しあわせなにんぎょひめ 4
SANJI×NAMI Parody
「なんだよー、ナミのケチー!」
畑の番のルフィは頬をふくらませてナミを睨みました。ナミはかごの中のみかんを守りながら舌を出しました。
あんたが毎朝、みかんを届けるときに何個かこっそり拝借してるのは知ってるんだからね?
ナミがルフィを指さしてそう言うと、ルフィもその口の動きで大体の意味はわかりました。
すねるルフィを見て、ナミはかごからひとつだけみかんを取って、その頭の上に置きました。
「ナミが手入れをするようになってから、みかんの収穫量が増えたな!」
チョッパーが嬉しそうにそう言ったので、ナミも満足そうにうなづきました。
ナミがこのみかん畑を任されてから、みかんの収穫量はもとより、みかんの質もよくなり、市場では以前の2倍の価格で売れるようになりました。
「ナミはすごいなー。最初は文字も読めなかったのにな」
「オレなんて未だに読めねえけどな!」
ルフィがしししっ、と笑ったのを見て、ナミとチョッパーもつられて笑いました。
ナミとルフィとチョッパー。この三人が仲良くなるまでにそう時間はかかりませんでした。
「ナミさん、驚かないでくれよ?」
そう言ってサンジはルフィとチョッパーのいる畑の見張り小屋の扉を開けました。
ナミはよく意味がわからないまま、開けられた扉の向こうにいた二人と目が合いました。
二人、という表現も適当ではなかったのですが。
一瞬で、三人は自分たちが「仲間」だということを知りました。
「お! 仲間だ!」
「サ、サンジ! 西側の畑の害虫なんだけど!」
思わずそう言ったルフィをチョッパーが制止しました。
ナミは目を見開いて、少し震えながら二人を見ていました。
仲間……私と同じ……
「怖がらないで、ナミさん。こいつらは危険じゃない」
ナミの肩をぎゅっと抱いて、サンジは諭すように囁きます。
「世の中には不思議なことがいっぱいあるんだ。それを受け入れられるかどうかは意識の問題だ。世界は人間だけで成り立っているわけじゃない」
「お! いいこと言うなー、サンジ!」
長いしっぽを振りながら、ルフィは口いっぱいに木の実をほおばっていました。
ルフィは、進化の途中で人間になりきれなかったサルの種族です。見た目はほとんど人間ですが、しっぽだけがしっかりと残っています。身軽な動きはサルの性質がそのまま引き継がれているようです。
チョッパーは、ナミと同じように人間になる薬を飲んだトナカイです。
見た目はトナカイのままですが、体が変形して人間と同じように2足歩行ができ、会話もできます。
いつどこでそうなったのか、チョッパーもよく覚えていないと言うのですが、きっとどこかで舐めた液体がナミの飲んだような人間になる薬だったんだろうと言いました。人間になりきれなかったのは、薬の量が足りなかったのかもしれません。
「自分たちと少しでも毛色の違うものはすぐに排除しようとする。愚かなことだ。それでは国は発展しない。もっと柔軟に、外のものを受け入れていかなければ、いずれこの国は……」
そこまで言ったところでサンジははっとして、自分をじっと見つめるナミの頬に口づけをしてから、高ぶった気持ちを抑えようと小屋を出ていきました。
「お前、人間じゃないだろう?」
「だから仲間だって言っただろー」
突然小屋を出ていったサンジの行動に首をかしげていたナミに、チョッパーが声をかけました。間髪入れずにルフィも言いました。
静かにうなづいたナミを見て、ルフィもチョッパーもサンジがそのことを知らないということを理解しました。
「チョッパーはああ見えて医学の心得がある。ルフィだって畑の侵入者をすぐに捕らえる俊敏さと力を持っている。人間じゃないからなんて理由にはいったい何の意味があるんだろう」
いつものように愛し合った後、ナミをしっかりと抱きしめてサンジが話し始めました。
「ナミさん、人間は自らを高尚な生き物だと思い込んでいる。先人の作り上げた豊かな暮らしにどっかりと腰をおろして安穏としている。そこから生まれるものは何だと思う?」
ナミの表情を見るでもなく、サンジは話し続けます。
「傲慢と差別だ。富や名声に心を奪われて、持たざるものを見下すんだ。この国はなんだ? 国じゅうの金と農作物が首都に集まり、王室や貴族の私腹を肥やす。本来その豊かさを享受できるはずの平民たちは奪われるばかり……」
どうしたの? どうしてそんな悲しい顔をするの?
唇を噛みしめるサンジの髪を、ナミはそっと撫でてあげました。サンジは悲しげな表情のまま少し笑いました。
「はは……何だか話がずれちまった。オレが言いたかったのはね、身分とか差別とか、人間だとか人間じゃないとか、そんなくだらねえ価値観なんていらないってことだよ……わかってくれるかい?」
ナミは何度も何度もうなづきました。サンジの目をしっかりと見て、何度も。
サンジはナミにそっと口づけました。唇が離れても、おでこをくっつけたままで、サンジはまた話し始めるのでした。
「オレは、いずれこの国を捨てるよ、ナミさん」
第一王子のサンジには、王位継承権がありません。正妃の息子の第三王子が次期国王となります。
サンジは、国王ゼフの側室の子供でした。平民出身ということもあり、サンジの母親とサンジは王室の中でも随分と差別を受けてきました。
サンジは、ゼフの血を引いた子でもありませんでした。
現国王ゼフがまだ皇太子であったころ、ゼフは国王代理として積極的に他国との友好を深めていました。
ある時、ゼフの船が嵐に遭い、難破してしまいました。何とか泳いで岸までたどり着いたものの、力尽きてしまったゼフをある若夫婦が助けました。夫婦の看病の甲斐あって、瀕死のゼフは一命を取り留めました。
ゼフはこのとき片足を失ってしまいましたが、夫婦に大変感謝し、国へ戻ってからも交流を続けました。
ほそぼそと定食屋を営んでいた夫婦は、折りに触れてゼフに呼び出され、船旅の給仕として働き、多大な報酬を受けていました。
しかし、若夫婦の夫は突然病に倒れ、あっと言う間に帰らぬ人となってしまったのです。
嘆き悲しむ妻のお腹に新しい命が宿っているとわかったのは、そのすぐ後のことでした。ゼフは迷うことなく、彼女を自分の側室として城へ迎え入れることを決意しました。
サンジが大きくなるにつれて、死んだ父親にそっくりになっていきました。かつて若夫婦と船旅を共にした人々はこれに気づき、サンジがゼフの子ではないということは王室の暗黙の了解となりました。
「サンジ……お前が私の血を引いていないということは、すでに承知であろう」
サンジの母が亡くなったとき、ゼフはサンジに言いました。サンジは静かにうなづきます。
「それでも私はお前を自分の子として、他の王子たちと同様に扱ってきたつもりだ」
サンジはうなづきました。しかし、本当は、差別を受けて辛い思いをしている自分たちを、特に母親を見て見ぬ振りをしてきたゼフを冷酷な人間だと思っていました。
所詮、同情で引き取っただけの側室。そしてその息子。ゼフが自分をそのようにしか見ていないということを、サンジは嫌というほど痛感していました。しかし、恩義に報いるためには、この国に忠誠を誓わなければならないのだと、いつかこの国のために身を捧げなければならないのだと、そう思っていました。
「私が死んだら、お前はその立場を追われることになるだろう。本来、お前には王室にいる資格がないのだから……」
表情を変えずにゼフは言いました。サンジは、ぐっと手を握りしめてうつむきました。
「お前は何がしたい? サンジ」
サンジが見上げたゼフは、とても穏やかな顔で笑っていました。
「私は……オ、オレはっ……!」
大きく息を吸って、サンジはありったけの声を出して言いました。
「オレは貧富の差も、身分の差別もなにもない国を作りたい! 人々が平等に、毎日笑顔で暮らせる国を……!」
語尾が部屋の中にしばらく響いた後、沈黙が流れました。
この国を批判したわけではない、でも、あきらかにこの国が抱える問題をサンジはゼフに伝えたようなものでした。
それを言った後に、もしかしたら、自分が正式な王室の人間だったら、こんなことは考えなかったのかもしれない、と、自分が恵まれた立場にいたら、虐げられる人の気持ちなんて考えることがなかったかもしれない、とサンジはそう思いました。
「ならば、作るがいい。お前の理想とする国を」
サンジが顔を上げると、ゼフはすでに厳しい目をして遠くを見ていました。
「お前は平民の子だ。王室の人間ではない」
サンジは初めてゼフを睨みました。それでもゼフは微動だにせず遠くを見ています。
「だからお前には自由がある」
ゼフの言葉に、サンジは一瞬戸惑いました。ただじっと次の言葉を待ちました。
「お前は王室のしきたりに縛られる必要もない。もちろん、この国にもだ。このままじっと王室にとどまって、いつか同盟関係を結ぶためにどこかの国へ送られる。そして感情のともなわない婚姻を強いられる。ともすれば隊を率いて戦争の指揮をとることになるやもしれぬ。それではお前の信念は貫けまい」
それではどうしろと?
サンジがそう問いかけようとしたとき、ゼフはもう一度サンジの目をしっかりと見て言いました。
「時期が来たら、この国を出ろ、サンジ」
「国を……捨てろと?」
サンジの体が震え始めました。国を捨てるなんて、これまで考えたことがなかったのです。
ゼフは静かにうなづいて、義足をコツコツと鳴らしました。
「私も昔はお前のような信念があった。だからいろんな国を旅して、見聞を広げようとしていた。新しい知識を取り入れ、誰もが平等に暮らせる理想の国を作るために。しかし見ての通り、私にはもう昔のような自由はない。そしてこの国はどんどん保守的になっている。誰も新しきに目を向けないからだ。わかるか?」
サンジはゼフの目を見てうなづきました。二人の間に共通した思いがあることを確信したのです。
この国は、いずれ滅びる、と。
「さあ、サンジ。お前には今何が必要か考えろ。そして時間を無駄にするな。お前が王室にいる間にできうることをすべてやれ。そして、出て行け」
「あ、ありがとうございます……!」
サンジは涙を流しながら、初めてゼフに頭を下げました。部屋を出るときに、一度だけ振り返ると、ゼフはいつもと変わらず国王の威厳を持って言いました。
「私はただ、私の命を救ってくれたお前の両親に恩返しがしたい。それだけだ」
サンジはもう一度、深く深く頭を下げました。
「……あの畑では、どんな気候にでも耐えうる作物の栽培の研究をしているんだ。成功したものから種を採取して保管していく。いつか移り住んだ新しい土地で再び栽培するためにね。そのためにオレはあちこちの国を訪ねて、いろんな作物の種を集めて来てるんだ。ついでに調理法も学んでくる。……ナミさんに出会ったのも、ちょうどある国から帰ってくる船旅の途中だったんだよ?」
嬉しそうに語るサンジに、ナミは涙を流しながら抱きつきました。
「泣かないでナミさん。これは悲しいことじゃない。むしろすばらしいことなんだ。それとも、王子じゃなくなってしまったオレにはもう振り向いてもくれないかい?」
ナミはぶんぶんと首を横に振ってサンジに口づけます。
あなたが王子様でも、そうでもなくても関係ない!
私はあなたと一緒にいられれば、それだけで幸せなの
「……オレに、ついてきてくれる?」
にっこりと笑ったサンジに、ナミは何度も何度もうなづいて、ぎゅっと抱きつきました。
どこへでも、どこまででもついていくわ!
サンジも、ナミを抱き返してその髪に顔をうずめました。
「これから船大工を集めて、船を造るんだ。船が完成したら、この国を出る。そして、まだ誰も住んでいない小さな島を見つけるんだ」
船を?
「ルフィとチョッパーも一緒に連れて行く。誰もがのびのびと暮らせるそんな場所を、オレは見つけるんだ」
ナミはそっとサンジの手を取って、その手の平を指でなぞりました。
「……”しあわせ”?」
サンジが驚いてナミを見ると、ナミは少し照れながら笑いました。
チョッパーに少しずつ習い始めた文字を、初めてサンジに見せたのです。まだまだ伝えたいことはいっぱいありましたが、今ナミが言える言葉はこれが精一杯でした。
サンジもナミの手をなぞります。
”オレも、しあわせ”
二人はしっかりと抱き合って、そして何度も何度も愛し合いました。
「それで航海術の本なんか読み始めたのか!」
チョッパーが嬉しそうに言うと、ナミもにっこりと笑ってうなづきました。
サンジがこの国を出るときに乗る船。その船の航海士になろうと、ナミは決意しました。
少しでもサンジの役に立ちたい、その思いだけでナミは文字を覚え、いろんな本を読み始めました。
自分なら、海のことはよくわかる。海の中に生きていたのだから。だから、航海士は自分にこそふさわしいんだと、ナミはそう思いました。
”あのね、チョッパー”
「なんだ?」
”王子様が見つける新しい島に、私の海の友達も連れて行くわ。それでね、私は昔人魚だったのよ、って彼に伝えるの”
「そうか! スゲーッ!」
”だからね?”
「ん? 何だ?」
”……この手紙を、海にいる私の友達に会って、読んであげて欲しいの”
そう文字に書いてから、ナミは一通の手紙をチョッパーに差し出しました。
「東の海岸でこいつらの名前を呼べばいいんだな? ウソップ、ゾロ、ノジコ……」
「いいなー、オレも行きてえなー」
大切に手紙を懐にしまうチョッパーを見て、ルフィがつまらなさそうに口を尖らせていました。
あんたは文字が読めないでしょ?
目でそう言いながら、ナミはルフィの額を指でつつきました。
砂煙をあげて駆け出すチョッパーを、ナミとルフィは手を振って見送りました。
「気をつけろよーっ!」
ウソップ、ゾロ、ノジコ
元気ですか? 私は元気です。
王子様は私をとても大切にしてくれます。何の不安もありません。
みんなは、私の声が出ないことを心配しているでしょうけど、もう大丈夫。
私は文字の読み書きができるようになりました。だからこうやってみんなに手紙を書くこともできます。
みんなに伝えたいことがあります。
私は近い将来、王子様と一緒に国を出ます。
新しい島を見つけて、誰もが平等に、幸せに暮らせる国を作るのです。
人間も、人間じゃないものも、みんなが一緒に暮らせるような国を。
私は人間になってしまったけど、いつか王子様に私が人魚だったということを伝えようと思います。
そして、みんなを呼んで、新しい島に連れて行きたいと思っています。
ウソップ、ゾロ、ノジコ
一緒に行こう? みんなでまた楽しく暮らそう。
私が船を指揮するから、そうしたら一緒についてきて。
絶対に迎えに行くから。待っててね!
ロビンにもありがとうと伝えてください。
声を失っても私は十分に幸せです。人間になれてよかった!
私は今、とても幸せです。
ナミ
zono 2004.1.28
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