イゾウのいたずらによって女になってしまったエースは、いつも以上にクルーたちの注目の的になっていた。
夕食時の食堂――
本人はいつも通り歩いているつもりでも、その体のラインのせいか、細い腰がくねくねと左右に揺れる。
185センチの日焼けした長身の体は、色白で華奢な細身になり、鍛え上げられた筋肉は弾力のあるはじけそうな肌に変わっていた。
チューブトップとホットパンツのごくわずかな布が、男たちが最も見たい場所を絶妙に隠している。
「いいぞ、エース。ずっとそのままでいろよ!」
誰かがからかって、そのヒップを鷲掴みにすると、指先から炎を上げて抵抗する。
「触んな! エロオヤジ!」
性格と言葉遣いは元のままでも、小さな体から発する高い声に迫力は全くなかったので、クルーたちはおもしろがってエースの体に触りまくった。
「胸見せろ! 胸〜!」
酒も入り、陽気になったクルーたちが騒ぎ出し、その中の一人がエースのチューブトップを掴んだ。
「こら、やめろって!」
チューブトップが引きずり下ろされそうになった時、ひょいと横から別の手が伸び、それを阻止した。
エースの後ろにはマルコが立っていて、いつもと同じ冷静さを保ったままで「冗談が過ぎるよい」と言った。
いつもなら、振り返ってほんの少しだけ視線を上に送るだけで見えるはずのマルコの顔は、頭ひとつ以上高い場所にあり、普段意識したことのない体格差をエースは実感した。
「マルコでっけえな……」
「お前が小っちゃくなっちまったんだろい。ほら、さっさとメシ食えよい」
そう言って頭にぽん、と置かれた手も、とても大きくて。
……なんか今、胸が「きゅん」ってなったぞ?
女になってもエースの食欲は相変わらず旺盛だった。
ずらりと並べた食事を片っ端から口に詰め込んでいく姿は、やはりエースそのもので。半分以上のクルーがそれを見て落胆し、「見た目が女でも、結局エースはエースだ」と去って行った。
当のエースも、早く元に戻りたくて、イゾウにつっかかる。
「本当に明日の朝には戻るんだろうな?」
「ああ、もともとあれは花街の紅引きたちが、意中の男と逢瀬を果たすために開発された秘薬だそうだ。一晩経てば効き目は消えるさ」
「べに……おうせ?」
「要するに、女に変身して一晩くらい好きな男に抱かれたいってことだよ」
サッチがわかりやすく言い直して、ようやくエースはなるほどとうなずいた。
「ところで、せっかく女になったんだ。アレ試してみろよ?」
「アレ?」
「女は百倍気持ちいいってやつ」
「はあ!?」
エースは驚いて、食べかけの肉を口から落とす。
「こらこらエースちゃん、お行儀が悪いな〜。だから、こんなチャンスもう二度とねえからよ、今晩誰かとヤッとけ! な! そんでオレたちに報告しろ!」
ニヤリと笑ったサッチの顔は、さながら悪魔のようだった。
「今夜エースちゃんとヤリたい奴ァいるかー?」
サッチが一声叫ぶと、食堂のあちこちから、うおおおという雄叫びが上がった。
「サッチィィ!!」
慌てて立ち上がり掴みかかるも、女の力では到底その大きな体を動かすことはできなかった。
「ちょ、 ちょっと待てよ! 誰でもいいってわけじゃ……」
「へぇ、お前さっきヤレりゃ誰でもいいって言ってたじゃねえか」
イゾウがすかさずそう言って、これまたニヤリと笑う。
それもやはり悪魔の微笑みだった。
「まあまあ、エースちゃんも女としては初めてな訳だし? 希望くらいは聞いてやるよ。マッチョがいいのか、優男がいいのか、ナルシストがいいのか、Sがいいのか、はたまたMがいいのか」
そう言って二人の悪魔はエースを追い詰めるようににっこりと笑った。
「そんな、誰がいいっていわれても……」
きょろきょろと食堂の中を見渡すと、ご指名を受けたい男たちが、期待を込めた視線をエースに送る。
ウインクする者、投げキッスをする者、上半身の服をもぎ取りその肉体美を披露する者……それを見ながら、エースは頭の中で冷静に男たちを値踏みしている自分に気づく。
……あいつは荒っぽそうだし、あいつは変態っぽいし、あいつの声は耳元で聞きたくねえし……うーん。
こうやって一人ずつ見ていくと、仲間としては全く不足のない連中も、男としては何か物足りなくて。いつしか、エースの脳内ランキングは隊長たちにも及んだ。
サッチだけはぜってー嫌だ! 一生ネタにされて、からかわれるに決まってる!
イゾウは……想像つかねえな。実はイゾウこそ、この薬飲んでんじゃねえ?
ジョズ……いや、体ぶっ壊れるだろ、フツーに。
ビスタは……訳のわかんねえポエムとかささやかれそうだしな……あとオレ、胸毛はちょっと……
エースがくるくると表情を変えるのは、男の時でも女の時でも同じで。
サッチとイゾウは、ニヤニヤと笑いながらその百面相を楽しんでいた。
そしてもちろん、エースがちら、と横目で長テーブルの端に座っているパイナップル頭の男に視線を送ったのを二人は見逃さなかった。
マルコはどうだろ……まあ何だかんだで面倒見いいし、頼りがいもあるし、強いし、えっとそれに……さっき並んだ時にガタイいいなとか思ったし、経験ももちろん多そうだし、他にも……
気がつけば、エースはマルコを選ぶための理由を必死で列挙していた。
サッチとイゾウが顔を見合わせ、一度うなずくと、トントンとテーブルを指で叩く。
「さて、そろそろタイムリミットだな。で、結局誰がいい?」
エースはバツが悪そうにうつむき、もう一度だけちらりと視線を動かしてから、消えそうな声で言った。
「ま……マルコ、かな……」
「だろうな」
「つまらん」
サッチは両手を上げて肩をすくめ、イゾウはほおづえをついてあさっての方向を向いた。
「結局、お前もあのナースたちと一緒じゃねえか。何だっけか? 経験と色気と地位と名声やら」
「そ、そんなんじゃねえし!」
「まー、あのおっさんなら悔しいことに全部持ってらあ」
「だから違うって!」
何が違うのか自分でもわからなかったが、それを説明するのも面倒で、エースはヤケになって肉にかじりつく。
マルコはこんなくだらない話には絶対に乗ってこない。
さっきサッチが「ヤリたい奴」と叫んだ時だって、何の反応も示さなかった。それはそれでどうなんだよ、とは思ったが……。
だから、このままさっさと寝てしまおう。
女がどれだけ気持ちいいのか、わからないまま元に戻るのはもったいない気もするが、とにかく早く男に戻りたい!
いつものように、口に目一杯詰め込んでいる途中で、やはりいつものように突然睡魔が襲って来て、エースは意識を失った。
* * *
「女になっても、エースはエースだな」
「寝顔は男の時よりずっとかわいいけどなあ」
口々にそう言いながら、クルーたちはエースを囲んで、ここぞとばかりにじっくりと観察していた。
「全く、女になっても手のかかるのは変わらねえよい」
ずっと黙りを決めこんでいたマルコがようやく近づいて来て、何の迷いもなく、ひょいとエースを抱き上げた。
あまりにも自然な動きに、クルーたちはぽかんと口を開けたまま何も言えなかった。
「しっかし軽いな……いつもの半分くらいだよい」
マルコがそう言って初めて、クルーたちはああそうか、と納得した。
いつも、食事中に寝入ってしまうエースを部屋に運ぶのはマルコの役目だった。
単に部屋が隣だからとかそんな理由だったはずだが、今日ばかりはそこにいる誰もが彼に羨望の眼差しを送った。
しかしいつもは丸太を運ぶように荒っぽく担ぎ上げていくくせに、今日だけはやけに丁寧に扱っている。
体は華奢な女だからか、マルコのエースに対する態度はいつになく紳士的だ。むしろ「オレの女だけど何か?」と言われているようで、クルーたちはあっさりと敗北を認めた。
「面倒起こさねェうちに、寝かしちまうよい」
そう言って、マルコはエースを連れて食堂を出て行った。
そこに待ち構えていたのは、あの悪魔ふたり。
「ちょっとマルコ隊長〜? みんなを差し置いてお持ち帰りかよ」
「何言ってんだよい。さっさと寝かさねェと、また騒ぎ出すだろい」
「乙女の覚悟を無駄にしちゃいけねえなあ」
「はァ? 乙女? 見た目は女でも、中身はエースのまんまだよい」
「あー、これだから真面目なおっさんは嫌だね〜」
訝しげな表情のマルコに、サッチはそっと耳打ちする。
「エースちゃんはよォ、お前になら抱かれてもいいって言ってたんだよ」
マルコの額に青スジが走る。
「……ふざけたこと言ってんじゃねェよい!」
「まあまあ、確かにこれはエースだ。でも、今は女でもある。この身をお前に捧げてぇと言ってる女の気持ちを踏みにじるのは、男として最低だよなあ……」
イゾウがしなをつくり、訴えかけるように上目遣いでマルコを見る。
ぐっ、と息を飲み、ギロリと一瞥をくれてから、マルコはふたりに背中を向けた。
「据え膳食わぬは男の恥!!」
追い討ちをかけるようにサッチが叫ぶと、マルコの後頭部にまた青スジが入るのが見えた。
「お前は不死鳥なんかじゃねえ! ただのチキン野郎だ!」
すると、マルコの背中からぶわっと青白い炎が上がり、
「……誰がチキンだってよい……?」
と、小さな声でつぶやくと、急に足音を荒げて去っていった。
サッチとイゾウはハイタッチをして、悪魔の顔でニヤリと笑った。
「さすがイゾウ、うまく焚き付けたなあ〜」
「まあ、長い付き合いだからな。あいつの煽り方なんざ、とっくに心得てるさ」
「さて、後は明日あのふたりがどんなツラ下げてやって来るか……楽しみだ! ひゃっほーう!」
その夜、船の甲板では宴会が開かれた。その宴は賑やかで、船内の他の音などかき消してしまうほど騒々しく、夜更けまで続くことになるわけだが……。
とりあえず、エースを自分のベッドに横たえると、マルコは腕組みをして少女を見下ろし、うーんと唸った。
「……困ったことになっちまったよい」
サッチとイゾウの挑発にまんまと引っかかったと気づいたのは、部屋に入る直前だった。しかし後悔先に立たず、マルコは必死に頭を働かせ、あの悪魔二人を何とか出し抜けないだろうかと策を練っていた。
……明日の朝、あいつら待ちかまえて聞いてくるに違いねェよい……それで何もなかったと言おうもんなら……?
勝ち誇ったサッチと、冷笑するイゾウの顔が浮かび、マルコは再び額に青スジを立てた。
……チキン野郎とはぜってェ言わせねェ……!
「んん……」
エースが寝返りを打つと、マルコは急に動悸が速くなるのを感じた。無防備にこちらに向けられた背中のラインは柔らかで、白い肌が薄暗い部屋の中に浮き上がっているのがわかる。
体を屈め、改めてじっくりと観察すると、確かに黒いくせっ毛や顔のそばかすはエースの面影があったが、長いまつ毛とか、ぷるんとした唇、ハリのある肌はやはり女だった。
ほんのりと体の奥が欲情する。
「……エースだと思わなきゃいいのか」
自分に言い聞かせるようにあえて言葉に出し、マルコは目の前にいる少女の髪をそっと撫でてやった。
……まァ、実際のところ、最近は女っ気もねェし? 鴨がネギ背負ってやって来たんなら、おいしくいただいてもバチは当たらねェだろうよい……
そこで突然エースが目を覚まし、一瞬きょとんとしてから何かに弾かれたように飛び起きた。
「えっ……? ここは……あの、あれ……オレは?」
ベッドの上に寝かされ、マルコに顔を覗き込まれている状況は、考えるに一つしかないことはわかっているのだが。
「よし、やるか」
表情ひとつ変えずにマルコがおもむろにシャツを脱いだのを見て、エースは慌ててベッドの隅に逃げる。
「ちょちょちょ……! ちょっと待った! こ、これはどういう展開?」
「どういうって……おめェがオレとヤリてェって言ったんだろい」
ランタンの光の中、マルコの体には筋肉の隆起に合わせてきれいな影が入っていた。そして胸の真ん中にくっきりと刻み込まれたタトゥー。
エースの心臓はすでにバクバクと脈打ち、部屋中にその音が響いているように聞こえる。
「そ、それで、マルコはいいのかよ……?」
「はァ?」
……いいも何も、てめェが変なこと言ったせいでこんな状況になってんだろうよい!
マルコは片方の眉をつり上げて、心の中で毒づいた。
怯えきった小動物のような少女を前に、ハーッと大きなため息をついて、マルコは首を鳴らしてから何かを吹っ切ったように言った。
「何か名前考えろよい」
「は? 名前」
「ヤッてる時にエースって呼びたくねェ……萎える」
「マジで……」
……マジでやんのかああああ!? つか、すっげえやる気満々じゃねえ? オレが眠っている間に一体何が起こったんだよ?
あんぐりと口を開けたまま、エースはその後の言葉が続かなかった。
「早く決めろよい」
そう言って、マルコはベッドに腰かけ、エースに手招きをする。
おずおずと近づいていき、その隣に正座の状態で座ると、上半身だけでもかなりの体格差があることを実感する。
「……オレ、女だったら“アン”って名前だったらしい……昔クソジジイが言ってた」
「アン、ねェ……」
そこでマルコは言葉を止めてじっとエースを見つめ、大きな手で黒髪をくしゃりと撫でた。
「……アン」
呼ばれた瞬間、エースの体が燃えるように熱くなるのがわかった。能力など発動していないのに。
「えと、ホント、マジで……オレまだ心の準備が……!」
「ったく、うるせェよい」
マルコは少しイラついた声でそう言うと、女では到底適わない強い力でエースを抱き寄せた。
「黙ってりゃ……かわいいんだからよい」
右手で体を抱え、左手でエースの顎をがっちり掴むと、マルコは荒っぽくその唇に吸い付いた。
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