top

about

novel

diary

link

index

z*1/2


解凍 14  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



「ナミさん、おはよ!」
つとめて明るく言ってみたけど、ナミさんはちらっとオレの方を見ただけで、すぐに目をそらして小さな声で「おはよ」と言った。明らかにご機嫌取りをしようとしているオレに、また腹を立てたみたいだった。
「行くわよ、マツゲ」
「ヴォ!」
「ナミさーん……」
情けねえ声で名前を呼んでみたけど、エロラクダがこっちを見て得意気に笑っただけだった。
砂に足を取られながら、力なく歩き始める。また昨日と同じ距離を歩かなきゃいけねえのか……こんな重い気持ちのまま。

「オレたちの命ぐらい賭けてみろ! 仲間だろうが!!」
突然、ルフィとビビちゃんが殴り合いを始めて、女の子に手をあげるなんて許せねえと思ったが、その一言でビビちゃんが大量の涙を流した。あんなにしっかりしていたビビちゃんが、ボロボロ泣き崩れた。

ルフィのたった一言で

あいつの言葉には、誰もが心を動かされる。オレだってそうだ。だからルフィについてきた。きっと、ゾロも、ウソップも、チョッパーも……そしてナミさんも。
「おいルフィ、お前のやったことは間違いじゃねえが、レディーに手ぇあげるなんて最低だぞ」
レインベースに向けて歩き始めてすぐにルフィの顔の肉をひっぱりながら言った。
「ん、そうか? まあいいじゃねえか。これでクロコダイルを思いっきりぶっ飛ばせんだからよ! ししししっ!」
考えなしのくせに、ど真ん中をついてきやがる。バカ正直で、自分勝手で強引で、人の心の中にお構いなしにズカズカ入り込んできて。必死で隠そうとしている心の弱い部分を平気で裸にする。
でもそれは同時に、人には聞こえないエス・オー・エスを敏感に感じ取ってるってことだ。誰かに気づいて欲しいのに、声に出すことすらできないエス・オー・エスを。
こいつは、勘だけでそれを嗅ぎ取る
だから、かなわねえって言ってんだ
オレの方がずっとナミさんを見てるのに
オレの方がたくさん優しい言葉をかけてるのに
それでもきっと
ルフィの無神経なたった一言で、ナミさんは素直になって笑うんだろうな

……いったい、オレの言葉には何が足りないってんだ?

ラクダの足跡を避けるように歩いていると、すでに息切れし始めているウソップが後ろから話しかけてきた。
「おいサンジ、何ボーっとしてんだ?」
おめーの方がボーっとして今にも倒れそうじゃねえか、と横から蹴りを入れた。
「……ナミとケンカでもしたのか?」
「ケンカじゃねえよ……」
ケンカできるならまだいいさ。わけもわかんねえうちに怒らせて、口きいてもらえなくなったんだよ
……って
「何でお前が!?」
驚いて、思わずその場に立ち止まってしまった。ウソップは得意気に鼻をこすると、ニヤニヤとオレの方を見た。
「副キャプテンのオレには何だってお見通しだぜ!」
「あァ!? 誰が副キャプテンだって?」
ウソップの顔を両手の拳で挟んでぐりぐりといたぶると、意味不明な言葉で必死に何かを言っていたので、解放してやった。
「ふはあっ! お前なあ、ナミにタバコの匂いを染み込ませておいて何ではねえだろうが!」
知るかよ、と言いながらこれみよがしにタバコに火を点けた。ウソップはしばらく何も言わずに煙の行方を眺めていた。
「……早まんなよ、サンジ? ナミは……お前もわかるだろうが複雑なんだ」
オレは前を向いたまま舌打ちした。
何だよその言い方
まるでお前の方がオレよりもナミさんのことを知ってるみたいじゃねえか
「オレがナミさんの嫌がること、するわけねえだろ?」
そう言ってウソップを睨むと、ウソップは無言のまま、息だけをゼーゼー言わせながら歩いていた。
お前はそういう風に思ってんのか
もう一度強く舌打ちをして、オレはウソップを置いて先に歩いた。
「……抱きてえよ」
本当は、ナミさんを抱きたくて、抱きたくてしょうがねえよ
でもな
「そこ」にいないナミさんを抱いたって
空っぽのナミさんを抱いたって
意味がねえんだ
……それだけじゃねえんだ
そんなのは別になくたっていいんだ
抱きしめているだけでもいい
手をつないでいるだけでも
そこに、立っていてくれるだけでもいいんだ
それが「オレだけの」ナミさんだって感じることができれば
それだけでいい
「そういえばウソップ、頼んでおいたアレ、できてる?」
「アレ?」
「オオ……アレか。できてるぜスゲェのが」
会話がなくても、オレはナミさんの隣をずっと歩き続けていた。レインベースが見えた頃、オレの頭越しにナミさんがウソップに話しかけると、ウソップは何やら怪しげなモノを差し出して、あれこれ説明し始めた。
「オイお前、ナミさんにあんまり危ねェもん持たすんじゃねェぞ? 別に戦わなくたってナミさんとビビちゃんは、このオレが守るんだからよっ! プリンスって呼べ!!」

そんなオレの言葉に反応したのはクソ剣士だけだった。
チクショー
本気で言ってんのに

 

* * * 

「おいみんな!! 海軍が来たぞォ!!!」
またルフィがトラブルを連れて走ってきた。呆れるヒマもなく、町の中を疾走する。
「じゃ、行こう! クロコダイルのところだ!!」
ビビちゃんの指さす「レインディナーズ」へ、オレたちは真っ直ぐに向かうことになった。それにしても追いかけてくる海軍の数と来たら。
「散った方がよさそうだぜ」
「そうだな」
「よしっ!! じゃあ後で、”ワニの家”で会おうっ!!」

「ナミさん、こっち」
目の前で息を切らして走っているナミさんの腕を取った。驚いてオレの方も見るも、追いかけられているせいか、ナミさんは何も言わずに腕を引かれるままついてきた。でもその腕はひどく緊張しているみたいだった。
「ウソップ! こっちだ!」
よろよろになっているウソップを呼んで、階段を駆け上がった。時々転びそうになるナミさんの肩を掴んで引き寄せる。
そのたびにナミさんは心配そうにオレの顔を見た。
「……ナミさんは、オレが守るから」
前を向いたままそう言うと、掴んでいた腕の力がふっと抜けたような気がした。見ると、目に一杯の涙を溜めてオレを睨んでいるナミさんがいた。
……泣いてんの? それとも怒ってんの?
「……私だけじゃ……」
「え?」
一瞬のひるみを縫って、ナミさんはオレの手から腕を抜いた。振り返ると、今にも海軍に掴まえられそうなウソップがフラフラになって走っていた。
仕方ねえ、今はこっちが先だ
「ウソップ! ナミさんを頼むぞ!」
「よ……よし、任せろ!」
ウソップとナミさんを先へと促し、オレは立ち止まって迫ってくる海軍に向かった。
「あのケムリ野郎がいねェんじゃ、ただの雑魚どもだ」
「サンジ君っ……!」
ナミさんの声が聞こえたけど、振り返らなかった。

――――私だけじゃないくせに
そう言った
……わけわかんねえ
やり場のない怒りがこみ上げてきて、目の前には山のような数の海軍たち。
ちょうど良かった。今のオレはヒジョーに気分が悪りィ。
「……ご愁傷様」
オレはいつだって、ナミさんだけだよ?
オレじゃなくたっていいのは、ナミさんの方じゃねえの?

 

* * *

「ナミ、行くぞ!」
ウソップが私の腕を掴んだけど、私はしばらく前を向くことができなかった
「だって、サンジ君が……あんな大人数、一人じゃ」
ウソップは強い力で私の腕をひっぱると、自分の前へ押し出して私の背中をどついた。
「ちょっと! 何すんのよっ!」
「ああもう! さっさと行くんだ! あいつなら心配ねえ!」
必死で逃げまどいながらも、私はウソップに叫ぶ。
「だって……!」
今度はバロックワークスが追いかけてきて、何がなんだかわからないまま走った。
それでも後ろを振り返る私に、ウソップが怒鳴った。
「バカかお前はっ! あいつを信用できねえのか!?」

信用?
してるわよ
ううん、「したい」わよ
でも
信じたいのに、信じられないときはどうすればいいのよ?
だってサンジ君は……

走りながら言い返す。
「バカとは何よっ! もとはといえば、あんたのせいじゃないバカッ!!」
路地裏に入ってさらに走る。
「バカとは何だっ! オレが何したってんだよ!?」
いつの間にか、涙があふれてきていて、殆ど目を閉じたままで走っていた。
「サンジ君が……サンジ君が本気じゃないって言ったの、あんたじゃない!!」
その瞬間、ウソップは何もないところで思い切りつまづいて、空中で一回転した。
「なにいいっ!? お前、こんなときに何言ってんだあああ!」

本気じゃなくても
一番じゃなくてもいいから
私のことを好きだって言ってくれるのが嬉しかったのに
いつの間にか、それだけじゃ足りなくなって
他の誰にもそんなこと言って欲しくないと思うようになって
私だけにその言葉を。他の誰でもなく、私だけに
もし、ウソップから何も聞かなかったら
もっと素直にサンジ君のこと
信じられたかな

地面に転がっているウソップを起こしながら、私は笑った。
「こんなときでも、私の頭の中はサンジ君のことばっかりなのよ。ホント、バカみたいでしょ、私? ビビのこと、一番に考えてあげなきゃいけないのに……」
「ったく、バカだな」
ウソップは立ち上がって、服に付いた土を払い落とした。
「バカとは何よ!」
「今自分でバカみたいって言ったじゃねえかよ……。いや、バカなのはオレだけど」
その意味を聞く前に、通りの向こうから追っ手の声が聞こえてきた。
「逃げるぞ、ナミ!」
大通りを全速力で駆け抜けながら、ワニの家を目指す。
「ナミ! あいつのことはオレが責任取るから!」
「責任……って何の!?」
また、問いかけの途中で後ろからバロックワークスが発砲してきた。
積み上がった樽の上を越えるとき、ウソップが言った。
「男ウソップ、二言はないぜっ!! 来るなバロックワークスー!!」
蹴り飛ばした樽は、見事に追っ手に当たって、私たちは真っ直ぐにワニの家に向かった。
「やった! すごいわウソップ!」
あいつのことはオレが責任取るから、って
何の責任なのかわからないけど
今、あんたがとても頼もしく見えたから
信用してあげるとするわ
……いつもはウソつきだけどね

* * *

  
「サンジさん!!」
真っ青になって走ってくるビビちゃんを見たとき、事態が飛んでもないことになっているということがわかった。
「ルフィさんたちが檻の中に捕まってて……大きなワニが……!」
見ると、頭にバナナを乗せたワニが檻の周りで暴れていた。檻の中には力が抜け始めているルフィと、騒いでいるウソップ、立ちつくしているクソ剣士と、海軍のケムリ野郎。
そして、ナミさん
「何やってんだ、ルフィ……ゾロもいんのによ」
お前ら二人そろって何やってんだよ?
オレがいなくても、ちゃんとナミさんを守れってんだ

……オレが、いなくても?

いや、ちょっと待った
ナミさんはオレが守る
そう言ったじゃねえか
……よく考えりゃ、うってつけの状況
ルフィじゃなく、ゾロでもなくて
このオレが、ナミさんを、守る

新しいタバコに火を点けて、一瞬だけ自分の時間を止めてみる。
「なあビビちゃん」
「えっ?」
こんな状況でも、ナミさんにかっこいいところ見せたいなんて思ってるオレは、不謹慎かい?
そう心で思いながら、オレは少し笑った。煙を長く吹き出すと、地面の感触を確かめるように靴を数回鳴らした。
「要するに、あのワニをぶっ倒せばいいんだろ?」
ごめんね、ビビちゃん
君の国の一大事だってのに、オレの頭ん中はナミさんのことで一杯なんだ

水の中を歩いていく
目の前でうごめいているでっけえワニ
お前にはちょっとだけ感謝してやるよ
でも、ご愁傷様。恨むなよ?
これもすべて
「ナミさんだけのためにっ……!」
渾身の力を込めて、バナナワニに蹴りを入れた
爆音とともに立ち上がる水しぶき
格子の向こう側に大口を開けているあいつらの顔

――――決まっ、た

「オッス、待ったか!?」

守ったぜ?
オレの大切なモンを
オレの手で
見ただろ? ナミさん

そんな自分に、少しだけ酔ってしまって
思わず真っ先にナミさんに声をかけた
「ナミさーん!? ホ…ホレた?」
「はいはい、惚れたからさっさとここ開けて!!」
「アーイ!」
呆れてるのか、照れてるのか
たぶん呆れてたんだろうけど
でもいいさ
「オレ」が、ナミさんを守ったんだから
このオレが
……ああ、あと、オマケたちもな

 

  
* * *

焦る気持ちを抑えながら、オレたちは「アルバーナ」を目指していた。
「大丈夫よビビ! あいつなら大丈夫っ!!」
クロコダイルに連れて行かれたルフィ。
「今までルフィに狙われて無事でいられたヤツなんて一人もいないんだから!!」
ビビちゃんを落ち着かせようと、ナミさんが大きな声で言った。

ルフィへの絶対の信頼

あのときの、ナミさんがルフィを見つめる目を
安っぽい恋愛の類のものだと勘違いした
でも、そうじゃねえってこと、こんなときになってようやく気づいてしまった
あいつのすごさはオレたちが一番よく知ってる
オレが、オレたちがついてきた「船長」なんだからな
かなうとかかなわねえとか、そんなことを考えていた自分がバカみてえだ
ルフィはルフィだ
そして、オレはオレ以外の何者でもねえってこと
ナミさんが「オレ」を好きかどうかということだけが、大事なんだ
自信のねえオレの
くだらねえ嫉妬
くだらねえヤキモチ
でも、今なら……
「……何?」
「ん?」
「何さっきからニヤニヤしてこっち見てるの?」
どうやらオレは、あれこれ考えているうちに、ナミさんをじっと見ていたらしい。すぐそばでは、砂煙と、乾いた風が流れて、不思議な音をうねりだしていた。
「さっきのオレ、かっこよかった?」
頬杖をついて首をかしげてナミさんを見ると、背筋をぴんと伸ばしたままのナミさんは、首だけをフイと横に向けた。
「ね、ナミさん?」
調子に乗ってもう一度たずねたのがまずかったのか、ナミさんはこっちを見ようともしなかった。
いざり寄って顔を覗き込むと、体の向きを変えてオレに背中を向けた。回り込んだら、またそっぽを向いて。そんなことを何度かくり返した。
「ナミさーん?」
「……心配した……」
膝を抱えて、そこに顔をうずめてナミさんは言った。
「銃声が聞こえたとき、本当に心配したんだから……!」
そう言ったまま、ナミさんはじっと動かなくなった。ときどき肩が上下して、鼻をすすっているのが聞こえた。
「ナミさん……泣いてる?」
ナミさんはさらにぎゅっと膝を強く抱えて、左右に首を振った。
「泣いてなんかないわよ、バカッ!」
……そういう強がってるところ、かわいい
オレのために泣いてくれて
オレのために怒ってくれる
それだけで十分嬉しいよ
「……ありがとう」
そっとナミさんの肩に手を置いて、少しだけ顔を近づけて小さな声で言うと、ナミさんはまた顔をうずめたまま左右に振って、そのままじっと動かなくなった。オレはそっと立ち上がって、ナミさんの側から離れた。

「おう、プリンス! さっきは大活躍だったな」
ウソップの近くに行くと、開口一番そう言われた。
「別に、おめーを助けたわけじゃねえよ」
得意気にタバコをふかすと、ウソップはオレの方に向き直って、姿勢を正した。
「ああ、まあ、そうだな。えーと、あの、実はな……すまん、サンジ」
そう言ってウソップは深々と頭を下げた。オレは何のことかわからずに、眉をひそめた。
「オレは、ナミがあんなに悩んでいるなんて思わなかった」
「はあ? 何がだよ」
ばつが悪そうに、左右に視線を泳がせながら、ウソップは続けた。
「だから、その……お前がナミに本気じゃねえってことをあいつに言っちまったんだが……」

――――なにィ!?

「ちょっ……ちょっと待て! お前、いったいいつの話してんだ!?」
ウソップは鼻をこすりながら過去の記憶をたどり始めた。
「そうだなあれは確か……オレが偉大なるエルバフの戦士たちに出会う前に……」
エルバフ? ……リトルガーデン?
思わずウソップの胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「てめえは! 何でそんなこと言いやがったんだ!?」
青筋の立ったオレの顔を見て、ヒーヒー言いながらウソップが弁解する。
「だって、お前……言ったじゃねえかよ! 本気になるわけねーだろ、って言ったじゃねえかよ!」
……冗談じゃねえ
あのとき、どんな思いでナミさんをあきらめようとしたのか
お前にはわかんねえだろうが
「だいたいなあ、おめーが紛らわしいこと言うから! オレは仕方なくだな……!」
「へ? オレは何を言ったんだ?」
……本気でオロしてやろうかと思った
わなわなと震える手に力を込めて、タバコをギリギリと噛みながらオレは一言一言ゆっくりと聞かせてやった。
「おめえが、ナミさんはオレのことが怖いんだって、言ったんじゃねえか、よ!」
「あー……」
目をキョトンとさせたウソップが、あまりにも罪のない顔をしたので、オレはウソップを掴んでいた手を離してがっくりと肩を落とした。
「なんなんだよ、これは……」
髪をかきむしると、細かい砂がパラパラと落ちてきた。ウソップは慌ててものすごい早口で弁解を始めた。
「いや、だからよ! ホラ、お前は見ての通りの女好きだし、最初船に女はナミしかいなかったから、その、お前は女なら誰でもいいんじゃねえかと思って……ナミをお前から守らなきゃいけねえって思って……」
髪をかき上げたまま、ウソップを睨みつけても、ウソップは汗を飛ばしながら続けた。
「それなのにナミはお前のことが好きだって言うしよ……」
「ちょっと待った!」
ナミさんがオレを好きだって?
「それはいつの話だよ?」
するとウソップはまた鼻をこすって思い出しながら話した。
「そうだな、あれは……確かそれはそれはうまいみかんソースのチーズケーキをお前が作ったんだが、それが何故かオレの分だけはルフィに食べられちまって……」
「本題はそこじゃねえだろっ!!」
ついにウソップの顔に蹴りを入れた。
ケーキっていつだよ?
いったいいつの話をしてんだよ!?

……まさか
すべてが狂っちまった
あのみかん畑の
あのときすでに
ナミさんは、オレを……?

「だっ、だから! 本気じゃねえお前にナミが本気になって傷つく姿を見たくなかったんだオレは! だからお前にも水を差しておこうと思って……ナミはお前が怖いんだって言ったんだよ! そうすりゃナミはお前をあきらめられる、お前もナミにちょっかいかけねえって……」
「ウソップ、てめえ……!」
オレの怒りが頂点に達したことを悟るや、ウソップは両手をついて頭を下げた。
「あああああ、オレが悪かったー! ごめんなさい、サンジ君〜!!」

―――――なんてこった

あの日
あのみかん畑で
もしオレがナミさんを抱きしめていたら
こんなことにはならなかったのかもしれない
あの一瞬を逃したせいで
こんなにも長い間、オレたちは――――

「チックショー……」
何にも伝わっちゃいねえってことじゃねえか
オレがどれだけナミさんを好きだと言っても
どれだけ抱きしめても
どれだけキスをしても
たとえ抱いたとしても
ナミさんにとっては、オレは空っぽのままで
だからあんな探るような、疑うような目を?
不安な視線をずっと?
だから……拒んだ?
……全然伝わってねえってことじゃねえかよ!!

「だがなあ、サンジ、オレはまだ、お前のことを信用しちゃいねえんだ!」
開き直ったウソップがオレに挑んできた。
「お前はナミにはもちろん優しい。でもビビにも同じように優しい。お前の言葉は、どこまでが本音なのかわかんねえんだよ」
「なんだと……?」
――――そんな風にみんなに優しくしていて、本当に好きな人ができたときにはどうするの?
ビビちゃん
そりゃあもちろん好きだって言うよ、ってオレは簡単に言ったけど
――――ふふ、それじゃあ伝わらないと思うわ
そんなはずないって思ったけど、今はその意味がよくわかるよ
――――本当に好きな人はもっと、特別扱いしてあげなきゃ
「本気でナミのことが好きならなあ、本気らしいところを見せてやれってんだ! かっこつけんな!」

特別扱い? してるさ
本気らしいところ? 見せてるさ
かっこつけて?
……ああ、オレはかっこつけてんのか

もっと感情をむき出しにして
ナミさんにオレの気持ちを
ナミさんを好きだって
本気で好きなんだって
好……

いや、違うな

「そうだ! ハサミは踊り子が大好きだ!」
チョッパーがそう叫んで、ナミさんが上着を脱いだら、ついいつものクセで目が釘付けになって大騒ぎしてしまった。
「ナミさーん!!」
「ヴォ…ヴォーン!」
まあ、もう一匹仲間がいたからよかったけどな
後ろでウソップが呆れて見ていたが、オレはかっこつけてタバコをふかしてみせた。

心配するな
オレには
まだ一度も使ったことのない
まだ誰にも使ったことのない
「特別な」言葉があるから

だから今度こそオレは
「ナミさんだけの」オレになるよ

 

* * * 

銃声の音は大嫌い

ベルメールさんが死んだあの日を思い出すから
硝煙の臭いと、血の臭いと、タバコの煙
だから、本当に怖かった
また、大切な人を失うんじゃないかって
本当に怖かった

「おめェとかよ、ナミ」
ゾロが面倒くさそうな顔で私を見た。
「悪かったわね! 役に立たないのと組まされて!」
「そんなことは言ってねェだろうが」
ウソップはマツゲと、サンジ君はチョッパーと。そして私はゾロとアルバーナを目指す。
「……代わるか?」
「え?」
ゾロがくい、と顎で指した方には、ビビと話しているサンジ君がいた。
「……いいわよ別に。クジで決めたんだから」
ならいいが、とゾロはさっさとマントを身につけて、カルガモに乗った。
……変な気遣いしないでよ、バカ
「大丈夫、反乱は止まるさ」
優しくビビに話しかけるサンジ君を見ると、少し胸が痛んだ。
独占欲がどんどん強くなっている自分がイヤになる。
「ありがとう、サンジさん」
「ビビ! オレたちがついてるからな!」
ウソップがその側で冷や汗をかきながらもビビを励ましていた。
「ビビ……あと少しだから、頑張って! ルフィが絶対に戻ってくるから!」
私も、ビビの手を取って励ました。
「ええ、私、ルフィさんのことを信じてるから。みんなのことも、信じてるから」
ビビは不安で流れる汗を拭いながらも、しっかりとした目で私たちを見た。
「そうだな、それでこそオレが惚れたビビちゃんだ!」
サンジ君がそう言ったとき、背中越しにウソップがものすごい顔をして固まっていた。
「サッ、サンジィ〜!?」
ウソップがオロオロしながらサンジ君と私の顔を交互に見たけど、サンジ君はタバコをくわえて笑ったままビビの頭をぽんぽん、と叩いた。
「さあ、準備して。好きだよ、ビビちゃん!」

――――好き? 今、ビビに好きって言ったの?

目の前が、真っ白になった
たぶん、銃声の音を聞いたときと同じくらいに
大切な人を失う恐怖が私に襲いかかった
「サンジーッ! お前っ……ナミが……」
「サンジさん!?」
慌てながら私を見るウソップとビビにも構わず、サンジ君は静かに肩を揺らして笑っていた。
「いいんだ」
ゆっくりとタバコの煙を吐くと、サンジ君は私の方を見た。穏やかな笑顔で。
ウソップがビビを促して、ふたりは私たちの側から離れていった。
「ナミさん……」
タバコをくわえたままサンジ君は近づいてきた。私の足は震えて、必死で手を握ってよろめきそうになるのをこらえた。
「ナミさん、オレはね、ビビちゃんのこと、好きだよ?」
遠くでサンジ君の声がしていた。
「でも、オレはナミさんのこと……」

……もう、いやだ
こんな風に辛くなったり、苦しくなったりする思いなら
もういらない
「好き」なんて言葉、特別でもなんでもない
サンジ君にとっては誰にでも簡単に言えることなんだ
そんなたくさんの中のひとりにしかなれないのなら
そんな気持ちすら、もういらない……!

足もとの砂を握って、サンジ君の顔に投げつけたのは
ほとんど無意識
パラパラと落ちる細かい砂の音
小さな砂煙ができて、私の目をついた
「ナミさん……?」
細かい砂の向こうに、目を大きく見開いているサンジ君が見えた
「もうイヤッ!!」
好きになっても好きになっても
私が想うのと同じくらいに好きになってもらえないなんて
どこにも行かないで、って言ってもすぐに遠い目をして
私の知らない顔をする
――――もういやだ
「ちょっと待って! ナミさん!」
強く掴まれた手首を、まさかふりほどけるとは思わなかったけど
思いっきり振り払ったら、サンジ君の手は簡単に離れた
「私を一番に好きになってくれないサンジ君なんて、イヤなのよ!」
「だからそうじゃなくって……!」
「オイ何やってんだ! 行くぞ、時間がねェ!!」
ゾロが呼んだのをきっかけに、私は自分のカルガモの方へと走り出した。
「ナミさん……待って!」
後ろから聞こえてくるサンジ君の声を振り払うように、マントを身につけてカルガモに飛び乗った。

死なないで
どうか生きて戻ってきて
そう祈っていた
だから、目の前に現れたときは泣きそうになって
すぐに抱きついてサンジ君がそこにいるってことを
確かめたかったのに
守ってくれなくてもいいから
ただ、そばにいてくれるだけでいいから
私をひとりにしないで

……「私だけの」サンジ君になって

「ナミさん!!」
ものすごい勢いで走るカルガモは、それこそ目も開けていられないほどに速くて痛いくらいの風を額に受けながら必死で手綱を握っていた。
細く目を開けて見ると、サンジ君のカルガモが私のすぐ側まで来ていた。
「ナミさん! オレの話を聞いてくれ!!」
大声で呼びかけるその声も、目を閉じて振り払おうとした。爆風と爆音で、耳がピリピリするのに、サンジ君の声だけははっきりと聞こえてくる。
「ナミさん! 頼むから……!」
それでも、私は首を横に振ってカルガモにしがみついた。
「聞きたくない!」
「えーい! カルガモ! もっと寄れねえのかっ!!」
その声が聞こえた次の瞬間、右腕を強く引かれて、両手の手綱を離してしまうところだった。
サンジ君の左手が、私の右腕をしっかりと掴んでいた。
「ちょっ……危ないじゃない! 離してよ!」
「いーや、離さねえ!! オレの話を聞くまで、絶対に離さねえ!」
ものすごい力で腕を掴まれて、振り払うどころか、動かすこともできなかった。
辛いのか悲しいのかくやしいのか、わからないままに目には涙が溢れてきて。
でも、それもこの強い風ですぐに乾かされていった。
「何よ……じゃあさっさと言いなさいよ!!」
そこだけ空気の流れが止まったように、サンジ君は穏やかな顔で笑った。轟音の中なのに、その静かな口調だけははっきりと私の耳に届いた。
「オレは……ずっとそばにいてナミさんを守ってやることはできねえが、でも、オレの気持ちはいつもナミさんのそばにいるから」
握られた腕が熱くなっていく。聞こうとしなくても、その声はまっすぐにやってくる。
「どこにいたって、オレはまっすぐにナミさんのところへ戻ってくるから。だから……だからオレを信じて。ナミさんも、絶対にオレのところへ戻ってきて。絶対に、ひとりになんかしねえから!」
風が、涙を乾かすのに追いつかなくなって、目の前のサンジ君の姿がぼやけていった。
「おいゾロ!!」
サンジ君が私の向こう側を走っているゾロを呼ぶと、ゾロはうっとうしそうに眉をつりあげた。
「お前、絶対にナミさんを危険な目にあわすんじゃねえぞ!! ちゃんとナミさんを守れよ!!」
「あァ!? 命令すんな」
ゾロは腕組みをしながら顔だけを向けて言った。
「命令じゃねえ! これは、頼みだ! ナミさんを……守ってくれ!!」
それでもゾロは何も言わずに前を向いて目を閉じた。
「もっと寄れっ! カルガモッ!」
そう言ってサンジ君は爆走しているカルガモの上に立った。爆風にあおられて何度かよろめくたびに、私の腕が強く引かれ、私もカルガモから落ちそうになると、片手に握った手綱で必死にこらえた。
「危ない! サンジ君!!」
私が叫んでも、サンジ君はよろよろとバランスを取りながらタバコをふかしていた。
「へへ……かっこ悪りィな、オレ」
そう言って長い息で煙を吐き出すと、手からぱっとタバコを放した。それは、あっと言う間に風に飲み込まれて、遙か後方に消えていった。
「もう、『好きだ』なんて言葉、ナミさんにはいらねえ……」
「えっ?」

―――――その瞬間
サンジ君の右手が私の頭を抱え込んで
私はカルガモから落ちるようにバランスを崩した
そこには――――
砂の味のする熱い唇
カルガモの振動で何度もぶつかりながらも
強く押しつけられるサンジ君の唇
……熱いキス
ちょっと乱暴で、何度も歯がぶつかったけど
それでも、今までで一番
熱くて深い、キスをくれた

……私は、そういうキスが欲しかったの

「ナミさん……っ!」
「えっ?」
次の瞬間、サンジ君はバランスを崩して私から両手を離した。宙をもがくようにして、必死でカルガモの首にしがみついた。
「頼んだぞ、ゾロ!! ナミさんに何かあったら、てめえ、オロすぞ!!」
いつの間にか、落ちそうになっていた私の左腕を、ゾロは掴んでいた。チッと舌打ちをすると、「もういいか?」と言って手を放した。
「うおおお、ナミさーん!!」
カルガモの首につかまって、足をバタバタさせながら、サンジ君は離れていった。
「人にものを頼む態度じゃねェだろ……。今がどういう状況かわかってんのか、あのアホは!」
ゾロが吐き捨てるように言った。でも、私は片手で口を押さえて、こみ上げてくる涙と嗚咽を必死でこらえていた。
「早く気持ち切り替えろ」
表情を変えないまま、ゾロはまっすぐ前を向いていた。
「……足手まといになんなよ? オロされるのはごめんだぜ」
「何……あんた私のことちゃんと守ってくれるつもりなの?」
目をこすりながら、ゾロの方を見ると、ゾロは不本意とも言える顔で私に言った。
「仕方ねェだろうが! 約束、、しちまったんだからよ!」
――――約束?
あんたにはあれが「約束」だったの?
あんな一方的な頼みを、あんたが受け入れたの?
しかもサンジ君からよ?
……あんたにしては、随分と優しいじゃない
「バカ……ありがとう」
「まだ早え……それにバカは余計だ」
腕を組んで目を閉じているゾロに、笑いながらもう一度言った。
「ありがとう、ゾロ」
カルガモにぎゅっとしがみついて、目を閉じた
唇が熱くて、ぶつかった歯がまだジンジンしていた
それでも、体中、指の先まで満たされていくうれしさに包まれていた

……サンジ君

「愛してる」って

言ってくれたよね?

――――ナミさん愛してる、って





NEXT