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解凍 15  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



――――愛してる
 
「好き」を何回重ねたら、その言葉は使っていいの?
どれだけ深く想えば、その言葉にたどり着くの?

「ナミさん、愛してる」
そう言ってくれたサンジ君の言葉は、時間が経つにつれて不思議な響きを持って
どこか遠い夢の中で聞いたような、そんな感覚におちいる
でも、
夢の中のサンジ君の方がずっと近くにいて
何度も何度もその言葉を、私の耳元で
「……愛してるよ」

「……あっ! ナミが……ビビ!!」
目を覚ますと、私を覗き込むチョッパーの顔があった。その呼び声のすぐ後に、ビビの顔も私の視界に入り込んできた。
「良かった! 目が覚めたのね、ナミさん!」
ぼんやりと二人の顔と、その向こうに見える天井を眺めていた。
「……私?」
「後はルフィだけだな!」
「お、ナミが起きたか」
チョッパーの嬉しそうな声のすぐ後に、遠くからウソップの声が聞こえた。私を覗き込むビビが、満面の笑みをこぼしている。その笑顔を見ながら、私は視界の隅々まで視線を送る。
「ナミさんね、2日も眠っていたのよ。ケガもあったし、戦闘でかなり体力を消耗したみたいね」
――――ガチャリ
扉の開く音がしたとき、まだ頭の起きていない状態にもかかわらず反射的に体を起こしていた。
「……なんだ、ゾロ……」
「オレで悪かったな! 起きてそうそうなんなんだ、てめェは」
きょろきょろと、辺りを見回す。隣りのベッドではルフィが大口を開けて幸せそうに眠っていた。

お疲れ、ルフィ

その寝顔に心の中で呼びかけた。そしてまた視線を移す。ルフィ、ビビ、チョッパー、ウソップ、ゾロ……カルーもいるのね。
「……サンジ君は?」
ハーッという大きなため息が、そこにいる全員の口から吐き出された。
「お前の頭の中はそれだけかよっ!!」
遠くでウソップが言った。
「サンジさんなら、お昼まで厨房にいたけど……」
ビビの言葉が終わるか終わらないかのうちに、私はベッドから降りようとした。でも、立ちくらみでそのまま斜めに倒れてしまった。慌てて私を受けとめたウソップとビビが、ゆっくりと私を座らせた。
「ナミ、焦るなって。あいつは逃げていかねえから」
「だって……」
一秒でも早くサンジ君に会いたくて
会ってちゃんと確かめたくて
「大丈夫よ、ナミさん。さっきまでサンジさんはここにいたわ」
「さっきまで……?」
するとビビとチョッパーは顔を見合わせて、少し呆れた顔で笑った。ビビはサイドテーブルにあったトレーを持って来た。そこには小さな鍋に入ったスープとパンが。
「ナミさんが起きたらこれを、って。でも、もう冷めちゃった。今温めなおしてもらってくるわ」
「おう、オレが行ってくるよ」
ウソップがビビからトレーを受け取って、部屋を出ていった。ゾロはいつの間にか壁にもたれて眠り始めていた。
「サンジがずっとナミを看てたんだぞ」
チョッパーが少し顔を赤くしながら言った。「な!」と同意を求めるようにしてチョッパーはビビの方を向いた。
「サンジ君が……?」
「ええ。午後はずっとナミさんのそばにいたのよ」
ウソップが温めなおされたスープとパンを持って戻ってきた。サイドテーブルに置くと、器にスープを入れ、パンを添えて私の目の前に持ってきた。
「まあ、まずは食え」
「それで、サンジ君はどこに行ったの? ねえ」
問いかけても誰も答えてくれなかった。するとビビが首を傾げながら私を見た。
「夕陽のきれいな場所はどこ、って聞かれたけど……」
窓の外を見ると、太陽が西の空に傾いて、今にもオレンジ色に輝き出しそうだった。
「どこ? それはどこなの?」
また立ち上がろうとすると、ウソップが私の肩を押さえてそれを制止した。
「だーっ!! お前はまったく! いいか、これはサンジがお前のために作ったスープなんだから、ちゃんと食え。ちゃんと食ってからあいつを探しに行け、いいな?」
強い口調で言われて、私は静かにうなづいた。ゆっくりとスープを口に入れると、体の隅々までその温かさが広がっていった。その一口で2日分の空腹がやってきて、私のお腹がぐう、となった。
「ほらみろ」
ウソップが得意気に笑うと、ビビとチョッパーも笑い出した。私は顔を真っ赤にしながらも、つられて一緒に笑った。

* * *

 

空がゆっくりと薄紫色に変わっていく。太陽の沈んでいく方向を確認しながら、私は広い宮殿の中を走っていた。

「夕陽を追いかけて行けば、たどり着くところはひとつよ」
ビビがそれだけしか教えてくれなかったので、私はひたすらその場所を探していた。

そこに、サンジ君がいる

長い長い渡り廊下を走っていく。
柱の影が一定のリズムで太陽を隠し、チカチカと視界に入ってくる光はだんだんとオレンジ色を増していく。
大きくカーブする暗い階段を駆け上がるにつれて、明るくなっていく天井。
階段を登り切ったとき、あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまった。
再び目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、

アーチ型に切り取られた城壁に収まりきらないほどに大きな、太陽
ちりちりと揺らめきながら、溶けそうなほどに真っ赤な夕陽

そのあまりの美しさに、目が釘付けになって、しばらくその場に立ち尽くしていた。
目を凝らしていくと、夕陽に飲み込まれそうな、ひとつの影。

見慣れたはずの、後ろ姿
風で揺れる髪と流れていく煙
……たどり着くところはひとつ
この夕陽にたどり着いたように、きっと私がたどり着く人は
サンジ君しかいない

ちゃんと戻ってきたよ?
まっすぐに、サンジ君のいる場所へ
だから、何も言わなくても
気づいて
私がここにいること

「……ナミさん……?」
影は少し形を変えたけど、それは影のままで、サンジ君が振り向いているのかどうかもわからなかった。
「……びっくりした……今、オレの名前呼ばれたような気がして」
夕陽を背負った影から聞こえる声は、少し震えていた。
「サンジ君……笑ってるの?」
タバコの煙がぼやけたかたまりになって飛んでいく。
「笑ってるように見える?」
「ううん、サンジ君の顔、見えないから……」
太陽の光が強すぎて、目を細めるとそこにいるサンジ君の姿が見えなくなって、必死で目を開けようとした。
「オレからはナミさんの顔、よく見えるよ。ナミさんの髪、夕陽とおんなじ色だね」
少しずつ、その影に近づいて行く。サンジ君の顔が見たくて、早く抱きしめて欲しくて。
太陽の光が陽炎のように揺れはじめ、空にその色が滲んで広がっていった。影との距離がつかめなくて、そっと手を伸ばして前に進む。
手がスーツのジャケットに触れて、見上げるとすぐそこにサンジ君の顔があった。
「やっぱり笑ってた」
私がそう言うと、サンジ君はそっとタバコを地面に落として肩を揺らした。
「はは……オレ、泣いてるよ? オレの泣いた顔、笑ったように見えるかい?」
サンジ君は私の腰を引き寄せて、頭を抱え込むようにして優しく抱きしめてくれた。
髪にかかる熱い息が心地よくて、私はその胸に顔をうずめて目を閉じた。
サンジ君の心音が、長い長い時間の経過を教えてくれた。静かな呼吸が、穏やかな時間を作り出していた。

どのくらいの時間が経ったんだろう。夕陽のかけらが地平線に少しだけ残るころ、サンジ君が小さな声でささやいた。
「ナミさん……ごめんな。守ってやれなくて」
私の額のガーゼに口づけて、吐息に近いような声で言った。
「ずっと不安にさせて……ごめん」
少しだけ体を離して見上げると、垂れ落ちた前髪の隙間からサンジ君の右目が見えた。

……そんなに優しい目、してた?

「……初めて会った人みたい」
「……そう?」
そう言ってサンジ君は強く抱きしめてくれたけど、それは知らない人の腕の中にいるようで、少しだけ緊張した。
「オレはずっとナミさんのそばにいたよ?」
優しく髪を撫でられて、私はただ何度もうなづくことしかできなかった。
ずっとそこにいてくれたのに、気づかなくてごめんね
一人で勝手に不安になって、一人で勝手に怒って
信じることができなくて、ごめんね
「……もしこれが最初の出会いにできるなら、オレはもう絶対にまわり道なんてしない」
両手を添えて、私の顔を覗き込んでサンジ君は笑った。笑ったように、見えた。
「会った瞬間に恋に落ちて、そして迷わず言うよ」
ふっと、あたりに静かな闇が流れてきたのを感じた。すべての音が消えて、無音の空気に包まれた。
涙で何も見えなくなる前に、私は静かに目を閉じて、その言葉を待つ。
唇にかすかな息がかかる瞬間、今度ははっきりと聞こえた。

「オレは、ナミさんを、愛してる」

 

再び目を開けたとき、サンジ君の肩越しに見えた地平線には、ほんのりと夕陽の跡が残っていた。

 


挿し絵15


ルフィが目覚めた
もうそろそろアラバスタとはお別れ
でもね、ビビ
あなたの国の美しさは絶対に忘れることはないわ

「サンジさん、ずっとナミさんの手を握って、祈るようにして何か言ってたわ」
私の背中を流しながら、ビビはそう言って思い出し笑いをした。
「え? 何を?」
ビビはずっとくすくす笑いながら私の背中をこすっている。
「私とトニー君はね、途中で席を外したの」
「なんで?」
「だって、見てるこっちが恥ずかしくて」
そう言ってまたくすくすと笑った。
「ちょっ……一体私は何をされていたのかしら?」
あんまりにもビビが笑うので、私は呆れてため息をつきながらたずねた。
「ふふ、ごめんなさい。違うの。私がおかしいのはトニー君なの」
「チョッパー?」
私は振り返ってビビの顔を見た。するとビビは肩をすくめて笑った。

「なあビビ! あれって何の治療なんだ? ああすればナミは治るのか?」
「ううん、トニー君。あれは誰にでもできる治療じゃないのよ」
「??? じゃあなんでサンジにはできるんだ?」
「えっとそれはね……えーと……ま、まほう。そう! 魔法なのよ。サンジさんは実は魔法使いなの」
「ホント!? スゲーッ!!」

「…………ビビ、あんたバカでしょ?」
「えっ」
私は目を細めてビビを見た。いつの間にやら、ビビもすっかりウチの船のクルーらしくなっちゃって……。
ビビは困った顔をしながらも、まだ笑っていた。
「ホラ、背中流して」
「あ、うん」
手を動かしながらも、ビビはずっと笑うことをやめなかった。

「じゃあサンジにルフィも治してもらおう!」
「あ、それはダメよ」
「何でだ?」
「ふふ……サンジさんの魔法は、ナミさんにしか効かないの」
「……そうなのかっ!」

「幸せパンチ!! 一人十万よ」
「ナミさんっ!!!」
ビビが慌てて別のタオルを持ってきた。私は舌を出してビビに笑った。
「ははっ、どうやら魔法が効きすぎてるみたいよ……ありがと、ビビ」
今度は私がビビの背中を洗ってあげた。頬杖をついて、前を向いたままビビは話していた。
「サンジさん、ナミさんの手に何度も口づけてね、ずっと……妬けちゃうくらいにね」
「ん? 何? 聞こえない」
大浴場の反響で、ビビの声はうまく聞き取れなかった。壁の向こうからは大騒ぎする男たちの声がワンワンと響いてくる。
「……でもね」
「でも?」
振り返ってビビは満面の笑みを私にくれた。
「愛してるって言葉は、とても素敵な響きをするのね」
ビビは嬉しそうにそう言ったけど、私は目を伏せた。

……そうね
その言葉が自分に向けられるまで
ずっと知らなかった気持ち
胸の奥から体中に、温かい液体が流れていくような
ふかふかの真綿で包まれているような
そんな気持ち

そしてそれと同時に――――

「ホント、そっくりだったんだって」
「だからって、やられてんじゃないわよ、もう」
目が覚めた日の夜は、ビビが気を遣って私のために個室を用意してくれた。もちろん、それは私だけの部屋のはずだったけど。広すぎる部屋の、広すぎるベッドのほんの隅っこで、私の隣にはサンジ君がいて、ふたりでしっかりと抱き合いながら話していた。
「オレがナミさんに攻撃できるわけないじゃん」
「でも、敵は敵でしょ」
「わっかんねーんだなー。ほんっとナミさんなんだってば。脱ぎっぷりとかさぁ……」
「何、その脱ぎっぷりって……」
「あ、いや……ハハハ」
サンジ君が戦ったというあのオカマの話があまりにも楽しくて、私はずっと笑っていた。私の姿カタチをしたそのオカマに、サンジ君は一体どんな顔して向かっていったのかと思うと、おかしくて笑いがこらえきれなくなる。
「ふーん、じゃあここにいる私もホンモノかどうかわかんないわよ?」
私が意地悪でそう言うと、サンジ君は起きあがって私の耳元に両手をついて見下ろした。
「へへ……じゃあ確認しよっかな」
「確認?」
「そ! 確認」
そう言って無邪気に笑って、サンジ君はゆっくりと私に体重をかけて降りてきた。
「んっ……」
体の重みで上からずっしりと押さえつけられるようなキスをされて、苦しくて、そこから抜けだそうとしてもがいた。サンジ君は唇をつけたまま、少し体をずらすと、私の頭を抱え込むようにしてまた深くキスをした。
「……まだわかんねえな」
「サンジ君……ちょっ…と……んん……」
そしてまたキスを繰り返して、角度を変えて何度も何度も強く、深く唇を重ね合った。
「……ふは」
サンジ君が大きく息を吐いて、にっこり笑うと、私の鼻の頭をぺろっとなめた。
「はー……オレのナミさんだぁ」
無邪気な声でそう言って、ぎゅっと私を抱きしめると、いつものように鼻をすりあわせてきて、唇に軽いキスを何度もくれた。
「もう……何でわかるのよ」
少しとろんとした目のまま、私はサンジ君のシャツの襟元に口をつけた。ちょうどあごひげが額に当たって、くすぐったくてすぐに顔を離すと、サンジ君は片ひじを立てて頬杖をついて嬉しそうに笑った。
「……オレの癖、ちゃんと知ってる」
「なっ……! そんなの……知らないわよ!」
私は顔を真っ赤にして、サンジ君の胸を手で押し返した。その腕をすぐに掴んで、ベッドの上に押しつけると、両手の指を組んで強く握った。
「もっとオレの癖、ナミさんにつけたい……」
そう言ってまた、長い長いキスを始めた。交互に組んでいる指に力を入れると、サンジ君の大きな手が、私の手を握り返してきた。私が無意識のうちに声を出すと、組んでいた手をするりとほどいて、私の顔を両手で挟むようにして、強く引き寄せた。
「ナミさん……オレだよ……オレはここにいるよ……」
唇の離れる一瞬の間を縫って、息の漏れる声でささやきかける。私はいつの間にかサンジ君の首に腕を回して、手で頭を押さえるようにして、キスを求めていた。
「サンジ君……もっと……」
ふさがれる唇の奥で、とろけるような幸福感があって、体中が熱くなって、もう何も考えられなくなる。

私はサンジ君のもの
サンジ君は私のもの
そう感じられるから
だから
きっと今なら……

サンジ君
私を……抱いて
サンジ君の「癖」を全部
私に教えて

そう言いたくて、言いたくて。息をつく間に声を出そうとしても、すぐに言葉がふさがれて。サンジ君の髪をくしゃくしゃにして伝えようとしても、すべての言葉が飲み込まれていって。
ようやく大きく息を吸ったとき、先に声を出したのはサンジ君の方だった。
「ナミさん……愛してる」
そうしてまた口づけて、私が声を出す間もないほどに、その隙間を埋めるようにサンジ君が言い続けた。
「オレの前で、もっと笑って、泣いて、怒って……ナミさんの全部をオレに見せて?」
そしてまた口づける。
「不安なときは、怖いときは、ちゃんと言って……オレの知らないことなんて、もう作らないで」

――――サンジ君の、知らないこと?

「オレに隠し事も、秘密も……絶対に許さねえから……」

隠し事と……秘密?

「愛してる、ナミさん」

――――愛してる

……ずっと知らなかったの
胸の奥から体中に、温かい液体が流れていくような
ふかふかの真綿で包まれているような
そんな気持ちを

でも
それと同時にその言葉は
一切のけがれを許さないんだってことも
愛しい人の口から聞くまで、知らなかった

「ううっ……」
涙よりも先に嗚咽が出て、口を押さえようとする手をサンジ君が止めて、口づける。
「……大丈夫……オレがいるから……」
違う……違うの
「ナミさん……愛してるよ」
まだ、ダメ
その言葉は、まだ
重すぎる

顔中にキスを受けて、目を閉じる。こみ上げてくる辛さにまた泣きそうになる。
サンジ君の胸にぎゅっと顔を押し当てて、声を殺す。髪をやさしく撫でられて、心の奥があたたかくなっていく。
「ナミさん、オレのこと……愛してる?」
サンジ君のその声を、はっきりと聞いたけど、私は目を閉じたまま眠った振りをした。
ふっと優しく笑う息が顔にかかった。
「言ってくれねェの?」
それでもサンジ君はずっと優しいキスを額に、頬にしてくれて、ずっと耳元でささやき続けた。
「ナミさん、愛してる」
涙が出そうになって、それを隠すためにサンジ君の胸に顔をうずめた。
「愛してる」
強く抱きしめてくれて、そして繰り返す。
「……愛してるよ」
静かな静寂が訪れて、サンジ君の規則正しい寝息が聞こえるまで、私はずっと目を閉じていた。
目の前で幸せそうに眠っているサンジ君の、さらさらの髪を何度も撫でて、無防備に開いた唇を指でなぞってみた。

言わなきゃいけないことがあったの
ずっと言えずにいた
私の話を聞いてくれる?

……私も、愛してる

ごめんね

でも、愛してる





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