top

about

novel

diary

link

index

z*1/2


Still 〜出港までの時間〜 1

SANJI×NAMI


オレの通っている大学には、超有名なゆうれいがいる。


入学して初めてそれを知った。そもそも、この大学自体全く興味なんてなかったんだ。
頑張って頑張ってひたすら受験勉強して、そのあげく受験日当日に40度近い熱を出した。
もちろん、希望の大学は不合格。まだ後期があるさ、と安心していたらこれまた受験当日に電車の中で眠りこけて、受験会場に着いたのは試験開始から40分が過ぎた頃だった。やっぱり不合格だった。

唯一、滑り止めと試験慣れのために受けたこの大学。行く気なんてなかった。
ただ、2度の不運で本命から見放されたオレは、相当打ちひしがれていたこともあって、もう1年頑張る気力なんて持ち合わせていなかった。これでまた来年熱を出したり、寝過ごしたりしたら、なんて考えると、わざわざもう1年努力しても意味がねえだろうって。

そう、オレは運の悪い男なんだよ。ついてないんだ。
生命線だって短いし。どうせ長生きもできねえよ。そういう星のもとに生まれたんだ。

そんな感じで、イジケきってこの大学に入ることに決めた。
せっかくだから、今まで勉強に明け暮れた分、大学に入ったら遊びまくってやる。そんなことを考えていた。

実際、入ってみるとなかなかどうして、大学生活は楽しい。
友達はいいやつばっかで毎日つるんでバカやってるし、かわいい女の子もいっぱいいるし。
ちょっと声かけてデートして……まあイイコトもして。
そんな感じで、オレの生活は一転して華やかになった。

もしかしたら、最初からこうなる運命だったのかもな、オレ。
それなら高校ん時、もっと遊んでおけばよかった。好きだったあの子にも告白すりゃよかったぜ。

話を戻して、そのゆうれいってのは「誰にでも見える」ゆうれいなんだ。
誰にでも見えるってことはだぜ? 相当念が強いってことだ。この世にすっげえ心残りがあるんだろうか。

「今日もいるな」

友達がそう言ったので、目をやると、確かにいつもの場所にいつものように彼女は立っていた。
大学の正門を通り、大きな時計台のある講堂の真正面は噴水のある庭園になっている。
その隅にある街灯の下に、彼女はいつもいるんだ。
天気のいい日に、そばのベンチでくつろく学生も、ときどきちらちらと彼女の方を見る。
街灯の下には小さな花束だったり、缶ジュースがよく置かれていた。でも何故かみかんが供えてあることが多かった。彼女の髪の色がみんなにみかんを思い出させるのかもしれない。

彼女はとびきりかわいいゆうれいだった。

眩しいくらいのオレンジ色の髪に大きな瞳。抜群のスタイル。
短いスカートからスラリと伸びた足はちゃんと地についている。あまりのリアルさに、生身の人間なんじゃねえかって思ってしまう。
でも、やっぱり彼女は透けていた。向こう側の花壇の花が色鮮やかに咲いているのが見える。
彼女は何かを恨むような表情なんてしていない。むしろ無表情のまま、遠くの方を見て立っている。
ときどき、つま先立ちで背伸びをして遠くを見ている。

「あれは誰かを待ってるんだよ」
「誰か?」
視線の隅に彼女の姿をとらえながら、オレたちは次の授業に向かう。
「お前、あの授業取ってねーの?」
「あの授業?」
「この大学に入ったら、みんな取るんだぜ?」
「なんだよ?」
「学部が違ってもモグリで聞きにくるやつばっかだから、いつも席取りが大変なんだ」
「だから何の」
今度一緒に行こうぜ、とそいつは言った。オレは視界から彼女が消える前に一度だけ振り返って見た。

目が、合ったような気がした。


「みなさん、今日は午後から雨が降りますよ」

そう言って、静かに話し始めた教授は、70をとうに越えているだろう、白髪の老人だった。常に笑みをたたえた口元になぜか安堵を覚えた。
「さきほど、彼女が姿を消しましたからね。彼女は雨が降る前にそれを察知して消えてしまうんです」
もう何十年も彼女を見続けているうちに、その法則性に気づいたという。
教授はもともとこの大学の学生だった。誰もが彼女を気味悪いと言って近づかなかったのに、彼だけは彼女のすぐそばまで行って、じっと彼女を見つめていたらしい。
彼女が害のないゆうれいだとわかると、次に彼はなぜ彼女は待っているのか、何を、何のために、いつまで待ち続けるのかが気になり始めた。そして彼は大学に残ることを決めた。彼女を見守り、そして彼女についてあらゆることを調べた。

「このあたりは昔、海だったそうです。地盤隆起などでじょじょに海が遠ざかっていきましたが、数百年前まではここは随分とにぎやかな港町でした」

彼女は港で待っている。

「海を見つめて、彼女はずっと待っているのです」

何を?

「恋人が船に乗って帰ってくるのを待っているとか?」
学生の一人がそう言うと、教授はにっこりと笑って「そうかもしれませんね」と言った。
「いや、むしろ自分が乗るべき船が来るのを待っているんじゃないかな?」
また別の学生が言った。すると教授はゆっくりと首を横に振った。

「船はもう来ているんですよ。ただ、まだ出港はできないんです」

「じゃあやっぱり恋人だよ」
みんな想像を膨らませ、ざわざわと教室がざわめき出す。オレは首を鳴らしてから友達に耳打ちをした。
「こんなん聞いてて楽しいか?」
オレは立ち上がって、長机と学生の膝の狭い間を抜けて教室を出た。そもそも「文学史概論」なんて授業、理系のオレにはかすりもしねえ内容だ。いくら彼女の話が聞けるからといっても、ひとコマずっとなわけでもねえし。時間がもったいねえよ。
扉が完全に閉まる前に、また教授が何か話し始めたようだった。

「でも、出港の時は近いような気がするんです。なんといいますか……最近の彼女は何かそわそわしているように見えるのです。みなさんにはわからないと思いますが、長年彼女を見続けてきた私には何となくそんな風に見える」

「くだらねえな」
そうつぶやいて長い回廊を歩いていくと、木造の屋根にパラパラと音が落ちてきた。
見上げるとねずみ色の空から小さい雨粒が落ちてくる。
「マジかよ……」
一瞬、背筋がゾクっとした。
……まあ、確率の問題だ。何十年もの統計でいけば、彼女が消えた後に雨が降ることが多くても不思議じゃねえ。
「ぐーぜんだ、偶然」
自分にそう言い聞かせて、外に出た。雨足は強くなってきている。
「こりゃ本降りになるな」
羽織っていたパーカーを脱いで、頭にかけて走りだそうとしたけど、思わずその一歩目を無理矢理踏みとどめてしまった。

雨の中、彼女は立っていた。

容赦なく体を突き抜けていく雨に気づく様子もなく、立っていた。

そしてやっぱり、目が合ったような気がした。

あまりいい気がしなくて、オレはパーカーで顔を隠しながら彼女の前を通った。そっと盗み見ると、彼女は肩を両手で抱えて、震えるようにうつむいていた。

「……寒い……?」

まさか。ゆうれいだぜ?

さっき出し損ねた一歩を踏み出して、オレはダッシュでその場を走り抜ける。

だいたい、何百年も待っていて気づかねえのかって。

待ち人、来たらず、だ。

ゼーゼー言うくらいに変な走り方をして、正門の前までたどり着くと、オレはもう一度だけ振り返って彼女の姿を確かめようとした。教授の天気予報なんてまったく根拠がねえよな、なんて思いながら。

彼女は、いなかった。

そもそも、真っ昼間から堂々と現れるゆうれいなんてどう思う?
誰か彼女に教えてやってくれよ。

いくら待っても、そいつは来ないんだって。



NEXT