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解凍 13  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



「バツがいい! なあビビ!」

ルフィの一言でみんなの左腕にバツ印をつけた。
「これからは何があっても、これが仲間の印だ!」
そう言って腕をつき合わせ、お互いに、そして自分自身に意思確認をする。
それぞれの目に、強い意志が宿っている。
ルフィ、ゾロ、ウソップ、サンジ君、チョッパー。
そしてビビ。カルーさえも。
その意思を決して揺るがさない決意で、包帯を巻いていく。
もうすぐアラバスタに上陸する。
包帯の巻かれた腕をじっと見つめていると、後ろからウソップ近づいてきた。
「ナミ、もう少しでアレ、できるからな」
「うん、ありがと、ウソップ」
そう言って笑うと、ウソップはなんだか複雑な表情で私を見た。
「……何?」
ばつが悪そうに、ウソップは私から目をそらして言った。
「あのな、ナミ……その、お前……タバコ臭えぞ」
一瞬のうちに真っ赤になった私の顔が、それにすべての答えを与えていた。あわてて自分の腕や服を手ではたいてみても、しっかりと染み込んでいるそれはさらに強く香ってくる。ウソップはそんな私をなだめるように、いいよいいよと手をひらひらさせた。
「お前ら、いつの間に……まあそれはいいけどよ」
それよりも、とウソップは私に向き直って真剣な顔をして言った。
「大丈夫か?」
その言葉がいろんな意味を含んでいるということがわかったけど、私は静かにうなづいて「大丈夫よ」と言った。
「本当にか? ……今朝、お前の叫ぶ声が聞こえたから、ちょっと心配したぞ」
私がびくっとしたのを、ウソップは見逃さなかった。
「あっ、あれは何でもないの。ただびっくりしただけ……」
ウソップはそんな私の言葉をさえぎるように続けた。
「安心しろ、他のやつらはイビキかいて寝てたから。オレはたまたま、お前の武器を作って徹夜してたんだよ」
「そう……」
ほっと息をつくと、ウソップは腕組みをして心配そうに私を見た。
「でもなあ……あいつが夜に男部屋にいなけりゃ、いずれみんな気づくぜ? お前がそれでいいならオレは何も言わねえけどよ」
確かに、誰にも隠す必要はない。必要はないけど、何かがひっかかっている。そっと腕の包帯を見て、その理由のひとつに気づく。

仲間の印、仲間の絆……

それを見透かしたかのように、ウソップは強い口調で言った。
「オイオイ、言っとくが。お前とあいつが特別な関係になったぐらいで、オレたちの仲間の絆が揺るぐなんて考えてるようだったら、そんなの最初から仲間なんかじゃねえからな」
それはまさに図星で、私は恥ずかしくなって目をそらした。
「……ってルフィならきっとそう言うぜ! オレはこの船の副船長だから、船長の考えてることくらいわかってんだぜ」
得意気に鼻をこすりながらウソップは笑った。私もつられて笑う。
「……誰が副船長よ」
ウソップはもう一度鼻をこすると、ちらっと私の後ろを見てうつむき加減に言った。
「まあ……焦んなよ? お前には時間が必要だからな……ほら、ご登場だ」
振り返ると、壁にもたれてタバコをふかしているサンジ君がいた。海を見つめながら、私とウソップの会話が終わるのを待ってくれていた。
「でもな、ナミ……」
「ん?」
何かを言いかけたけど、ウソップは「まあいいや」と、自分で納得してうなづきながら去っていった。
それに気づいたサンジ君が、タバコをくわえたまま微笑んで、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。

「ナミさん、ごめん」
そう言って突然頭を下げた。タバコの煙が大きく曲がって流れていった。
「今朝は……何か冗談が過ぎたっていうか。調子に乗っちまった……こんなときだってのに」
サンジ君は両手を合わせてもう一度ごめんね、と言って上目遣いに私を見た。それはずいぶんと慣れた仕草で、こういうときにそうすればいいというのを体が覚えているみたいに自然だった。タバコを手に取り、大きく煙を吐くと、もう一度海の方を見て、少し遠い目をした。
「今はビビちゃんの国を救うことだけを考えないと、な」
「……うん、そうね」

謝るのは私の方なのに
サンジ君はそれでいいの? 
なぜ、私が叫んだのか、理由を聞かないの?
そうやって優しくしてくれても、結局は何も変わらない

優しくするのは
本音は別のところにあるってことなんじゃない?
優しくするのは
逃げてるってことなんじゃないの?

港が見えてきて、町の喧騒が風に乗って聞こえてきた。
甲板に立つビビの横顔を見たら、もうそんなことを考えてちゃいけないと思った。
もう一度腕の包帯を見て、あと戻りはできないんだと、自分に言い聞かせて。

 

* * *

 

ふと目を覚ますと、外からザクザクと砂を掘る音が聞こえてきた。
あのおじさん、まだ掘ってるのかしら

起き上がって薄暗い部屋の中を見渡すと、ルフィの姿がなかった。ザクザクという音に誘われるようにして部屋を出ると、空には大きな月が浮かんでいた。
「なー、おっさん。出ねェぞ水!!」
月明かりの下、ルフィとおじさんがまだ穴を掘り続けていた。どちらかというとルフィは穴を掘る邪魔をしているみたいだったけど、それでも一所懸命に堀っていた。
岩場に腰掛けて、そんな二人の様子を眺めていた。明るすぎる月の光と、町を覆い尽くす砂が、すべての音を吸い取ってしまったようにあたりは静寂に満ちて、砂を掘る音だけが不気味に空まで響いていた。
ルフィの目はまっすぐで、何の迷いもなく輝いている。

……ルフィはいいな
単純だけど、自分の信念を決して曲げない。絶対に裏切らないし、絶対にウソをつかない。
だから、ルフィの言葉は全部、信頼できるの

砂漠越えの間、ほとんどサンジ君と話さなかった。ビビを気遣って話しかけたり、怒りを露わにしてルフィたちと廃墟を破壊したり、サンジ君の頭の中は本当にビビを救うことで一杯みたいで。
ビビのことを一番に考えなきゃいけないのはわかってるのに、サンジ君のことばかり考えてる。

――――今はビビちゃんの国を救うことだけを考えないと、な

わかってる、わかってるけど
……こんなときにヤキモチなんて
なんでだろう
サンジ君の言葉はどんどん私を不安にさせる

「……ダメダメっ、そんなんじゃ! 今はビビのことだけ、ビビのことだけよ!」
頭を左右に振り、あえて声に出して言ってみる。考え出すとどんどん深みにはまってしまうから、そんな考えを振り払おうとした。
ルフィはまだ穴を掘っていた。騒々しい声を背にして、大きな月に向かって歩いてみた。だんだんと、自分の足音だけが大きくなっていく。

さく、さく……

怖いくらいの静けさに、一瞬身震いがした。ひんやりとした空気の中で、漂ってきたのは、ココナッツの香りのする、タバコの煙
「……サンジ君?」
歩いていくと、建物の影から見慣れた横顔。私の足音に気づくと、サンジ君はゆっくりと顔をこっちに向けた。
「ナミさん? こんなところで何してんの?」
月明かりが強すぎて、サンジ君の顔は光で白くぼやけていた。タバコの煙がときどき私の顔にかかり、さらに視界をさえぎっていく。
「サンジ君こそ、どうしたの?」
サンジ君の問いかけには答えずに、私の方から質問すると、サンジ君は少し首を傾げながら言葉を選んでいた。
「んー……眠れなくてね。なんとなく外に出てきたら月がきれいだったからさ、ビビちゃんの故郷アラバスタの在りし日の姿を想像してた。ここがオアシスだったころは、木々も生い茂って緑のきれいな町だったんだろうね」
「そう……」

……今、私が目の前にいても、やっぱりビビのことなのね。

でも、そんな気持ちを知られたくなくて
「絶対にまた昔の姿に戻れるわ。そうでしょ? この国を救うんでしょ、私たち」
サンジ君はそうだね、と言ってタバコをくわえたまま何も言わずに私を見ていた。その沈黙に耐えられずに、言葉を並べてその場をつなぐ。
「だって、ルフィだっているし……ルフィがいれば絶対に大丈夫よ」
サンジ君は少しだけ微笑んで、ゆっくりと私に近づいてきた。そして、そっと私の両肩に手を置いた。
「……オレだって、いるよ」
そう言って私の頭の上に顔を乗せた。肩と頭、そこだけにあたたかい温度を感じた。あたりの静寂に、月の光がちりちりと音を立てて降り注ぐ。タバコの煙が、いつしか私の体を包み込むように漂っていた。
「リトルガーデンでも、ドラムでも、オレは全然かっこいいところなかったからなぁ……」
その声が、頭からつま先まで振動となって伝わってくる。そしてそっと顔を離すと、私の顔を見てにっと笑った。
「だから今度こそ、いいところ見せるからね! ナミさんがオレにもっと惚れるような大活躍をさ!」
「もっと?」
「そ、もっと!」
嬉しそうに笑うサンジ君の顔を見ていると、こっちまでつられて笑ってしまう。
「……これ以上なんて、無理よ」
目を閉じてつぶやいた。

これ以上好きになったらきっと、胸が破裂してしまいそうだもの
これ以上好きになったらきっと、サンジ君を独り占めにして離さない
私のことだけを見て欲しいなんて思ってしまう
ずっと抱きしめて、キスして欲しいなんて思ってしまう
今は、これ以上なんてないくらいに、サンジ君のことが好きなのに
伝わってないの?
私ばかりが好きで、好きで……。
サンジ君みたいに、他の誰かにも優しくできる余裕なんてないのに
顔を上げると、サンジ君は少し困った顔で笑っていた
また、その顔
そんな顔を見たら
抱きしめてなんて言えなくなる
キスして欲しいなんて言えなくなる
私だけを、なんて……
「もう、寝ようか? 明日はまた砂漠越えだし」
……くやしい
私ばかりが振り回されてるのが、くやしいよ
うつむいて、震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。
「ね?」
もう一度、子供に言い聞かせるように言われて、顔が熱くなった。
……お願いだから、こんな不安な気持ちにさせないで
今、強く抱きしめて
ひとつキスをくれたら
きっと安心できるから
だから……
サンジ君を見上げて、心の中で必死にうったえる
すると、サンジ君は短くなったタバコを砂の上に捨てると
ゆっくりと顔を近づけてきた

キス、して?

目を閉じると、まぶたの上にあたたかい息がかかって、そこに微かな感触があった。それはすぐに消えて外気の温度に戻され、最後にサンジ君の声が遠くで聞こえた。
「……おやすみ」
勢いよく顔を上げて、両手で肩に乗っているサンジ君の手を払い落とした。
「そうね、おやすみ! 寝る!」
ぶっきらぼうにそう言って、背中を向けて大股で歩き始めた。サンジ君が私の名前を呼んだけど、それも砂を蹴散らす音でかき消してしまった。

ざくっ、ざくっ、ざくっ……

……なによ
なんでこういうときに限ってそんなに鈍いのよ
私が今欲しいのは
そんな優しいキスじゃない
もっと熱くて、もっと深いキスが欲しかった
……欲しかったのに

立ち止まって、振り返りざまに叫んだ。
「……バカサンジ!」


* * *

 

「やべえ……怒ってる」
去っていくナミさんの背中を目で追いながら、オレは唇をかんだ。タバコを取り出して、火を点ける。月に向かって吐き出す煙は、風に流れる雲のように見えた。
やっぱりまだ、今朝のこと怒ってる。あんなに大声出して嫌がってたもんな
とりあえず謝った、謝ったけど
それでもまだ怒ってる
砂漠越えの間、ほとんど口もきいてくれなかったし……
なぜ拒まれたのか、怖くて聞けなかった
ナミさんの気持ちがいったいどれだけオレに向いているのかを知ってしまいそうで
きっとオレばかりがナミさんを抱きしめたいとか、キスしたいとか考えてる
いつでもナミさんのことばっかり考えてる
オレの方が先に好きになったから、オレの方がずっとずっとナミさんを好きで
それは、惚れた弱みなんだけどさ
だから、さっきもナミさんが部屋を出ていったのにすぐ気づいて、追いかけた。二人きりになりたくて、追いかけた
二人きりなれば、オレのことだけ見てくれる
オレだけの、ナミさんになってくれる
……でも、そんな考えは甘かったみてえだ

……ルフィ

ナミさんの穏やかな視線が注がれる先にルフィがいた。
そういう目で、あいつを見るんだ?
すべてを任せきった安堵の表情で、ルフィを見るんだね
まるで裸になってるみたいに無防備なまなざしで
オレといるときには絶対に見せない表情で

声をかけようと思っていたけど、それもできなくなって、ナミさんに背を向けた。
砂に足を取られてイライラして、砂をまき散らすように蹴り上げながら歩いていく。
……ルフィにはかなわねえ……
相手がゾロなら、何があったってナミさんを渡しやしねえが
もしそれがルフィだったら、多分オレは何もできねえ
きっと何もできずにただ、心の中で泣くしか
また、あきらめるしか

「……サンジ君?」
いつの間にかナミさんがそこにいて、驚いた顔でオレを見ていた。
「こんなところで何してんの?」
わかってて聞いてみたけど、ナミさんはそれを上手くかわして同じ質問をオレにしてきた。
ナミさんを追いかけてきたんだよ?
そんな風に言えるわけもなく
ビビちゃんとアラバスタのことを考えてた、ってもっともらしいことを言ってみた。
ナミさんだって今はそれで頭が一杯のはずだから。
……それなのに
「ルフィがいれば絶対に大丈夫よ」
オレが目の前にいるのに
出てきたのはルフィの名前
ナミさん、オレがここにいるんだよ?
それを伝えたくて、そっとナミさんの肩に手を置いて、小さな頭の上に顔を乗せた。
「……オレだって、いるよ」
一番近くにいるよ、一番近くにいるのに
……一番に頼ってはくれないんだね
本当にオレを必要としてくれてる?
昨日、オレに抱きついて好きだって言ってくれたよね
どこにも行かないで、って言ってくれたよね
その言葉を信じてもいいかい?
もっとかっこいいところ見せるからさ
もっと頼れる男になるからさ
だからもっと、オレのこと好きになって

「……これ以上なんて、無理よ」
笑いながらも、うつむき加減でナミさんが言った。
それが、つい昨日までの言葉もすべてかき消して、オレを不安にさせる。
いつか誰かが、ナミさんの中でオレを越えていって
いつかオレは、ナミさんの中で「過去」になってしまう
そんな日がやってくるのだろうか?
今までは、人の気持ちなんて手に入れてしまえばあとは簡単だなんて思っていた
失ってしまってもそれは、想い出なんてきれいな言葉で片づけられた
でも、今度だけは、失いたくないから、必死でつなぎとめようとしてる
つなぎとめるなんて、やったことがなくて、どうしていいのかわからなくて
何度も抱きしめて
何度キスをしても
オレの手の中をすり抜けてふわふわと漂っていくカタチのないもの
そういう人を好きになってしまったから
月明かりの下、ナミさんはオレを見上げてじっと見ていた。
さぐってる目
疑ってる目
また何かされるんじゃないか、って構えてる
本当はぎゅっと抱きしめて、たくさんキスして、離したくなかったけど
そんなことばかり考えてるって思われたくなくて
さっきから触れるのもギリギリのところでガマンしている。
でも、月に照らされたナミさんの肌を見ていたら、やっぱり触れたくなって
そんな気持ちを抑えきれなくて
そっとまぶたにキスをした
……今はオレだけのナミさんでいて
ナミさんに触れられるのはオレだけだって
他の誰でもなく、オレだけなんだって
オレだけが特別だって思いたいから
だからまっすぐに、オレだけを見て

ナミさんが残した足跡をぼんやりと眺めていた。冷えた空気が頬をピリピリと突いてくる。
髪をかき上げて、月を見上げる。
「……今はビビちゃんのことだ。それだけ考えろ」
呆れた顔してたな、ナミさん

……全然伝わらねえ
オレがどれだけナミさんを好きか
今だってどんどん好きになっていってることも

「はー……まだ怒ってんだなあ……」
がっくりと肩を落として、砂に映る自分の影を見た。いつの間にか月は傾きを変え、オレの影がナミさんの足跡を追うように長く伸びていた。そのオレの分身に、思わず語りかける。

……なあ

ここに立ちつくして動けないオレの代わりに
行ってナミさんを抱きしめてきてくれよ
オレがナミさんにしてあげたいことを、全部してきてくれよ

大きな雲がゆっくりと流れてきて、月を隠すと
オレの影はナミさんに追いつけないまま、静かに姿を消した





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