この場所で君を抱きしめるのは、これで3回目だ。
初めて抱きしめたときは、雪が降っていた。
オレの腕の中にすっぽりと収まって震えていた君は、
小さくて、今にも消えてしまいそうで。
こんなに近くにいても、不安で不安で、
また腕に力を入れたんだ。
夢みてえだ、って思った。
次に抱きしめたのは、夢の中。
何度あきらめようとしても、どうしてもあきらめきれなくて。
夢の中ですらオレは、君を離したくないと思った。
夢だってことも忘れて、これ以上ない力で君を抱きしめたんだ。
でもやっぱり、夢だった。
そして、今。
目の前にあるオレンジの髪からは懐かしい君の香りがして、
随分と長く離れていたような、そんな気がするのに、
それでもずっと、ずっと前からそこにいたみたいに、
まるでオレのカラダの一部のように、君がいる。
オレの腕の中にいる。
夢だなんて、思わない。
「夢なんかじゃねえ……!」
柔らかい髪が指に絡みつく。
心音が強い振動で伝わってくる。
抱く力を緩めても、その存在感は変わらない。
「夢なんかじゃないよ? 夢なんかじゃ……」
耳元にかかる息も
その声も
触れている頬も
その温度も
……確かにナミさんだ
思わずもう一度つぶやく。
「夢じゃ、ないんだなあ……」
あ、やべえ
夢、夢って言い過ぎるとまたナミさんに殴られちまう
オレが思い出し笑いをすると、ナミさんが腕の力を緩めてオレの胸に両手を置いた。
「夢なわけ、ないでしょ?」
そう言って鼻を擦り合わせると、ナミさんの方から軽くキスをした。
「サンジ君、愛してる!」
突然、ナミさんはオレの首に飛びついてもう一度唇を押しつけてきた。
それほど強い力ではなかったが、オレの足はふらついてナミさんに押し倒されるようにして床に座り込んだ。
「愛してる、愛してる……!」
何度も何度も角度を変えてキスをしてくるナミさんがあまりにもかわいくて、オレは目を開けたままそれを受け止めた。
両足を投げ出して、両手を後ろについて、背後にはみかんの木がざわざわと音を立てている。
全体重をかけてナミさんはオレに抱きついて、唇を押しつけてくる。
「愛してる、サンジ君……愛してる」
それがまた、すっげぇかわいくて。
一回の「愛してる」に一回のキス。
いや、キスは3回くらいもらってるかも。
「サンジ君、愛してる」
「ん」
「愛してる」
「うん」
「愛してるよ?」
「ハイ」
「……愛してる」
「アーイ」
「……サンジ君?」
ちょっと不思議そうにオレの顔を覗き込んだナミさんに、一回だけオレから軽くキスをした。
ちゃんと聞いてるよ?
だからもっと言って
もっとキスして
まだまだ
今までオレが言った分にもならねえよ
「サンジ君、愛してる……」
数えてなんていなかったけど、多分かなりの数の「愛してる」をもらったころ、ナミさんは急にうつむいて黙り込んだ。
「何か、恥ずかしくなってきた……」
そう言ってナミさんは頬を赤らめた。またそれがかわいいんだけど、オレは意地悪く笑って言った。
「オレ、まだ『いいよ』って言ってないけど?」
ナミさんはちょっと口を尖らせて上目遣いにオレを見た。
「だって、サンジ君何も言ってくれない」
「口ふさがれてるからね」
「そうじゃなくて!」
「ナミさん、わがまま」
「何がよっ!?」
「オレが今まで愛してるって何回言っても、ナミさん何も言ってくれなかったじゃん」
うっ、とナミさんが言葉を飲み込んだ瞬間を狙って、オレは体を起こしながらナミさんの腰を引き寄せた
「まあ、これで仕返しできたから、いっか!」
ニッと笑うと、ナミさんは頬を膨らませて顔を背けた。その耳元に唇をつけて囁いた。
「ナミさん、愛してる」
びくっ、と肩をすくめると、ナミさんはゆっくりとオレの方を向いた。
「満足?」
オレが笑うと、ナミさんは小さな声で「もっと」と言った。
だからさ、ナミさん
そういうのを、わがままって言うんだよ?
……まあ、いっか
もー何でも許す
愛してるから許す
愛してくれてるから許す
オレはもうナミさんに
メロメロですから!
クックッ、と肩を揺らして笑うと、またナミさんが不思議そうにオレの顔を覗き込んだ。オレは笑ってナミさんの鼻に自分の鼻を擦り合わせた。
「んじゃ、今度はオレの番」
小さな頭に手を置いて、もう一方の手でしっかりと腰を押さえて。
「ナミさん……愛してるよ」
すでにナミさんの唇は待っていた。
オレを受け入れるカタチを作って。
オレはただその場所にぴったりと自分の唇を合わせるだけ。
そして深く、深く求めていくだけ。
「愛してる、ナミさん」
一回言うごとに
オレからは長い長いキスをあげよう
* * *
おそらく、いつもと変わらない朝が始まる。
……おそらく
「ナーミさんっ! コーヒー飲む?」
「ナミさん、パンにバター塗る? 塗ってあげよっか?」
「ナミさーん、スープのおかわり、いい?」
「ナミさん」
「ナミさーんっ……」
「……何なんだこれは」
「シッ! 関わるな、ゾロ。黙って食え。目を合わすな」
「しかし何だな……ふりだしに戻ってねェか? こいつら」
「あら、そうなの?」
「そうなのかっ?」
「まあ、いいさ。船が平和になりゃそれでいいだろ? なあルフィ……」
「うおーっ! 久々のサンジのメシだーっ!! んめえええっ!」
「……あいつは却下だな」
「きゃっか、ってなんだ? すごいのか?」
「それにしても……眉下がりっぱなしだな、クソコック」
「ふふ、うらやましいの?」
「んなわけねェだろ!」
「なあ、きゃっかって何だ?」
「とにかくみんな、いいな! いたって普通に、フツーに振る舞うんだ」
……しっかり聞こえてますけど?
「んナミっすわん! コーヒーのおかわりは?」
そう言って私の顔を覗き込んだサンジ君の眉は、確かに下がりきっていて、思わず吹き出してしまいそうになった。
嬉しそうに朝食を食べているルフィ以外、みんな目で合図を送りながらボソボソと話している。
「うん、もらおっかな。ありがと、サンジ君」
タバコをくわえたままニッと笑ったサンジ君に、私も思わずつられて笑う。ハーッというため息が聞こえてきて、振り返ると、みんなすかさず目を合わさないようにあさっての方向を向く。ロビンだけがくすくすと笑っていた。
「今日中には船を出すわよ? みんな準備しといてね」
そう言うと、それを聞いたサンジ君が新しいコーヒーを持ってテーブルにやってきた。
「じゃあ買い出しに行かないとな。ナミさん、一緒に行こ?」
目の前に置かれたコーヒーを両手で包み込む。
「だって、食糧の買い出しでしょ? 私に荷物持たせる気なの?」
「んなわけないじゃん。荷物は全部オレが持つからさ!」
当然、と言わんばかりにサンジ君はテーブルに頬杖をついて笑った。
「だ、ダメだぞ! まだ長い時間動き回ったり、重いモノを持ったらダメだ! 包帯だって、勝手に外して!」
私たちの会話をしばらく口を開けて見ていたチョッパーが、我に返ったように大きな声で言った。
「もう大丈夫だから、心配すんなって」
のんきな声でサンジ君が言うと、チョッパーは「ダメだったらダメだ!」と言って巨大化した。
結局、買い出しはウソップとチョッパーが行くことになり、サンジ君はまたルフィとロビンに押さえ込まれ、ベッドに貼り付けられた。
「チクショー、ナミさんとデートしたかったのに……」
「これからいつでも、どれだけでもできるでしょ?」
サンジ君を上から見下ろしながらそう言って、頬を両手でそっと挟んで、丁寧に唇を重ねるだけのキスをした。
唇が触れたままで、そっとつぶやく。
アイシテル
とろんとした目のままでサンジ君は笑って、私の髪を撫でた。
「ナミさんさあ……」
「ん?」
「やっぱり……キス、下手……」
「……うるさいっ! そんなこと言ったらもうしてあげないわよ?」
「いいよ……そしたら、オレから……する……」
すう、と目の前で眠りについたサンジ君にもう一度キスをして、私は静かに外に出た。
* * *
心地よいけだるさに包まれて、ゆっくりと目を開けると、またそこには朝の気配を含んだ青とグレーの空気が漂っていた。
「また……朝?」
ということは、オレはあれからまる一日眠り続けたってことか。
外からはカモメの鳴き声と、一定の間隔を持って船体にうち寄せる波の音が聞こえる。もう、船は港を出たんだろうか。
それを確かめに行きたくて、体を起こそうとすると、妙に体が重かった。視線を落とすと、目の前には不自然に膨らんだシーツがあって。
左手でゆっくりとその感触を確かめながら、右手でそっとシーツをめくると、中からはオレンジの髪が現れた。
ああ、やっぱり
やっぱり、ナミさんだ
オレの胸に顔をうずめて、規則正しい寝息を立てている。両腕はしっかりオレの体に巻きついて。
「もう……逃げないんだな」
確かめるようにつぶやいてみた。
「ん……サンジ君……」
もぞもぞと動き出したナミさんに向き合うように、オレは体を横に向けた。ナミさんはオレの背中に腕を回して、ぴったりと体をくっつけてきた。何度かオレの胸に頬ずりして、また顔をうずめた。
「はー、サンジ君だぁ……」
そうだよ
オレはここにいる
大丈夫だよ
オレはいつもナミさんのそばにいる
どこにも行かないでね、なんてもう言わなくていいよ
オレはナミさんをもう離す気なんてねえんだから
「サンジ君、愛してる……」
シャツに熱い息がかかって、くぐもった声が聞こえる。オレンジの髪に指を通すと、くすぐったそうにまた顔をうずめる。
夢の中でも「愛してる」って言ってくれるようになったんだね。
嬉しくて、胸の奥で何かがじわりと滲み出すような感覚があった。
「どこにも……」
「ん?」
言わなくていいよ?
オレはどこにも行かないから
「……どこにも行かないよ?」
オレの胸がドクン、と鳴った。
「私はどこにも行かない……行かないからね? サンジ君……」
そう言ってナミさんはいっそう強くオレに抱きついてきた。
「……は……」
―――――やられた
右手で目を覆って確かめる。
ああ、また泣いてるよ、オレ。
オレでいいんだね?
他の誰でもなく、このオレで
ナミさんの寝顔を見ているだけで
弱くなっちまう情けねえオレだけど
そんなオレに自信をくれる
君のどんな言葉でも
オレの自信になるんだ
愛しいナミさん
オレのナミさん
もう、どこにも行かないでくれよ?
オレ、すぐ自信なくすから
こうやってずっとそばにいてくれよ?
そのたった一言で
また信じられない量の涙が出たことは
やっぱり、ナミさんには言えねえな
* * *
「いよいよ今夜ね」
「えっ!?」
驚いてロビンの方を振り返った。
「なっ……何が?」
なるべく平静を装いながら問いかけると、ロビンはにっこりと笑って数日前の新聞を私の前に差し出した。
「……流星群?」
「あら、知らなかったの? 私はてっきりあなたがそれを知ってて船を出したとばかり……ああ」
ロビンはくすくすと笑い出した。恥ずかしくてロビンの顔を見ることができず、私は新聞をずっと見つめたままだった。
「そうね……コックさんの包帯ももう取れるみたいだし、あなたの腕の傷も大分目立たなくなったものね」
「だから何がよ……」
何度も何度も新聞を読み直すフリをして、顔のほてりが静まるのを待った。ロビンは私のそばをすっと通り過ぎると、甲板の手すりで釣りをしているルフィとウソップとチョッパーの方へと歩いて行った。
「ねえ、船長さん。今日の見張り代わってもらえるかしら?」
「おう、いいぞ。でも、なんでだ?」
「今夜は流星群が見られるのよ」
「ホントか!? そんならみんなで見ようぜ! なあウソップ! チョッパー!」
「りゅうせいぐんって何だ?」
「流星群ってのはなあ、チョッパー、星がたくさん降ってくることを言うんだ」
「星が!?」
チョッパーの目が輝いた。
「見たい! オレ、見たいぞ、りゅうせいぐん!!」
「ナミ! 今日は流星群見るぞ!」
ルフィが私に向かって叫んだ。まだ新聞に半分顔を隠しながら、私は静かにうなづいた。
「よーし、そうと決まれば、宴会の準備だ!」
ウソップが手をパンッ、と叩いて立ち上がった。
「よっしゃ! サンジ―――――ッ!!」
ルフィが大声を出しながら階段を駆け上がっていく。
「オレ、ゾロにも言ってくる!」
チョッパーが嬉しそうにその後に続く。
「よーし、オレ様は特製望遠鏡でも作るか!」
ウソップが腕を鳴らして去っていく。
「ふふ、宴会ですって。みんなきっと朝まで眠らないわね」
振り返ったロビンは私に向かってウインクをした。
* * *
「もうそろそろ、いいんじゃねえの?」
さっきからキッチンと甲板を行ったり来たりしているサンジ君が、くい、と外を指さして言った。
「うおーし! 流星群だあーっ!!」
ルフィが立ち上がって飛び出す。誰も待てなんて言ってないのに、ルフィもウソップもチョッパーも、星が見えるようになる時間までキッチンの中でそわそわしていた。
「よしっ! オレ様の開発した望遠鏡でいち早く流星群を見るぜ!」
「オレも! オレもっ!」
バタバタと後に続くウソップとチョッパー。
「やれやれ……」
そう言いながらも口元が笑っているゾロ。
「私たちも行きましょう、剣士さん」
ロビンに促されて、ゾロもキッチンを出ていった。
「ちょっと……流星群が見えるまではまだ時間が……」
私がそう言いかけると、入口に立ったまま全員を見送ったサンジ君が私に手を伸ばして言った。
「ナミさん、オレたちも行こう」
目の前に差し出された大きな手
「……うん!」
流星群が見えるまでは、まだまだ時間はあるけれど
私も促されるままに外に出た
ただ、サンジ君と手を繋ぎたかったから
全員が先を急ぐように階段を駆け上がる。
「うわあ……!」
空はすでに無数の星で埋め尽くされていた。
ルフィは船首に座ってずっと空を見上げている。
「まだかなー、流星群はまだかなー」
「……まァ、これだけでも上等だがな」
ゾロは腕を組んだまま満足そうに笑った。その隣でウソップが望遠鏡を覗きながらそわそわしていた。
「こんな日に飲まないわけにはいかねェな」
「そうそうこんな日こそ……って、お前いつも飲んでんだろ」
ウソップのツッコミを聞き流して、ゾロはキッチンへ向かった。
「これがりゅうせいぐん?」
チョッパーが興奮気味に私にたずねた。
「ううん、まだよ。流星群はこの星が降ってくるのよ」
「スゲーッ!!」
チョッパーが大声で叫んだ。私もかがみ込んでチョッパーと同じ目の高さから空を見上げる。
「ねえ、チョッパー。ドクター・ヒルルクの星はどれ?」
チョッパーは空を見上げたまま言った。
「どの星もみんな、ドクターなんだ!」
「どの星も?」
「そうだぞ!」
私はくすっと笑った。
「そうよね……どこからでもあんたのこと見てるんだものね」
「おう! そうなんだ! ナミの母親だってそうだぞ!」
チョッパーの目にも、たくさんの星が映し出されていた。
「うん……そうね……きっとそうなんだわ」
この星空のきらめきひとつひとつが
ベルメールさんの言葉なんだ
ナミ、元気? って
ナミ、大好き、って
誰にも負けるな
女の子だって強くなくちゃいけない
いつでも笑っていられる強さを忘れないで
生き抜けば必ず楽しいことが
たくさん起こるから……
そうやっていつも
ベルメールさんは見ていてくれたんだ
「よーし、これで全部揃ったぞ! みんな思う存分食ってくれ」
豪華な料理が盛られたお皿が甲板にたくさん並べられていた。サンジ君は満足そうに笑って、タバコに火を点けた。
「ゴホン! では、流星群を観測する会会長のこのウソップ様が乾杯の音頭を……」
「いいから早く飲もうぜ」
ゾロがそう言うと、ルフィが突然立ち上がって叫んだ。
「よっしゃ乾杯っ!!」
「ああっ、ルフィ! オレ様の大役をっ……!」
ウソップがそう言ったときにはもう、全員の乾杯の声が空に響いていた。
「はい、ナミっすわん! ロビンちゅわん! レディーだけにオレからワインのプレゼントだよ」
「あら、ありがとう、コックさん」
「ありがと、サンジ君」
「んで、オレの分も。じゃあ、まずは乾杯、ロビンちゃん」
そう言ってロビンとサンジ君がグラスを合わせた。キィン、と通るような高い音がした。
「ナーミさん!」
嬉しそうにグラスを私に向けてサンジ君が笑った。私は少しうつむいてグラスを引いた。
「ナミさん……?」
不思議そうに私の顔を覗き込んだサンジ君の、グラスを持っていない方の手をそっと握った。
「……二人だけで、乾杯したいな」
ちらっとサンジ君を見上げると、一瞬にしてサンジ君は眉を下げてくしゃっと笑った。そして、私の手を軽く握り返して持ち上げると、そこに音を立ててキスをした。
手を繋いだまま、階段を降りていく。何も言わなくても行き先はわかってる。
遠ざかっていくみんなの声。そしてまた、階段を上っていく。
ふたり、同じ速度で―――――
* * *
飲み干したワイングラスがふたつ、みかんの木の下に置かれている。
「まだかな」
「もうすぐ、始まるわ」
後ろから抱きしめてくれるサンジ君の腕は、しっかりと私の腰を抱えている。その腕に重ねるようにして手を置く。
ぴったりとくっつけ合った頬と頬から体中に温かい温度が流れ、サンジ君のくわえているタバコの香りが、優しく私たちを包み込んでいた。
「ねえサンジ君、知ってる?」
「ん?」
「あの星のヒカリはね、もう何万年、何億年も昔のものなのよ」
「そんなに昔の?」
「そうよ」
「じゃあ今のヒカリが届くのは?」
「きっと何万年も、何億年も先の未来よ」
「へえ……不思議だね。あのヒカリは遠い過去からやって来てるんだ?」
「うん」
そしてしばらく何も言わずに二人で星を見上げていた。
強くきらめく星も、弱々しくも輝き続けている星も、長い長い時間を越えてこの場所に届いている。
「なあ、ナミさん」
「なあに?」
「あの星はさ、この船の進む方向も教えてくれるんだろ?」
「うん。たとえ磁石がなくても、星が道しるべとなってくれる。昔の人はそうやって航海していたわ」
「じゃあ……過去のヒカリが今のオレたちを未来へ導いてくれるんだ?」
「うん……」
「あのヒカリは過去からやってきて、それが今と未来を繋いでいくなんて……すげぇな」
「そうよ。過去も、今も、未来もずっと繋がっているのよ?」
ざわざわとみかんの木が揺れ始めた。もう一度空を見上げたけど、まだそこには静かにきらめいている星空だけが広がっていた。
「……ナミさん」
低い声が頬を伝って響いてきた。
「ん、なに?」
少し腕に力を入れて、サンジ君は私を引き寄せた。
「オレ、大事なことまだナミさんに言ってなかった」
「……なにを?」
振り返ろうとしたけど、サンジ君は「そのままで聞いて」と言った。
「オレ……ずっとナミさんの過去を消してやろうって思ってた。そうしたらナミさんが幸せになれるんだって、勝手に思い込んでた……でも、違ったんだな」
「違ったって?」
私の過去
サンジ君の手で消してくれるなら、消して欲しいよ?
だってあんな過去なんていらないもの
思い出したくなんてないもの
「あの過去があって、今のナミさんがいる。ずっと繋がってきてるんだ」
……繋がっている
過去があって、そして今の私がいる。
過去あってこその、私。
そう思ってくれるの?
「オレがナミさんに出会えたのも、そういう過去がナミさんを導いてくれたからなんだ、きっと」
「……そんな風に思ってくれるの?」
「もちろん。……時間はかかったけどさ」
ふっと笑ったサンジ君の息が私の耳にかかって、私は少し肩をすくめた。
「……ちょっとかっこつけたこと、言ってもいい?」
私もくすっと笑った。
「いつも言ってるじゃないの」
そうかもな、ってサンジ君は肩を揺らして笑った。
「ナミさんの過去のヒカリは、ちゃんとナミさんを導いてきた。オレのところに……オレがいるナミさんの未来に……そう思ってもいいかな?」
「……うん」
少し声が震えた。
「オレのところにたどり着くために通り抜けてきた過去なら、オレはそれをすべて受け止める」
頬から伝わる振動が、私の唇も震えさせた。
「オレの過去と、ナミさんの過去。別々に流れてきた2本の糸は、絡まり合って1本になったんだ」
「うん……!」
「だから今こうして抱き合っている時間……たった今流れているこの時間に、オレたちは糸を紡いでいる。1本の、これまでよりも強い糸を……そうだよね?」
もう、声は出ないから、何度も何度もうなづいた。
「繋がってるんだ……ナミさんの過去から今の……いや、未来のオレたちに繋がってる。もう切り離せはしないんだ」
うなづくこともできなくなって、サンジ君の声をもっと近くで聞きたくて、私は頬を押しつけた。
低いけどしっかりとした声で、サンジ君は言った。
「だから、オレは過去と未来を繋ぐ今のナミさんを、愛してる」
ぎゅっと後ろから私を抱きしめて、耳元に口づけてからもう一度サンジ君は囁いた。
「……過去ごと愛してるよ」
その瞬間、
キラリと一筋のヒカリが視界を横切った
「あ……」
そのヒカリに続くように、幾筋ものヒカリが私たちの上に降り注いだ。
「始まったな……」
それはまるで雨のように私の心を濡らしていく。
心に溜まった雨粒が小さな流れとなって、私の目からあふれ出す。
「サンジ君……!」
振り返ってサンジ君の頭を引き寄せた。熱い唇が下りてくる。
「流星群……見なくていいの?」
唇を重ねる瞬間にサンジ君が言った。
いいの
見なくてもいい
ちゃんと感じてるから
私のカラダを透過して降り注ぐ星の雨を
ちゃんと、感じてるから
だから今は
サンジ君を見ていたいの
一瞬しか出会えない
今のサンジ君を見ていたいの
今重なっているこの唇で
過去から流れてきている私の糸と
サンジ君の糸を
紡いでいきたいの
いつの間にかサンジ君のタバコは床に落ちていて、火が点いたままで風にその煙をなびかせていた。
甘い香り。
懐かしい香り。
あのココナッツの香りがあたりを漂う。
ゆっくりと冷たい床の上に横たえられた。視界いっぱいの星空と、流星群。
そしてすぐに視界にはサンジ君しか見えなくなる。
お互いに髪をくしゃくしゃにしながら、深く口づけを交わす。
―――――涙が止まらなかった。
唇が離れて、サンジ君は私をぎゅっと抱きしめた。
その肩越しに見た流星群。
さっきよりもさらに強く、ヒカリの雨は降り注いでいた
「ああ……」
思わず声を出した。
聞こえた、聞こえたの
ベルメールさんの声が
幸せになれ、って
そう聞こえた
―――――いいの?
私、幸せになってもいいのかなあ
……いいよね?
だって私の未来はもう
私と、サンジ君のものだから
サンジ君を幸せにしてあげたいから
だから、私も
……幸せになっていいよね?
「サンジ君……!」
力いっぱいにサンジ君の首もとに抱きついた。
「サンジ君……抱いて……今度こそ、私を抱いて……!」
目の前にあるサンジ君の唇に吸い付くようにキスをすると、それに応えるようにサンジ君が体重をかけながらゆっくりと沈んできた。
「ナミさん……愛してる……!」
顔中にキスを浴びながら、私も声を絞り出す。
「私も……サンジ君を愛してる……」
星は降り続けている
私とサンジ君は同じ未来を見つめている
2本の糸を1本の糸に
心はひとつになったから
だから、カラダも
―――――ひとつになりたい
ふと、風が頬をかすめた。目を開けるとサンジ君は空を見上げていた。
「……どうしたの?」
「ナミさん……ここはダメだよ」
そう言ってサンジ君はゆっくりと私の体を抱き起こした。
「どうして?」
私が聞くと、サンジ君はにっこりと微笑んで私の手にキスをした。
「今宵、この星空のシャンデリアは、愛を語らうには明るすぎるんです」
そう言ってサンジ君は私を抱きかかえてゆっくりと立ち上がった。
「たまにはこういうのはいかがですか? お姫様」
「……バカ」
階段を降りていく間、サンジ君の首に腕をしっかり巻きつけて、何度も何度も鼻を擦り合わせてはキスをした。
「サンジ―――――――――」
ルフィの声が聞こえる。
「ナミ――――――――――」
チョッパーも呼んでいる。
「行かなくていいの?」
「サンジ君こそ」
「オレのコックとしてのつとめは、もう終了しました」
顔を見合わせて笑うと、階段の途中で立ち止まって、長い長いキスをした。
サンジ君が足で器用に部屋の扉を開けたとき、聞いてみた。
「ねえ……何であそこはダメなの?」
「ん?」
微笑んだサンジ君は、小さな音を立てて私にキスをしてくれた。
「……これからゆっくり教えてあげるよ」
カシャリ、と扉の鍵をかける音がした
NEXT