「エースがまた敵を降伏させたぞー!!」
その吉報が船の中を駆けめぐると、船内で待機していたクルーたちは飛び上がって喜んだ。
「これでまた傘下の海賊団が増えたなあ」
「エースも新入りのくせにやるじゃねえか」
「ほんと、強いよな! だてにオヤジの命を狙っていたわけじゃねんだなあ」
モビー・ディック号に居ついて、100回以上も白ひげの命を狙っていた小僧が、今では背中にそのマークを背負い、広い海で心のままに暴れ回っている。
1600人のクルーの中では年齢的には下から数えた方が早いせいか、エースはすぐに弟分としてかわいがられるようになり、その強さから戦闘面でも絶対的な信頼を置かれるようになっていた。
「オヤジ! やったぞ、オレ!」
船に戻り、真っ先に親愛なる親の元へ報告へ行くと、白ひげことエドワード・ニューゲートは、穏やかに笑ってエースの頭を撫でた。
「グラララ……よくやった、息子よ」
大きな手から伝わる温度が心地よく、心が温かくなる。
幸せを感じる瞬間だ。
「やれやれ、もともとはオレの獲物だったんだけどなあ」
そう言って笑いながらエースの隣で両手を空に向けたのは、4番隊隊長のサッチ。
エースはテンガロンハットに手を置き、ニカッと笑って「いいじゃねえか、結果オーライだろ?」と言った。
「よくねェよい」
背後から声がして振り返ると、残りの隊長たちが集まっていた。その中心で腕組みをしているのが、1番隊隊長のマルコだった。
エースは思わず身構える。
「あれはサッチの4番隊に任せておけば十分に降伏させられる相手だった。それをこっちの指示も聞かずに勝手に飛び込んで行って、あげく自分の手柄みてェに自慢するんじゃねェよい」
ぐっ、と息を飲み込んだのは、それがあまりにも正論過ぎて、返す言葉がなかったから。
他の隊長たちは「まあ、カタイこと言うなよ」とフォローしてくれているが、マルコは表情ひとつ変えずにじっとエースの目を見ていた。
そして、エースも自分の心の中が見透かされているような気がして、それを隠すために必死でマルコを睨み返す。
……苦手だ。
苦手だ苦手だ苦手だっ!!
「オレ……マルコが苦手だなあ……」
夕食時、賑やかな食堂でふとエースが漏らした。
「そうですか? マルコ隊長、すげえ面倒見いいし、頼りになる方じゃねえですか、エース船長……っと」
スペード海賊団の時から仲間だったひとりが思わず昔の呼び方をすると、エースはギロリと一瞥をくれる。
「……この船じゃ、オレはクルーのひとりに過ぎねえ」
だから、気が焦っているのだろうか。1000人を越えるクルーたちに自分の実力を見せつけたいと。
粋がって白ひげの命を狙い、完膚無きまでに打ち負かされた挙げ句、敵の船に乗せられ命拾いをした。
錠もかけられずに野放しにされ、何度白ひげに襲いかかっても、あっけなくやり返されること100回以上。
結局、ほだされてそのまま船に残り、白ひげ海賊団の一員となった。
プライドを捨て、負けを認めること。それがどんなに辛くて悔しくて情けなかったか。
激しい葛藤を繰り返してようやく決断したことだ。もちろん、後悔はない。
何よりも、その決断の後押しをしたのは−−
ちら、と視線を移すと、何百人ものクルー越し、遠くの席に座っているマルコが見えた。
雑談に花を咲かせているのだろうか、眠そうに伏せた目を時々話し手に向け、口元で静かに笑う。
そして、何の前触れもなく破顔すると、どくん、とエースの心臓が跳ね上がる。
ほんの短い間の後に、大きな笑い声が食堂に響く。
……あの顔は反則だ。
なぜ、白ひげを「オヤジ」と呼ぶのかと聞いた時、マルコが見せた笑顔は、確かにエースの心を動かした。
愛情に飢えていたエースにとって、愛されるということがどういうことなのか、それを言葉ではなく表情ひとつで教えてくれたのだ。
自分もいつかそんな顔ができるのだろうか、と葛藤の中でどんどん期待が膨らんで。
だから、それを確かめたくてこの船に残った。
そしてすぐに白ひげの偉大さとその無償の愛の深さに感銘を受けた。
仲間たちともすぐにうち解け、信頼関係も築けたと思う。
今まで誰にも甘えたことがなかったエースにとって、手放しで甘えられる場所があることが何よりも嬉しかった。
この船に残ってよかった。
心からそう思っている。
ただ、ひとつだけ思っていたのと違うことがあるとすれば−−
「……マルコは、オレのことまだ認めてくれてねえのかな……」
どれだけ健闘しても、マルコに褒められたことは一度もない。それどころか、もっと周りを見ろだの、仲間と協力しろだの、一言目には今日みたいなダメ出しをされる。
たまに反論しても、感情的なエースと理論的なマルコでは、エースに分がないのは明かで。
「だからお前はガキなんだよい」と言われてバッサリ切り捨てられるのが常だ。
そしてガキ扱いされて腹が立つから余計に、その視界に入りたくて、褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて、敵襲があると我先にと飛び出してしまう、悪循環以外の何物でもない。
一番近くに行きたいのに、一番遠い存在−−それが、マルコだった。
「そんなことねえよ。隊長たちだってお前に一目置いてるに決まってる!」
「そうさ、すぐにエース隊長って呼べる日が来るさ。オレたちはお前がどれだけ強いのか、ここのクルーよりも知ってるんだからな、エース!」
昔からずっと一緒だった気の置けない仲間たちが肩を組んで励ましてくれると、単純なもので、エースの沈んだ気持ちもやおら浮上を始めるのだった。
「そうだな……サンキュー!」
エースも笑って肩を組み返すと、ふと視線の先、何十人ものクルーの隙間を縫って、マルコと目が合った。
再びどくん、と心臓が跳ね上がる。
おそらく、それはほんの一瞬のことだったはず。しかし、エースにとってはとてつもなく長い時間に感じられた。
するとマルコはふっと口元だけで笑い、何事もなかったように視線をそらした。
……何なんだよ。
どくんどくんと心臓が飛び出しそうなくらい強く脈打っている。
収まりがつかなくなった動悸を落ち着けるため、エースは立ち上がり、逃げるように食堂を飛び出して行った。
「お? エースが先に席を立つなんて珍しいなあ」
クルーのひとりが大きな声で言うと、食堂内はどっと笑いに包まれた。
それだけみんなから注目され、かわいがられているというのに、この時のエースは、たったひとりのことしか頭になかった。
「ぐああああっ! 苦手だ……苦手だ苦手だっ! あいつ……!」
人のいない甲板でゴロゴロ転がって身もだえながら、エースは空に向かって叫んだ。
胸に手を突っ込んで、心臓を取り出して海に投げてしまいたい。そんな衝動にかられ、足をバタつかせながら胸を掻きむしる。
しかしそれもできないとわかると、急に脱力して、視界に広がる満天の星を見つめながらため息をついた。
「何やってんだオレ……」
説明のつかない感情に、エースは自分のことながら呆れてしまった。
そのまま脱力し、ちらちらと光を放つ星をぼんやりと眺める。
……何が苦手って、何が苦手ってさ……
「何やってんだよい、エース?」
そこへ、ぬうっと視界を遮るようにマルコの顔が現れて、エースは条件反射で飛び起きた。
「わあっ! な、何だよ急に……びっくりするだろ!!」
少し後ずさりして、逆毛を立てたネコのように睨みつけると、マルコは特に驚く様子もなくいつも通りの冷静な表情でエースを見ていた。
「大食らいのお前が食事の途中で出ていくなんて、珍しいからよい」
「た、たまにはそんな日だってあるんだよ! 何だよ、オレがいつも食ってばっかりみてえに……」
「いつも食ってばっかりだろい」
そしてまたさっきと同じようにマルコは口元だけでふっと笑う。それが無性にエースの気に障る。
「オレのことからかいに来ただけなら、あっち行けよ!」
「別にからかいに来たわけじゃねェが……」
そんなに言うなら、とマルコはあっさりとエースに背中を向けた。
「ちょ……本当に行っちまうのかよ?」
思わず出た言葉にエースは自分でも驚いてしまった。数歩歩いて立ち止まったマルコは、エースに背を向けたまま肩を揺らして笑った。
「ったく……お前はどうしてェんだよい? あっち行けって言ったかと思えば、行くなっつったり……」
「い、行くななんて言ってねえ! さっさと行っちまえ!」
くっくっと笑いながらマルコは振り返り、穏やかな表情でエースを見下ろして言った。
「お前は見てて飽きねェよい」
「……え?」
キインと耳鳴りがして、他の音は何も聞こえなくなった。
視界からゆっくりとマルコの姿が消えると、エースは甲板の壁にもたれたまま、呆然としていた。
不意打ちともとれるマルコの言葉に、また胸がどくん、どくんと鳴り始めるのがわかった。
……今のどういう意味だよ? それって、マルコがいつもオレのこと見てるってことなのか?
確かにさっきも目が合ったし……いつも食ってばっかりだとか……
な、何が苦手って、マルコのそういうところなんだよ!
普段は人のことガキ扱いしてさ、ズケズケダメ出しするくせに、何もなかったみてえに普通に話しかけてきて……オレはずっと根に持ってるっつーのに!
そんで……妙に思わせぶりなこと言ってさ……
「くうう……何考えてんだかわかんねえ……やっぱり苦手だ……!」
吐き出した言葉とは裏腹に、心の中は嬉しくて嬉しくて飛び上がりたい気持ちで一杯で。
エースはやっぱりさっきと同じように、胸に手を突っ込んで心臓を取り出して海に投げてしまいたい衝動にかられ、その後随分と長い間、足をバタつかせながら胸を掻きむしっていた。
NEXT