Still 〜出港までの時間〜 2
SANJI×NAMI
「サンジィー、金出すからメシ作ってくれよー」
授業が終わると、いつも一緒にバカやってる仲間たちが集まってきた。
オレん家は父子家庭で、オヤジはレストランを経営している。コックなんてのは自宅じゃ料理なんてしねえから、必然的にオレがするハメになって。だから料理はかなり得意な方だ。オヤジを見ていると、コックになろうなんて思いもしねえけどな。
まあ、それはそれで、料理は楽しい。特にこんな飢えたヤローどもが大勢そろうと、満足させてやらにゃあ、なんてサービス精神が働いてしまう。
「来るときは酒持って来いよ?」
そう言って酒調達班と食材買いだし班に分かれてゾロゾロと歩き出す。そして今日も彼女は立っている。
「ねえ、君! 一緒にメシどお? サンジのメシはうまいよー」
友達のひとりが冗談でそんなことを叫んだ。くるり、と振り返って大きな目がオレをとらえる。
「おい、やめろよ」
オレがなだめても、そいつは彼女に手を振っている。
「ついてきたらどーすんだよ」
じっとこっちを見ている彼女が怖くなって、オレはそいつの肩を掴んだ。
「へーきへーき。彼女はいつも遠くしか見てねえからよ」
遠く?
そこにいる彼女は確かにオレを見ている。
「そういや、教授が昔彼女に笑いかけてもらったことがあるって言ってたっけなぁ」
そう言って、友達は笑った。何十年も見てりゃ、ゆうれいにだって覚えられるわな、なんて冗談を言いながら。
「いつまでいるんだよ、あのゆうれい」
すべて空っぽになった大皿を洗いながらオレはキッチンから背中越しに言った。部屋ではヤローどもがへべれけに酔って大騒ぎしている。
「いつって、そりゃあ恋人が現れるまでだろー?」
「来ねえよ」
「何でそう夢のないことを言うかな、お前はー」
「夢とかそんなんじゃなくて」
その後の言葉を飲み込んだ。
……かわいそうじゃねえかよ。
何百年もああして、ずっと待ち続けているなんて。
「恋人はもうとっくに成仏してるかもしれねえじゃん」
振り返ってそう言うと、ヤローどもは歓声を上げた。
「そうだな、じゃあ誰か彼女にそれを伝えろ!」
「お前が行け」
「てめーが行けよ」
そしてまた大騒ぎになって、誰が彼女にそれを伝えにいくかを決めるため、夜を徹しての大ウノ大会が開催された。
朝早い時間の大学は、しんと静まりかえって、普段のせわしなさが嘘のように済んだ空気が流れている。
朝陽が世界を明るく染めていくその中に、少しずつ彼女の姿も浮かび上がってくる。
彼女は夜には現れないゆうれいなんだ。
「夜に船は来ないからな」
教授の受け売りで、友達がうなづきながらそう教えてくれたことがあったな。
まだ人気のない大学で、それでも彼女はいつもの場所でいつものように立っている。
その気が遠くなりそうな時間の長さを思うと、オレの胸は苦しくなるんだ。
早く、彼女を楽にしてやりたい。
「こえーよぅ」
みんなに背中を押されてびびりながらそいつは彼女に近づいていった。
ゲームでは負け知らずのオレは、早々に勝ち越して、果たして誰が伝達員の大役を任されるのか、ドキドキしながらも何故かホッとして、ウノの行方を見守っていたんだ。
「あ、あの……」
そいつが話しかけると、彼女はくるりとこっちを向いた。
また、目が合う。大きな目に吸い込まれそうになって、足に力を入れた。
「無視されてるな」
固唾を呑んでその様子を見守っていた友達は、全員肩を寄せ合っていた。
オレは、彼女から目をそらすことができずにいた。
「あのですね? いくら待っても……彼は来ませんよ?」
そう言ったやいなや、そいつは猛ダッシュでこっちに逃げ帰ってきた。固まったヤローたちの中に突進してきて、全員が抱き合うようにして彼女の様子をうかがう。
彼女は、オレから目を離すことなく、言われた言葉を何度も頭の中で反芻しているかのように、じっと動かなかった。
「……完全無視だな。こっちを見ようともしねえ」
「え?」
やつらがホーッと胸をなで下ろして、「あー怖かった」などと言い合っている。
「おい、何言ってんだ?」
彼女はずっとこっちを見ているじゃねえか。
唇をぎゅっと噛みしめて、震える手を握って。
泣きそうな目でオレを見ているんだ。
「ああー、緊張しすぎたせいで、頭が痛くなってきたぜ」
彼女に話しかけたやつが頭を抑えて「さすがに飲み過ぎたな」と言って先に帰っていった。
「オレらも帰って寝るとするか」
三々五々、酒臭い男達が帰っていく。オレもなんとか彼女から目をそらして、後についていく。
「やっぱりよ、ずっと待ち続けるんだよ、彼女は」
誰かがそう言った。
「もう、何を待っているのかすらわからなくなってんじゃねえの?」
他の誰かがそう言った。
「……何とかしてやりてえな」
オレは思わずそうつぶやいた。すると一人が驚いた顔で振り返った。
「何だよお前? くだらねえって言ってたくせによー」
「そうだけど……」
辛いんだ。彼女を見てるのが。
何もできねえことが苦しいんだ。
そうしようと思わなくてもやはりオレは最後にもう一度振り返ってしまった。
その瞬間、心臓がぎゅうっと掴まれるような痛みを感じた。
彼女は、両手で顔を覆って泣いていたんだ。
肩を何度も揺らして、泣いていたんだよ。
「……聞こえてたんだ」
ついに座り込んで泣きだした彼女を、オレはこれ以上見ていることができなかった。
どうやったら彼女を救ってあげられるんだろう?
いつになったらそいつはやってくるんだよ?
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