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z*1/2


解凍 3  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



すっげえ好き

ルフィにみかんを盗まれて怒ってる顔や、ゾロとケンカしてすねて頬をふくらましているところ。
ウソップのよく回る舌に呆れてる顔も、オレの愛の言葉攻撃に困ってる顔も、ね。
みかん畑でひとつひとつのみかんを愛しそうに見つめるまなざし。そんなときオレはみかんになりたいと心から思う。その大きな瞳を独り占めしたい。
そして航海日誌を書いているときの伏目がちな表情。そうしたらオレは航海日誌になって、その長いまつげをずっと見つめていたい。これから過ごしていく時間を一秒も逃さずに刻んで欲しい。それともペンになって、その手の中でずっと君の体温を感じ続けていたい。

好きだ  かわいい  ラヴリー  キュート

言いたくて言いたくてたまらなくなる。
言っても言っても足りないような気がする。

長い間、氷河のような分厚い氷に覆われていた君の心は、今ようやく解け始めたばかり。時々見せる寂しそうな顔が、また君を氷点下の世界に連れ去ってしまうんじゃないかと、不安になる。

君の心に残っている冷たい冷たい氷のカタマリ。
それをオレが少しずつ、溶かしていってあげる。

「ったく、一体どうやったらそんな気持ち悪ィ言葉が次から次へと出てきやがんだ」
「うるせーな、クソ剣士。オレとてめぇとじゃ、恋のボキャブラリーが月とスッポンなんだよ」
「へっ、そうかよ」
珍しくゾロとキッチンで二人だけになった。ナミさんが航海日誌を書き終え、シャワーを浴びて寝ると言ったので、オレはありったけの言葉を尽くしておやすみを言った。静かに閉められた扉を名残惜しそうに見ていたオレへの、ゾロの第一声だった。
オレがこの船に乗るまで、ナミさんと一番長く一緒にいたのはルフィとゾロだ。ほんの短い間のことだけど、時々それが気になることがある。、認めたくはないが、この三人の間には、オレが入り込めない絆がある。言葉にしなくてもわかりあえる何かがある。
ナミさんの過去を、こいつらは知らない。育ての母親を目の前で殺されたこと。その張本人の元で8年もの間、クソみてえな時間を過ごしてきたこと。
こいつらにとっては、ナミさんが仲間であることと、笑っていることがすべてだ。過去なんて関係ねえんだ。だからナミさんもこいつらを心底信頼できるんだろう。
だがオレとウソップは知ることを望んだ。それを知ったところで何がどうなるというわけじゃねえが。ただ、知りたかった。

初めて出会った時は、何かたくらんでいるような小悪魔っぽい笑い方にとても惹かれた。
次に会った時、彼女は「魔女」だった。虚勢を張った、弱々しく覇気のない魔女だった。
あの島を出る時、彼女は普通の女の子になっていた。夢に目を輝かせて、幸せ一杯に笑っていた。

幸せいっぱいに……

気のせいだろうか。
最近、彼女の一瞬の表情に見え隠れする、得体の知れない過去の影。おそらくウソップは気づいているだろう。
そしてオレは、できることならその正体をずっと知らないままでいたかった。

 

ここ最近は晴天続きだ。ナミさんのみかんがたわわに実り、大きさも、色つやも良いみかんが太陽の光に照らされている。みかん泥棒のルフィやウソップを追い払うのに必死だったナミさんも、さすがにみかんがなりすぎたせいか、二人がコソコソとみかんを盗み食べても何も言わなくなった。
午後の穏やかな日差しが差し込むキッチンで、夕食の仕込みをしていると、この時間には珍しくナミさんがやってきた。
「サンジ君、ちょっとお願いがあるんだけど」
キッチンに来てくれたことだけでも嬉しかったのに、その上お願いまで? オレは切りかけの野菜もそのままに、エプロンを外した。
「もう、なんなりと!」
ナミさんはにっこりと笑うと、ついてきてと言った。その笑顔のかわいいことといったら。
「ナミさんと一緒なら地の果てまでも、地獄の果てまでもお供します!」
足がふわふわして少し浮いているような感覚で、オレはナミさんの後をついていった。ついた先は、ナミさんのみかん畑。
「あのね、みかんがなりすぎちゃって、痛み始めたのがいくつかあるの。だからそのみかんでサンジ君に何か作ってもらいたいと思って。ルフィにあげれば全部食べてくれるんだろうけどね」
そう言ってナミさんは、ルフィが畑のみかんを全部たいらげてしまうところを想像したのか、ふふっと笑った。

……かわいい

「ああもう、ナミさんたら、かわいい!」
思った瞬間、言葉に出てしまった。ナミさんはオレの言葉をはいはいと言ってかわし、小さな籠を手渡した。
みかんをひとつずつ、痛んでいるところがないか確かめる。やわらかすぎるものや、皮に傷のついたものを採っていく。ナミさんのみかんを見る目は真剣で、それに触れる手も慎重だった。
「本当にみかんが好きなんだね」
奥の方になっているみかんを採ろうとして、枝をかきわけながらオレは言った。
「ふふ、わかる? 愛がこもってるのよ」
そう言われることが嬉しいのか、何の照れもなく笑ってみせる。 
「だってそんな顔、普段見せないから」
「今見てるじゃない」
同じ笑顔のまま、さらりと言った。
「え?」

……えーっと

それは、オレにはそういう顔見せてくれるってこと?

だんだんと顔がゆるんでいくのがわかる。ああ、だめだ。その言葉はオレのハートに火をつけるどころか、強烈な爆弾となって炎をあげる。
「さあナミさん! いつでもオレの胸に飛び込んでおいで!」
両手を広げてナミさんのためにオレの胸をあけわたす。
「と、突然何言い出すのよ!」
戸惑いの表情を見せるナミさんをよそに、オレは続けた。
「みかん畑に男が一人、女が一人。二人の他には誰もいない。そこで何も起こらないことがあろうか、いやありえない! ああ、ここは世界の果て。神の目すら届かない楽園! 僕たちは生まれたままの姿で……」

―――――――――殴られた
「黙ってみかんを採る! わかった?」
「へーい」
頬を腫らしたまま、再びみかん採りに集中する。

絶対に、そういう意味だと思うんだけどな。オレだけには、特別な顔見せてくれるってことでしょ? ねえ、ナミさん。

しばらくの間、ガサガサという葉擦れの音だけが聞こえていた。
「あ……っと」
ナミさんを見ると、一所懸命に背伸びをして、高い場所にあるみかんを採ろうとしている。つま先立ちになって、手を目一杯伸ばしても、みかんには届かなかった。
「オレに任せて」
名誉挽回とばかりに、オレはナミさんの後ろに立ち、空を掴んでばかりのナミさんの手の上からみかんに手を伸ばした。
「ホラ、採れた」
ナミさんの肩越しにみかんを籠の中に入れる。
「……上の方のみかん、全部見てよね」
「はーい、ナミさん!」
みかんを採りながら視線を落とすと、そこにはナミさんの後ろ頭。背後から照りつける太陽を受けて、目の前のみかんの木にオレの影が映っている。ナミさんの影は、オレの影の中にすっぽりとおさまっていた。

ナミさんって、こんなに小さかったんだ。

少し強い風が吹いて、ナミさんの髪をもてあそんだ。目の前で揺れるオレンジの髪。小さな頭、小さな肩。

どうしよう、抱きしめたい
このまま後ろから抱きしめたい
オレの気持ちはさっきから高ぶったまま。押さえきれない衝動にかられた。

抱きしめたら、また殴られるかな? それとも……

オレの心臓が激しく打ち始める。みかんに触れる手に少し力を込める。

抱きしめたい

また強い風が吹いて、葉擦れの音が一層大きくなった。ナミさんの髪が、オレの鼻をくすぐった。みかんの香りをまとったナミさんの髪の香りは、オレの胸を少しきゅっとさせた。

殴られてもいい、抱きしめよう
ゆっくりとみかんから手を離し、大きく息を吸った。

ドサッ……

突然、ナミさんはみかんの入った籠を床に落とした。両肩を抱え込むようにして、うつむいていた。
「ナミさん!? どうしたの? 気分でも悪いの?」
みかんがあちこちに散らばり、そのいくつかは階段を転がっていった。
力が抜けたようにナミさんが座り込んだ。ナミさんの足もとにあったみかんがつぶれて、ひざの下から果汁が流れ出した。ナミさんの顔は真っ青で、肩は大きく震えていた。
「ナミさん! 大丈夫!?」
かがみこんでナミさんの肩に触れようとした。
「いやっ!!」
ものすごい力でオレの腕が振り払われ、オレも散らばるみかんの上に倒れた。甘酸っぱい香りがあたりに立ちこめる。
「ナミさん……?」
真っ青なナミさんは、震える肩を押さえながら、よろよろと立ち上がった。オレは言葉を失ったままナミさんを見上げていた。
「ごめん、サンジ君……ごめんね……!」
荒々しい音を立ててナミさんは走って行った。みかんの香りを残して。

―――――何が起こったのかわからない

おそらく、ゾロが階段を上がってくるまでのかなり長い間、おれはつぶれたみかんの上に座ったまま、呆然としていた。
「何やってんだ? てめェは」
それでもオレは何も言えず、ナミさんがつぶしたみかんの無惨な姿をただ見つめていた。


* * *


残ったみかんを集めて、とりあえずデザート用にソースを作った。夕食の後に食べるため、チーズケーキにかけてテーブルに並べた。
ルフィとゾロが先に食事を始めた。ウソップはまだ来ない。そしてナミさんも来ない。オレは食事に全く手をつけずに、二人が食堂にやってくるのを待っていた。
灰皿にはタバコが溢れそうに積み重なっていた。
「サンジ! これ、めちゃくちゃうめぇぞ!」
ルフィがチーズケーキをあっと言う間にたいらげ、おかわりをした。それでもまだ足りないのか、まだ来ていないウソップとナミさんの皿に手を伸ばした。
「このクソゴム! ナミさんの分には絶対手ェ出すんじゃねえ!!」
ナミさんの皿に届く直前で、オレはルフィの手を踏みつけた。しかしもう一方の手はしっかりとウソップの皿を取り、チーズケーキは真っ直ぐにルフィの口に運ばれていった。

「悪い、遅くなった」
ウソップが食堂に入ってきた。
「おう、ウソップ。お前のケーキ食ったの、オレじゃねえぞー」
ルフィが口をふくらませてあさっての方向を向いている。隣でゾロが呆れた顔で酒瓶をくわえていた。
別にいいよ、と言ってウソップは側にあったトレーに夕食の皿を乗せ始めた。
「おいウソップ、何やってんだ?」
「ああ、ナミが部屋で食べるって言うからよ、運んでやるんだ」
何食わぬ顔で皿をひとつずつトレーに乗せ、グラスに水を入れてウソップは足早に立ち去ろうとした。
「待てウソップ! いったいナミさんはどうしたってんだ?」
オレが呼び止めると、それでもウソップは足を止めることなく食堂を出ようとした。
「後で話す」
その一言だけ言い残して。

「まァ、女にはいろいろあるからなァ」
呆然と立ちつくすオレの後ろで、ゾロが皮肉っぽく言った。
「いろいろって何だ?」
どさくさに紛れてオレの皿にも手を伸ばしたルフィが聞いた。
「いろいろあんだよ」
「?」
ルフィは首をかしげたまましばらく考えていた。ゾロは再び酒を飲み始めた。
「ま、いっか! それでもあいつはオレたちの仲間だ!」
「なんだそりゃ」
気の抜けたルフィとゾロの会話。

「てめェらは! ナミさんが心配じゃねえのか?」
オレが声を荒げるとルフィはきょとんとした顔でオレを見た。
「ウソップがいるから大丈夫だ!」
言葉を返せずにルフィを睨んでいるオレに、今度はゾロが言った。
「そういうてめェはナミのところに行かなくていいのか?」

この……クソ剣士

本気で蹴ってやろうかと、足を一歩踏み出した。
「まあいいさ。ナミが明日元気ならそれでいいんだ」
ルフィがしししっと笑った。

……明日か
お前らには「今」と「明日」しかねぇんだな

結局、ルフィとゾロが去った後ずいぶん経って、オレがすっかり冷たくなった夕食を食べているときにウソップはトレーと空いた皿を持って戻ってきた。オレがぼんやりとテーブルに座っているのを見て、ウソップは静かに近づいてきた。
「おう。食うか? 今温め直してやるよ」
オレが席を立ち、同時にウソップが席についた。温め直したスープを入れ、ウソップの前に出してやり、ナミさんがちゃんと食事を取ったのかを確かめるため、トレーを見た。
「……デザート、食わなかったんだな、ナミさん」
白いケーキの上にかかったオレンジ色のソース。オレとナミさんで採ったみかんで作ったソース。つぶれたみかんたちはこのソースにはなれなかった。
自分の分のスープを持って、オレもテーブルについた。
「サンジ」
ウソップがスープをすすりながらオレに話しかけた。スープの熱で、鼻に少し汗をかいていた。
「あぁ?」
本当は、ウソップがナミさんとどんな話をしていたのかものすごく気になっていた。でも、オレは努めて冷静を装ってウソップを見た。

今日ナミさんが突然震えだしたのはオレに原因があるのか? 
それともいまだぬぐい去れない「過去の影」なのか?

「オレたちは、ナミの過去を知り過ぎてしまったのかもしれねえなあ」
スープを飲み干し、一つ大きな息を吐くとウソップはそう言った。
「どういう意味だよ?」
オレは箱に残っていた最後のタバコに火を点け、天井を見て煙を吐き出した。
しばらく、沈黙が流れた。ウソップが必死で次の言葉を探しているのがわかった。くわえたままのオレのタバコは少しずつ灰になり、静かにテーブルの上に落ちていく。それでもウソップは何も言わなかった。

そうだ。確かにオレは見た。青ざめたナミさんの氷のような目。過去の記憶に怯える顔。
でも、もう関係ねえだろ? あの魚人……アーロンの支配からナミさんはもう解放されているはずだろ?

……過去なんてどうでもいい

なんだ、結局オレもルフィやゾロと同じじゃねえか

「どうなんだよ? ウソップ!」
ずっと正面を見据えていたウソップがようやくオレの方を見た。口を開く前に一瞬のためらいがあったが、オレから目を逸らさずに言った。

「……ナミはお前のことが怖いんだってよ」

タバコの火が口元まで来ていた。でも、熱さなんて感じなかった。
残されたチーズケーキ。オレンジ色のソースが乾いて、不気味に固まっていた。

 

……ねえ、ナミさん
オレはナミさんが好きだよ

怒っている顔も、すねた顔も、呆れた顔も、困った顔も全部。
笑っている顔はこの上なく。

その凍えた表情も、オレが絶対溶かしてみせるから。
その冷たい体も、オレが絶対に暖めてあげるから。
本当に好きだから

 

……すっげえ好きだから





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