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解凍 7  

 ...and I Thaw You Out


SANJI × NAMI 



あきらめるのは、簡単だ。

ずっとそうやって生きてきた。長い年月の間に身に付いた処世術は そんなに簡単には消えない。今でも体に染みついていて、ほんの少しの心の隙間を見つけては、すぐに膨張して現れる。
「どういうつもりなんだよ?」
ウソップが問いつめる。
「……何が?」
ソファに横になったままタバコをふかす。
「何考えてんだ? お前」
うざってえ
「ナミに優しくしたかと思えば、ビビにもいい顔しやがる。カッコつけたこと言いやがって、お前が一番中途半端じゃねえか」
うざってえんだよ
「……別に。ナミさんもビビちゃんも好きだからさ。レディーには優しくするもんだろ?」
「……お前は! 本当にナミもビビも同じように好きだって言うのかよ!」
うるせえよ
「かわいい女の子はみんな好きだ」
お前が言ったんだ、ウソップ
「ナミさんも好きだ。ビビちゃんも、好きだ」
ナミさんはオレが怖いって、お前が言ったんだ
「……そうだな、お前はそういうやつだよ」
「はは……。オレが本気になるわけ、ねーだろ」

誰かのせいにしてしまえば、傷つくこともない。
何かのせいにしてしまえば、考えずに済む。
こんなのはオレらしくねえだろ?
女の子なんてたくさんいる
「たったひとり」なんていらねえよ
本気になっちまって、情けねー顔するくらいなら
テキトーに好きだとかかわいいとか言って楽しんでる方が

簡単だろ? あきらめることなんて

 

* * *

「サンジのことはあきらめろ」

船に二人だけになってすぐに、ウソップが言った。あたりには得体の知れない生き物の鳴き声が響く。
ルフィとビビは密林のジャングルを探検しに行った。ゾロとサンジ君は「狩り勝負」だなんてバカなことを言って出ていった。
でも多分、ゾロに煽られた振りをして、サンジ君はこの船から出ていったような気がする。私を避けて。
みんながいれば、露骨なくらいに私にかまってくる。焦点の合わない目で私を見るくせに、上滑りな甘い言葉を投げかけてくる。
どんな言葉もひどく空虚で、私の心を素通りしていく。そんなサンジ君を見ているのがイヤ。
「ふふ。おせっかいね、ウソップ」
ごめんね。いつも心配かけて。本当にありがとう。
でも、もういいや。こんな風に悩んで人に迷惑をかけていることがつらいから。
今はそれよりもビビをアラバスタに連れて行くことを考えなきゃいけない。

だって、こんなのは私らしくないでしょ?
ずっと今までひとりだったんだから
「たったひとり」なんていらない
本気になって泣いてばかりいるくらいなら
傷つける方が―――――

少し遠い目をして、密林を見つめる。ウソップが改まって私の方を向いた。
「はっきり言うが、あいつはお前のこと、本気じゃねえって言った」

―――――好きだよ、ナミさん

「そう、やっぱりね」
「ああ、だから早いところあきらめちまえ、な!」

……ウソップ、あんたは親切すぎるわ
私を抱きしめて、好きだって言ってくれた
私にたくさんキスしてくれた
それも全部サンジ君にとっては
本気じゃなくてもできることなんだ
本気じゃなくても……

「ナッ、ナミ!?」
ウソップが慌て始めた。私の目からとめどなく流れる涙に、どうしていいかわからない様子で右を見たり左を見たりした。

―――――ウソだ 

ウソつきはサンジ君の方でしょ

―――――オレのことが怖いくせに
私は何もウソなんて
ウソなんて……

「ウソップ!!」
涙を拭うこともせず、真っ赤な目でウソップを睨んだ。慌てふためいていたウソップが、ヘビに睨まれたカエルのように硬直した。
「なっ、何だよ!?」
「……あんた、サンジ君に何を言ったのよ!?」

 

* * *

でっけえトカゲを掴まえて船に戻ってきたら、誰もいなくなっていた。
さっき一瞬、ナミさんの声が聞こえたような気がしたが、どうやら気のせいじゃなかったらしい。
一体どうなってんだ?
「ナミさーん、ビビちゃーん」
静まり返る森の中にオレの声だけが響く。
「おおーい、ナミさーん」
名前を呼ぶたびに、ナミさんの顔が浮かぶ。冷めた目でオレを見るナミさんの顔が。
あの、魔女のように冷たい表情が戻っていた。

何が、どこで狂っちまったんだろう
みかん畑でナミさんが逃げて
オレのことが怖いってウソップから聞かされて
それからオレがひとりで空回りしてて
ナミさんがどんどん冷たくなっていって

……わかんねえ
オレはいつだって、思ったそのままを伝えてきたつもりなのに

「ナミさんがね」
あの夜、ビビちゃんと月明かりの下で話していた
「サンジさんはよく気がつく、気がつきすぎるって言ってたわ」
キッチンに飲み物を取りに来たビビちゃんに起こされ、オレは散らばっていた酒瓶を片づけた。
酔いも覚めてきたので、ビビちゃんの見張りにつきあうことにした。
「大丈夫よ。カルーもいるし」
とはいえ、カルガモは眠そうな目を必死で開けていようとしてフラフラになっていた。
「いいよ。目ェ冴えてきちまったし、誰かと話したい気分だからさ」
ビビちゃんは声を出して笑いながら言った。
「さっきまでMr.ブシドーと話してたじゃない」
「あぁ? ヤローと話して楽しいわけねーよ! オレはビビちゃんと話したいんだ」
そう言って一緒にマストの上に上がってそれぞれブランケットにくるまり、満月に近い月を見上げていた。

「オレは女の子のことなら何でも分かるんだよ」
タバコをくわえたまま、ビビちゃんに笑いかける。
「ふふっ、そうかしら? でも、サンジさんって本当に女の子みんなに優しいの?」
「そうだよ。かわいい女の子はみんな好きだからね」
いつのまにかカルガモは寝息を立てていた。ビビちゃんはカルガモのブランケットをかけ直して、優しく撫でた。
「でもね。そんな風にみんなに優しくしていて、本当に好きな人ができたときにはどうするの?」
「そりゃあもちろん好きだって言うよ?」
ビビちゃんは、少し呆れた顔で笑った。
「それじゃあ伝わらないと思うわ」
「ええっ、何でだよー」
オレはタバコの煙を空に向かって吐きだした。月明かりが強すぎて、煙は逆光となって月に吸い込まれていった。
「本当に好きな人はもっと、特別扱いしてあげなきゃ」
そう言ってビビちゃんは笑った。

ビビちゃんは本当に心配症だね

「……してるよ」

ちゃんと、してるさ
ナミさんの表情ひとつも
ナミさんの言葉のひとつものがさないように
ずっと見ている

 

見上げると、鬱蒼と茂った葉の隙間から太陽の光がちらちらと射し込んでいる。
アラバスタへのエターナルポーズを手に、ひたすら密林の中を走っていた。
これでビビちゃんをアラバスタへ連れて行ってあげられる

ビビちゃん、気づいてるんだろ?
オレがどんなにビビちゃんに優しくしたって
それはナミさんにそうするのと同じじゃないってこと

嬉しそうな顔も、楽しそうな顔も
泣いている顔も、怯えている顔すらも
オレにとっては
最初っから特別なんだから

オレが特別扱いするのは
最初っから「たったひとり」なんだから

笑いがこみ上げてきた。
「ったく……まだ何言ってんだか」

あきらめることが、そう簡単じゃねえってことくらい
わかってるんだ
わかってても、どうしようもねえけどな

 

* * *

死ぬ瞬間はきっと、一番素直になれるときなのかもしれない。

「嫌よ! こんな死に方……」
体はろうでどんどん固まっていき、叫ぶこともできなくなってきた。
ゾロは足を切って戦うなんて言いだすし。
「何バカなこと言ってんのよ!」
でも、ゾロの目は本気だった。そして、ビビも一緒に戦うと言い始めた。
上からは霧のろうが降り注ぐ。もう体が動かないのに。
「ここにいちゃどうせ死ぬんだ。見苦しくあがいてみようじゃねェか」
ゾロは笑っていた。
……なんで、それでもあきらめないの? なんでそこまでして生きようとするの?
「……生きなきゃいけねェ理由があんだよ」
足を切る瞬間、ゾロがそう言った
「理由?」 
ゾロの方を向いた瞬間に目に飛び込んで来たのは、
しぶきをあげて飛び散る真っ赤な血。

あのときと同じ
ベルメールさんが死んだときと同じ

ああ、私死ぬんだ。

……ベルメールさん
ごめんね
もっと素直になっていればよかった
ベルメールさんのこと、大好きだって
伝えたかった
……もうすぐ会えるよ
そうしたら、ちゃんと伝えるから

遠のいていく意識の中で、私に呼びかける声がした

―――――ナミさん

サンジ君は来ない
もう、会えなくなるのかな
……ごめんね
もっと素直になっていればよかった
サンジ君のこと、大好きだって
伝えたかった

……「伝えたかった」?

何言ってんのよ 
あんたは死ぬつもりなの?
何もかも中途半端にして 死んでいくつもりなの?

生への執着―――――

そんなもの、なかった
すべてが終わりになるのなら、いつ死んでもいいって思ってた

でも今は違う

生きていたい理由がある
生きて、かなえたい夢があるから
生きて、見つめていたい人がいるから

ここで死ぬわけにはいかない

―――――生きなきゃ

「オレは、お前がサンジのことを怖いって言ったから……だからお前が辛い思いをする前にアイツにクギをさしてやろうと思って……」
「バカッ!! なんでそんなこと言うのよ!」
ウソップを今にも殴りそうなくらいに、私はウソップに詰め寄っていた。必死で両手でガードしながら、ウソップは早口で弁解していた。
私は腰に手を当てて、大きなため息をついた。
「ウソップ、あんたは本当におせっかいね!」
手の隙間からそっと私を見たウソップは、目を大きくして何度もまばたきした。
「……ナミ、なんで泣きながら笑ってんだ?」

サンジ君がなぜ私を避けるようになったのか、わかったような気がした
この、愛すべきウソつきのせい

 

「ルフィ―――――ッ!!」

ルフィが来たとき、絶対に助かるって信じた。体が固まってしまっても、私は生きてここから出られるって確信があった。
愛すべき船長、愛すべき海賊王。
あんたを信じてるから
ルフィ、早く溶かして ここから助けて。

そして……サンジ君
私の凍りついた心を早く、溶かして
過去の記憶にしばられたままの私を助けて
それができるのは
「たったひとり」しかいないから
サンジ君しか、いないんだから

今度会ったら、言うから

必ず、言うから―――――

 

* * *


「ナミさん、上に何か着たほうが……」
ビビが耳打ちしてきた。
さっき炎に包まれたときに脱ぎ捨てたシャツ。下着姿の私を男たちの視界からさえぎるようにしてビビが立っている。
ルフィの服は焼けてしまったし、ビビのシャツもボロボロ。
「おう、ナミ。もっと脱げ!」
ウソップが調子に乗ってそんなことを言うから、一発殴ってやった。
「ちょっとゾロ! あんたのそのシャツでいいから貸しなさいよ」
ゾロのシャツだって、あちこち焼け焦げている。
「心配すんな、誰も気にしてねェよ」
「……どーせ」
確かに、私もあんたたちに見られたからって別に恥ずかしくもないけど。
そうしたら、サンジ君がやってきて、私の格好を見るなり飛び上がって驚いていた。
「ナミさん、君はいつもなんて刺激的なんだっ!」
そう言われた瞬間、恥ずかしくなった。
バカみたいに顔をゆるめて、そんな風に私を見ないでよ
それを見たゾロが皮肉っぽく笑った。
「……一人を除いてはな」
そしてコイツは愛すべき剣豪。
睨み返すと、ゾロが口元を少し上げて笑った。私を見ているようで、でも少し焦点が合っていない視線で。

「ナミさん、これ着てなよ」
すると後ろから、サンジ君にジャケットをかけられた。
「いいわよ、別に」
ジャケットを突き返そうとしたけど、サンジ君は私の方を見ることもなく、タバコに火を点けた。
「いいから、着て」
恥ずかしくて、口をとがらせて私は精一杯の抵抗をした。
「……タバコ臭い」
誰も気にしないのに
サンジ君だけよ、そんなこと気にするの
そんなことに気づかないでよ

ジャケットからは、私の好きなあの懐かしい香りがした
ベルメールさん―――――

……そうだったね

今度会ったら言うって
決めたんだった

この愛すべきコックに

 

愛すべき「たったひとり」の





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