ゾロが荒々しくサンジ君を持ち上げて、サンジ君は体を折り曲げた状態でゾロの肩に担ぎ上げられていた。
「剣士さん、頭を揺らしちゃダメよ」
ロビンがそう言うと、ゾロは半分だけ振り返ってうなづいた。
「死にゃしねェよ……チョッパー、来い」
誰に向かって言うでもなく、ゾロはゆっくりと歩いていく。何度も転びそうになりながらチョッパーがその後をついて行く。ポタポタと流れ落ちる血が、不規則な間隔を作りながら繋がっていく。
「ナミ、大丈夫か」
ウソップがそう言って私の腕を取ったけど、私はそこに座り込んだまま、赤い点の行く先をぼんやりと見ていた。
「ナミ!」
何が起こったのかわからない。腕の痛みすら感じなかった。
サンジ君のタバコだけがまだそこにくすぶったまま残っていて、辺りは甘いココナッツの甘い香りに支配されていた。
「やだ……」
ようやく口から出た言葉はそれだけ。私は目の前の現実を受け入れることができず、ただそれを否定しようと、首を左右に振り続けた。
「やだよぉ……サンジ君……いやだ」
もうこれ以上遠くに行かないで
「いや……いやだよぉ……」
不思議と涙は出なかったけど、私は8年前の子供の心に戻っていた。
「ナミ……」
ウソップが私から手を離してその場に立ちつくしていた。
「航海士さんには私がついているから大丈夫よ。あなたはコックさんのところへ行ってあげて」
ロビンがそう言うと、ウソップはためらいながらも「わ、わかった」と言って走って行った。
「……あなたたちは似すぎてるのね」
ロビンが丁寧に私の肩を抱いてくれた。そしてそっと私の腕を取ると、まだ赤い傷をゆっくりとなぞった。染み入るような痛みがやってきて、私は肩をすくめてその痛みに耐えた。
「自分を痛めつけることで、何かをつぐなおうとしている」
「……何を?」
「さあ」
それだけ言ってロビンはいくつもの手を生やして軽々と私を立ち上がらせた。
「すぐにコックさんのところへ行く? それとも船長さんと話したいかしら?」
そう言われてマストを見上げると、そこにはもうルフィの姿はなく、ギラギラとした太陽だけが残っていた。
* * *
ルフィは船首に座って前を向いたまま、動かなかった。私が近づいても振り返ろうとしない。
「……オレは、悪くねえ」
そう自分に言い聞かせるように、ルフィはつぶやく。
「ルフィ……」
「サンジが言ったんだ、手を放せって。だからオレは悪くねえ」
言葉をひとつひとつ確かめながら、ルフィはしっかりとした声で言った。
「あんたを責めるつもりはないわ」
ルフィの麦わら帽子をじっと見つめる。風は無い。風が無いから、時間が止まっているような感じがした。
「でも」
ルフィが次の言葉を繋げるまで、どのくらいの時間があったのかはわからない。
「悪くはねえが、間違っていたかもしんねえ」
「ルフィ……」
ルフィはひらりと船首から飛び降りて、この間のように私のすぐ側に着地した。
「オレさあ、お前に笑え笑えってずっと言ってたけど」
大きな目でじっと私の顔を覗き込んでルフィは続けた。
「あんな風に笑顔じゃねえ笑顔は見たくねえ」
笑顔じゃない笑顔。作り笑いとか、愛想笑いとか、そういう類の笑顔。
自分の心を隠すための、仮面の笑顔。
そういうのを、ルフィはやっぱり見抜いていたんだ。
言葉にすれば、どれも「笑顔」なのにね。
なんであんたは、そういうところばっかり敏感なのかしら?
「お前には心から笑って欲しいんだ」
「うん、わかってる」
「笑って欲しいけど、でもやっぱり」
ルフィは麦わら帽子を手でぎゅっと押さえた。
「でもやっぱり、お前を泣かせるサンジは許せねえ」
「ルフィ……」
ルフィはずっと私から目を反らさずに話し続けている。
「だって約束したんだ! お前の笑顔をオレたちで守ってやろうな、って。サンジと約束したんだぞ?」
ルフィのその正義感に満ちあふれた目は、ついさっきキッチンを飛び出して行ったときと同じ強い目だった。
なぜ、ルフィがあんなに怒って飛び出したのか、なんとなくわかったような気がした。
「違うのよ、ルフィ」
ルフィはまっすぐに私を見ている。
「サンジ君だって、ちゃんと私の笑顔を守ってくれてる。あんたとは違う方法でね」
「違う方法ってなんだ?」
私が次の言葉を言おうとして、唇を開いたとき、そよそよと心地よい風が海から流れて来た。
「風……風だわ!」
ルフィは素早く船首に飛び乗ると、手で麦わら帽子を押さえながら、叫んだ。
「風だ! 風が出てきたぞ、ナミ!」
うれしそうに笑いかけるルフィに、私もうなづきながら笑い返す。
少しずつ、風が強くなり、私の前髪をもてあそんで流れていく。
「ルフィ、あんたは理由を聞いたら泣くのを許してしまうって言ったわよね?」
「おう」
「……多分サンジ君はね、理由を聞かなくても、私が泣くのを許してくれるの」
たとえば、わけもなく泣きたくなるとき。
美しい夕陽を見て涙があふれ出したり、青い空を見て無性に泣きたくなったり。
そんなとき、何も言わずにそっと肩を抱いてくれれば、ぎゅっと抱きしめてくれればそれだけで。
その涙は流れる意味があったんだって、思えるから。
「理由のない涙があるって、わかる?」
ルフィは一瞬考えるようにして首を傾げたが、すぐにあきらめて「わかんねえ」と言った。
「涙が出るのは悲しいときだけじゃない」
「悲しいときだけじゃ?」
「そうよ。嬉しいときにだって、泣きたくなるものでしょ?」
ルフィはうーむ、と言って腕を組んだ。
「たとえば、今みたいに小さな風が起こったとき。ものすごく嬉しいのに、何故か泣きたくなったりもするのよ」
「風が起きただけでか?」
「そうよ」
ますますわけがわからない、と言った風に、ルフィは麦わら帽子を脱ぐと、頭をカシカシとかいた。
「……いいのよ、あんたはわからなくて。それはサンジ君がわかってるから」
「そうか?」
「だから、笑うのはあんたの前、泣くのはサンジ君の前。それであんたたちの約束は十分果たされてるじゃない? サンジ君の前で泣くことができるから、あんたの前で笑っていられる。私の笑顔、ちゃんと守られてるでしょ?」
「そうか……!」
ルフィの表情がだんだんと明るくなっていった。今の言葉がルフィには一番納得の行く答えだったらしい。
「じゃあ、泣いてもいいぞ、ナミ! でもオレの前ではいつも笑ってろ、な!」
私は笑ってうなづく。
「さ! 風が出てきたんだから、帆を上げるわよ! みんなを呼んでくるから、ルフィ、準備しといてよ!」
「おっしゃ!」
ルフィは麦わら帽子をしっかりとかぶり直した。
追い風に促されるように走っていく去り際に一度だけ振り返ってルフィが言った。
「でもよう、なんでサンジならわかるんだ? あいつがナミのこと好きだからか?」
「……あんた、バカ?」
鈍感船長はどこまでいっても鈍感船長。
* * *
「みんな! 風が出てきたわ! 全員で帆を上げて風を受けて!」
そう言いながら倉庫のドアを明けると、入口のすぐ近くにゾロとロビンが立っていて、そのちょっと先にウソップがいて体をかがめて奥を覗いていて、その先には、座り込んでいるチョッパーがいて、そしてそ
の先には緊急に作られたベッドにサンジ君が横たえられていた。
「おう、わかったぞ!」
ウソップがそういうと、ゾロとロビンも振り返って、私とドアの隙間を通って外へ出て行った。
ゆっくりと奥へと進んで行くと、振り返ったチョッパーが悲しそうな目で私を見た。
「ナミ……」
サンジ君の頭と、そして目の周りにまで包帯が巻かれ、髪をかきわけるようにして大きなタオルが額の上に乗せられていた。
「目……?」
つぶやくようにそう言うと、チョッパーはおろおろしながら説明をし始めた。
「おっ、おう……頭を強く打って少し外傷があるけど、瞳孔の反応はしっかりしてるし、脳にも影響はないと思う。でも、急激に光を見たり、眼球を動かしたりすると頭への負担が大きいから、意識がはっきりするまではこうやって包帯を巻いて光を遮断しておいた方がいいんだ。だから……」
「うん、わかってるよ、チョッパー」
私の穏やかな顔を見ると、チョッパーは力を入れていた肩の力を抜いて、ホッとため息をついた。
「チョッパー、風が出てきたの。みんなを手伝って来てくれる?」
「お、おう……」
不安げに私を見上げて、チョッパーが「でも」と言いかけた。
「大丈夫よ。風が出てくれば早ければ明日にでもどこかの島に着くわ。そうしたら、足りない薬とか、医療道具とか、買えるから。だから、少しでも早く……ね?」
「おう、わかった!」
頼もしく胸をトン、と叩いてチョッパーは言った。
「私に何かできること、ある?」
「あ、えっと……ちょっと熱が出てきてるんだ。だから、冷たいタオルを頻繁に交換して欲しいんだ」
「わかった、ありがとう。さすがうちの船医ね、チョッパー。頼りになるわ」
そう言って笑うと、チョッパーは嬉しそうな表情とはうらはらに「う、うるせえな、コノヤロー」と言った。
サンジ君のそばに座って、タオルに手を当てると、すでに生ぬるくなっていた。氷水の桶にタオルを浸して絞る。髪をそっと撫でてかきわけると、汗ばんでいる額にまたタオルを乗せた。
サンジ君の胸は静かに上下している。その動きをじっと見つめていたら、いったん外に出たはずのチョッパーが、バタバタと音を立てて戻ってきた。
「チョッパー? 何か忘れた?」
「お……おう」
そう言ってよそよそしく近づいてきたチョッパーのモコモコした手が私に触れると、サンジ君の手と私の手を重ねて、そして私のもう一方の手でそれを包み込むようにしっかりと握らせた。私の手の中に、発熱するサンジ君の熱い手が収まっていた。
「……何? チョッパー」
「ま、魔法だっ」
「魔法?」
少し顔を赤らめてチョッパーが私の両手をぎゅっと押さえて、手を離した。
「アラバスタで、サンジがナミにやってたんだ」
しどろもどろになりながら、チョッパーは言った。
そういえば、ビビがチョッパーに変なことを言ったんだったっけ
「……あんた、ビビの言ったこと本気で信じてるの?」
私は半分呆れながら笑った。
「でっ、でもっ! やってみないとわからねえしっ」
「あんた、本当に医者なの? そんな非科学的なもの信じてるなんて」
私はくすくすと笑い始めた。
「いいんだ! 病気やケガが治るんなら、魔法だってなんだって立派な医療なんだ!」
怒ったようにそう言うと、すぐにチョッパーは扉の方へ走り出した。
「ちゃんと言うんだぞ!」
私が振り返ると、扉を閉めながらもう一度チョッパーが叫んだ。
「アッシテルって言うんだぞ!」
私は振り返ったまましばらく扉を見つめていた。
「……アッシテル?」
チョッパーの不思議な発音に、私は一瞬考え込んで、それから吹き出すようにして笑った。
手の中にある熱いサンジ君の手。
そっと額をつけてみると、そこに小さな熱のカタマリができる。
その手を広げて、頬に当ててみた。熱い。
熱を吸い取るように、サンジ君の手を頬に押しつける。
……サンジ君
どこにも行かないで
ずっとそばにいて……
失いそうになってやっとわかるなんて
……過去に縛られるのはもうイヤだから
サンジ君の熱い温度で、それを塗り替えてくれるなら
私はきっと、過去を忘れられる
過去のどんなおぞましい夢を見ることがあっても
目が覚めたときにそこにサンジ君がいてくれたら、きっと大丈夫
サンジ君の温度だけ、私のカラダに記憶させるから
だから、早く目を覚まして、私を見て
そして抱きしめてくれたら、私はもう、サンジ君から離れない
今度こそ、今度こそ離れない
もう絶対に
―――――死ぬまで離れない
意味が知りたいの
あの「アイシテル」の意味を
あれは、私の過去もすべて知った上で
それでも、愛してくれるってことだよね?
私を”過去ごと”愛してくれるって
そういう意味だよね?
「……アッシテル」
口に出すと、やっぱりその響きがおかしくて、私は笑った。
違うのよ、チョッパー
ホンモノの魔法はこうよ
「……愛してる」
小さな水滴が転げ落ちるようにして、サンジ君の手の上を流れた。
「あ……」
思わず驚いて声を出した。
泣いてる、私は泣いてる
涙があふれ出してくるのが止められないように、私の気持ちももう止めることはできなかった。
「サンジ君……」
熱い手に頬擦りすると、頬も、手も涙で濡れていく。
「サンジ君、愛してる……」
あとからあとから流れ出る涙。そしてあとからあとから流れ出す言葉。
「愛してる……サンジ君、愛してる」
ルフィ、この涙の理由がわかる?
理由なんてないのよ
誰の前だって涙は出る
ウソップの前だって、ビビの前だって、ゾロの前だって、ロビンの前だって泣いたわ
あれらの涙には理由があった。悲しかったり、くやしかったり、嬉しかったり、怖かったり。
でも、こんな風に理由のない涙は、流す人の前で初めて意味を持つ
わかるかな? ルフィ
サンジ君が”そこ”にいるから泣いているの
ただ、それだけなのよ
サンジ君を愛してるから、泣いてるの
ただ、それだけ
「サンジ君……」
その温度が感じられるから涙が出てくる。
「愛してる」
その言葉の響きだけで、心が震撼する。
「サンジ君、愛してる……愛してる」
ただ、それだけ
* * *
夢の中で聞こえていたナミさんの声だけを頼りにさまよって、どうやらオレはまたどこか違う夢にたどり着いたらしい。
でも今度は、暗闇がいっこうに晴れねえ。
ただ、はっきりと聞こえるのはナミさんの「愛してる」という声。
オレの名前を呼んで、何度も何度も繰り返している。
そして、オレの左手にある温かいモノ。冷たい感触。そして同時に熱い感覚。
ときどき、手に触れるくすぐったいもの。
……ナミさんの髪?
感覚を研ぎ澄ます。オレに触れているものの正体がわかってくる。
オレは今、ナミさんの頬に触れている。温かいモノ。
そしてオレの手をナミさんがしっかりと押さえている。冷たい感触。
ナミさんの涙が、オレの手を伝って流れてきている。熱い感覚。
そして繰り返される言葉。
「サンジ君……愛してる」
これは夢なんだろうか?
そこにいるのはナミさんなんだろうか?
何故、オレは何も見えねえんだ?
何故、暗闇の中に取り残されてんだ?
ナミさん、オレは今どこにいる?
ナミさん、君は今どこにいるんだ?
ナミさんの感触を確かめようと、ゆっくりと指を動かした。ナミさんの頬をなぞるように、ぴったりと手のひらに吸い付くように。
一瞬、俺の手に触れるナミさんの手が緊張したのがわかった。そして次の瞬間、その手に力が入って、ナミさんがオレの手に何度も何度もほおずりし始めた。揺れるナミさんの髪がオレの手をくすぐる。
「サンジ君? ……サンジ君!」
オレの手とナミさんの頬の間に熱いものが流れ始める。
温かさと冷たさと熱さが入り混じって、不思議な感覚に陥る。
この手に触れている感覚すべてがナミさんならば
すぐそこにナミさんがいるのならば
ナミさん、オレの声が聞こえるかい?
「う……あ……」
「サンジ君?」
もどかしい。声にならねえ。
「うう……」
「サンジ君! 大丈夫?」
ナミさんの名前を呼んでるのに届かねえ。
ただ、すぐそばで聞こえる声と、この手に触れているのがナミさんだって、ホンモノのナミさんだって、少しずつ確信し始めた。
そこにナミさんがいる
そこにいて、オレの名前を呼んでくれる
そこにいて、オレを愛してるって
「サンジ君……?」
オレの手をぎゅっと掴んで頬に押しつける。この感触は、夢じゃない。
夢じゃ、ないんだよな?
「くぅ……」
声を出そうとしても出るのは喉から絞り出すようなうめき声だけ。
「サンジ君?」
手のひらで何度もナミさんの頬を撫でて、指で涙を拭って。
そして唇を何度も動かした。
ナミサン
アイシテル、ナミサン
アイシテル
「サンジ君……!」
そう言うと、オレの手に温かさとも、冷たさとも、熱さとも違う感触があった。
―――――ナミさんの唇
オレの手のあらゆる場所に吸い付いてくる。小さな音を立てて、ナミさんがオレの手にキスをしている。
くすぐったさに、体中が熱くなる。
「う……」
ナミさん、こっちだ、こっちに来てくれ
……ここだ
オレの手からナミさんの唇が離れた。ナミさんの片手も離れた。
残った片手は、しっかりとオレの手と指を絡めて、ぎゅっと強く握った。それに答えるように、オレも今あるだけの力で握り返す。
……ああ、わかる
オレの胸の上にそっと置かれるもう片方の手。
……わかる
暗闇で何も見えねえのに
ナミさんが近づいてくるのがわかる
オレの唇に向かって
ナミさんの唇がゆっくりと降りてくるのがわかる
だからオレはそれを迎え入れるために、何度も繰り返す
ナミサン、ナミサン
アイシテル
アイシテル、ナミサン
オレの手を握るナミさんの手の温度に少しずつ近くなっていく口元の空気。くすぐったい風が起こって、そのあと一瞬だけ無風になったような気がした。
そうしたら―――――
温かくてやわらかくて、しっとりとしたナミさんの唇が
静かにオレの唇の上に乗っていた。
……相変わらず
キス、下手だなあ、ナミさん
……知ってたよ。
キスをするのは初めてだったこと。
最初にオレを受け止めたとき、こわばってまったく動かなかったナミさんの唇。
だんだんと回数を重ねるごとに、委ねるように脱力していって、
オレが導いたとおりに応えてくれて、
オレが求めるとおりに返してくれるようになって、
オレの癖を少しずつ覚えてくれて、
唇を開いた瞬間に、オレを受け入れるためのカタチを作ってくれるようになった。
もう、他の誰の唇だって、ナミさんの唇にぴったりと重なることなんてない。
いやそれ以前に
他の誰も、ナミさんの唇に触れることなんてない。
オレが最初、そして、オレが最後だ。
オレだけだよ。
ナミさんの唇に触れられるのはオレだけ。
ナミさんの唇を覆うようにオレは口を広げた。そしてそっと吸い付いてふさぐ。
一瞬、緊張してこわばったけど、すぐに力を抜いて、ナミさんはオレに唇を委ねた。
握り合っている手と重なっている唇の温度は同じになっている。
オレはもう片方の手をゆっくりと上げて、何度も何度も宙を掴みながら、ナミさんを探した。
指先がやわらかい髪に触れると、そのまま指を滑らせて髪をからめ取った。
小さな頭にそっと手を置いて、引き寄せる。ゆっくりとナミさんが沈んでくる。
「ん……」
「ううっ……!」
ナミさんの小さな声と同時にオレはうめき声を上げた。ほんの少しの重みがオレの頭にものすごい激痛を与える。
「サンジ君!? 大丈夫?」
そう言って顔を離そうとしたナミさんを、無理矢理とらえてもう一度引き寄せた。
気を失ってしまいそうな激痛が走る。でも、今度は耐えた。
そんな痛みよりも、その触れている一ヶ所にすべての神経を注ぎ込む。
見えない分だけ敏感になって、いつもよりずっと、ずっと、ナミさんの唇のカタチがわかる。そのやわらかさを感じる。その温度が伝わってくる。湿度を感じる。
吸い付けばそこにナミさんの唇がある。
深く求めれば、ナミさんの舌がちゃんとオレの舌に絡んでくる。
頭が痛てえ。でも、気持ちいい。
気持ちよくて気を失いそうだ。
気持ちいい。でも、頭が痛てえ。
頭が痛くて気を失いそうだ。
唇が擦れ合う度に、ナミさんの熱い息がかかって、オレの鼻をくすぐる。
ナミさん、ナミさん!
オレの体が叫びだす。
もっと、もっとと求めだす。
ナミさん、ナミさん!
ナミさんを感じたいんだ。
暗闇の中の一縷(いちる)のヒカリのように、
今、オレと世界はナミさんで繋がっている。
早く、そっちに戻りてえよ
ナミさんの姿を見たい
そして抱きしめて
今度こそ、今度こそ離さない
もう絶対に
―――――死ぬまで離さねえ
愛してる、愛してるナミさん
今は声にならないから、精一杯の気持ちを込めて唇を重ねる。
ナミさん、ナミさん!
こんなにも愛しい
愛しくて気が狂いそうだ
ナミさん、ナミさん!
ナミさんの温度と、オレの温度
同じになったこの場所から
一緒に溶けていくのも……
……混ざり合って溶けていくのも
……いいかも……な
暗闇の中、心地よい空気に包まれて
オレは再び眠りについた
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