同じルールで動いているだけの話。だからオレも、罪悪感を持ったことなど一度もない。
感情を失ったロボットのように、与えられた任務をただ無表情でこなしている、と言った方が正しいかもしれない。
予定よりも早く仕事にカタをつけ、日本に帰る準備をしていたところへ、一本の電話が入った。
「よう、そっちは順調かい?」
声の主はくだんのドフラミンゴ。ヤツから直接電話がかかってくるなんて珍しい。
一瞬で、嫌な予感が頭をよぎる。
「……順調過ぎて、拍子抜けするくらいだよい」
「だろうなァ」
チッ、とあからさまに舌打ちをして、オレは窓ガラスに映った自分を睨みつける。
「……ここからが本題ってやつかよい」
「さすが、するどいねェ。説明の手間が省けて助かった」
わざわざオレがこの島に来てから伝えるということは、日本を発つ前に話せばきっと断られると思ったのだろう。
この男のこういうところが、気にいらねェ。
聞けば、島の西部に広がる未開発エリアの地権者と接触を図って欲しいとのことだった。
情報を送ってくれと言うと、全く情報がないのだという。つまり、地権者を捜すところから始めなければならない。
「立地も環境も申し分のない場所なのに、もう20年もずっと手つかずなのが怪しくてな……所有者は現地の人間のはずだが、どうも正体が掴めねえ。お前はどう思う? マルコ」
「名義が何重にも又貸しされている可能性が濃厚ってところか……この国の登記はアテにならねェからよい」
「そういうことだ……わかるな?」
「まァ、どうして欲しいのかはわかった。ただし、オレの滞在は二週間の予定だ。あと3日しかねェが?」
「それは心配するな。白ひげに話はつけておいた」
「……チッ!」
そういうところはぬかりのない男。オレが断る理由を先読みして、すべて手を打ってやがる。
オレの恩人でもあり、企業の会長でもある”白ひげ”に直々に申し入れるなんざ、怖い者知らずもいいところだ。
「オヤジはそれでいいって言ったんだな?」
「ああ、お前は働き過ぎだから、半分バカンスのつもりでのんびりしてこいって言ってたぞ」
「……オレは暑い国が嫌いなんだよい」
「そうか、そりゃ残念だ!」
ちっとも残念がってねェだろい。
ドフラミンゴはまだ何か話していたが、オレはぷつりと電話を切り、そのまま携帯電話をベッドに投げつけ、大きくため息をついた。
「……何が嬉しくて、こんな所に足止めされるんだよい」
早く日本に帰りたい、帰らねば、と義務のようにずっと自分に言い聞かせて、早急に仕事を終わらせたというのに。
ふわり、と甘い花の香りが風に乗って流れてくると、オレの心臓はどくん、と大きく音を立てた。
この香りは危険だ、と頭の奥で警鐘が鳴る。
脳裏に勝手に蘇るのは、海の中から現れた黒髪の少年。そして、炎の中で揺らめくタトゥー。
どくん、どくんと心臓の音が部屋中に響き渡り、オレは耳を塞いだ。
ピリリリリ、ピリリリリ……。
遠くから聞こえる電子音。視界には、ベッドの上で虫のように動き回る携帯電話。
思考を何かに奪われそうになっていたオレは、そこに救いを求めるように携帯を掴んだ。しかし、掴んだ瞬間に後悔した。
「途中で切るとは、つれねえ男だ」
「……まだ何か用があんのかよい?」
電話の向こうで、ニヤリと口角を上げるドフラミンゴの顔を想像して、オレは唇を噛む。
「まだ本題にも入ってねえ」
「あァ?」
不機嫌極まりない声を出すと、明らかに電話の向こうではそれをおもしろがっている笑い声。
全く、ビジネスパートナーじゃなければ、一生関わりたくねェ男だ。
「きっかけになるかと思ってなァ」
「何がだよい?」
「いや、珍しい男がそっちにいるという情報が入ってきたんでな」
「珍しい男?」
珍しかろうが、そうでなかろうが、その男がオレに取って何の得にもならない相手だということだけは直感でわかった。
「とりあえず、そいつの滞在先を送るから、まずはそこに行け」
そこで、ぷつりと電話は切れた。
ツー、ツー、ツー……。
今度は向こうから一方的に切られ、オレは携帯電話を睨みつけたまま、しばらくの間動かなかった。
あの男が命令口調で物事を伝える時は、何があっても逆らってはいけない。これは暗黙のルールだ。
「……面倒なモンに巻き込みやがって……!」
行き場のない怒りに、髪を掻き乱してため息をつく。
今さらオヤジに不満を告げるわけにもいかず、突然与えられた期限のない任務に気が遠くなりそうだった。
バカンスなんて必要ない。そもそも、働き過ぎだなんて思ったこともねェのに。
勢いよくベッドに仰向けになり、天井をぼんやりと眺めながら、この20年を振り返ってみる。
オレはオヤジの片腕として、信頼して仕事を任せてもらえることが何よりも嬉しかったし、それに報いたいと思ってがむしゃらに突っ走って来ただけだ。だから、ドフラミンゴの依頼にも、毎回充分過ぎる程の結果を残してきた。
すべてはオヤジのためだ。まかり間違っても、ドフラミンゴのためじゃねェ。
あの男の依頼は、これで最後にしてもらう。
そうとなれば、今回の案件にもさっさとケリをつけて、一日でも早く日本に帰ろう。
おもむろに体を起こすと、また窓の外から甘い花の香りが流れ込んできた。
ふと、気持ちが緩んだ瞬間に、思わず考えてしまった。
もう一度、あの黒髪の少年に会えるチャンスもあるのだろうか、と。
* * *
ドフラミンゴから指示を受けた場所は、先日あの「儀式」を見た村の中心部からひとつ小さな山を越えた海沿いにあった。
舗装された道が途切れると、後は歩いて行ってくれと言われ、オレはタクシーを降りて細い小径を進む。
南国特有の木々が風にその葉を揺らし、さらさらと心地よい音を立てる。時々、野生の動物らしき鳴き声が森の奥から聞こえ、思わず身構えたりもしたが、視線の先には常に海が見えていたので、特に迷うことはなかった。
海に面した小さな建物が現れたところで、突然、頭上の椰子の木がガサガサと揺れ出し、それを見上げようとした時−−
ザザザッ!
思い切りのいい葉擦れの音を立てて、小さな少年が落ちてきた。
その間抜けな登場の仕方を見るに、降りてきたというよりは落ちてきたという表現がぴったりだった。
「……ガキ?」
足元にうずくまり、落下でぶつけた腰をさすりながら、その少年は顔を上げてオレを睨んだ。
麦わら帽子で隠れていた表情が現れると、左目の下には、おそらく随分と昔につけたのであろう痛々しい縫い傷。そして、黒髪だった。
「……何か用かよい?」
わざと威圧的に、腕組みをしてそう言うと、少年はキッとオレを睨むだけで、何も言葉を発することはなかった。
「現地のガキか」
そうつぶやいて、少年の脇を通り抜けようと一歩を踏み出すと、足元から割れんばかりの声が響いて、オレは思わず顔をしかめた。
「エース!!」
現地の言葉なのか、それとも誰かの名前なのか。
少年は何度も何度もその言葉を叫んでいた。
「エース! エース……!!」
うるせェガキだ。
チッと舌打ちをして、そのまま立ち去ろうとした時、茂みの中からまた別の少年が現れた。
「ルフィ! ……!」
黒髪のガキよりも少し年上らしきもう一人の少年は、薄い金色の短髪で、頬に絆創膏を貼り付けている。抜け落ちたのか、それとも折ったのか、歯列にぽっかりと隙間が空いていた。
短髪の少年は、今度こそ現地の言葉とわかるフレーズで、黒髪のガキに何かを諭すように話しかけた。すると、ガキはふん、と鼻息を荒くしてオレをもう一度睨み、そして軽い足音を立てて逃げて行った。
「Get Away」(出て行け)
……英語?
明らかにそれは短髪の少年の口から出た言葉。少し目を見開いて驚いていると、その少年もふいと顔を背けて海の方へと走り去っていった。
何なんだ、あれは? さしずめ余所者が嫌いな現地のガキ共といったところか。
「オレだってなァ、何も好き好んでこんな場所に来たわけじゃねェんだよい」
そう言えば少しは歓迎してくれるのかよい、とつぶやいてみたが、すでに辺りには誰もおらず、オレはため息をついて、海まであと少しの小径を進んだ。
ようやく建物の看板の文字が読める距離まで近づくと、「PARTYS BAR」という名前の居酒屋だということがわかった。
茅葺き屋根で、太い竹を組み合わせた質素な店の回りには、色とりどりの南国の花が咲いていた。そして時折流れてくる海風に、どこからか気だるい民族楽器のような音が聞こえてくる。
そもそも、何でこんな場所に居酒屋なんか?
疑問はいろいろあったが、とりあえずオレは中に入り、ドフラミンゴが言った「珍しい男」の正体を突きとめることにした。
「おー! マルコじゃないか!」
「げっ!」
申し訳程度に付けられた入口の扉を開けると、店内のカウンターにはオレの予想の遙か斜め上を行く人物が座っていて、思わず自分でもらしくないと思える声を上げてしまった。
「知り合いなの? シャンクスさん」
カウンターの中には、カラフルな三角巾をつけた黒髪の女性が控えめに笑っている。日本人のようだ。
「知り合いも何も、何年も前からヘッドハンティング持ちかけてる男だ。しかしこれがつれないヤツでねえ」
「あら、そうなのね」
「なあマルコ! いい加減うちに来ねえか?」
「うるせェよい!!」
まさか、こんな場所でこの男に会うなんて。
「赤髪……どうしててめェがここに?」
シャンクスという名の赤髪の男は、いわゆる同業者というやつで、昔はよくコンペで大きなプロジェクトを取り合った相手だ。10年以上前に水難事故で片腕を失ってからは、表舞台には出てこなくなったが、それでも時々はその名を耳にした。
そして数年前、偶然入った居酒屋で会ったのがきっかけで、オレをしつこく誘ってくるようになった。
「いや、前々からうちに欲しいと思っていてね」と、かなり酔っぱらった状態で言われたところで、相手にもしなかったが、後日、引き抜きの条件やら報酬やらを提示されてようやくそれが本気なのだと知った。
もちろん、オレはオヤジ以外の人間の下で働く気はなかったから、すぐに断った。それ以来、時々顔を合わせると、赤髪はまるで昔の恋人に捨てられたような、冗談めいた恨み節でオレをからかうのだ。
「お前が来るのをずーっと待っていたんだ。なあマキノさん」
「ウソつけ!!」
すでにかなりの量の酒を飲んでいるらしく、左目にかかる切創が赤く色づいている。マキノと呼ばれた居酒屋の女店主はくすくすと笑っているだけ。
オレは大人気なく声を荒げ、そして大きなため息をついた。すると赤髪はそんなに怒るなと笑うので、オレは誰のせいだとまた大きな声を出した。
「オレは、たまたま長い休みが取れたもんで、ここに来ただけだ……昔から馴染みなんでね」
赤髪はそう言って、女店主と意味深に微笑み合い、向き直ると急に真面目な顔をしてオレを見た。
「ついにここも、あの男にかぎつけられたみたいだな……で、お前は味方か? それとも敵か?」
核心を突く質問に、オレは思わず言葉を詰まらせた。
まさか、この土地を獲得するために、地権者を捜しに来たとは言えない。しかし、すでにお見通しなのだろう。
「……まだどっちでもねェよい」
絞り出すようにそう言うと、赤髪は満足そうに笑って、オレを手招きした。
「まあ座って飲め! オレはお前のそういうところは嫌いじゃねえ」
「そりゃどうも」
促されるままにカウンターに座り、どぼどぼと度数の高い酒をグラスに注がれた。一口飲むと、喉が焼けるように熱かったが、それがかえって心地よかった。
「いい加減ドフラミンゴとは手を切った方がいいぞ。あいつの悪行は最近目に余る」
「この件が片付いたら、もう関わらねェつもりだよい」
「なるほど、いい選択だ。で、その後はうちに来ねえか?」
「うるせェよい」
つれねえな、と赤髪は笑いながら酒を一気に喉に流し込んだ。オレも同様にグラスの中の液体を飲み干すと、急に肩の力が抜け、気持ちが少し軽くなった。
「……てめェはここの土地に詳しいのかよい?」
探りを入れるどころか、ストレートに言葉に出てしまい、内心しまったと思ったが、どうせバレているんだからまァいいかと開き直った。それにこの男が休暇だと言ったのだから、オレのビジネスに口出ししてくることはない。そういう部分では信用のおける相手だと思っている。
予想通り赤髪はにんまりと笑い、「知っていても教えないけどな」とウソなのか本当なのかわからない前置きをしてから、話し始めた。
「オレは、昔助けたチビの様子を見に、二、三年に一度くらいのペースで来る程度だ」
「チビ?」
「ああ、オレに懐いててなあ……昔やった麦わら帽子をえらく気に入って、いつもかぶってるんだ。かわいいだろ?」
麦わら帽子と聞いて、すぐにさっき木の上から落ちてきたガキを思い出した。
「シャンクス!!」
噂をすれば影、とは言うが、絶妙のタイミングで麦わら帽子のガキが店に飛び込んで来た。
まっすぐに赤髪の元へ走ってくると、現地の言葉でわあわあと騒ぎ立てる。うるせェガキだ。
チッと舌打ちをすると、ガキはようやくオレの存在に気付き、顔をこわばらせた。
「……! ……!!」
今度はオレを指差してギャーギャーわめき出したので、よっぽど一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、赤髪と女店主はただ笑いながらガキの顔を眺めていた。
「……オレのこと追い出せって言ってんだろい」
「あら、言葉わかるんですか?」
女店主がきょとんとした顔でそう言うものだから、オレは苦虫をかみつぶしたように眉間に力を込めた。
「ルフィは何だって? マキノさん」
赤髪が尋ねると、女店主はくすくすと笑いながらガキの言葉を要約した。
「パイナップルみたいな変な頭のくせに、何しに来たんだ! ですって」
「……」
そこは何というか、オブラートに包むという処世術を知らないのか、この女は。
赤髪のヤツは腹を抱えて笑い、ガキはじっとオレから目をそらさずに睨みつけてくる。
「パイナップルが南国に来ちゃ悪いのかよい」
女店主はご丁寧にそれを現地の言葉に換え、ガキに伝えると、ガキはハッと目を見開いてうーんとしばらく考え込み、そして何かに納得したようにうなずいた。
「……!」
「悪くない、って言ってます」
「わかりゃいいんだよい」
それでも眉間のしわは寄ったままで、オレはひどく気分を害していた。麦わら帽子のガキは赤髪の側にぴったりとくっついてオレの様子をうかがっている。その視線は明らかにオレの頭に向けられていて、まさか本当に食えるだろうかとか、そんなことを考えているんじゃないかと不安になった。
「言っておくが、食えねェからな」
女店主がそれを伝えると、どうやら図星だったらしく、ガキは現地の言葉で「なんだ、つまんねえ」と言った。いやそれは、オレが勝手に脳内翻訳しただけだったが、絶対にそうだと思う。
「……エース」
ふと、さっきこのガキが叫んでいた言葉を思い出し、オレはつぶやいた。
すると、ガキは何かに弾かれたようにオレたちの側を離れ、外へと飛び出して行った。
「なんだ、エースのこと知ってんのか?」
「あァ? やっぱり人の名前なのかよい」
ということは、エースというのは、あの時後から現れた短髪の少年の名前なのだろう。
そう言えば、あいつもオレを歓迎していない様子だったな。
ぼんやりと空になったグラスを見つめていると、琥珀色の液体がなみなみと注がれ、赤髪がオレの肩を掴んだ。
「まあ、ここに来たら避けて通れない名前だ」
「何だそりゃ?」
「少なくともこの土地でエースの逆鱗に触れたら、おとなしく立ち去るのみ……わかったな?」
「逆鱗? そいつはここのヌシか何かかよい?」
それなら、オレはとっくに逆鱗に触れているのではないだろうか。さっき出会った短髪の少年は、オレにもわかるように英語で「出て行け」と言った。それならそうで別に構わない。たかがガキ一人にどう思われようが、オレはルールに則って自分の仕事を進めるのみだ。
「グエッ! グエッ!」
突然、おかしな鳴き声が聞こえたかと思うと、窓の外から大きな鳥が入ってきた。ばかでかいオウム、といったところか。トサカの部分だけが黄色く、体は鮮やかな青。鳥はバサバサと羽根の音を立てて天井を飛び回り、何度もマヌケな声で鳴いていた。
「エースの鳥だわ」
「さて、審判の時だな」
女店主と赤髪が鳥を見上げてそう言った。
「審判?」
「グエッ!」
ふわり、と一度だけ静止すると、青い鳥は羽根を広げたまま、オレの腕に降りてきた。
「……あら? 珍しい」
「ほう……」
女店主と赤髪が少し驚いたように黙り込んだ。
長い爪をオレの腕に食い込ませながら、青い鳥は胸を張るようにしてグエッと鳴いた。
「……こいつは何なんだよい?」
マヌケな顔をオレに向けて、青い鳥は首を傾げる。何だか、訳もなくムカつくのは何故だろうか。
「ははは、似てるなあ。お前とこいつ」
赤髪がおもしろがって、オレと青い鳥の顔を交互に見比べると、女店主も「確かに」と言って笑った。
「……鳥に似てるなんて言われたのは、初めてだよい」
……あァ、気分が悪い。こんな所にはもう一秒もいたくねェ。
ガツン、と音を立ててグラスをカウンターに置くと、音に驚いたのか鳥はようやくオレの腕を離れ、バランスを取るように羽ばたき出した。
「もう帰るよい」
「なんだ、せっかくお許しが出たっていうのに?」
「だから何が……!」
ヌシだの審判だのお許しだの、もうたくさんだよい。これ以上、こんな場所で油を売ってるヒマはねェ。
立ち上がってそう言おうとした時。
「サボ、どうしたの?」
女店主がオレの背後に呼びかけた。
振り返ると、海側の窓から店を覗いていたのは、あの短髪の少年だった。
「……サボ?」
こいつが「エース」じゃねェのかよい?
サボと呼ばれた少年は、ひどく悔しそうな顔をして、唇を噛んでいる。
そして、その脇を青い鳥が通り過ぎ外に飛び出していくと、「サボ」は、その先に広がる海に向かって大きな声で叫んだ。
「……エース!!」
どくん、と心臓が跳ね上がったのと、甘い花の香りが流れてきたのは、どちらが先だったろうか。
オレはその先に誰がいるのか、もうわかってしまった。
何の根拠もなかったが、それは確信に近くて。
店を飛び出し、オレは海に向かって走った。
どくん、どくん……と心臓の音が耳元で響いている。
視線の先にはあの青い鳥が空に大きく弧を描いてゆっくりと降下していくのが見えた。
自分の背丈ほどある雑草をかきわけて行くと、突然目の前に広がったのは、コバルトブルーの海。足元にはなだらかな岩場が続いていて、その中腹にあの麦わら帽子のガキと、「サボ」の姿が見えた。
そしてその先に−−
「エース!!!」
麦わら帽子のガキが大きな声で叫ぶ。
見下ろす白い砂浜とコバルトブルーの海。
その中で、空に向かって両手を大きく広げる一人の少年。
オレにはそれが誰なのか、もうわかっていた。
満月に向かって手を伸ばした、あの「神の子」だと。
よく鍛え上げられた体格の、褐色の肌。そして、首元には赤いネックレス。
背中に神聖なタトゥーを背負った……黒髪の少年。
ふわりと風に乗り、少年の腕に青い鳥が降り立った。そこが、自分の居場所だといわんばかりに。
「……エース?」
あれが、エース……あの少年が……。
オレの声など届くはずもないのに、黒髪の少年はゆっくりと視線をこちらに向け、そばかすが主張する頬をゆるりと緩めると、ニカッと白い歯を見せて笑った。
甘い花の香りはずっと辺りに充満している。
白い砂浜とコバルトブルーの海を背景に、青い鳥と戯れる少年の姿は、やはり一枚の絵画のように美しかった。
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