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Still 〜出港までの時間〜 3

SANJI×NAMI


「霊感とか、ある?」

布団の中でけだるそうに目を開けた女の子にオレは聞いてみた。
「ぜんっぜん!」
自慢げにそう言って、彼女は裸のままむくりと起きあがって、脱ぎ散らかした衣服を集め始めた。
オレはぼんやりとタバコをくわえて、その様子を眺めていた。
「でも、あの子は見えるわ」
「あれはみんな見えてるよ」
「そうね」
身なりをきちんと整えると、彼女は冷蔵庫からお茶のペットボトルを取りだして、ごくごくと飲んだ。
「かわいそうだよな」
「そうね」
さらっと彼女は言った。そのあまりにも感情の伴わない言い方に、オレは少し悲しくなった。

いや、むしろそれが普通なのかもしれねえな。
大学に居ついたゆうれいがどうなろうと、所詮どうでもいいことなんだ。
みんな4年やそこらで大学を出て、就職とかして、新しい友達にこのおかしなゆうれいの話をしてひとしきり盛り上がったら、少しずつ、少しずつ彼女のことを忘れていくんだろう。

「でもね、ゆうれいが感じている1日の長さは人間の1年なんだって」
「1年?」
「そう、1年。だから彼女が何百年も何かを待っているように見えるのも、彼女にしてみればたいした時間じゃないの。教授が言ってたわ」
「……また教授かよ」
「ま、どうでもいいけどね! 自分の人生の方が大事よ」
またさらりとそう言って、彼女は靴を慣らしながら玄関のドアを開けた。
「ノート、ありがとう。これで単位は落とさずに済みそうだ」
オレがそう言うと、彼女はひらひらと手を振って、鼻歌を唄いながら出ていった。

「……1年か」

1年で1日。365年で1年。

一体何百年前から彼女があそこにいるのかはわからねえが、1000年を越えないとすれば、彼女にしてみれば3年にもならない時間なのかもしれない。

それでも3年は長いぜ。

「……どうでもいいか」
そう自分に言い聞かせるようにして、オレも冷蔵庫からポカリスエットの缶を取りだして一気に飲み干した。

オレもいつか彼女のことなんて忘れてしまうんだ。それでいいんだ。


あの日以来、オレは彼女と目を合わせないようにしていた。

いや、やはり一度が目が合う。だけどオレはそれっきり彼女から顔を背けて、足早にその場を立ち去る。ひとりでは絶対にあの場所は通らない。

でも、

目が合ったその一瞬でほころぶ彼女の笑顔は、オレの胸を否応なく締めつける。


「みなさん、最初のころは興味津々なんです。でも、そのうちどうでもよくなる。彼女はそういうものだ、と割り切ってしまうんです」

すでにドロップアウトした友人に代わって、オレは毎週教授の話を聞きに行く。教授の声のトーンが作り出す穏やかな雰囲気が好きになっていた。ここにくれば、何となく居心地がよかった。

「まあ、どちらにしろ彼女にはみなさんのことなんて気にしていませんから」

人間がゆうれいを見えないと言うのなら普通だが、ゆうれいが人間に気づかないなんて滑稽な話だ、と思いながらオレは長机につっぷしたまま話を聞く。

「彼女は、もうすぐいなくなると思います」

その言葉を聞いて、思わずガバッと顔を上げてしまった。教授はオレを見て微笑むと、両手を組んで満足そうに言った。

「彼女は少しずつ薄くなっています。みなさん、気づいていましたか?」

教室がざわざわとざわめく。全員が顔を見合わせたり、首を横に振ったりしている。
その様子を愛おしそうに眺めながら、教授は続けた。

「それと、私の授業は今日で最後にします」

一瞬教室が静まりかえった。全員が教授の次の言葉を待った。

「私は彼女がいなくなる瞬間を見たくないんですよ。だから、彼女よりも先にここを去りたいのです。試験は行いません。みなさん全員に単位を差し上げます」

緊張が解けた瞬間、また教室がざわめき始めた。教授は最後まで穏やかなままだった。

「彼女の最後は、みなさんが見届けてあげてくださいね」

授業が終わると、教授の周りには学生たちが群がって口々にお礼を言い、教授と握手をして去っていった。オレは席に座ったまま、ぼんやりとその様子を見ていた。

彼女は、もうすぐいなくなるんだ。

それは、彼女の待ち人がやってくるということなんだろうか。

すべての学生が立ち去ると、教授はオレの方を見て微笑みながら会釈をし、教室を出ていこうとした。
「あ、あの、ちょっと……!」
慌てて駆け寄ると、教授はやはり穏やかに「何でしょう?」と聞いた。

「目が、合うんです」
「目が?」
「ええ……彼女と目が合うんです、オレ」
「そうですか」
教授はとても嬉しそうにそう言って、そして小さな声で「よかった」とつぶやいた。
「彼女はオレに何か求めてるんでしょうか?」
そう聞くと、教授は「いいえ」と首を振った。
「あなたは今までどおりに生活をしていればそれでいいんですよ」
それだけ言って教授は教室のドアを開けた。
「あの……彼女はいついなくなるんですか……?」
その背中にすがるように声をかけた。教授は振り返って首を傾げるだけだった。

「お先に」

そう言って出ていった。

帰り道、街灯の下に彼女の姿はなかった。
もう消えてしまったのかもしれないなどと考えながら、ぼんやりと歩いていると、ぽつぽつと雨が降り始めた。

「ああ、そっか……」

雨が降る前に消えちまうんだっけ。

そしていつか、雨が降らなくても彼女は現れなくなるんだ。

立ち止まって、しばらく雨に打たれてみた。

これでいいんだ。これで。

彼女の待ち人がやって来る。そうしたら彼女の船は出港するんだ。

顔を流れていく雨が随分と温かく感じられたけど、それは涙なんかじゃないとオレは自分に言い聞かせていたんだ。



教授が亡くなったと聞いたのはそれからまもなくのことだった。


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